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†裏章 狩魔編

※お知らせ:小説家になろう掲載中の作品、N8270A『血鎖の支配』に関して。

所属サークルにおきまして作品の同人書籍化が決まりましたので、8月16日以降、同作品の掲載を終了する予定である事を報告いたします。その際、新規書き下ろし一章を加える予定でございます。

詳細は作者紹介ページとリンクしてありますブログ『Double Bubble Gum (http://sousaku227.blog10.fc2.com/)』もしくはサークルHP『MusouWeb(http://musousandan.web.fc2.com/)』にて更新していきます。宜しくお願い致します。 W2160A是音

 一抹の不安はあったのだろう。と、そう問われると否とは答え難きもの。

 我がこの時の話を惨劇殿にした時。おそらくは長い年月が経っているであろう。

 そしてこの話を惨劇殿が思い出す時。我はこの世に生きてはおらぬだろう。

 同じ地獄という場所で共に戦いながらもその時は顔を合わせることの無かった我々。

 あの数少ない敵を相手取った我々に余裕はなく、惨劇殿達も一人の敵で手一杯だった。


 彼らNo.13とは別の物語。

 我々狩魔衆の、忌まわしき戦いの記録。


 我々にとってのオワリノハジマリは、この時から始まっていたのだ。




 ◆ ◆ ◆




「御頭! 鬼叉殿……いえ、最賢様が!」


 その報告を受けたのはまさに戦闘の最中であった。

 我が父にして異界政府代表、最賢の鬼叉が心配停止状態に陥ったと。まさかと思った。彼は地獄塔の、少なくとも我々よりは遥かに安全な場所に居た筈なのだから。

 だが事実。

 惨劇のカタストロフが動いたという情報も入って来た。

 噂のシュレーディンガーという者は、噂通り奇天烈な襲撃を行ってきた。目的の魔導高炉へ向けて進行中だという。

 きゃつめは惨劇殿に任せるしかあるまい。聞けば確率変動の妙術を使うとの事。作戦部に奇襲出現したのもその力に依るものだろうて。摩訶不思議たる敵に対抗できるのは惨劇殿しかおらぬという判断も下っている。


「御頭、主が討たれた我々は一体どうすれば……!」


 うろたえるでない愚か者め。

 報告を寄越し狼狽する中忍の背後には、人を大きく上回る大きさの百足が迫っていた。

 我が手を下すまでもなくその蟲は他の忍に両断された。

 No.0部隊が壊滅したというのに、狩魔衆はこの無数に沸き出てくる蟲共に足止めを受けておりなかなか救援に向かえぬ。

 百足に蜘蛛に蛾……。どれも妖魔の類であろう巨大さで戦場を跋扈している。

 これらはベルフェゴールという敵が無尽蔵に召喚しているのだと、手傷を負った地獄の兵から聞いた。其の者――死神業者――はすぐに喰われてしまったが。

 魔物相手はこちらの専売特許。とはいえここまで数が多いのはちと厄介か。

 両手に握った刀でそれぞれ蟲の腸を引き裂きつつ、蟲の数が着実に減少傾向にあることを確認した。


(最賢がそう容易くやられるとは思えんな……。奇怪な猫とはいえ事前に最賢の知識には含まれている者。おそらくは影武者を用意して手を打ってあったと見るのが妥当。ならばなんらかの形で我に連絡を寄越す筈)


