第2話
✱✱✱
「ふむ。困ったねぇ」
「いかがされましたか?」
「小鳥、冷蔵庫を見てご覧よ」
「目視――確認しました。冷蔵庫の中には牛乳とチーズがございます」
カナエは眉間にわざとらしく指を当て、大きく溜息をついた。
「はぁ〜……やれやれ。それしか無いんよ」
「?」
小鳥はこてんと首を傾げる。
「いいかい。こんな朝ごはんじゃ、あたしの胃は満たされないってことや! よって、小鳥!」
「はい、カナエ様」
「あんたに任務を与える!」
ビシッと小鳥を指差すカナエに、小鳥は恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。任務は調査でしょうか? 暗殺でしょうか? 侵入でしょうか?」
「あ、暗殺だって!? ちょ、あんた、そんな言葉どこで覚えてきて……いや、言わなくてもいい。あんたに妙なこと吹き込む人間なんて、あの小僧しかおらん。陽斗だろう」
額に手を当て、カナエは深々と溜息を吐いた。
「さすが、カナエ様です。陽斗様が『オートマタは暗殺に使われることもあるらしい。きっと、あの魔女ババァも小鳥のことを誰かを殺す道具として作ったんだ!』と仰っておりました」
「あの小僧ぶち殺す」
カナエのこめかみがピクピクと動く。
「あたしを誰だと思ってるんだか! 魔女なのは否定しないが、ババァやと!? それに、うちの可愛い小鳥にいらんこと教えおって! ……次に会ったら、あの小僧の尻を叩く。あたしはそこらの甘ちゃんやないからね。クククッ、お仕置きが楽しみだ」
小鳥は、陽斗に見せてもらった絵本の悪い魔女を思い出した。
――陽斗様が「カナエ様は悪い魔女に似ている」と仰っていた理由を理解しました。酷似率20%……現在の笑みは、絵本の魔女に少々類似しています。
だが、それを口に出さない方がいいと、なぜだか小鳥は判断した。
すると、カナエがわざとらしくコホンと咳払いをする。
「ほら、小鳥」
そう言って差し出したのは、がま口財布だった。
白い鳥が羽ばたく刺繍が施された、可愛らしい財布だ。
「カナエ様、これは?」
「見てわかるやろ。財布や財布。その中に買い物メモも入っとるから、書いてある物を買ってくること。それが、あんたへの任務だよ」
「かしこまりました。それでは、行ってまいります」
「気ぃつけて行くんだよ」
カウチに座ったカナエは、ひらひらと手を振る。
小鳥は軽く会釈を返すと、財布を懐へしまい、時計塔を後にした。
外へ出ると、街並みを一望することができた。
視力の良い小鳥には、時計塔からでも人々が行き交う姿がよく見える。
おそらく皆、仕事へ向かっているのだろう。
小鳥は靴についた鈴を鳴らしながら、坂道を下っていく。
――チリリン……チリリン。
その鈴の音を聞くと、人々は訝しげな目を向け、腫れ物に触るように距離を取った。
「見ろよ。あれが、あの女の作ったオートマタらしい」
「人形が動いて喋るなんて……不気味だわ」
「だが、あの型のオートマタを作れるのは、世界でも三人だけらしいぞ」
ひそひそと囁かれる声。
だが、小鳥は気にしていなかった。
まだ、人の感情というものを完全には理解できていないからだ。
その時だった。
「ニャー、ニャー」
どこからか猫の鳴き声が聞こえる。
小鳥の足がぴたりと止まった。
「猫の鳴き声を確認しました。居場所は、この路地のどこかです」
迷いなく細い路地へ入っていく。
すると、ゴミ箱の中から再び鳴き声が聞こえた。
「ニャー」
カリカリ、と引っ掻く音。
小鳥は耳にかかった横髪を払うと、そっとゴミ箱を覗き込んだ。
中には、小さな黒猫がいた。
「猫、発見しました。おはようございます、猫さん。出られないのですか?」
「ニャー」
返事をするように鳴く子猫へ、小鳥は腕を伸ばす。
両脇を抱え、その小さな身体をそっと持ち上げた。
「どうやって入ったのですか? 大丈夫ですか?」
「ニャー……」
イカ耳になって弱々しく鳴く子猫を、小鳥はぎゅっと抱きしめる。
どうやら怖がっているようだった。
「安心してください。私はあなたを助けました。もう怖い思いはしません」
「ニャー」
「お腹が空きましたか? ちょうど私は、カナエ様から買い物の任務を受けています。ついでに猫様さんのご飯も購入しましょう」
「ニャー?」
「問題ありません。カナエ様は優しいご主人様ですので」
「ニャー!」
「はい。では、お買い物の続きをいたしましょう」
そう言って、小鳥は子猫を頭の上へちょこんと乗せ、再び歩き出した。
その姿を見た人々は目を丸くした。
驚く者もいれば、あまりの可愛らしさに思わず笑みを零す者もいる。
そうして歩き続けるうちに、小鳥は馴染みの商店へ辿り着いた。
『マルミヤ商店』
野菜はもちろん、異国の香辛料や珍しい食材まで扱う店だ。
カナエは以前、こんなことを言っていた。
