アン&ドロシー第18章
ここから第二部です。
夕陽に照らされた二車線の国道を、白い車が制限速度を大幅に下回るスピードで走っている。
運転しているのは先ほどの医師・ヤマザキで、少しイラついているのか、 右手の人差し指をハンドルに繰り返し打ちつけていた。
車は少し走ったかと思うとすぐに止まるを繰り返している。
この先で大型車の絡んだ事故が起こったらしく、帰宅時間と重なったこともあって国道は渋滞していた。
ヤマザキは、上着のポケットからタバコを取り出すと、一本口にくわえライターで火を付ける。
それをふかしながら、先ほどの診察室でのやり取りを思い出した。
数時間前。
「あるんですか、妻の命を救う方法が?」
「それはどんな方法なのですか?」
ジョーとアンが続けざまに聞くと、フジオカは勿体つけるように一拍置いてからこう言った。
「それはね、クローンを作るんですよ。クローンの臓器を奥様へ移植するんです。」
「クローン!?」
ジョーとアンは思わず同時に声を上げてから互いの顔を見合った。
「と、いうのは冗談です。クローンを作ることは法律で禁止されています。見つかったら我々医師も警察に追われて大変なことになりますからね。」
ヤマザキは笑みを浮かべながらそう言うと、ジョーは憤慨し立ち上がる。
「冗談!?こんな時によく冗談なんて言えるものだ!」
「ジェイ、落ち着いて。」
アンがなだめると、ジョーは我に返ったように一度うなずいてから ゆっくり椅子に戻る。
「先生も、こんな時に冗談を言ってくるなんて、悪ふざけが過ぎるんじゃありませんか。夫が怒るのも無理ありません。」
アンは冷静にヤマザキを問い詰める。
「怒らせてしまったなら謝ります。ただ知ってほしかったのです。」
「知ってほしかった?」
ジョーはオウム返しで聞いた。
「ええ。あなたたち、ベストセラーになった『We are clone』を書いたジョーとアンさんのご夫婦ですよね。」
「そうですが…」
「私もあの本を読んだのですが、本の中であなたたちは、自分の命が助かるためにクローンを作り、その臓器を奪おうとしたオリジナルのジョーさんとアンさんのことを批判されていましたね。でも、人間なんてみんなそんなものではないでしょうか。自分や自分の大切な人の命が残り少ないことを知り、唯一の助かる方法が倫理的、法的に問題のあるものだとしても、つい手を出してしまう。それが人間なんですよ。今のあなたたちも、アンさんの唯一の助かる道がクローンを作ることだと聞かされた時は、少なからず心が動いたんじゃないですか?」
ジョーとアンは返す言葉がない。
先ほど声を荒げたジョーはバツが悪いのか、下を向いたままでいる。
すると、アンが話をする。
「確かに、あなたのおっしゃる通りです。私の命が助かる唯一の手段がクローンを作ることだと聞かされて、正直心が動きました。今ならオリジナルのジョーとアンの気持ちがわからなくもありません。」
運転席のヤマザキはふうーと長く煙を吐きながら、タバコの灰を灰皿に落とす。
「 『今ならオリジナルのジョーとアンの気持ちがわからなくもありません。』か…。 自分がその立場にならなきゃ、当事者の気持ちなんてわかるはずがない。 きれいごとでは人は生きてはいけんのだよ。」
ヤマザキはおもむろにスーツのポケットからスマホを取り出し、電話をかけると二回目のコールで相手は出た。
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