 伝令役の中忍へは主が討たれたという旨は伏せるよう命じた。

 確信は持てぬが、十中八九討たれてはいないだろうからな。士気に関わるのは避けたい。


「夜叉はおるか」


 そう声を上げると、自分と色違いの白色の般若面を付けた弟が長い刀で蟲を薙ぎ払いながら返事をした。

 周囲を片付けてこちらへやってきた弟と背中を合わせ、話をする。


「これでは埒が開かぬ。狩魔衆を二手に分けようと思うがどうか」

「某も兄者と同意見です。鴉天狗率いるNo.0が全滅を喫する前に少しでも多く救出しなければ」

「ではNo.0救援の別働隊はお前に任せる。我はこのまま蟲共の相手をしつつ地獄部隊の援護に向かう」

「承知しました。では下忍中忍に加え、上忍を連れて行っても宜しいですか?」

「構わん。空間攻撃を仕掛ける敵という情報が入っている。適材を選べ」

「……では。水客《解流》を」

「む、連れて行く者は解流一人で良いのか?」

「十分です」


 自信に満ちたその言葉、信じてもよかろう。

 水客の解流と弟の夜叉は腕が立つ。


「別働隊は敵を仕留めた後、我々本隊と合流せよ」

「承知」

「あともう一つ」

「なにか?」

「……嫌な予感がする。結界術に長けた符抜斎も、不穏な空気を感じ取っている。十分に気をつけよ」

「兄者の予感は当たりますからね、まして呪客までも。わかりました注意します。では!」


 うむ、と頷き、解流と下忍中忍勢を呼びに駆けだす夜叉を見送る。

 別働隊を蟲の群れから抜け出させる為には、露払いをせねばならんな。


「飛沫、軋斬巳! こちらへ来い!」


 名を呼んだ途端、二ヶ所で蟲が滅多切りにされて残骸が空へ舞った。

 相変わらず荒々しい二人よ。


「へへっ、飛沫おめぇ何匹斬った?」

「今のところ97匹さねぇ。そっちはどうなんだぁい」

「おめぇまだ二桁かよ! こっちは135匹だ。俺の勝ちだな! へへへへ!」

「バカだねぇ戦闘はまだ始まったばかりじゃないかぁ」


 ………。


「この差が簡単に埋まるとでも思ってるのかよおめでたいな! ボケた顔してトロトロ斬ってるおめぇにゃ無理だって」

「へへぇ〜? ははぁ〜ん……」

「なんだよ気持ち悪ぃな」

「………98匹目ぇ〜!」

「ふざけんな俺は蟲じゃねえよボケ女が!」


 相も変わらずこの二人は……。

 とはいえ口喧嘩をしながらも我が呼び掛けは聞こえていたようで、互いに殺気をぶつけ合いながらこちらへやって来た。

 飛沫と軌斬巳の視線は火花を散らさんばかりにぶつかりあい、今にも刀が振られそうであった。

 ほれ、こっちを見よ、こっちを。


「修羅兄ぃ聞いておくれよぉ。軋斬巳がアタシを虐めるんだよぉ」


 滑らかに嘘を吐くでない。


「御頭聞いてくれよ……。飛沫が俺の操を……」


 お前は嘘どころか正気を疑う。

 戯言に構っている暇はなく、二人の言葉を無視して両腕を組んだ。


「夜叉と解流達が別働隊としてNo.0救援に向かう事となった。差し当たり二人にはその露払いを命じる」

「へぁ? 露……なんだってぇ?」


 この頃はまだ背の低めだった飛沫の頭に軌斬巳の拳が落ちた。


「露払いだよ馬鹿」


 軌斬巳は身に纏った黒革の着物をはためかせ、任せろ、と返事した。

 剣客、軌斬巳。

 剣術の腕に秀でた狩魔衆が誇る忍である。が、彼は専用の刀剣を持ち合わせていない。武器持たぬ忍として異質な者。ならば何故彼が《剣客》と呼ばれるのか。

 簡単な事。

 刃物であれば、否、斬れるものであればなんでも良いのだ。

 それが敵の持つ剣であれ、蟲の鋭利な牙であれ、尖鋭な石ころであれ、ひとたび軌斬巳の手に握られれば名刀と化す。

 ……と、それらしく軌斬巳の説明をしてみたはいいものの。その実、こやつはただ重い刀剣を持ち歩くことが億劫になり無刀となっただけであり、ただの無精者と一言で表現できてしまうのだが。

