『皇帝』始動まであと……?
そこから先の工程は生易しいものではなかった。巨大人型ロボットの製作の難しさを感じるには十分過ぎるほどの苦労がそこにあるのだ。
『桜』の時も制作にもそうとう苦労したのだって記憶に新しい。
「だぁぁ! やっぱりこの関節もたないじゃない! はぁぁ……。作り直しね」
既に何度目の作り直しかはわからないが、また一つそれの追加が決定した。
前回の『桜改』の歩行実験から早くも二週間が経とうとしていた。
僕は新学期にもすっかりと慣れ、学校のルーチンワークもそつなくこなせるようになってきた。まぁ最も例え勉強に困ったとしても学年首席と次席がすぐ近くにいるから特に大変と感じたことはないんだけど。
ゲームばかりしているのになんだか成績はむしろ上がったのは皮肉な話だ。
只今、僕と風見さんは第三工程である『運転試験』の真っ最中だ。ここでは種々の試験機を使い、『皇帝』のパーツを引っ張ったり、押し縮めたり、振動させたり、曲げたりを繰り返している。
そして歩行実験で得られたデータを元に計算された強度に達していれば合格で、でなければ不合格。すなわち作り直しだ。
今回『皇帝』の目標を『歩行』に設定しているため、越えるべき難関が山のようにあるのだ。
そして、再びイライラしたように風見さんが声を上げた。
「あぁぁもうっ! 一体何個目の作り直しよ! 人型ロボットなんて無理よ!」
「ま、まぁまぁそう言わずに。結構いいところまで来たんじゃない? もう少しだよ!」
「はぁ!? この状況でもう少しとかよく言えたわね!?」
「ご、ごめんなさい」
僕がしゅんとした様子を見せると、ハッとしたように風見さんは首を横に振った。
「いえ、ごめんなさい。あなたに当たっても仕方ないのにね」
「いやでも風見さんの気持ちもわかるよ。殆ど理不尽で連れてこられたもん」
「まぁ、確かに納得は出来ないけど負けは負けよ。約束は守るわ」
と、困ったように黄色のヘルメットの下から笑顔を向けてくる風見さん。綺麗だなぁ。
最近になって特に感じた事だけど、この人は本当にいい人だと思う。初めはいきなり勝負を吹っ掛けてくるし、気は強いしでなんだか怖い人だと思ったけれど、それは僕の思い過ごしだった。
今は東藤さん、弓佳ちゃんペアと、僕、風見さんペアに別れることが多いんだけど、友達のいない僕に対しても普通に接してくれるし、なによりこんなに長期間拘束してるのにしっかりと手伝ってくれている。
時々怒ったりするのが怖いけど、根は優しくて、負けず嫌いな女の子だ。
「まぁ何にせよ、ふぇありーには『風見鶏騎士団』の助っ人でもしてもらわないと割りに会わないわ。絶対に次のBWのスクアドカップには『風見鶏騎士団』名義で出てもらうからね!」
「え、えぇ……? ちゃっかりしてるなぁ、もう」
「えへへ」
そして、等の僕はというとこの一ヶ月間で『風見鶏騎士団』に助っ人へ行くことがいつの間にか決定していた。
弓佳ちゃんが『あの子なら状況を上手く利用する』と言っていたのはこの事なのか、と最近になってわかった気がする。
だからなのかはわからないけど、僕が『風見鶏騎士団』に助っ人へ行くと言っても弓佳ちゃんは特に反対しなかった。東藤さんは反対してくれたけど。
「さーて。じゃあ残りの試験もさっさと片付けて設計をサクサク終わらせましょーか!」
「うん!」
そして、僕と風見さんは会話もそこそこに再び単調な作業へと戻っていった。
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「どうです? 作業の方は?」
本日予定していた『創造』と『組立』、そして『試験』を一通り終わらせた後、僕と風見さんは『ブリーフィングルーム』まで足を運んでいた。
「まぁ進捗状況はボチボチっていった所ね。そっちはどうなの?」
「こっちもボチボチ、だよー?」
僕らが外形ならば東藤さん達は中身を担当している。もちろん外枠がふにゃふにゃならば話にならないが、『皇帝』を動かすに当たって『制御機構』も大きな大きな要素となる。
「やっぱり『変形機構』が厄介ですね。もうちょっと簡略化出来ませんか?」
「出来ないってわかってて聞かないでよ」
そう。『皇帝』には『変形機構』が採用されている。初期案に比べてかなりの修正が入り、かなり簡素化されたはずなのだけれどそれでもやはりそこがネックになっているようだ。
「歩行に関しましては、父に無理を言って人間の歩行モデルを入手しました。ですのである程度の目処はついているのですが」
