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第1話 俺、オーディションに拉致される

「我が名は闇の焔を統べる者……って、なんで俺の声がこんなに可愛くなってんだよ!?」

ガバッと飛び起きた瞬間、何かがおかしいことに気づいた。


首筋にさらさらとあたる、やたらと長い髪。視界に入った手は、記憶にある俺のゴツい手とは似ても似つかない、白くてちんまりとした女の子のものだった。

「うおっ、なんだこれ!?」


慌てて鏡の前に駆け込んだ俺は、思わず自分の頭を抱えた。

鏡の向こうにいたのは、くりくりとした大きな瞳に、絹のような髪をした、十歳そこらの可憐な美少女だった。


ついさっきまで、部屋で大好きなアニメを見ていたはずの男子学生だった俺は、

世にも奇妙な『TS転生』というやつを果たしてしまったらしい。


「ちょっと、怜! 何を一人でぶつぶつ言ってるの! オーディションに遅れちゃうわよ!」


部屋のドアが勢いよく開き、母親らしき女性が血相を変えて飛び込んできた。そのまま俺の小さな手を掴み、ものすごい力で引っ張っていく。


待ってくれ、状況が全く飲み込めない。

卓上のカレンダーに書かれた『ヘリオス・コードというアニメの実写版映画・主演オーディション』の文字が視界をよぎる。


どうやら俺――白妙怜は、異世界ではなく現代の芸能界に放り込まれたらしい。しかも、まだ無名の女の子として。


しかし混乱している暇もなく、「ほら、次あなたの番よ!」とスタッフに呼ばれ、俺は張り詰めた空気のオーディション会場へと押し込まれてしまう。

長机の向こうに並ぶのは、新作映画の監督やプロデューサーといった険しい顔をしたプロの審査員たち。

普通の十歳なら泣き出してもおかしくないプレッシャーだ。

だが、俺の中身は男子学生。

ここでビビっても始まらない。元・男子学生の根性を呼び覚まし


「白妙怜、十歳です! 監督のイメージする世界観に、少しでも近づけるように全力で頑張ります! よろしくお願いします!」


鈴を転がすような愛らしい声で、健気なセリフを完璧に言い切る。

その瞬間、値踏みするようだった審査員たちの目が、わずかに見開かれた。


「ほう……少しは骨のある子が入ってきたな」


監督らしき男性が、興味深そうに手元の台本へ目を落とす。よし、第一印象の掴みはバッチリだ。


渡された台本を見ると……なんと、俺が前世で100回以上巻き戻して見た、

前世の俺が人生を狂わされるほどドハマリしたファンタジー作品の名シーンだった。

 主人公が闇の力に呑まれそうになりながらも、大切な仲間を守るために絶望と戦う

――あの伝説のクライマックス。


(おいおい嘘だろ……これ、俺がセリフも『間』もBGMのタイミングすら完全暗記してる神アニメのシーンじゃん!)

(「ここで主人公がほんのわずかに息を吸う音が、絶望の深さを表しているんだよな……!」なんてSNSで熱弁を振るっていた、まさにあのシーンだ。)


胸の鼓動が跳ね上がる。緊張なんかじゃない。前世のオタク魂が、興奮で燃え上がっているんだ。


「――それでは、白妙さん。始めてください」


監督の冷淡な声が響く。

俺はすっと目を閉じ、前世で何百回と画面越しに浴びた「推し」の声を脳裏に再生した。


次に目を開けた瞬間、俺は「白妙怜」であることをやめた。




「……動くな」


ぽつりと零れ落ちた声に、審査員席の大人たちが一斉に肩を震わせた。

愛らしい美少女の声なのに、そこには凍りつくような冷徹さと、破滅寸前の痛切な感情が完璧に同居していた。


「これ以上、私の骸に触れるなと言っているんだ――ッ!!」


感情が爆発する。

ただの音読じゃない。前世のキャストが表現していた、息遣い、声の震え、感情の乗せ方――そのすべてを、今の俺が持つ「天才的な声帯」で完全に再現(完コピ)してみせたのだ。

部屋の空気が、怜の声一つで完全に支配される。


静寂。

演技が終わっても、誰も声を出せない。


監督の手からペンが床へ落ち、高い音を立てた。


「……なんだ、今の演技は……」


プロデューサーがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。その目は驚愕に見開かれ、大人の審査員たちの顔は興奮で真っ赤に染まっていた。


「十歳の子どもが、なぜこれほどの絶望を……!? 役に憑依していたとしか思えん……!」

「特にあの、言葉を発する直前のわずかな『息の吸い方』……! あれは絶望の淵に立たされた者だけが漏らす、魂の呻きだぞ!」


割れんばかりの拍手が巻き起こる中、俺は置いてけぼりになっていた。


(いや、ただの大好きなアニメの真似(完コピ)なんだけどなぁ……。

絶望を理解ってなんだよ、推しの声をそのまま真似して喋っただけだよ)


こうして、俺の芸能界無双ライフは、とんでもない大勘違いと共に幕を開けたのだった。


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