 ちなみにそんな彼だからこそ、うちの刀鍛冶を躍起にさせているという面もある。それはそうだろう。狩魔が、いや異界が誇る最高峰の魔刀鍛冶の鍛えた刀を、軌斬巳は悉く拒んでいるのであるからな。

 豪快にして強靭。勇猛にして果敢。

 先陣突破の要役。それがこの軌斬巳であった。


「そいじゃあ殺数を増やすとするかい」

「ようは夜叉兄ぃの前から蟲を消し去ればいいんだろぅ? おっ先ぃ〜!」


 軌斬巳を追い抜いて飛沫が駆ける。彼女は脚が速い。速い上に我武者羅に見える太刀筋は確実に蟲共を一撃で仕留めている。

 これは軌斬巳もうかうかしては居られまい。


「お前ェ! 俺の獲物をよくも!」

「ほいほい141殺ぅ。軌斬巳を上回ったよぉ」

「け。見てろよ剣客の腕を」


 軌斬巳は飛翔した。

 高く。高く。

 陽光を遮られた飛沫のいつも呆けていた顔には、若干の焦燥が現れていた。

 軌斬巳の剣術は……文字通り、剣の術だ。

 彼は剣士でも侍でもない。

 飽くまで忍。

 剣客だ。


「影刀具現!」


 軌斬巳自身によって遮られた陽光。

 その影に覆われた標的はずぶずぶと影の沼に引きずり込まれた。身動きをとれないよう、影に捕縛されてしまったのだ。無論、飛沫含む味方に影響はない。

 蟲は総じて影に埋まり、半身を出している状態。

 にたりと剣客は口の両端を持ち上げた。


「境界……断絶!」


 ――シュカッ!

 と、たった一度の小気味良い音。

 その音を最後に蟲は影に埋まった下半身を、影という境界によって切断され絶命した。

 恐ろしき術よ。

 ひとたび影に飲み込まれれば抜け出すこと能はず。境界断絶の一太刀で終焉を迎える。


「ははははは、あははははは! どうだ飛沫ィ! これで俺の総殺数は200を超えたぜ」


 軌斬巳の一斉処刑を目の当たりにした飛沫はギリ、と悔しそうに歯を噛んだ。

 あまり飛沫を煽るでない軌斬巳よ。彼奴きゃつは頭に血が昇ると何をしでかすかわかったものではない。

 もはや別働隊の露払いは眼中になく、撃滅合戦に夢中なのだろう。

 この二人が暴れ出しては、大量と思えた敵も少数に思えてしまうな。


「はあああああああああ!」


 飛沫は印を結び、両手を地面に当てた。

 結んだ印には見覚えがある……。

 広域血殺法の類だ。これはいかん。


「飛沫、やめよ。味方を巻き添えにしたらただではおかぬ」

「修羅兄ぃ! だってあたしは……!」


 泣きそうな声でこちらへ訴えかけてくる。

 ……お前の悔しい気持ちは解っている。未だ軌斬巳の方が腕は上。

 この狂犬の手綱は締めるばかりではいかん、か……。


 我は後方と左方の蟲を斬りつつ飛沫の手綱を緩めた。


「やってみよ飛沫。上手にな」

「その言葉を待っていたよぉ……」


 はぁあ、と彼女は嬉しそうな溜息を零した。

 他の下忍中忍勢は戦闘どころではない。飛沫の術に巻き込まれまいと、この修羅の背後にじりじりと寄っていた。

 他の上忍勢は……先へ進んだか。


「好まない血だけど血には違いないからねぇ」


 飛沫の触れた地面を中心として、先ほど切断された蟲共の死骸がざわざわと動いた。大量の蟲の血液が吸い寄せられるように地面を這って移動しているのだ。

 軌斬巳が殺り漏らした蟲はまだまだ無数。それらは同族が大量に死んだ事に反応し、飛沫めがけて突撃してきていた。


「血、描くは月輪」

――血、描くは月輪。


 飛沫の周囲に三本、血が弧の字に流れた。


「血、描くは日輪」

――血、描くは日輪。


 その内側にぐるりと円が描かれる。


「血、流れ地に流る。虚無の証は妖魔の忌字」


 ぐん、と地面が波打った。

 調整がとれておらんのか?

