013
ゲームを始める前に全てを終わらせようと祐介は、昼食と夕飯の用意をしていた。
ゲーム前に少し休みたかったが、いかんせん祐介の家は特殊だった。
父親は脳科学研究所に務める研究者で、帰宅も不安定。その日、帰ってこないこともある。
更に言えば、仕事の一環の接待まである。それによって研究成果も変わって来るらしい。
だからこそ、役割を果たすために祐介は、家の中を綺麗にして食事を用意していた。
疲れて帰る父親に何も用意していないのはどうも可哀相な気がして、出来ることをやってしまいたくなるのだ。
父親は「気にしなくても大丈夫だよ」と言葉にするが、祐介は納得がいかなかったのだ。
自分だけが楽をしている気持ちになる。母親がいないから自分が代わりに家事をやらなくてはいけないと言い聞かせているのだ。そうしないと、母が亡くなるまでやっていたことを無かったことにしてしまう気がして、家の形を変えたくなかった。
それだけ祐介にとって家族は大切でかけがえのないものだ。
「ふっ、完璧…」
口元に笑みを浮かべて祐介は、昼食と書き置きを置いた。
昼食のおにぎりが乗った皿には、どれがどの具材なのかを明確に分かるように書いておく。
更に書き置きには『夕飯は冷蔵庫にパスタが入っているから、レンジで六百ワット三十秒~四十秒』と丁寧に温め方まで書いてある。
これは父親が温めることを忘れて冷えたまま食べるための措置だ。
家に帰ると途端にガス抜きがされるため、与えられるものをそのままに受け入れる傾向がある。自分が作った食事を美味しくもない状態で食べられるのは気分が悪かった。
「十一時か。そろそろ食べちゃわないとな」
ラップにかかったおにぎりとは別の更に分けておいた皿と冷蔵庫の中にあるペットボトルのお茶を取り出す。
「いただきま──」
おにぎりに手を伸ばそうとしたときだった。
祐介のポケット内から携帯電話の電子音が鳴る。
「何だよ…っと、命か。はいはーい?」
『祐介、今いいか?』
通話ボタンを押すと、祐介は軽い声を上げた。
「うーん、今から昼飯食べようとしてたところ」
『あ、悪いな。ちょっと相談事があってさ』
「え、ピザが届かないから一緒に殴りこみに行こうとか? 命、いくらなんでもそれは…」
『ねぇよ! てか、何で俺がピザ頼んだの知ってんだよ!』
「この話するとちょっと長いから今度にしようか。それで、どうしたの?」
ペースを狂わされて電話口で拗ねてる命の深い溜息に、祐介はくすくすと笑った。
気を取り直すように、命がリナとのいきさつを話すと今度は祐介が盛大な溜息を吐いた。
「命ってお人好しだよね。町まで送ったなら放っておけばいいのに…」
『んなこと言ったって、仕方ないだろ』
「ま、それもそうか。解決策は二つ」
祐介は、口元に笑みを浮かべた。
「ひとつは、放っておく」
『だから、それが出来ないから──』
「ふたつ、例の女の子達をPKする」
『…………は?』
信じられないとでも言うように間抜けな声が出る命に祐介は噴き出した。
「あっははは、冗談だよ。ま、それをやっちゃってもいいんだけど…」
『おい、祐介』
やや怒気を含んだ声で非難するように祐介の名を呼ぶと、祐介は喉元で笑いながらもう一度、冗談だと言う。
「今どうしたいか、かもね。相談に乗ること事態は悪くないし、一緒に遊ぶのもよし。一度ログアウトして一人で考えさせるのもありだよ」
『どうしたいか、か…。でも、あの様子じゃ…』
「ん? あ、ごめん。言い方が悪かったか。俺は、命に言ってるんだよ」
『俺?』
頭に疑問符が浮かぶトーンで命は、どういうことだと尋ねる。
「命がどうしたいか、俺はそれについて行くよ。だけど、下手をすれば人間関係をぶち壊すことになる。まぁ、俺ならそんな奴ら二度と関われないようにしてやるけど。ほら、関係を完璧に断ち切っちゃえば、怯えることなんか何もなし。保険で弱み握るとかもありではあるけど、恨まれる原因にもなるからオススメはしないね」
『鬼か、お前は』
「やだな、人間扱いしてよ。まぁ…」
すっと目を細めて祐介は口元に弧を描いた。
「その女の子達は人の皮を被った化け物のようだけど」
命の背筋に悪寒が走った。
話の内容にではない。祐介の冷めた物言いに僅かながらも恐怖を感じた。
激昂して怒ることは滅多に…というよりも見たことがないが、この静かなる怒りは何度も目にしたことがある。
祐介のこういった怒りは必ず笑みを含んだものになるのだ。
何で怒ってんのに笑ってるんだよ、と思うが口にしたことはない。
リナを苛めている女子達をPKするという発言は、彼なりの選択肢の一つになっているだろう。冗談ではなく、本気で。
やられたらやり返す。やられっぱなしを嫌うのだ。
大事になる前に、此方の問題も片付けなければならないようだ。
十波祐介という危険人物を止められるのは命しかない。
だが、彼は目の前のものを冷静に捉える力がある。一時の感情で今は怒りを感じているが、状況を目の前にした方が上手い判断が出来るだろう。
物事の状況に関しては、命よりも祐介の方が的確に物事を運べる。だからこそ、頼りにもなる。
『というわけでさ、約束の時間…三十分くらい繰上げで大丈夫か?』
「うん、問題ないよ。ご飯食べたらすぐに行けるし」
さっきの冷めた物言いと打って変わって、普段通りの明るい口調にギャップを感じる命だったが、これもいつものことだ。
時折、心配になる。
祐介が何を考えているのか検討もつかなくなり、不安すら感じる。
しっかり者故にあまり人を頼らない。命には頼りにしてるとよく言うが、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべるものだから信憑性に欠ける。
それでも、一緒に馬鹿やれる友達として命は祐介を気に入っているのだ。もちろん、祐介も同じ気持ちでいる。
ウィクトリアオンラインは、馬鹿な二人の冒険の舞台として申し分ない。
本気でゲームを楽しみたい。
昨日のクエストでは、納得が付きづらかった。
楽しむより疲れたというのが正直な感想だったが、システムのクオリティの高さに感動したのも事実だ。
この先の冒険には期待で胸が膨らんでいる。その気持ちもまた楽しいの一部なのだ。
他のプレイヤーだって、全力でゲームを楽しみたい筈だ。
しかし、リナの件を考えると彼女は楽しみたいというよりも仲間達から逃げたくて楽しむ以前の問題。
恐らく、それに怒りを感じているのかもしれない。
『お前こそ、お人好しじゃん』
「え、命にはどうやったって負けるよ」
『即答すんな。じゃ、十一時半に昨日のワープゲートな』
「了解。それじゃ、また後で」
通話を切ると、思案顔で祐介は眉根を寄せた。
「さてと…どうしてやろうかな。まずは本人に話を聞いて、命の納得いくように解決するには…うーん、状況によって変わるか」
考え込みながら祐介は、壁掛け時計で時間を気にしながら、おにぎりを頬張った。




