第一部最終話 天才の隣に降臨した、本物の怪物
映画『ヘリオス・コード』公開初日。
都内最大級のシネコンの最上階に位置する特別控室は、まるで戦場のような緊張感と熱気に包まれていた。
「あわわわ……どうしましょう怜ちゃん! メディアの数が予定の1.5倍ですって! カンペは大丈夫!? 衣装のシワは浮いてない!? メイク、汗で浮いてきてない!?」
マネージャーの瀬戸さんが、まるで自分が登壇するかのように顔を真っ青にして部屋の中を右往左往している。
俺は手鏡で自分の姿を確認しながら、ふっと小さく息を吐いた。
姿見の鏡に映るのは、深みのあるダークネイビーのシックなドレスに身を包んだ「白妙怜」の姿だ。
大人びたデザインでありながら、首元のレースと細やかな刺繍が子役らしい気品を引き立てている。ヘアスタイルも綺麗にセットされ、どこからどう見ても「完璧な美少女」がそこにいた。
「瀬戸さん、落ち着いてください。鏡を見る限り、メイクも衣装もバッチリですから」
「怜ちゃん、なんでそんなに落ち着いてるのぉ……っ!? 私の方が緊張で胃が痛いんだけど……っ!」
「ふふ、瀬戸さんが緊張を全部引き受けてくれてるからですよ」
大人びた笑みを返すと、瀬戸さんは「もう〜〜!」と叫びながら胸を撫で下ろした。
中身は前世の記憶を持つ男子学生だ。
精神年齢が周りの子どもより少し高い分、目の前の状況を客観的に見れていた。
大舞台を前にした高揚感はあるものの、パニックになることはない。
「……相変わらず、可愛気のない余裕ね」
不意に声をかけてきたのは、隣のドレッサーでメイクの最終チェックを受けていた一条蓮だった。
彼女もまた、格調高い黒のドレスに身を包んでいる。
いつも通りの強気で笑みを浮かべているが、その瞳の奥にはかすかに熱い火が宿っていた。
「蓮ちゃんこそ、完璧な仕上がりだね。すごく似合ってる」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの? ……でも、今日の主役をあなたに譲るつもりはないわよ」
「譲ってもらうつもりはないよ。……でも、横で並んで歩くつもりではいるよ」
「……フン、言うようになったじゃない」
蓮はフッと小さく笑うと、メイクスタッフの目を盗むようにして、俺に小さな手を差し出してきた。
その手を取ると、パチンと力強く握り返される。
言葉にしなくても分かっていた。お互いがこの現場でどれだけの熱量を削り出し、互いの演技をぶつけ合ってきたかを。
『――初日舞台挨拶、ご登壇の皆様、舞台袖へお越しください!』
スタッフの呼び出しの声が響く。
いよいよ、その時が来た。
「――白妙怜様、一条蓮様、どうぞ!」
司会の威勢の良い呼び込みとともに、重厚な防音扉が開かれた。
――ドオッ!!!!
直後、耳を刺すような歓声と割れんばかりの拍手が押し寄せてきた。
視界を埋め尽くすのは、目が眩むほどのカメラのフラッシュの嵐。
超満員の客席。立ち見が出るほど埋め尽くされた劇場で、何千人もの熱い視線が一斉に俺たちへと注がれる。
(あぁ……すごいな……)
前世の俺なら、テレビの芸能ニュースでただただ指をくわえて眺めているだけの「画面の向こう側」の世界。
前世では何者かになる前に終わったはずの人生。
それが今、眩しいスポットライトの真下に立っている。
胸の奥が熱く震え、前世の男としての影が、完全に「白妙怜」という存在に上書きされていく感覚がした。
「――ではまず、今回ポカリクスのCMで大バズりを果たし、一躍時の人となった白妙怜さん! 一言ご挨拶をお願いします!」
司会からマイクを向けられた瞬間、客席から「怜ちゃーん!」「ウインクしてー!」「応援してるよー!」と黄色い歓声が上がった。
俺はマイクを両手でしっかりと握り締め、笑顔を浮かべつつも、背筋をピシッと伸ばした。
「白妙怜です。本日は足を運んでくださり、本当にありがとうございます。CMで私を知ってくださった方も多いと思いますが、この映画の撮影では、監督や主演の蓮ちゃんをはじめ、素晴らしいスタッフの皆さんと共に、今の私の全力をすべて作品に注ぎ込みました。スクリーンの中の私たちは……きっと、皆さんの予想をいい意味で裏切ると思います。どうぞ、楽しんでいってください!」
堂々と頭を下げる俺に、記者席からもカシャカシャと激しいシャッター音が鳴り響き、客席からは大きな拍手が送られた。
隣の蓮を見ると、満足そうに頷きつつも、「ふふん、私の挨拶も見ていなさい」と言わんばかりのプロ意識あふれる完璧な笑顔でマイクを受け取っていた。
◆
舞台挨拶を無事に終え、俺たちは客席最前列の関係者席へと案内された。
劇場内の照明が落ち、静寂が訪れる。巨大なスクリーンに光が走り出した。
――映画『ヘリオス・コード』上映開始。
物語が怒涛の勢いで展開し、物語の中盤、ついにスクリーンへ「白妙怜」演じる謎の少女が登場した。
その瞬間――客席の空気が、目に見えて変わった。
客席の全員が、息をのんだ。
CMで見せたような愛くるしいウインクの美少女ではない。
そこにいたのは、悲痛な過去を背負い、冷徹な瞳でレン《一条蓮》と対峙する、圧倒的な存在感を持った「異質の役者」だった。
(あの現場の空気……思い出すな)
スクリーンの向こうの主人公《白妙怜》が、涙を一筋流している。
その瞬間、劇場内のあちこちから息を呑む音と、小さくすすり泣く声が聞こえてきた。
自分の演技が、スクリーンを通して客席の一人ひとりの心を力づくで揺さぶっているのが肌で伝わってくる。
「……ッ」
隣に座る蓮が、小さく息をのんで膝の上の拳を強く握りしめているのが気配で分かった。
悔しさと、ライバルとしての歓喜。入り混じた瞳でスクリーンを見つめる彼女の横顔は、紛れもなく本物の役者の顔をしていた。
映画がクライマックスを迎え、エンドロールが流れ切ったその時。
劇場内を一瞬の静寂が支配し――
――ワーーーッ!!!!