 飛沫が操り損なった血液の刃が跳ね、こちらへ飛んできたのを斬り払う。

 彼女にしては珍しく真剣な眼差しだった。ただしいつもと比べれば、だが。



(……む)


 ここで我は異常を感知した。

 飛沫ではない。もっと強大な気を纏った何かがこちらへ近づいている。

 一人……。いや、二人?


(く……。尋常ならざる気迫、闘気。頭を揺さぶられる)


 術に集中する飛沫から目を離し、我は右へ左へ両眼を動かした。

 殺気はあれど姿は無し。


「飛沫!」

「な、なんだよぉ修羅兄ぃ」

「気を付けよ。強い力が来る」


 両手の刀を構え直し、我は身を低くした。他の狩魔衆も同様に気配を感じ取り、姿勢を低く。

 軌斬巳が目を細め、我と同じく気配の位置を探ろうとしていたがやはり不可能だったようだ。


「御頭。先へ進んだ上忍を呼び戻した方が良いのではないか……?」

「軌斬巳。もっと集中して感じてみよ」


 先へ進んだ上忍達の気配は……強い気配に呑まれている!


 突如として飛沫の、結界を描いた地面がその模様ごと盛り上がった。

 ぬ、ぬかった!

 強大な気迫の持ち主は地中を移動していたということか!



『これ以上はやらせん! やらせんぞおおおおおおおお!』



 手足が蟲と融合した巨体。

 ずるりと長い舌。

 黒い首巻き(マフラー)。

 黒い前掛け(サロン)。


 腕から枝分かれするかのように伸びた蟲の頭は数え切れず。不気味な食虫植物を思わせる。

 それは――その腕達は――

 我が部下達を噛みくわえていた。

 先へ向かった上忍の姿もある。

 奴が《ベルフェゴール》と称される者か。


『統界任務を執行する』


 謎の言葉を呟いた其奴は、蟲の腕を勢い良くこちらへ伸ばし、振ってきた。

 それは我を捉える事叶はず。

 軌斬巳の影刀と、飛沫の鋸刀によって微塵切りにされた。


『ぬう? やはり邪魔をするかID928世界の生息民共め』


「この蟲男が! 御頭には触れさせねえ!」

「あはははははははははぁ! あっははははははははぁ! よくもアタシの術を邪魔してくれたよぉ!」


『グフフフフフ。死神業者と名乗った者共同様、貴様らも蟲の餌食としてくれる』


「気味の悪ぃデカブツだぜ」

「いいよぉ、コイツは楽しめそうだよぉ。昂るねぇ昂るよぉ。血客の血が騒ぐってもんさねぇ」


 我の前に立つ飛沫と軌斬巳。

 それを見て士気を上げた他の狩魔衆も続々と前に出てゆく。

 クク、餌食はそちらの方よ。獲物はそちらの方よ。


「よかろう……」


 我は双刀《闇鎬》の刃先をベルフェゴールへ向け、仮面の下でにたりと嘲笑った。


「貴様を〈魔〉と認識した。これより忍の精鋭集団による狩りをお見せしよう」


 ――ザクザクッ。

 我が言葉に呼応して、敵の蟲腕が弾けた。噛みつかれていた部下の反撃によって。

 狸寝入りもまた、術の一つよのう……。


 ベルフェゴールは瞬く間に狩魔衆に包囲されていた。


「レディに噛み付くとは何事でありんすかコラー!」

 刺客は元気そうでなにより。

「毒を喰らわば皿まで。中途半端はいけないのねん」

 呪客は片目を閉じて呟いた。

「臥竜! アンタ生きてんだろうね!?」

「当然だろ魅蒼姉!」

 風客雷客姉弟も仲良く無事、と。

「踊り踊れ〜蟲の鳴き声と共に〜。この美しさを解せぬ悲運を恨むが良い妬むが良い〜。そして願って死ぬが良い〜。来世は姫垢乃と同じ種族に生まれたもう〜」

 お前は時も場所も無関係に踊るのだな舞客……。


「我らこそ、泣く子も黙るどころか息をも引き取る恐怖の忍衆よ! 覚悟するのだな異形め!」

 中忍勢が声高々に叫んだ。


 意気軒昂たるこの様や良し。

 この異形に見せつけてやれ。忍者という存在の圧倒的暴力を!