東藤さんの話によると、シミュレーションでは『桜改』は歩けたらしい。まぁ床の強さ等々は考慮に入れていないので、本末転倒といえばそうなのだけれど。
「『変形』しないといつまで立っても武装を上手く使えないわ。武装を使う前に被弾してお陀仏ね」
「当たらなければどうと言うことはないそうですよ。ふぇありーさん曰くですけど」
「当たるに決まってるでしょ。ふぇありーあんたバカなの?」
「えぇー? あれはその場の流れだよ!」
じとりとした視線を僕に送る風見さん。
そして、なにやら不服そうな弓佳ちゃんがキラリと目を光らせながら言う。
「案ずるな。こんな小さな目標に当たるはずはない」
「どこが小さいのよクソでかいでしょうが!」
全長18mの動く的に対して小さいは流石にないよ。と、軽く笑いながら僕と東藤さんは弓佳ちゃんを見つめた。
「まぁゆっくり頑張っていこうよ。時間はいくらでもあるんだしね」
と、僕が言うと東藤さんも頷いてくれた。
まぁ風見さんには申し訳ないが、ゆっくりじっくりと作るのがいい。
「はぁ。そんな悠長な事言ってたらいつ完成するかわかんないわよ……」
ため息をつきながら吐き出すように言う風見さんだったが、諦めたように首を振った。
「まぁ……いいわ。じゃあふぇありー。今日の最後の試験行きましょうか。弓佳、あなたも手伝ってくれるのよね?」
「あ! 火力演習だよね!? あたしもいくよ!」
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ブリーフィングルームを後にした僕達が続いて来たのは『格納庫』だ。
今日の最後の試験は『皇帝戦車砲装着実験』になる。
簡単に言うと、悠久機にやっと、ついに、ちゃんとした武器を乗せるための実験だ。
「えぇー。ださくないー?」
戦車砲を乗せた『皇帝頭』を見た弓佳ちゃんが顔をしかめながら言った。
「はぁ!? どこがよ! 超絶カッコいいじゃないの!」
弓佳ちゃんのなんとも言えない表情にイライラしながら反論する風見さんの前には、『皇帝』の頭が台座に固定されていた。
こめかみの右側には角のようなアンテナがそびえ立ち、ツインアイ光学センサーが僕の目の前で光る。
漆黒をベースに塗られた機体は、その機械とは思えないやたらと端整な顔立ちが目立っている。
顔だけ見ても男前だ。まぁ機械に男前という表現は的確でないのかも知れないけれど、とりあえず男心をくすぐる造形と言えるだろう。
ただしある一点。頭頂部に戦車砲がついている事を除けば。
機体頭部と戦車砲は『格納庫』の出口に向けて設置されていて、大きく口を開けた出口の先には仮想敵である『風見レオパルド(ハリボテ)』が日に照らされてその実験を待ち構えていた。
なぜ頭につけるんだ、と思うかも知れない。が、これは皆で話し合った結論なんだ。
頭の上に、それこそチョンマゲのように主砲を乗せることが出来れば、体を建物等に隠しつつ上から狙撃することが出来る。
しかも敵戦車は上面装甲が薄いのが基本だし、歩兵を狙うにしても『迫撃』として攻撃出来るから適用範囲が広がるだろうという考えだ。
さらに首の角度を変えれば上でも下でも相当の仰角を確保することが出来る。
まぁ他にデメリットを挙げればキリがないんだけど、今はここまでに留めておこう。
「ねー。誘導ミサイルポット的なやつを装備するのはダメなの? こんなチョンマゲみたいなのが付いてるの嫌なんだけどー」
「チョンマゲじゃないわよ! 主砲よ主砲! そもそも『皇帝』っていう名前も実在した巨大戦車から取ってきているのよ!? 歴史を遡ればあれは旧ソ連の……」
「あー、風見さんストップストップ。いいから実験しようよ。あ、弓佳ちゃん? 誘導ミサイルはBWのルールで禁止されてるんだ。それを許可しちゃうとみんなミサイルを撃ち合うだけのつまらない戦いになっちゃうからね」
まぁ歩兵の持つ誘導兵器は射程がどうのこうのといった細かいルールは規定されているが、あんまり詳しくは知らない。僕にはあんまり関係のない話だからね。そもそも使わないし。
そして僕に話を遮られた風見さんは不服そうに頬を膨らませながら僕を睨んでくる。
風見さんの雰囲気は弓佳ちゃんの滅茶苦茶長いロボット談義と同じ匂いがしたからね。時間節約の為には遮ることが正解なんだよ。経験則的に。
「じゃあ僕が観測制御システムを操作するから、準備が出来たら声をかけてね」
「あ、待って私も行くわ」
「あたしはここにいたらいいんだよね!」
慌てたように風見さんは僕に着いてくると、その拍子に黄色ヘルメットをもう一度かぶり直す。
「風見さんそのヘルメットそんなに気に入った?」
「え? あ、うん。か、可愛いじゃないこれ」
