仲直り
眠い目をこすりバスを降りた。
「おはようございます」
「おはよう。っていうか寝てるの見られてたんだね」
「それはそれは、気持ち良さそうに寝ていましたよ」
紺野さんは微笑みながらそう言った。
バスに乗るのが最後であれば、降りるのも最後になってしまった。
「……美月とは大丈夫だった?」
「少し空元気な感じがしましたね。……ただ、美月さんはいつも通りを心がけてるように見えました」
「そっか。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「迷惑だなんてそんな。誰にだってすれ違ってしまう時はありますよ。それは仕方ないことです」
「……紺野さんは、大人だね」
「そ、そんなことないですよ!私はただ思ったことを言っただけで……」
「でも、ありがとう。さっきも来てくれて本当に助かったよ。あのままだと多分喧嘩になってたから……」
「先生に呼んで来いって言われて見に行ったら、様子がおかしかったのでびっくりしました。お二人が衝突するのは珍しくないですか?」
「そうだね……僕は基本的に美月を尊重して自分の意見をあまり言わないから」
「……それは、例の事情ですか?」
「うん。それについて今日紺野さんにも話すつもりだったんだけどね」
「じゃあ、秋山君はこの遠足の間に美月さんと仲直りしましょう。私もお手伝いしますから」
彼女は思い切った様子で突然そう言ってきた。
「え、でも」
「私は離れて見てるか、どこか別の場所に行きます。そうすれば美月さんも秋山君のところに行かざるを得ないはずです」
「色々手伝ってくれてありがとう。でも一人で大丈夫?」
「本音を言えば少し心細いですけど、それよりも私はお二人に仲良くしていて欲しいです」
内気で繊細そうに見えて、実は芯が強い子なんだと思った。
「分かった、出来るだけ頑張ってみるよ」
「はい!ちゃんと仲直りしたら教えて下さいね?私だけ置いてくとかはなしですからね?」
「だ、大丈夫……ちゃんと言うから……」
ここまで活き活きとした紺野さんは初めてで、その勢いについ押されてしまった。
「では、早速私は離れさせてもらいますね」
そう言うと、紺野さんは美月を呼び出した。
「美月さん、私はお手洗いに行ってきます。すぐに追い付きますので、秋山君と先に行ってて下さい」
「あ、私も一緒に行くよー」
「いえ!すぐに終わるので大丈夫です」
「……分かったよ」
美月は少し不思議そうにしていたが、納得してくれたようだった。
紺野さんもなかなか強引というか、ここぞという時には絶対引かないところがある。
この遠足で、紺野さんの知らない一面を垣間見た気がした。
「……じゃあ、行こっか」
「うん」
教室での事を引きずってるのか引きずってないのか分からないような態度で、美月は僕に接してきた。
……正直、こういうパターンが一番どうすればいいか悩む。
あからさまに怒っててくれれば謝りやすかったんだけどね。
取り敢えずハイキングコースを歩きつつ、僕は話すタイミングを伺っていた。
美月も僕の様子を見ていたのか、お互いに全く口を聞かなかった。
このままじゃ紺野さんの努力が無駄になってしまう。
折角仲直りするように仕向けてくれたんだから、なんとかしなきゃ……!
きっと、この状況も今どこかで見ているはずだ。
ここまでお膳立てしてくれたら彼女に、心配させたくない。
そう思った僕は、ようやく重たい口を開いた。
「「あのっ」」
「「……」」
「「どうぞ」」
いつかの時と同じように被ってしまった。
「先に話していいよ?」
「充君こそ先に言いなよ」
「いや、美月からどうぞ。レディーファーストってことで」
「……ちょっと意味違う気がするんだけど。まぁいいや」
そう言うと、美月は少し怒ってるような、恥ずかしがってるような複雑な表情でこう告げた。
「……さっきは、ごめんね。少し感情的になり過ぎた」
「いいよ。それにそれは僕のセリフだよ。こちらこそ余計な事を言ってごめん」
「余計な事なんて……そんな風には思ってないよ」
「でも、『そんなこと頼んでない』って言ってたじゃない」
「確かに言ったけど……それは、なんていうか……ついカッとなって言っちゃったってだけだよ。本心でそう思ってた訳じゃない」
「それは僕も同じだな……あの時、美月に対してイライラしてた。思い出さない方が良いかもしれないのに、わざわざそっち側に行こうとするから」
「……充君はよくそう言うよね?『思い出さなくても良いかもしれない、忘れてた方が幸せな事だってある』って。それってきっと、私の事に対してだけじゃないよね?」
「……そうだね。僕は美月の事を手伝ってるけど、必ずしも記憶を取り戻すことが正しいと思っている訳じゃないんだ。忘れてた方が幸せなことだってある。その考えは変わらないよ」
「それって、何か理由があるの?」
そう言ってから、美月はハッと我に帰ったような顔をした。
「ご、ごめん!なんか踏み込むようなこと聞いちゃって……」
「良いよ別に、美月も色々話してくれたし。良い機会だから、僕の考えについて話しておこうと思う。それでもいい?」
「うん、良いよ」
「僕の考えについて話すには、色々順を追って話さないといけないから、少し長くなる」
「分かった。充君のタイミングで話してくれれば大丈夫だからね」
“あの出来事”について、こうして他人に話す日が来るとは思わなかった。
でも、これを話すことで僕も少しだけ前に進めるかもしれない。
そう信じよう。
僕は一度深呼吸をしてリラックスした。
そして、あの“悪夢のような出来事”について話し始めた。