 容赦は要らぬ。手加減も要らぬ。情も要らぬわ。


「闇に……」

「闇に……」

「闇に……」

「闇に……」

「闇に……」

「闇に……」

「闇に……」


 全員が武器を突きたて、標的への攻撃を開始した。


「溶けよ!」




 ◇ ◇ ◇




【統界執行員ベルフェゴール】



 他愛もない。

 地に這いつくばった巨体を、軌斬巳が蹴飛ばした。


『グブ……』


 血反吐の混じった嗚咽を漏らし、消えかかる命の灯が消えゆくのを我々は無情に眺めていた。

 飛沫だけは鋸刀で四肢を斬って愉しんでいるようだが。


「あはぁあははははははぁ」

「趣味悪いでありんすよシブキ」


 刺客、鈴女蜂が飛沫の着物を引くが、彼女はやめようとはしなかった。相手が死ぬまで続けるつもりなのだろう。

 だがまだ死なれては困る。

 軌斬巳と符抜斎も加わり、三人がかりで飛沫をベルフェゴールから引き剥がした。

 ずたずたに刻まれた巨体。

 狩魔衆に嬲られればこうなることも必定。

 だらりと垂れた長い舌も、先端は斬り落とされていた。


『………ッ』

「ふん。〈貴様が万全の状態だったならば〉我々は苦戦していたかもしれぬな」

『グフ……グフフフ』

「地獄の部隊に相当やられていたようだな」

『これから死にゆく者に……随分と冷たい言葉を浴びせるじゃあないか』

「知ったことか。それよりも幾つか問いたい」

『………』

「貴様、何者だ。IDだの世界だのと言っておったな」

『俺は統界執行員。それ以上は知らぬ方が……身の為だぞ』

「統界執行員……? では貴様の仲間であるチェシャ猫のシュレーディンガーも、その統界執行員という類の者なのか」


 ベルフェゴールは潰された目から血を流し、笑いを止めた。


『………? 誰だそれは?』


 そう答える。


「誰だとは如何なることか。貴様は奴を知らぬと、そう申すのか。死に際の嘘は宜しくないぞ」

『知らんものは知らん。俺は相方と二人でこの世界へやって来た』


 相方とは……アイアンメイデンと呼ばれる者のことか。


『ところがだ……。先方の話とは違い、この世界の住人は俺達に牙を剥いてきた。今回派遣された統界執行員――つまり俺達は、この世界の代表と合意した上で条約の締結へやって来たのだ』

「条約? 締結?」

『知らないのか。やはり知らないのか。〈ID928世界は全世界軸統治結社によって管理されるという条約〉を。俺達はハメられたということか。グフ……グフフフフフフフ』


 こやつは――こやつらは騙されて此処へやって来たのか?

 意味不明なその条約とやらの締結の為だけにやってきたというのに、この地獄で戦闘に巻き込まれた。と、そういうことなのか?


