†裏章 9
裏章9 【オールレンジvsオールレンジ】
してやられた。
直線軌道のレーザー攻撃の発射地点へ瞬間移動をして突っ込んでみたは良いものの、そこに敵の姿は無かった。
代わりに大量の呪文符がそこかしらに浮かんでいる。
それに触れた敵兵が爆散したのを見ると、どうやら爆符のようだ。
機雷のように大量に宙に浮かんだそれが俺達を出迎えてくれた。
敵は狙撃地点を見破られることまで予測していたって事だな。大体予想はしていたが。
しかしながらディーラーズごと俺達を狙って照射されたあの攻撃は見事だった。それでも過信しないのがこれまた見事。
……本来こんなものすべて受け切ってみせるのだが、今回は双百合を抱えているのでそうもいかない。厄介な姉妹だ。足手纏いにしかならねえ。
仕方なく一つ一つ見極めて避けてゆく。
『……ウフ。かかったのねん』
『かかりよったで。ギャハハハハ!』
――!
先ほどのレーザー攻撃が横から飛んでくる。
またも双百合の傘がそれを天空へ曲げた。
今の笑い声から察するに……二人か。
姿が見えない。呪文符を使っていたところを見ると呪術師が居るな。もしかしたら結界の中に入ってしまったのかもしれん。
俺は双百合を降ろして周囲を見回した。
「お前ら、そこで伏せてろ」
「し、しかし!」
「私達は惨劇様の盾!」
「邪魔なだけだ。俺に盾はいらねえ」
「……承知しました」
「……承知しました」
肩をすくめる姉妹。
そこで非常事態が発生。
『僕もここで待つー』
「なっ! 馬鹿野郎、準!」
俺の腹が中から蹴られ、準が頭を出してきた。
周りは戦争の真っ只中だ。そんな所に顔を出す奴があるか。
『双百合の姉ちゃん達と居るー』
「アホか! 危ねえから引っこんでろって!」
『うるせー! 惨劇のバカヤロー!』
「嗚呼……準に嫌われた。もう終わりだ誰か俺を殺してくれ……って、そうじゃなくって!」
どうやら内側からの力には抵抗ができないらしく、準はずるずると俺の腹から出てきてしまった。
戦争の中にだぞ? そこかしらで兵士達の首や血飛沫が宙を舞っているこの戦地に、自分から出てきやがった。
畜生、出ようと思えば出られたのか。
ああ畜生、畜生。
「準! っと、危ない!」
レーザー攻撃を双百合が弾いた。
「御標準は私達にお任せを!」
「全力で死守致します!」
黒と白の傘が準に覆いかぶさった。
とりあえず双百合が居れば光学系の攻撃は心配ない。
心配ないが……!
剣を握った兵士達がそこらじゅうで戦闘を行っている姿を見た俺の背筋に悪寒が走る。
物理攻撃を受けたらひとたまりもねえじゃんか……!
そうこう考えている間にも爆符はゆらゆらとこちらに近づいてくる。
レーザー攻撃も照射されてくる。
ああクソ。
ああああ畜生!
「双百合ぃ! 準を任せる! 堅固不屈の盾となり命と引き換えてでも守れよ!」
「仰せのままに!」
「仰せのままに!」
我儘な少年だ畜生。
ここに来て双百合になつきやがって!
俺が敵を瞬殺して一瞬で戻って来るしかねえじゃん!
ああもう! あああああもう!
いいね、愛した男に振り回されるのも悪くないね畜生!
準を双百合に取られたような感覚に悔しさを覚え、それを我慢しながら殺意を敵へ向けた。
「すぐ戻るからな準! 双百合の言う事を聞いて大人しく頭伏せてるんだぞ!」
『うん、いってらっしゃーい』
「うはぁ可愛い、いってきまーす」
甘くとろけるような準の笑顔。これはたまらん。
うっとりと身体を揺らし――
直後、俺はスペースシフトで爆符の中へ突っ込んでいった。
◇ ◇ ◇
――ドドドドドドドドドドドドォォォォォォン!!
