009
しかし強制的に始まったイベントは、そんな工夫を考える暇も与えてはくれなかった。
スッと重心を落とし、半身になってリタルは身構えた。
咄嗟の事にメイもユウトも慌てる。
幾らゲームだからといって少女と言うべき女の子、それも家族を失った子供を相手に暴力を振るうわけにも行かない。
焦り身構える事も出来ない二人に、やはり子供とは思えない見事な足運びでリタルは接近した。
握り締められた小さな拳が、ユウトに向かって放たれる。
十分に勢いの乗った拳だった。十全に力の込められた拳だった。
その拳が、ぽすりとユウトの腹部に命中した。
「…………」
「…………」
「……せやっ」
続いて回し蹴り。これも十分に勢いがついている。
これも見事にぺちりと決まる。リタルの猛攻は止まることなく続いた。
「…………ねぇ、メイ」
「言うな。まぁ、このなりで馬鹿みたいに強かったら反則だよな」
ぽす、ぺち、ぼふ、と少女の攻撃は確実にユウトの体に当たっている。
衝撃も発生している。
一応、ダメージも発生している。
「はぁ、はぁ、はぁ」
疲れたのか、リタルが息切れを起こして止まった。
戦闘中、自身のHPの数値は表示されず、HPバーが増減する事で現状の状態を知ることが出来るのだが、ユウトのHPバーは既に自然回復によって既に最大値まで回復していた。
「……負けません」
息継ぎをしたリタルは再び拳を振り上げた。
「ねぇ、メイ、次交代して。なんていうか、違った意味で痛くて」
「……わかった」
リタルの理不尽に対する戦いは、彼女の体力が尽きるまで続いた。
最終的に彼女は泣きながらも二人を殴り続け、やがて手も上がらなくなって疲れ果てて意識を失った。
「ねぇ、メイ。俺さ、このクエスト作った人、嫌いだわ」
「奇遇だな。俺もだ」
ゲーム開始直後のデスマラソンに始まり、アンデッドの首集めと来て、少女との対決である。
確かに戦闘という面では、難易度は低い。だが、精神的なダメージが酷い。
リタルが気絶した時点でクエストクリアの表示はされたのだが、気分は晴れない。
せめてもの救いは、続いて発生したクエストだろうか。報酬はないものの、それは気絶したリタルを教会へと運ぶものだった。
メイはしゃがみこむと、リタルの涙の後をぬぐって背負う。
「途中で交代ね、メイ」
「ああ、わかってる」
リタルを背負ったメイは、そう声をかけてくるユウトに頷いて歩き出した。
意識を失い目を伏せる少女は、作られたNPCだとはやはり信じがたい。
目の前にいる神父もそうだ。
穏やかな清浄の父である表情は本物と変わらない。
作り物の世界だというのがまるで嘘のようだ。
「あなた方のお陰で少しは気が軽くなったでしょう。理解をしようとする心は人を変えます」
神父はメイとユウトを交互に見るとユウトに対しては敵意みたいたなものを一瞬向ける。
それに驚いたユウトは肩をぴくりと揺らすが、神父は穏やかな表情を再び浮かべた
「あなた方のお陰でリタルは漸く、両親の死と向き合うことでしょう。つらい選択ではありますが、未来が開かれたのです」
どうやらこのクエストはリタルに理解をさせる手助けと言ったところだろうか。
だが、先ほどのあれで果たして理解したのか、それはプレイヤーであるメイとユウトが知りえぬことだ。だが、クエスト進行のNPCがそう言うのであればそうなのだろう。
一応はクエストの条件を満たしたのだから、彼女は理解した。そう考えるしかない。
クエストクリアのウィンドウが開く。
神父に会うというクエストが完了したのだ。
報酬は得られないが、これでこの腑に落ちないシナリオが終了した。
メイとユウトはひとまず町に戻ることにしたが、改めて初めてクリアしたこのクエストは気持ちの晴れるものではなかった。
普通、こんなクエストをしていたら心が折れてゲーム自体楽しめなくなるだろう。
だが、メイとユウトは違う。
散々なクエストではあったが、NPCが人間のように動いて話す姿はリアルのようで冒険心を擽られた。
「いつの間にかレベル上がってるし。道中のモンスターのお陰かな。もうすぐでレベルが五になるよ」
町についた後、自分のステータスを確認したユウトはメイに目配りした。
「プレイヤーレベルは順調に上がってるな」
「うん、プレイヤーレベルはね…」
二人は肩を落とす。
二人が今欲しいのはスキルレベル。戦闘系はフィールドに出れば上がるが、どうしても戦闘スキル以外のものと差が出てくる。
今のところは解決方法もないし、それを考えるのはもっと経験を積んでからだ。
「…さっき神父さん、ユウトのこと睨んでなかったか?」
「え、そうなの? 多分、リタルちゃんを背負ってたせいじゃないかな。おじいさんの嫉妬って奴だね」
「うっわ…ジジロリか。誰得だよ」
「それ考えちゃうと具合悪くなるからやめようよ」
引きつった笑みを浮かべたユウトが頬を掻くと、むむっと唸っていたメイも想像したのか、顔を青くした。
「うん、やめよう…」
あまりにも不気味な妄想で精神的に大きなダメージを負った二人を夕焼けが照らす。
「あ、もう夕方か」
「ということは、リアルじゃ夜だね。ウィクトリアでは、リアルより時間の進みが少し遅い。えぇっと…どのくらいだっけ?」
苦笑いを浮かべるユウトに心底呆れながらもメイは、ウィンドウを開き現実世界とゲーム世界両方の時間を示す時計を見せた。
ゲーム時間は十七時。現実世界は二十時を過ぎていた。
「やっば…そろそろ落ちないと」
「何だかんだで色々動いてたからな。時間忘れるとこだった」
「ひとまず、落ちるよ。宿題やるから今日はもう無理かな」
「あー、そういえば出てたな。てかまだやってないのか。あれ出たの昨日だろ」
「あはは、ごめん。それじゃ、また」
パーティーを解散し、ウィンドウを弄るとログアウトボタンを押す。
結晶化のエフェクトと共に先に現実世界へと戻ったユウトに手を振ってメイは、広大な空を見上げた。
茜色の夕焼け。まさか、世界の再現が現実にこうも酷似しているとは思わなかった。
驚きの連発でこれからの冒険が楽しみで仕方なくなる。
「これからよろしくな」
口元に笑みを浮かべたメイは、ログアウトボタンを押した。