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ひきとり屋  作者: 葵枝燕
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五人目 西野緑里

 こんにちは、おひさしぶりです、葵枝燕です。

 『ひきとり屋』、第七話でございます。二ヶ月以上も放っておいてごめんなさい、お待たせしました。ストックがなくなってしまいまして……。

 というわけで、やっと更新できます。

 今回の主人公・西(にし)()緑里(みどり)(三十二歳)は、夫のある趣味に呆れています。そんな彼女が、ひきとり屋に出逢います。

 はてさて、どうなるやら。

 では、どうぞご覧ください!

 夫の部屋のドアを開ける。そこに所狭しと並べられたモノを見て、思わず眉間に(しわ)が寄るのを感じた。

「また増えてる……」

 結婚して十年になるが、夫である(ひと)()の趣味は私には理解できなかった。別に夫のことが嫌いなわけではない。非の打ち所のない男だとは思っている。顔の造形もいいし、頭もいいし、優しいし、料理は私よりも上手いくらいだし――私なんかにはもったいないくらい、いい男なのである。でも、その趣味だけは理解できないのだ。

 仁史の趣味。それは、少女漫画を集めることだった。


 結婚する前から、仁史の趣味は知っていた。

 デートの帰りにはいつも、仁史は「少し書店に寄っていい?」と()いた。そのときは、ただの本好きの男なのだと思っていた。それが違うことに気付いたのは、夫が必ず見るコーナーが少女漫画の棚だったからだ。

 理解できなかった。なぜそんなに、男性が少女漫画にのめり込めるのか。それは多分、私が普段から本自体を読まないからかもしれない。字を読むのが嫌いだった。だから、本なんて触ることもしてこなかった。

 理解できない、そう思いながら、内心は仁史が羨ましかった。何よりも心を傾けられるモノがある、そのことが羨ましかった。私にはそれがないように感じては、一人劣等感を抱えることも少なくなかった。

 それでも、男性が少女漫画を読むことが他人から見てどう映るのかを考えると、心穏やかではいられないのだ。そしてそれが、自分の夫だと考えると、周囲の目が気になった。


「ただいまぁ」

 仕事を終えた夫が帰ってきた。

「おかえりぃ!」

 息子の(なお)()が、仁史を迎えに玄関に向かう。パタパタと、元気のいい足音が廊下を駆けていった。

 しばらくして、尚時が仁史を引っ張るようにしてリビングに入ってきた。

「おかえりなさい、あなた」

「ただいま、緑里(みどり)

 いつもと同じに言葉を交わす。尚時が、仁史の手を握ったまま、ピョンピョン跳びはねる。

「ねえ、パパ。ゲームしようよ。車のやつ」

「お、いいのかぁ?」

 いたずらっぽく、仁史が笑う。

「またパパが勝っちゃうぞ」

「僕だって練習してるもん! 今度は僕が勝つよ!!」

「言ったなー?」

 楽しそうな会話。そこに加われないのが寂しく感じる。かといって、テレビゲームには何の興味もないのだが。

「ゲームはいいけど、ご飯前にはちゃんと片付けるのよ」

「わかってるよ。ほら、パパ早く!」

 尚時が、手慣れた様子でゲーム機の準備をする。家で一人のときに触るせいかもしれない。本人は気付かれていないと思っているようだが、慌ててコードをしまっているところを見れば誰でもわかるだろう。母親としては、外で走り回ってほしいとも思うのが本音だけれど。

 仁史が、そんな尚時の横でゲーム機に入れるカセットを探している。カーレースのゲームだけでも三種類あるので、どれがいいかを尚時に(たず)ねている様子だった。

 ふと、仁史が鞄を置いていった椅子に目がいった。そこにあったのは、駅前にある全国チェーンの書店のロゴが入ったビニール袋だ。透けて見えたそこには、きらきらとした少女の絵がある。

「また、か」

 小さく呟いた。仁史にも尚時にも、その声は届かなかったようで安堵する。

 これ以上、少女漫画が増えるのは正直困るな――と、そんな思考を飲み込んだ。


 それは、いつもと変わらぬ水曜日の朝のこと。既に、仁史と尚時は出かけていた。平日のど真ん中だな、なんてことを思いながら夫の部屋に入った。

 壁一面に並んだ本棚には、その全てに少女漫画のコミックス本が並んでいた。そこに入りきらない漫画達は、床に積み上げられていたり、机の上にタワーを形成していたりしている。もしかしたら、クローゼットの中にも溢れ返っているのかもしれない。

 夫の趣味に関して、別にとやかく言う気はなかった。好きなものがあることも、悪いことだなんて思っていない。

 でも、これ以上本が増えるのは困る。夫はちゃんと管理しているのかもしれないけれど、いつか夫の部屋だけでは収まらないくらいの量になるのは明白だ。私の部屋にまで侵入されるのも、時間の問題かもしれない。

 何冊か売ってもばれないのでは……? そんなことを、ここ最近ずっと考えていた。仁史は、通常版と合わせて、あれば初版限定版も買う。つまり、中身が一緒なものが何冊かあることになる。それなら、何冊かなくなっても気付かないかもしれない。