『な、なんなのアイツ!? 爆符に突っ込んできたのねん!』
『ギャハ! ただのアホやろ、自殺行為や』
「死ねやぁぁぁぁあああああああ!」
爆符の爆発を全て全身で受け、そして当然のように無傷な俺は爆煙に紛れて声の主を探った。
そして圧力制御孔壱号を解放する。
見えた。見つけた。結界制御の呪符!
パチン、と指を鳴らしてその符を圧縮破壊。あっさりと敵の張っていた結界は解けた。
さあ晒せ。
姿晒したその時こそてめえらの最期だ。
『うおお!? 無傷なのねん!』
一人発見。
動き辛そうな着物を纏った小柄な奴だ。袖が長すぎて垂れており、顔は呪文の描かれた覆面で覆い隠している。
おそらくこいつが呪術師。
凄まじい勢いで俺はそいつめがけて疾走し、両腕を開く。
「圧殺鴉闘技――」
『ギャハハハハハ! 伏せぇや符抜斎! そいつは俺がデストロイしちゃるわ!』
む、もう一人か。
黒のレザーマント、黒のフルフェイスヘルメット。
異様な出で立ち。あの呪術師とは雰囲気が全然違う。
全身黒づくめのそいつは、両腕で巨大な筒を抱えていた。
あれは……そうか。あれがレーザー攻撃を照射してきた大砲か!
やはり砲口から赤いエネルギーが放出され、俺を直撃した。
だが残念だったな、俺は無敵なんだよ。
『キヒヒヒヒ、あかんわコイツ攻撃が効かへん。けど、ウーノシリンダーの威力はデストロイハンパねえでぇ!』
「う……!?」
攻撃は効かない。効かないが……。
放射されたエネルギーの勢いが凄まじい。
あらゆる攻撃をなんともなしに押し返してきた俺自身のパワーが少し押されている。
これは異常な事だぞ。
エネルギーの勢いだけで山を五つは消し去るってことか?
なんつー兵器だ!
『ギャハ、ギャハハハハハ! 此処は戦場やからなぁ! 呪詛がデストロイ多いわ!』
嘗めるなよぉ……。
「アキュムレーターチャージ。《プレスキャノン》!」
『うお! 呪詛出力アップや!』
クハハハハ、無駄だ。
てめえの砲撃じゃあプレスキャノンを押し切ることは不可能!
『援護するのねん、ベルゼブブ!』
呪術師(声色からして女か)が俺の背後に現れた。
両手に計十枚、呪符を握り締め、俺の周囲にばら撒く。
一体何の意味が……?
『ナイスや符抜斎』
黒ヘルメットの男はゲラゲラと笑う。
そして、なんと両肩から大砲が更に二つ伸び出てきた。
この男……身体にサイバネティック手術を施されている。
『跳砲』
両肩の大砲は呪術師のばら撒いた呪符へレーザーを照射。
呪符はそのレーザーを反射し、俺の背中に直撃した。無敵じゃなかったらやられてたなこりゃあ。
敵の攻撃はそれだけに留まらず、レーザーはまるで生き物のように呪符から呪符へ網目のごとく動き回り、予測の出来無い軌道から俺に飛んできた。
黒ヘルメットと呪術師のコンビネーションプレー。近接、中距離、長距離問わずのレーザー攻撃か。
全距離には……全距離だ。
身体のパーツをバラバラに分解し、俺もまた全方位全距離の攻撃を仕掛ける事にした。
クフフハハハハ。オールレンジのプレスキャノン。その恐怖をとくと味わうと良い。
『この怪物、何者なのねん!』
『知ったことやない、とにかくデストロイや!』
黒ヘルメットは更に胸や腹、膝からも砲口を覗かせた。
てめえも十分怪物だよ。クハハハハ!
