第四十八歩 筋肉
「見た目もそのままで質量だけが軽く、それでいて少しは筋力が上がっているか」
「瞬発力と持続力を上げておいた」
歴代の魔王の中には策士もいた。そしてそんな魔王に対抗し、討伐まで至ったのは神速の勇者。
「例えどれだけ素晴らしい罠でも、どれだけ計算しつくされた攻撃でも、見てから避けられたのでは意味が無い。神速の勇者の言葉だ。足りるか?」
「ああ、素晴らしい技術だよ」
老人に礼を言い、研究所を後にする。
「仲間でも探しに行くの?」
「そうだな、元々エリザベスの蘇生方法を探す旅なんだ。魔王を殺すための仲間を探すのもいいかもしれない」
しかし、そう言いながらライトが向かっているのは城の中に作られた林だ。
「ここで生活してる人間なんて聞いたことがないのだけど」
アリスにとってここはかつて慣れ親しんだ故郷。こんな所に魔王に対抗できるような人物が住んでいるなんて言うご都合主義な展開があるわけがないと知っている。
それはライトも同じだ。
「別に竹林で修行してる格闘家を探しに来てるわけじゃねぇ。俺の修行だよ」
先程、どれほど努力しても成長出来ないと言われたばかりなのに。
「無理ね。少し前に魔王と戦った勇者も、スキル付与の後も努力してた。でも全く、上がらなかった。魔力量も筋肉量も何も、ね」
「努力して身につくものは魔力量や筋肉量だけじゃねぇさ」
スポーツ選手は常に練習し、努力を積み重ねている。
それは体力をつける意味もあるだろうが、それよりも重要なことがある。
「技術を身につけられる」
それはライトが唯一、レンに勝っているもの。
今のライトでは、自分の速度を制御しきれず、戦闘が可能なレベルまで速度を落とすと、遅すぎる。
ブレーキなしで動けるくらいには慣れなければならない。
だから全力で走る。
「もう、止まって! 慣れる前にあなたの体が壊れるわよ」
木に激突したり、地面に突っ込んだり、それが車をはるかに超える速度で行われているのだ。人間の体など、直ぐにボロボロになる。
それを見ているアリスからすれば目を背けたくなる光景だろう。
しかし、ライトはがむしゃらに走っている訳ではなく、しっかりとした目的を持って走っている。
「ギアが噛み合ってねぇんだ。頭と体がバラバラなんだ。それがあと少しで繋がる。そしたらもうぶつかったりはしねぇ」
「でも、初めくらいゆっくり動いてもいいんじゃないの?」
筋トレだって初めは少ない回数から始めるものだ。1日目から百やら二百やら腕立て伏せをしたって体を痛めるだけである。
ライトだって本当ならゆっくり進めていきだろう。でもレンはライトが強くなるまで待ってくれるわけじゃない。
「それでも、死んでしまったら終わりじゃない。どうして」
それが分からないの
その言葉をかき消すように爆音が発生し、また、ライトが怪我を増やす。
そして、現実は常に厳しく、そして残酷だ。
「ライト!」
全身にダメージを負い、ヒーローが倒れる。
そんな重症のライトに駆け寄り、治癒を施す。
「誰?」
駆け寄ったのはアリスではなく、黒髪の人物。性別を読み取りにくい中性的な見た目をしたそれはライトに的確な処置を施す。
「私はメシア」
「救世主?」
「魔王殺すための知識、それと少しのサポートが可能です」
「それが信用できるとでも?」
突然現れた明らかに帝国出身の人間ではない、それどころか人間ですらなさそうな風格を持っているソレに、最大限の毛会をする。
「それでいい。この世界は弱肉強食の世界なのだからたとえ友達でも、食べられないように警戒しないと」
「そこまで殺伐とした考えで生きたくないのだけど」
「でも、あなた達が片足を突っ込んだ神話の世界はそんな世界です」
その言い方はまるで自分が人間ではないような言い方で。
「やはり悪魔なのね」
「どちらかといえば神に近いのですが。ソレに頼らなくてはいけないほどのことをやろうとしているのはあなた達ですよ」
文字の通り悪魔との契約。
だがソレによってライトの命が助けられたのは事実だ。ただ、ライトは目を覚まさないままだが。
「心配は必要ありません。ライトの意識のみを私の演算領域に取り込みました」
「そこでライトが先程と同じ行為をしているってこと?」
「無限に続く痛みに耐えれたらの話ですが」
だが、資本主義のヒーローはその程度の壁は軽く超えてみせる。ガバっと体を起こし、覚醒する。
「ライト、さすがね」
「ん? なんで泣きそうになっているのかわからねぇが、戻ってきたぜ」
そしてメシアと名乗ったソレの前まで移動する。
その動きは今までのような制御されていない直線ではなく、間にいたアリスを避ける、曲線的な移動。
「完全に制御することが出来たようですね」
「こっちでは10分ほどしか経ってねぇようだが、10日間ずっと走ってたからな」
「たったの10日で感覚を掴んだって言うの?」
「元々一つ一つの筋肉の動きさえ分かるレベルまで理解してたんだ。それぞれがどれだけ強化されたかを探して調整するだけ」
そして、それぞれの質が2倍でも、実際には違うことがよくある。筋肉は1つではなく、1つの行動にいくつもの筋肉を使うからだ。