『お前も俺と同じだろうな……グフ……。利用されて捨てられる。油断した……ああ、油断した。俺と相方は……統界執行員として……この世界で戦闘を行った。越権行為。違反だ。もはや帰る場所など……無い』

「誰が貴様達を陥れた」

『グフ、グフフフフフフ。知らぬが仏とはよく言ったもの。これでようやく繋がった……。何故、〈地獄部隊との戦闘中に吸血鬼アークス・マーカスという指揮官が突如撤退命令を下したのか〉ようやく解った……。これは……』


 次に奴が放った言葉は、狩魔衆全体を――我をも凍り付かせた。




『最賢《鬼叉》によって行われた、地獄塔防衛戦とは名ばかりの……魔導高炉強化計画……。数多くの魂を犠牲とし、魔導核に吸収させ、より強力なエネルギーを生みだす高炉を作り上げる……なんとも冷酷な……計画』




「馬鹿なぁああああああ!!」


 我は叫んでいた。

 そんなわけがあるか。戯言をぬかすな。

 この地で命を落とした者の数だけ魔導高炉は力を増すだと!

 しかもそれが……我が父、鬼叉によって仕組まれた計画だと申すか!


「こ、根拠も無き事を喋るな!」


『グフ……解っている筈だろ? 俺はお前達の情勢をしらないが、鬼叉は今、何処に居る?』


 わからぬ。わからぬわからぬわからぬ!

 鬼叉は心配停止状態に陥り……。


 陥り……。


 何処へ……?


 搬送されたという報告は無い。たとえ影武者だったとしても……本人の居場所がわからぬ。

 この修羅への連絡も、来る気配が無い。


『あの狡賢い男が、わざわざ身体を張って危険な戦地へ赴くと。本気で思っているのか』

「貴様……! ならば貴様達に条約締結の嘘を放ち、陥れたのは……」

『最賢、鬼叉に相違なし』


「う――」

「そんなの嘘でありんすーーーーーーーー!!」

「嘘な……のねん……」

「嘘に決まっているよぉぉぉぉぉぉ!!」


 狩魔衆は全員、頭を抱えたり首を振ったりして地に膝をついた。我とて、握った刀を今にも落としそうだ。

 この地で命を落とした者の数だけ、魔導高炉を強化する計画。落ちる命は多ければ多いほど都合が良い。

 この世界に生きる者の魂には、この世界の恩恵――魔力が備わっているからである。

 だがこのベルフェゴールは自分を違う世界の者だと言った。魂に魔力は備わっていない。

 ならばどうしてベルフェゴールやアイアンメイデンをこの地へ召喚した?

 地獄部隊が戦闘途中で見計らったように逃げだしたのは何故だ?

 答えは……非情……なり……!



 我らが主《最賢の鬼叉》は、ベルフェゴール達を使って〈我々狩魔衆を魔導高炉強化の為に全滅させようとした〉のだ……!



 そうとしか考えられん……!

 強いものであればあるほど良いのなら……。

 狩魔衆も、No.0も、No.13も……魔導高炉の為、殺されに集められたのだ……!

 惨劇殿も……!

 チェシャ猫のシュレーディンガーも……!


 すべてあの男の策略の上で踊らされているのだ。

 それをあの男は――父上は――最賢は――鬼叉は――あの野郎は――安全な場所で盤上遊戯を行うかのように……!


「く………おぉぉぉ………」


 憎悪に身体が蝕まれるかのようだ。


「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 我は雄叫びをあげていた。

 いつの間にか息をひきとったベルフェゴールの前に膝を付き、激しい怒りと憎しみに感情を支配され、握った双刀を力いっぱいにひたすら地面へ突き刺していた。

 これは違う!

 これは主従関係ではない!

 大量虐殺の中に我々まで含めるなど……!

 御庭番が主に裏切られ殺されるなどあってたまるか!




