充の過去 〜幸せだった日常〜
僕は両親が大好きだった。
母さんは、まるで太陽を絵に描いたような人でとにかく明るく、僕や父さんを巻き込んで色々な行事を起こそうとする活発な人だった。
父さんは、そんな母さんに影響されたのか、基本的に一緒に盛り上がっていることが多かった。
しかし、一家の大黒柱であることを自覚していたのか、時折暴走してしまう母さんを抑えたり、幼い僕と一緒に遊んでくれることが多かった。
そんな温かい両親の元に、僕は産まれた。
両親は年が近かったり、地元が一緒だったこともあり、共通の話題や思い出話に花を咲かせることが多かった。
幼かった頃の僕でも、二人の仲が良いことは分かった。
そして、お互いがお互いの事を僕に話すものだから、より両親の魅力に気付いていった。
本当に、二人の子供に産まれて良かった。
子供は親を選べないってよく言うけど、僕はそんなことを一度たりとも考えたことはなかった。
それだけ、父さんと母さんと三人で暮らしていた日々は幸せに満ち溢れていた。
「充ー、ご飯ができたわよー」
「はーい、今行きまーす!」
この日は、僕が子供の頃一番好きだった母さん特製のカレーだった。
栄養バランスを考えてか、大きな皿に盛りつけられたシーザーサラダがテーブル中央に座っていた。
母さんはとにかく料理が好きだった。
好きこそ物の上手なれと言う言葉通り、母さんの料理はみるみる上達していった。
そして、大体のものは作れるようになってしまったので、外食することは滅多になかった。
むしろ外食するよりも美味しかったと思うし、何より母さんの味に慣れ親しんでいたので、外食したいという気持ちすら湧かなかった。
それもあってか、子供の頃は食事の時間が大好きだった。
しかし、それよりも料理が好きで夢中になっている母さんの姿を見ることが、何よりも好きだった。
この頃の僕も内気な性格ではあったが、両親といる間だけはそんな性格も関係なく、自分からアクションを起こすような子だった。
それだけ二人のことを信用していたのだろう。
「お父さん、一緒にゲームしようよー」
「お?充からゲームを誘ってくるのは珍しいな〜。お父さんが相手になってあげよう!」
僕は、ゲームが特別好きなわけじゃかった。
それよりも一人で本を読んだり、絵を描いたりしてることの方がよっぽど好きだった。
そんな僕がゲームをしようと誘ったのは、単に父さんと一緒に遊びたかったからだ。
元々父さんがゲーム好きで、仕事が休みの日はゲームをしてることが多かった。
その度に『充も一緒にやるかー?楽しいぞ〜?』と誘われていた。
だが、あまり興味のなかった僕は断り続けていた。
父さんはよく僕と一緒に遊んでくれるけど、僕が父さんと一緒に遊んだことはないなぁ……
そんな風に思っていた僕は、父さんが仕事でいない間にこっそりゲームの練習を始めた。
父さんの好きなことで一緒に遊んで、喜んで欲しい。
ただそれだけだった。
「充はどのゲームが好きだー?」
「これにする!」
レース、RPG、格闘、パズル、様々なジャンルのゲームがあったが、その中からよくプレイしてるレースゲームを選んだ。
「お!レースゲームか!充もやっぱり男の子なんだな〜、こういうのが好きなんだな!」
「ま、まぁね〜」
好きと言うよりは、日頃から練習している物だったから選んだだけなのだが、僕は敢えてそれは口にしなかった。
他のゲームはコマンドがあったり、頭を使わないといけなかったり、上達に時間がかかるものだった。
とにかく早く一緒にプレイしたい僕は、初心者にも取っ付きやすいレースゲームを練習し続けていたのだ。
「お父さんゲームになったら手加減しないぞ〜?」
漢と漢の勝負だ!と言わんばかりの雰囲気だった。
「もうー!パパ!大人気ないよ〜?子供相手に本気出すなんて〜」
「何を言う!勝負事で手を抜くのは相手に失礼だろう?」
「勝負事って言ってもゲームでしょう〜?」
母さんはやれやれという感じだった。
それとは対照的に父さんは真剣な様子だった。
「充!頑張ってパパに勝つのよ!」
「うん、僕頑張るよ!」
エールを送られ、俄然やる気が出た。
実は、母さんは僕がゲームの練習してるのを知っていたが、父さんを驚かしたかったらしく言わないでいてくれたのだ。
その期待を裏切る訳にはいかない。
……さぁ、レーススタートだ!
「充に負けたー!ついに息子に負ける日が来たかっ……」
結果は僕の勝利だった。
父さんは負けたのが相当悔しかったらしく、大声で泣いていた。
「ちょっと、パパ!近所迷惑になっちゃうから静かにしなさい!」
母さんが、父さんを叱りつけた。
これではどちらが子供か分からないではないか……
「充〜パパに勝てて良かったわね〜」
「うん!父さんと一緒にゲームできて楽しかった!」
嬉しそうにする僕と対照的に、父さんはまだ泣いていた。
「充ね〜、パパと一緒にゲームしたい!って言ってこっそり練習してたんだよー?」
「なにっ、そうだったのか!初めてやるにしては速すぎると思ってたけど、そういうことだったのかぁ……」
どうやら疑問が解決したようだ。
「負けたのは悔しいが、充がそういう風に思っていてくれたことが何より嬉しいよ。ありがとう」
そう言って、大きな手で僕の頭を撫でてくれた。
この日以降、父さんとゲームを一緒にすることが増えていった。
一緒にゲームをする楽しさを知った僕は、日に日にのめり込んでいき、時には母さんに叱られることさえあった。
だが、その顔は意外にも嫌そうではなかった。
母さんも、こうして家族で一緒に楽しむのが好きだったからだろう。
……本当に幸せだった。
この時は、この幸せがいつまでも続くものだと思っていた。
だけど、そんなことはなかった。
きっかけなんてちょっとしたことなのだ。
その“ちょっとしたこと”で人は簡単に死んでしまう。
幼い頃の僕は、まだそれに気付いていなかった。