割れんばかりの拍手と歓声が、地鳴りのように劇場全体を揺らした。
暗闇の中、立ち上がって必死に拍手を送る観客たちの姿が見えた。
控室に戻った直後、スマホを開いていた瀬戸さんが金切り声を上げた。
「怜ちゃん! 蓮ちゃん! たい、大変よ!! Xのトレンド、1位から3位まで全部映画とふたりの名前で埋まってるわ!!」
瀬戸さんが興奮で手を震わせながら差し出してきた画面には、凄まじい熱量のポストや掲示板の書き込みが溢れかえっていた。
【映画】ヘリオス・コード初日感想スレ【白妙怜】
124:名無しさん
ポカリクスの可愛いウインクちゃん目当てで観に行ったら、
白妙怜のバチバチの演技力で頭殴られて帰ってきたんだが????
129:名無しさん
>>124
わかる。CMのあざとさは偽装だったのかってレベルの演技力。
特に中盤の蓮ちゃんとの長回しタイマンシーン、息するの忘れたわ。
135:名無しさん
一条蓮の天才っぷりは折り紙付きだけど、それに完全にタメ張ってる白妙怜なにもの??
子役の世代交代じゃなくて“二大巨頭(双璧)”誕生だろこれ。
142:名無しさん
映画館出てきた奴ら全員「怜ちゃんヤバい」しか言ってなくて草。
化け物子役現れたわ。
ネットは大狂乱の渦。
「CMのバズ」は一瞬にして「本物の演技への賞賛」へと変わっていたのだ。
「……フン、ネットも大騒ぎね。でも次は、絶対に私の方がトレンドの上に行くから」
悔しそうに画面を見つめつつも、蓮の口元には誇らしげで、どこか楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「うん。次はもっと、すごい演技でお返しするよ」
「……当たり前でしょ。楽しみにしてるわ」
二人は顔を見合わせ、クスリと笑い合った。
すべてのスケジュールを終え、夜。
自宅の自室に戻った俺は、静かな部屋の中でベランダへと出た。
心地よい夜風が頬を撫でる。
見上げれば、都会の夜空に星がきらめいていた。
CMのバズり、劇場での圧巻の反響、SNSの熱狂、そして最高のライバルとの約束。
しかし、これらはすべて、子役・白妙怜としての「始まり」に過ぎない。
自分の小さくて華奢な手を見つめる。
この手で、俺はこれからいくつもの役を演じ、何百、何千、何万という人の心を動かしていくのだ。
前世のアニメオタクの男子学生だった俺は、もうどこにもいない。
「――これから、俺の物語が始まる」
静かな決意とともに夜空を見上げる怜の瞳は、大スクリーンの輝きにも負けない、強い光を宿していた。
【第一部・完結】
【作者より】
ご覧いただき、本当にありがとうございました!
映画『ヘリオス・コード』の公開、そして舞台挨拶をもって、【第一部・完結】となります!
前世の男から「子役・白妙怜」へ。
CMのバズから大スクリーンでの圧倒的な演技まで、怜の第一章を見守ってくださり心から感謝いたします!
ここまで読んで「面白かった!」「最高の締めくくりだった!」と感じていただけましたら、ぜひ作品ページ下の★評価やブックマークを押していただけますと幸いです!
皆様の★やブクマが、第二部執筆の最大の原動力になります……!
しばらく準備期間をいただいた後、さらにパワーアップした【第二部】をスタートいたします!
準備期間中(次回更新)は、本編では見られない特別編として【幕間(設定公開・ご褒美の湘南プチ旅行・ゴールデンバラエティ出演編)】をお届けします!
【今後の更新スケジュール】
第二部に入る前に、全3話をお届けしま
怜ちゃんが、バラエティのプロの現場で焦りまくったり、蓮ちゃんと変装して湘南で食べ歩きをしたりします。
幕間の更新通知を受け取るためにも、ぜひ「ブックマーク」と「★でたたえる」をよろしくお願いいたします!
カクヨムで連載してます。第二部




