第四十六歩 小さな手
エリザベスを助けるのに必死なライトに代わり、レンが答える。
「銀の食器と同じで対応出来る毒にしか反応できません。反応しない毒を使ったら簡単に毒殺できますよ」
「俺たちが護衛を片付けてる間に逃げられて殺しきれなかったら面倒だからな。保険だったけども、かけといて損はなかったな」
レンたちが用意した毒が何かわからず、最新の医療キットでも毒への対策は少ししか取られていない。
その間も命は途切れずに零れ落ちていく。
そして
「死んだか」
「全ての臓器がボロボロになって、この状態からの再生は無理そうですね」
冷静に、冷徹に、2人は命の消えた少女を観察する。
「……なんなんだ」
「毒のことか?俺たちが毒って呼んでるだけで実際は寄生虫の仲間だな。数分で体の中を食い荒らす。できるだけ長く生かすために死ぬギリギリまでそれを悟らせないという危険なやつだ」
寄生虫がエリザベスの体から這い出してくる前に遺体を焼く。
「また救えねぇのか」
「お前は救う人数が多すぎるんだよ。敵以外は全て救う。敵も仲間にできるならもちろん救う。甘いんだよ」
「味方以外は救う価値のねぇ敵だって考え方か」
敵以外は味方、味方以外は敵。それは似ているようで少し違う。前者は敵でも味方でもない一般人も助ける。だが後者は一般人を見捨てて、味方だけを救う。
「全てを救うなんてこと、目指してるのはお前くらいだよ主人公」
「俺たちの持ってる才能は人を救うためのものじゃねぇのか?」
「才能を過信しすぎるなよ。俺たちの手は小さいんだからな」
小さいから、弱いから、仲間が死ぬのが怖いから。今更そんなもので止まるほどヒーローの覚悟は軽くない。
「お前をぶん殴って止めてやるよ。ヒーローなめんなよ」
「ああ、来いよヒーロー」
レンにライトの行動を止める理由はない。レンだって味方以外を救える方法があるなら救っている。
もし、そんな夢物語をヒーローが叶えてくれるなら、それが一番いい。
「ライトも頑張ってくださいね」
レンとアオイが転移する。
『どうして撃たなかったのかしら』
「ダンタリオンか」
エリザベスの遺灰が風に吹かれて消えていくのを見届けたライトが路地裏から出る。
「今の俺じゃあいつには勝てねぇよ。元々あいつの考えと俺の考えがぶつかることは分かってたんだ。あいつだって俺と敵対しても大丈夫なように色々準備してあるんだろうよ」
おそらく、あそこでライトが銃を抜き、応戦したところでエリザベスが死ぬ未来は変わらず、死体が1つ増えるだけだっただろう。
「それに、ファンタジーの世界なら人を生き返らせる方法もあるかもしれねぇだろ?」
そんなものがあるのかなんてライトには分からない。ダンタリオンなら知ってるかもしれないが、教えてくれはしないだろう。
『これからどうするのかしら』
「あれを殺す準備を整える。準備の差が大きすぎる。ある程度の準備があれば精度で越してみせる」
大急ぎで準備を整え、元エリザベスの部下のアリスとともに馬車に乗り込む。
『あれに挑む前に顔を見せるのよ』
「ああ、今までありがとな」
エリザベスの遺骨を馬車に積み込み、走らせる。
「目的地は決まっているの?」
共に旅をする仲間は魔王の護衛騎士、ではなく帝国騎士アリスだ。
アリスの記憶は消滅したのではなく、常に身につけている勾玉に移しただけ。
勾玉のことも、記憶の戻し方も、魔王に教えないことを条件にエリザベスから聞いたものだ。
「今から行くのは帝国、そこにエリザベスのことを伝えて仲間を募る」
エリザベスが死んだことを記憶の戻ったアリスに伝えた時、アリスは泣き崩れ、自殺を試みるくらいには絶望していた。
レンが利用しようと思うくらいには影響力があるのだろう。
「帝国には人工的に勇者を作り出す技術がある」
ライトに足りないステータスを補ってくれるもの。それさえ手に入ればレンを殺せる。
「私は人工的にスキルを付与する技術について詳しくないから分からないけど、相当の対価が必要なのはわかる」
「それでもやるしかねぇだろ」
進んで、進んで、進む。
2日以上、2人で交代しながら馬を手繰り、帝国の首都を目指す。
グガン帝国の首都ルリン。皇帝の権力の現れである大きな城、その周りに都市が発展した帝国最大の街である。
「んで、突然だけどありゃ何だ?」
城の中。少し開けたところに数体の天使を模した人形が置かれている。ただ、大きさが尋常ではない。ある程度高く作られている城壁よりも高く、城の外から観察できるほどの大きさだ。
「さあ、分からないけど、予想はつくわね」
「どんな?」
「対魔王用人工天使」
「ほんと、帝国ってなんでも作りたがるんだな」
「あなたの銃もうちの学者に解析させたら劣化版を作れると思うわ」
それはすげぇ、と呟きつつ、お祭りムードの街をくぐり抜け、城門前まで進む。