 本棚や床上のものを抜くのは、危険だ。目につきやすいから、すぐに気付かれるだろう。

 だから私は、クローゼットを開けた。プラスチック製の衣装ケースの中に並んだ、たくさんの少女漫画の背。そっと引っ張り出した。


 信号待ちの度、ちらりと後部座席を窺う。そこには、段ボール箱が一つ。中身は、仁史の集めている少女漫画だ。

 車で三十分走った隣市に、全国チェーンの中古本買い取りショップがあることは知っていた。そこならきっと、仁史に気付かれないだろう。それ以前に、仁史は古本屋には興味がなかった。本を買うなら必ず新品、中古本なんて絶対に買わないのだ。

「好都合、だわ」

 そっと呟く。仁史は今朝、出勤する前に「今夜は帰り遅くなるから」と言っていた。それがさらに、私を行動に移させた。

「変ね」

 信号が変わっていてもいい頃だ。私は車を停めている。それなのに、誰もクラクションを鳴らさない。おかしい。

 そう思って、前方を見た。

「何これ」

 そこには、見知らぬ景色が広がっていた。時間を止めたような、古びた建物が並んでいる。私は少しずつ車を走らせながら、左右の建物を一つ一つ見ていった。

 そして、一つの建物の前で車を停めた。窓を開け、看板に書かれた文字を見る。

【ひきとり屋 何でもひきとります。御用の方は声をかけてくださいませ】

 細い筆跡で記された文字が見えた。吸い寄せられるように、車から出た。

 何度見ても変わらない、簡潔なのに飲み込めない文が並んでいる。どういう意味なのか、理解できなかった。

 そのとき、ドアが開いた。ドアを少し開けた恰好のまま、私を見上げるその存在に思わず一歩(あと)退(ずさ)る。それは、性別不詳の子どもだった。息子の尚時より少し年上くらいだろうか。

「いらっしゃいませ。ひきとり屋へようこそ」

「え……あ、あの」

 子どもは、私の手をそっと(つか)む。細くて頼りなく見えたのに、意外と力強かった。そのまま、私を引っ張っていく。

「キルコさん、お客様です」

「あら、ありがとう、ミオちゃん」

 ミオ……という名前なのだろうか。そう思いながら、子どもが呼びかけた方を見る。そこには、(すそ)の長い黒いワンピースを着た女性がいた。

「はじめまして。この店、ひきとり屋の店主をしております、イチイと申します」

 女性はそう言って、小さな紙を差し出してきた。受け取ると、そこにはこう書かれていた。

【ひきとり屋店主:櫟記流子 イチイキルコ】

 名刺、あるんだ。そんな、どうでもいいことを思った。

「ここに来られたということは、何か不要なモノがあるということ――そうですね?」

「不要なモノ?」

 店主は微笑む。綺麗な笑顔だけれど、それは同時に私の心に恐怖も植え付ける。何故だろう、優しく見えるのに。店主の顔の左半分を覆う包帯が、痛々しいからだろうか。

「ここはひきとり屋。お客様の不要なモノをひきとるのが、私の仕事。この世のありとあらゆるモノをひきとるお店。物から生物まで、全てをひきとるお店。その個数に制限はありませんが、その代わり契約の取り消し及び破棄は受け付けませんので、予めご了承を」

 その説明を聞いて思う。なるほど、ね。やっとわかった。私がいらないと思っているモノを、それが何であれひきとってくれるというわけだ。

「本当に、何でもいいのよね?」

「ええ」

 不要なモノ。仁史にはきっと必要で大切なモノだろうけれど、私にはそれが真逆のモノだ。少しくらいなくなったって、(ゆる)されるわよね? 自己弁護するように、言葉が回る。

「店の前に停めてある車に、段ボール箱があるんだけど」

 そして、意を決した。

「それに入っている少女漫画、全部ひきとってくれる?」


 それから、どこをどうしたのか――うっすらとしか思い出せない。何か、契約書みたいな紙に色々書いたことは憶えているけれど、それだけだ。気が付くと駐車場にいて、背後にあったはずの段ボール箱は消えていた。

 自信を持って売りに行こうとしたはずなのに、やはりそれが仁史にばれてしまうのはこわかった。問い詰められるのではと、不安だった。でも、仁史は何も言ってこなかった。持っている漫画のタイトルは全て頭に入っているはずの仁史が、何も言わなかったのだ。そのことに、ひたすら安堵していた。

 そうして、日々は幸福に過ぎていった。


 とある日曜日の夕方。

「ただいまぁ」

 十歳になったばかりの尚時が、塾から帰ってくる。テレビゲームに夢中だった息子は、今や学年で一番成績がいい。テレビゲームよりも、机に向かう時間が増えている。

「おかえりなさい」

「おかえり、尚時」

 私と仁史、それぞれに息子に声をかける。

「ねえ、父さん、母さん」

 尚時が笑顔で私たちを見る。

「僕ね、好きなものができたんだ」

「まあ、何?」

 笑顔のまま、息子が鞄からそれを取り出す。

「これだよ!」

 それを見て、私は息を飲んだ。仁史が、満面の笑みを浮かべているのが視界の端に映る。

 尚時が両手で持っているそれは、仁史が何よりも愛しているモノ――少女漫画だった。

 読んでいただき、ありがとうございました!

 今後とも、多分のんびりと更新いたしますので、ご了承ください。楽しみに読んでくださる方には、申し訳ないと思っています。

 気長にお待ちいただければ幸いです。

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