『この店は、将来大きくなるよ。今は変わり者扱いされとるけどね。小鳥、この店とは仲良くしとき。損はないから』
ドアを開けると、チリン、とベルが鳴る。
すると、小太りの男が小鳥に気づき、ぱっと顔を明るくした。
「おやおや、小鳥ちゃんじゃないか! いらっしゃい!」
「おはようございます、健蔵様」
「おはよう。今日は何をお求めだい?」
小鳥は懐からメモを取り出し、読み上げる。
「塩、胡椒、コンソメ、オリーブオイル、卵、ベーコン、バゲットひとつ、牛乳、林檎、お味噌、乾燥わかめ。そして、この子のご飯をひとつ」
「それ、飾りじゃなかったのか!? 大人しいから、てっきりぬいぐるみかと!」
「この子は正真正銘の生物です」
「ははっ、わかったよ。だが今度から動物を連れてくるのは入口までにしてくれよ? 衛生管理もあるからな。それと、そいつの餌なら魚屋へ行った方がいい。うちには人用の缶詰しかないからなぁ」
そう言って、健蔵は顎に手を当てる。
「……いや、待てよ。犬猫用の缶詰もアリか? 保存も利くし、ペットを飼ってる客も取り込める……!」
ぶつぶつと呟いた後、健蔵は突然ぱっと顔を上げた。
「よし! また新しい商売のアイデアが浮かんだぞ!」
「??」
「ニャ?」
小鳥と子猫が同時に首を傾げる。
その様子に、健蔵は腹を抱えて笑った。
「あははは! ありがとうよ、小鳥ちゃん! これが上手くいけば、また商売繁盛だ!」
「よくわかりませんが、健蔵様が喜んで何よりです」
「そうだ。その子猫の分も合わせて、色々おまけしといてやる!」
「ニャー」
「ありがとうございます。猫さんもお礼を申しております」
「なんだい? 小鳥ちゃんは動物の言葉もわかるのかい?」
「肯定。ただし正確ではありません。記録内に存在する猫の鳴き声を分析し、推測しています」
「ほぉ〜。オートマタってのは本当にすごいもんだなぁ」
健蔵は感心したように頷きながら、品物を袋へ詰めていく。
「よし、こんなもんかね」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとよ!」
「では、健蔵様。失礼します」
「おう! また来てくれな!」
小鳥は軽く会釈した。
頭の上の子猫も、尻尾を揺らしながら「ニャー」と鳴く。
そんな一人と一匹は、帰路へ着いた。
帰宅後。
カナエは小鳥の頭の上を見て、ぎょっと目を見開いた。
「おかえ……って、何やその子猫!?」
「ゴミ箱の中にいたので保護しました」
「で、小鳥。その猫、どうするんだい?」
腕を組み、不服そうに子猫を見るカナエ。
小鳥は子猫が落ちない程度に首を傾げた。
「保護はできませんか?」
「ニャ?」
子猫まで真似するように首を傾げる。
その姿に、カナエは眉間を押さえて項垂れた。
「はぁぁ〜……あんた、そんな技どこで覚えたんや……うちの娘が可愛すぎるやろ……」
ぼそりと呟いた後、カナエは顔を上げる。
「うむ、許可しよう! ただし、タダで住めると思うなよ! 子猫、お前には鼠番の仕事を与える! それが、ここに住む条件や!」
「ニャー!」
「頑張る、と仰っております。猫さん、頑張ってください」
「ニャー!」
「で、名前はどうするんや? 拾ってきたんやから、小鳥が付けぇや」
「かしこまりました」
だが、そこで小鳥は黙り込む。
「……なんで黙っとるんや。名前考えてるんか?」
「はい。しかし、私は一般的な猫さんの名前を知りません。皆様、どのように名付けているのでしょうか?」
「そりゃあ、ぱっと浮かんだ名前とか、意味を込めた名前とかやね」
「私の名前もそうなのですか?」
「あぁ。小鳥は小さな鳥や。でも時には大きな鳥や犬猫から逃げながら、一生懸命生きてる。そして空を自由に飛んでる。あたしは、そんな小鳥の生き様が好きでね。オートマタのあんたにも、そう生きてほしくて付けた名前なんや」
「知りませんでした」
「そりゃ言ってないからね。でも今、知れた。よかったやろ?」
カナエは意地悪そうに笑う。
小鳥は静かに目を閉じ、考えた。
――意味のある名前。
そして、出会った時のことを思い出す。
暗いゴミ箱の中。
黒猫は影に溶け込むようだった。
けれど、ひとつだけ溶け込まないものがあった。
その瞳だ。
金色の瞳。
まるで、カナエと夜道を歩いた時に見た月のようだった。
小鳥はゆっくり目を開き、頭の上の子猫を抱き上げる。
子猫は「なぁに?」と言いたげな顔で見つめ返した。
「猫さんのお名前は、ルーナです。出会った時、その瞳が月のように美しいと思いました。気に入ってくれますか?」
「ニャー♩」
子猫は嬉しそうに尻尾を揺らした。
その様子を見たカナエの口元も、柔らかく緩む。
「どうやら、名前は決まったようやね。さぁさぁ、朝ごはんを作るよ!」
「かしこまりました」
「ニャー」
こうして、時計塔に住む家族が一匹増えたのだった。




