金剛、敗れる
最近のプロテインは結構味が良くて、牛乳と混ぜるとそこらのカフェの飲み物より美味しいと思います。
戦いの合図と共に、ボンダが詠唱を始めた。
金剛はすぐさま、相手との距離を詰めた。
「フン……魔法がどれだけのモノか知らんが、やられる前にやればいいだけの事だ!!」
そう言って、ボンダの顎めがけてジャブを放った。
しかし―――
「ぐっ……! なんだ……硬い!?」
ボンダがにやりと笑った。
「ククク、同じ失敗を繰り返すと思ったか? あらかじめ顎に防御魔法をかけておいたのさ」
「ほう……魔法とはそんな事も出来るのだな」
金剛が拳を撫でながら言った。
「そんな! 師匠の『ジャブ』が、効いてないっす!!」
「ふうむ、どうやら戦いの前から防御魔法をかけていたようだね」
焦るデイシーにメルキオールが冷静に解説をする。
「戦う前から準備するなんて卑怯っす!」
「確かに反則スレスレだね。ただ君の師匠はまだ諦めてないようだよ」
「えっ!?」
「ふっ……命を懸けた戦いに反則もクソもないな。いいだろう……来い!」
「コンゴ―、貴様の命もここまでだ! くらえ! 『ファイアー……』」
ボンダが魔法を唱えようとしたその瞬間、金剛がその懐にとびこんだ。
「ああ! 師匠! 『ジャブ』は効かなかったじゃないっすか!」
「むん!!!!」
金剛の気合いと共に放たれた拳が、ボンダの腹にめり込んだ。
「うんぐぅ!!」
ボンダは舌をだらしなく出し、白目を剥きそうになっていた。
「顎がだめなら、腹を殴るだけだ!!!!」
「こひゅーー……!! こひゅー……!!」
「苦しかろう。腹への『ショートアッパー』だ。気絶もできずに悶絶するのみ!」
「すげぇ……! 師匠の新しい魔法『ショートアッパー』っす!!」
感激するデイシーの周りで、戦いを見守っていた城の魔法使いたちが驚きの声を上げた。
「な、殴りおったぞあやつ!!」
「なんて奴じゃ! “魔対戦”で直接攻撃するなど前代未聞じゃ!」
「魔法で戦うって言ってるだろうに!」
ざわつく観客席を見上げた金剛が叫んだ。
「馬鹿者!! 生死をかけた闘いに殴ったもクソもあるか!!!!」
「そーっす! そーっす! それにあれは師匠の魔法っす!!」
「いや、魔法ではないが……。文句がある奴は下りて来い!!」
魔法使いたちは沈黙した。
金剛と対決をして勝つ自信が無かったのだ。
その沈黙を打ち破るかのように、拍手の音が鳴り響いた。
「いやあ。お見事ですね」
人のよさそうな顔をし、拍手を続ける。
見届け人を務めた魔法使い、メルキオールだ。
「確かに魔法使い同士の戦いとはいえ、魔法を使うとは限りませんからね」
「…………」
「次は私とやりましょう」
「なに!?」
「メルキオール殿が!?」
「戦えるのかあの人は!?」
メルキオールの突然の挑戦に、魔法使いたちが再びざわつき始めた。
ゆっくりと金剛の前までやって来たメルキオール。
表情は相変わらずにこやかだ。
「おっとその前に……」
メルキオールはそう言って、指を軽く動かした。
すると、倒れているボンダの体が宙に浮き、観客席まで飛んでいき、ゆっくりと着地した。
「今のも魔法か?」
「そうです。それよりどうしますか? 私が勝っても死刑なんて言いませんよ」
「何が狙いだ?」
「単純にあなたがどれほどの力を持っているか知りたいんです」
金剛が構えた。
「よかろう!」
「そうこなくっちゃ。 我が名はメルキオール! 『光の先導者』! 魔力測定値9800マナ!」
観客席にいる魔法使いたちが一斉に慌てふためいたように騒ぎ出した。
金剛にもその理由は分かった。
魔力測定値というものが先ほど戦ったボンダの百倍以上なのだ。
おそらく相当な強者なのだろう。
「俺の名前は金剛! 『ボディビルダー』! 体脂肪率3%!! いくぞ!!」
先ほどのボンダの魔法ですら城の兵士からは恐れられていた。
とすれば、このメルキオールの魔法は尋常なものではないはずだ。
ならば先手を打つしかないと思った金剛は開始の合図とともに相手の懐に飛び込んだ。
「やった!! 『ショートアッパー』っす!! 師匠の勝ちっす!」
デイシーがそう言った瞬間、金剛の体が火柱に包まれた。
「なんと!! 詠唱無しであれほどの魔法を!」
「メルキオール殿……これほどの力とは……」
何が起こったかわからず混乱するデイシーの周囲で、魔法使いたちが息をのんでいた。
「ぬううううう!!!」
金剛が膝をついた。
「どうやら私の勝ちのようですね。待っててください今、火を消し……」
メルキオールが最後まで話し終わる前に、金剛が火柱に包まれたまま突進した。
「なっ!?」
「ぬおぉぉぉぉぉおお!!!!」
金剛の拳がメルキオールの腹をめがけて下から突き出された。
しかし、その拳は目に見えない分厚い壁に阻まれた。
「危ない危ない! 間一髪で防御呪文が間に合いましたよ。……先ほどの戦いを見ていなかったら危なかった」
そう言って、指をパチンと鳴らすと、金剛の身体を包んでいた炎が消えた。
「師匠ぉぉぉおお!!」
デイシーが倒れた金剛に駆け寄ると、焦げ臭いにおいが鼻を刺激した。
「うっ……」
「安心しなさい。今元通りにするからね」
メルキオールがそう言うと、金剛の体が徐々に綺麗になっていった。
「これは……」
「回復魔法さ。意識もそのうち回復するだろうから、ベッドで休ませてあげるといい」
しかしその言葉が耳に届いていないかのようにデイシーは呆然としていた。
「師匠の魔法が負けるなんて……」
「デイシー君。さっきの君の師匠の攻撃は魔法じゃないよ」
「……!! 魔法なんて呼べないくらいチッポケな魔法だって言いたいんすね……。バカにするなッす!!」
「いや違うんだ。そもそもただ殴ってるだけだったんだよ」
「師匠の魔法はただの暴力みたいなもんだってことっすか!? バカにするなッす!!」
「いや……その……そうだ。 まだ鍛錬が足りないよ。ただ……」
「ただ……?」
「私の魔法をくらって立ち上がったのは彼が初めてだよ。……また鍛えたら手合せしようと伝えてくれ」
「師匠は……絶対にメルキオール様にも勝てるようになるッす!!」
「楽しみにしているよ」
そう言って立ち去るメルキオールの背を見ながらデイシーは涙を流した。
「コンゴ―とお兄ちゃん、大丈夫かな。無理してなきゃいいけど……」
その頃エリンは家の窓辺から果物をかじりながら夜空を見上げていた。
空は曇り、星ひとつ見えなかった。