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30.戦の後のゆるやかなひと時。

 ポツドに呼ばれて戻ってみれば、戦勝の宴を始めたかっただけの事だった。

「始めてくれてても良かったのに」

「敵の総大将を倒した殊勲者抜きで始められるわけが無いでしょうに」

 クェイナは困った顔をしながらも私を即席で作られたのだろう壇上へと導き、ジョッキの様な杯を渡してきて言った。

「では、勝利の立役者から乾杯の音頭を!」

 クェイナの良く通る声に、ゴブリンやオークやオーガー達が大歓声で応えてくれた。その迫力には私でさえちょっと怯むほどで、人間の代表や配下の兵士さん達はすっかり飲まれていた。

「で、何を言えばいいの?」

 こっそりクェイナに耳打ちすると、小声で教えてくれた。

「何でもいいんですよ。あ、でもあまり羽目を外しすぎないよう釘は刺しておいて下さいね」

「りょーかい」

 私は杯を掲げながら大声で言った。

「オーク・オーバーロードは倒した!今度は人間の大陸の皇帝と、魔の大陸のアンデッドの皇帝が相手らしいけど、私達は負けないよっ!かんぱーい!」

 今度は人間の兵士さん達も一緒に乾杯と叫んで、手にした杯を飲み干していた。

「あ、飲むのはいいけど酒には飲まれないでね。お痛が過ぎた奴はぼこってシメるからよろしく!」

 大喧噪が始まっていたので聞く奴がいるのか不安は残ったけど、ゴブリンやオークやオーガーのそれぞれの言葉でも伝言は渡されていったみたいなので、最低限の役目は果たせたらしい。


「お疲れさま。これからもよろしくお願いしますね、ユリ」

「クェイナもお疲れさま。近衛兵達とも直接戦って倒したんだって?」

「それでも、主役はやはりあなたですよ、ユリ」

「ん、ありがと。それで、この杯に入ってるのって」

「果実酒ですが、弱めに薄めてあります」

「私の住んでる国だと、未成年は飲酒しちゃいけないんだけどね」

「ここはあなたの生まれ育った国ではありません。私も酔うわけにいきませんから、お互いほどほどに抑えておきましょう」

「そうだね。それじゃ、乾杯」

「乾杯、私の勇者様」

 二人の手にした杯は木製のジョッキだったので、グラスを打ち付けた時のような澄んだ音は響かなかったけれど、初めて飲んでみたお酒というのは美味しく感じられた。


 その後は、壇上に挨拶に来る人とかが多すぎて、注がれる回数も多すぎて、だんだん私は呂律や意識があいまいになってきた。

 最初のメイケン家族とファララの軍師さんと王都の商人さんの代表くらいまでは覚えてるんだけど、途中からはあちこちで始まった力比べと言えば聞こえは良いけど酔っぱらい同士の絡み合いに突っ込んでいって残らず叩きのめしてそのまま倒れるように眠り落ちしてしまったらしい。


 翌朝。メイケン家の屋敷の客室の寝台でクェイナに起こしてもらい、昨夜の顛末を聞かされた私はベッドの上で土下座した。

「ほんとーに、ごめんなさい!もう二度と飲まないから!」

「うふふ、大丈夫ですよ、ユリ。昨夜はあの場の雰囲気もあり、あなたは注がれたお酒を拒めないでいましたから」

「日本人サラリーマン気質って言うのかな。量さえきちんと気を付ければ大丈夫だと思うんだけど、異世界の何かは効き目がすごいのかもね」

「そうかも知れませんね。もう朝食の時間は大幅に過ぎていますから、何か軽食とお茶でも頂きましょうか」


 クェイナが呼び鈴を鳴らして、やってきたメイドさんに用事を伝えると、ほどなくしてサンドイッチと紅茶といったセットが運ばれてきた。

 一礼してメイドさんが部屋から退出すると、すぐにサンドイッチをつまもうとした私の手を止めて、その端を軽く一かじり、紅茶も一口飲んで、

「大丈夫でしょう」

 と手を放してくれた。

「もしかして、毒見?」

「それほど愚かな手を採るとも思えませんが、敵のどんな手がどこまで及んでいるか、誰にもわかりませんからね。私達には何でもなくても、あなたには効果が激しく出てしまう物だと、私でも気付けないかも知れませんが」