「兄者。今の話は……真実ですか……?」


――かしゃり。と、刀を地面に落とした弟の夜叉が、我の背後に立っていた。


「父上が狩魔を……お捨てになられたのですか……」

「夜、叉……あちらは……どうした」

「アイアンメイデン撃破に成功……。No.0残存兵力無し。ディーラーズと呼ばれる者二人以外は……全員死亡。さらにこちらも被害多し。水客《解流》……討死……」


 解流が死んだだと……。

 もはや涙が零れそうであった。

 鈴女蜂と符抜斎など、声を上げて嗚咽を漏らしていた。


 そんな皆の目の前に、傷だらけの夜叉はころりと一つの玉を取り出して見せた。


「これは……?」

「解流の宝玉……水魂玉と呼ばれるものです。彼は常にこれを大切に持っていました。最期に某に手渡したのがこれです」


 光を反射し瑞々しく輝く解流の形見。


「解流。お前は誰よりも戦いを嫌い、命を尊ぶ者だったというのに……」


 宝玉の中で、何かが動いた。


「それは解流殿の魂を写し取ったもの。言わば彼の……生まれ変わりです」

 夜叉が言った。


「この中に、解流さんがいるのでありんすか……? 夜叉兄ぃ……」

「鈴。それは解流殿の魂ではあれど、解流殿ではないのだよ。我々の知る解流殿は、死んだのだ」


 鈴女蜂は夜叉の手から宝玉を渡されると、ぎゅ、と大切そうに、愛しげに抱き締めた。

 飛沫や軌斬巳、魅蒼、臥竜、符抜斎も、その丸い表面を優しく撫でて別れを告げた。


「次はきっと、争いの無い日々を生きるでありんすよ解流さん。大好きな魔導具に囲まれて、お店を営んで。常連さんと仲良くなって。楽しい日々を、笑顔の日々を過ごしてほしいでありんす。水客の解流としてではなく……本当の〈げる〉さんとして。さよならでありんす」


 そっと地面に宝玉を置く。

 最後に我も、その表面に手を当てて撫でた。


 お前は面白い男だった。戦いを好まぬ道具収集家。その品々の質には我も驚かされた事を、よく覚えておる。

 鈴女蜂の言う通り、次はお前の望み通りの世に生きる事を……我も切に願おう。

 狩魔衆は、この御頭の合意を以て、お前の新しき旅立ちを皆で喜ぼうぞ。


 我らは先へ進む。


 我らも新たな道を進む。


「狩魔衆はこの時を以て異界政府直下部隊から離脱する。反転し、地獄塔内部へ進撃せよ! 目標は魔導高炉!!」


 もう貴様の好きにはさせぬぞ最賢。

 貴様がいとも容易く捨てたこの狩魔、甘く見たのが貴様の運の尽き。

 我々自らが、この手で、魔導高炉をぶち壊してくれる。


「お待ちください兄者! そんなことをすれば地獄塔は消滅、避難民達まで死に到らしめることになりましょうぞ!」

「このまま最賢の思惑通りに事が運べば同じよ。奴は最初から避難民も魔導高炉の餌と考えていたのだからな」

「地獄勢は最賢の企みを知っている可能性もあります! どこかに脱出方法を隠し持っているのかもしれません!」

「だからなんだというのだ!」


 弟へ怒号をぶつけた。


「脱出路があるのなら地獄の輩共がなんとかするであろう! そもそも地獄も政府同様に我々を騙し、陥れたのだぞ! 我々は裏切りを受けたのだ! 許されざる裏切りをな! 第一に報復するが道理であろう!」


 だが――


 我が弟は、一歩引いて立ち止まっていた。


「兄者。某にはできません。まだ助かるやもしれない生命から目を背け、己が復讐心のままに行動するなど。某にはできない」

「夜叉!」


 呼び掛けにも応えず、弟は我と違う方向へと進行を変えていた。

 そんな夜叉に同意し、付き従う中忍や下忍も中には居た。

 そして上忍――刺客の鈴女蜂も、我と夜叉の顔を交互に見ながら迷っているようであった。


「あ、あちきは――」

「鈴、某は避難民の安全を確保したらそちらへ合流する。お前は兄者の手助けをせよ」

「わ、わかったでありんす」



 夜叉は鈴女蜂に嘘を言った。

 あ奴がその後、我々と合流することは無かったのだ。

 それは同時に我と夜叉の決別の証となり……。



 その確執は十年後まで長きに渡り続くこととなるのであった。



 ◆ ◆ ◆


【裏章 狩魔編】 了。

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