と、少し顔を赤くする風見さん。まあRWだったらそこまで安全を考慮する必要はないため、逆にヘルメット、というのはこの人にとって新鮮なのかも知れない。
言いつつ僕は『格納庫』の隅に備え付けられている『管制室』へと向かっていった。
『管制室』は僕が『桜改』に搭乗していたときに東藤さんがいた場所だ。種々の機械がズラリと並び、『桜改』の制御システムの健康管理やレーダーによる戦闘補助もここで一括して行っている。
そして僕は真ん中のイスにゆっくりと腰掛けて、スピーカのスイッチを入れた。
『えー。もしもし? 弓佳ちゃん、聞こえる?』
「きーこえーるよー!!」
弓佳ちゃんが大きな声で手を振りつつ返事をする。うんうん。元気がいいのは良いことだね。
そして僕の目の前のマイクを手元に寄せつつ、風見さんは口を開いた。
『弓佳。アンテナの下にハッチがあるから、そこを開けると中にレバーがあるわ。それが発射装置だから、私の合図でそれを手前に引いて』
了解! とばかりに綺麗な敬礼を見せる弓佳ちん。
将来的にはもちろんコックピットで火気管制を行う予定だけど、今は試験だから頭に発射装置がある。
「よし。じゃあふぇありー、やるわよ」
「了解。各種モニタリングシステム始動。……センサー類ノイズ発生……想定範囲内に収束。感度良好。計測システムオールクリア」
計器が様々な波形や数値を描きながら観測結果を示していく。その様子を見て風見さんは満足そうに頷くと、小さく口を開いた。
『よし、弓佳。準備はいいかしら?』
すると弓佳ちゃんはゆっくりと『皇帝頭』の側頭部に取りつき、ハッチの中に手を差し込んだ。
一応彼女の回りは防護板で取り囲まれているが、何となくあの子を見てると不安になる。
そして準備が出来たであろう弓佳ちゃんが笑顔でこちらへ手を振る。
『それじゃあただ今より、『皇帝戦車砲装着実験』始めるわよ! カウントダウン開始! 10.9.8……』
弓佳ちゃんは空いた手で片耳を抑え、来るべき衝撃に備えている。
だけど弓佳ちゃん。もう片方の耳が空いてるから意味ないよそれ。あ、ていうか弓佳ちゃんに耳栓渡せばよかった。
『3.2.1。いいわよ、撃ちなさい!』
僕が止めに入ろうか迷った瞬間、風見さんがそう叫んだ。そして、弓佳ちゃんが『皇帝頭』のレバー引くと同時に響き渡る爆音。続いて爆音の衝撃波によって、僕の目前の透明な防護板がビリビリと震える。
「いぃ!? ゆ、弓佳ちゃん!!」
そしてそれとほぼ同時に、激しい爆発音とともに戦車主砲を積んだ『皇帝頭』が吹き飛んだ。
主砲は頭の根本から千切れるように剥離し、後方の壁に叩き付けられて止まる。そして肝心の『皇帝頭』はチョンマゲをむしりとられたような無惨な残骸と化した。
仮想敵(風見レオパルド)はひっくり返っている所を見ると、一応攻撃自体は成功したんだろう。
だけどどう見ても『皇帝頭』の損害の方が大きい。戦車の方は修理で何とかなりそうだけど、『皇帝頭』は大破しているから修理のしようがない。
そ、そんなことより弓佳ちゃんだ!
僕は『管制室』のドアから飛び出して、弓佳ちゃんの元へと駆け寄る。
「弓佳ちゃん! 大丈夫!?」
『皇帝頭』の破片やらでごちゃごちゃしている所をかき分けて、弓佳ちゃんのいる防護板の所まで向かう。
すると彼女は防護板の中でうずくまっていた。
よかった。大丈夫みたいだ。
「ふ、ふ、ふぇ、ふぇありー。『皇帝』が爆発したよ! あ、あたしのせいじゃないよ!」
「う、うんわかってるよ」
焦ったように瞳を潤ませながら、必死に否定する弓佳ちゃん。流石にこの状況で君のせいにはしないよ。
そして僕が瓦礫をどかしながら弓佳ちゃんを救いだしていると、風見さんがゆっくりとやって来た。
「く、くくくくく。あはははは! 弓佳大丈夫!?」
「か、風見さん何笑ってるの! 手伝ってよ!」 「いやだって、チョンマゲが吹き飛んだんだもん」
「チョンマゲじゃないって言ったの君でしょ!?」
「うふふふ。悠久機がハゲちゃった! あはははは!」
「もー! 笑ってないで手伝ってよ!」
そして、あはははは! とお腹を抱えて笑う風見さんは、手で涙を可笑しそうに拭いながら僕と共に瓦礫の撤去作業を行い始めたのだった。
毎日毎日暑いですね。
『人型ロボットの武器』といえば代表例として『剣』があげられます。もちろん他にもありますが。
ビームの剣だったり実体剣だったりその種類は様々ですが、殺陣のかっこよさは『人型ロボット』の真髄だと思います。人型じゃないと出来ないですしね。
いつか『悠久機』も出来たらいいなぁ。