「さっき、異世界の物は効果が違うかも知れないって話したばっかりだしね。ありがと、クェイナ」

「どういたしまして。私の恋人」


 もうその一言だけで胸が一杯になってうるうるしてしまうのだけど、お腹が減ったのはきちんと食べておかないといけない。

 クェイナはその間に、朝食の席で出た話題を教えてくれた。

 いわく、オーク達の襲撃を避ける為に避難させていた民が領都に集まっているけれども、離散したママシュの配下の行方を突き止めて、落ち着きどころを決めないといけないとか、その為にゴブリンやオークの大半を偵察に出し、状況次第でオーガーを中心とした増援を送り、場合によってはクェイナや私、そしてママシュ自身も説得の為に送られる手はずになって動き出しているとか。

「そっか。みんなもう動き出してるのに、寝過ごしててごめんね」

「いいえ。殊勲者ですからね。体を休めるのも仕事の内です。今は情報が集まるのを待っているところですし」

「海を渡ってくるだろう連中への監視は?」

「そちらも、商人の代表の方や各港町や漁師達に接触して情報収集していただける事になりました。私達は私達でやはり動いておかないといけませんしね」

「そうだね。人はどこかで、私やクェイナを裏切ってしまうかも知れないしね」

「なるべくそうはならないよう努力していきましょう。あなたも今のところはこちら側に残っていてくれそうですし」


 私は、昨晩イグニオ爺さんやガンツさんと確かめた事を話すとしたら今しかないと覚悟を決めた。

「あのさ、クェイナ。今すぐじゃないんだけど」

「はい。アンデッドに対抗できる手段を得る為に、一度あちらに戻らなくてはいけないのでしょう?」

「クェイナは何でもお見通しだね。すごいよ」

「いいえ。あなたはまた別の何かで悩んでいるのでは?それは、教えてもらわなければわかりませんよ」

 すねたように肘をつねってきたクェイナが愛しくてたまらなくて、ぎゅっと抱きしめながら言った。

「大好きだよ、クェイナ」

「私もですよ、ユリ」

「私が悩んでるのは、うんとね、あちらと行き来する度に、私、弱くなってるみたいなんだ」

 驚いた顔をするクェイナに、私はどこまで伝えるか悩んだけれど、最低限、イグニオ爺さんやガンツさんに伝えた事までは伝えた。

「つまり、元の世界で女性らしい体型になっていくのが止まらなければ、弱くなり続けるかも知れないと?」

「行き来する条件が不確かだしね。向こうからは母さんの手を借りて確実に戻ってこられるし。同じ事が出きるようイグニオ爺さんにも頼んであるけど」

「そもそもこちらと行き来するようになった原因も不明なままですしね。もしかすると、体型や外見の変化による弱体化も含めて、あなたがこちらに来るようになった経緯は同じ原因に依っているのかも知れませんが」


 私は、あの不思議な夢の事をふと思い出したけれど、あれを話すには、まだ全てが不確か過ぎると判断した。

 けど、何かに気づいてでも口にしなかった様子はしっかりとクェイナに見られていて、

「他に何かわかった事があれば、教えて下さいね、ユリ」

「ああ。今はまだおぼろげ過ぎて自分でもよくわかってない事の方が多いから。もっとはっきりとわかったら、ね」

「約束ですよ、ユリ」

「約束するよ、クェイナ」


 そうして寝台の上でキスを交わしたのだけれど、まさか私がある意味で約束を破る事になってしまうなんて、その時の私には思いもつかなかったのだった。


ユリはクェイナに起こっていることを伝えました。けれど二人とも、これから何がどうなるかについては、全く予測がついていません。そうして物語は佳境の入り口へとさしかかっていきます。

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