下村教授
「はい、家でやる事があるので」
「また、会えますか?」
「でもテニスをやるんでしたら目白テニスクラブに
日曜日にでも来てください、
僕がコーチをやっているかもしれません」
加奈は自分が嫌われたと思い
うつむいたままみんなのところへ戻った。
「ごめんなさい小畑さん」
亮は家に向かって帰って行った。
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翌日亮は池尻病院へ行って待合室に座っていた。
「おはよう、今日も来たんだね」
直子が亮の前に立った。
「おはようございます。池田さん」
亮は立ち上がって頭を下げた。
「ねえ、どの先生と話をしているの?」
「内科の池上先生ですけど・・・」
「それは無理よ」
「そうなんですか?」
亮は池田が言っている意味が分からなかった。
「あなた、新人?」
「はい、DUN製薬の新入社員の松平亮です」
亮は慌てて名刺を両手で差し出した。
「ふふふ、病院の詳しい話を教えてあげるわ」
「本当ですか、いつですか?」
「今日が良いわ、早番だから16時30分に終わるけど」
「はい、喜んで」
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二人は渋谷にあるEホテルの
最上階のレストランに入った。
「うれしい、一度ここ来て見たかったの、
夜景が綺麗だから」
「そうですか、良かった」
「看護師って勤務時間8:00~16:30
16:00~0:30 0:00~8:30の3交代制
普通のOLと違うのでいつも夜、
外食ができるとは限らないでしょう」
「そうですね」
亮は労働条件の悪くて過酷な
勤務の看護師を気の毒に思った。
「私、26歳よ。松平さんは?」
「僕は27歳です」
「新入社員なの大学は?」
「アメリカに留学していました」
「じゃあ英語ペラペラね」
「はい。ちょっと」
亮は困ったような顔をした。
直子はワインを一口飲むと
急に親しげな態度を取った。
「看護師は結構病院を変わるのよ」
「そうなのですか?」
「私はここ4年目だけど、
短い人で1ヶ月という子もいるわ」
「どうしてですか?」
「看護師って女性ばかりの世界でしょう。
先生たちや患者さんたちからのセクハラ、
古参の看護師からパワハラ、同僚からイジメ。
それに先生と関係持ったり、患者さんと関係持ったり
変な噂が立ったらいられなくなって」
「そんな事って良く有るのですか?」
「ええ、たくさん。不規則なシフトで
精神的にも不安定だし、結構性格悪い」
「本当に気の毒ですね」
亮は日本もアメリカのように昼、
夜専任の看護師がいれば肉体的、
精神的に安定すると思っていた。
直子はデザートのゆずシャーベットを口に入れながら
亮に質問した。
「彼女いるの?」
「ええと・・・アメリカに」
絵里子は彼女と言える関係でないので
亮は返事に困ってしまった。
「あなたならいても当然よね、
彼女はどんな仕事しているの?それとも学生?」
直子はちょっとがっかりして聞いた。
「いいえ、アメリカのOLです」
「本当?遠恋にしては遠いわね」
直子は気の毒そうな顔をした。
「そうですね、遠いです」
「私じゃだめ」
「それって?」
「そうよ、誘っているのよ。恥かかせないで」
「すみません、今日は・・・」
亮は直子の目をじっと見つめた。
「じゃあ、私が病院の先生を紹介するから上手くいったら抱いて」
「えっ、ええ」
亮はこれ以上直子の誘いを断れなかった。
「じゃあ約束ね。先生の都合が付いたら連絡するわ」
「お願いします」
亮はテーブルに手を付いて頭を下げた。
「でも僕とエッチはしないほうが良いと思います」
亮は笑顔で答えた。
「どうして?」
「下手だからです」
亮は真剣な顔で答えた。
「うふふ、いいのよ。下手と言ってもやることは一緒、大丈夫よ
下手な男といっぱいしているから」
直子は自分から下手という男性と初め会って
逆に亮に興味が湧いてきた。
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数日後亮は、直子からの指示で駒沢近くの
東都大学医学部病院の加藤公一病院長と会った。
「昨日、池田君から聞いたよ。良い新薬ができたそうだね」
「はい」
亮は薬のデータを加藤に渡した。
「ほう、なかなかいいデータだね。
私の方でうちの医師に紹介しておくよ」
加藤は心がこもっていない形式的な返事だった。
「よろしくお願いします」
亮は深々と頭を下げた。
そこに尻のラインが出るタイトスカートを履いた
長い黒髪の秘書が入ってきて
加藤にメモを渡した。
「すまないね、来客だ」
加藤はそう言って亮の退室を促した。
「あっ、すみません」
亮はすばやく荷物を持ってもう
一度加藤に頭を下げ部屋を出た。
「團君」
廊下をすれ違う男に会釈して数歩歩くと声が聞こえた。
亮はその声に振り返った。
「あっ、下村先生」
「おお、久しぶりだね。ここに何の用があって?」
「今、DUN製薬で営業の仕事をしているので、
院長に営業に来ました」
「ん?君が営業の仕事を?」
「はい」
「なぜそんなにもったいない事を・・・
それならうちの大学の研究室へ来ないか
手伝って欲しい事がたくさんあるんだ」
「はい、でも僕にはやりたい事があって・・・」
「そうか、じゃあその仕事とやらを見せてくれないか?」
亮はカバンからパンフレットと
資料と松平の名刺を下村に渡した。
「ほう、なかなか良いデータじゃないか」
「ありがとうございます」
「うちの病院で使うように言っておこう」
「ありがとうございます」
「名刺が松平だけど」
下村が名刺をしみじみと見ていた。
「その話は研究室で」
「そうか、ぜひ来てくれ」
「先生!」
なかなか、院長室に来ない下村を心配して
廊下に出た加藤が声をかけた。
「おお、加藤君待たせてすまない。
私の教え子がいたものだから」
下村が亮の肩を叩いた。
「先生の教え子?東大薬学部ですか?」
「ああ、彼の卒論の糖尿病治療薬は製造に入って
臨床をうちの病院でやっているんだ。
今新薬のデータを見せてもらってうちの
病院で使う事にしたよ。ははは」
「そうなんですか。ではうちの病院でもぜひ」
加藤は亮の元に来て耳元で囁いた。
「松平さん、帰りに事務長のところに
行って手続きしてください」
「はい」
亮はうなずくと深々と頭を
下げて二人の前から去った。