呪術師もありったけの呪符や爆符をばら撒いてくる。結界の張り直しも図っているだろう。
早々にケリをつけねえと。この面倒な二人は倒すのに手間と時間が掛かりそうだ。
アキュムレーター壱号を本解放できればプレスキャノンで一撃なんだがな。周囲一帯が吹き飛ぶからそれはマズイ。
「クハハハハハハ!」
『ウフフフフフフ!』
『ギャハハハハハ!』
「No.13、無敵の《最凶》、この惨劇のカタストロフを前に良い度胸だテメーらァァァアアアア!」
『そっちこそ! 狩魔衆、変幻自在の《呪客》、この符抜斎を相手に無事で済むと思わない方が良いのねん!』
『ギャハハハ! 地獄特殊部隊、全身砲台の《最狂》、このベルゼブブ・B・ランチャーに目ぇ付けられてデストロイ無事で済むと思わん方がええでコラァァァァァ!』
「………」
『………』
『………』
「……ん?」
『……へ?』
『……あ?』
「狩魔衆? 地獄特殊部隊?」
『No.13?』
『惨劇?』
「俺、No.13の惨劇」
『あたい、狩魔衆の符抜斎』
『俺、地獄部隊のベルゼブブ』
三人とも、ピタリと戦闘の手が止まっていた。
「……み」
『……み』
『……み』
(味方だったのかぁーーーー!)
(味方だったのねんーーーー!)
(味方だったんかいーーーー!)
しかし攻撃を仕掛けようとした体勢のまま動くに動けない。
おそらく全員が己の勘違いを恥ずかしく思っていることだろう……。
目を泳がせた呪客とやらが、何か言いたげに身体を震わせている。
一方、隣のベルゼブブとやらも身体が震えているが、こいつの震え方はちょっと危ない。両手に抱えた大砲の引き金を引きたくて仕方ないという震えだ。
ところでこのベルゼブブ・B・ランチャーという名前、どこかで聞いた事があるような気がしたが、この時の俺にはどうでもいい事だった。
「まぁ……俺はてめえらをここで殺しても構わねえんだけど」
『上等なのねん。惨劇だか演劇だか知らないけれど、我ら狩魔衆を敵に回して五体満足は望めないのねん』
『キヒヒヒ。でっかい風穴開けるまで何度も何度もデストロイし尽くしてやる』
……だが。
言葉とは裏腹に、俺達三人は背中を向け合い、くっつけた。
「クローが怒るから」
『御頭が怒るから』
『ギルが怒るから』
目も合わせず、
顔も合わせず、
「機会があればまたな」
『機会があればまたなのねん』
『機会があればまたデストロイ』
三人ニタリと笑みを浮かべて別々の方向へ走り出したのだった。そこそこ楽しめそうなのが相手になったかと思いきや実は味方でしたという、なんともばつの悪い結果ではあれど是非も無し。
いた仕方ないから見逃してやる。という最低限の強がりを維持して符抜斎もベルゼブブも惨劇も解散だ。
さて呪客、符抜斎が駆けて行く先には――なんとまあ非情なまでに微塵切りされた魔獣の死骸が大量に転がっている。
奴の仲間の仕業だろうか。
『軋斬巳ー! 御頭へ通達することができたから伝令役を呼ぶのねーん!』
呼ぶのねーん、と叫びながら彼女は呪符と爆符を敵兵達に貼り付けまくり、粉微塵に吹き飛ばしながら走っていた。どう見てもオーバーキルだろ。八つ当たりか。
片やベルゼブブは相変わらずレーザー砲を四方八方へぶっ放し、地獄塔へと帰って行くのが見えた。
異界でもあれほどまで高威力の大砲は見たことがねえ。おまけにサイバネティック化を施された身体。地獄の特殊部隊ってのは異形揃いなのか。俺も人の事言えないけどさ。
『ギャハハハハハハ! どけどけコラァ! 緊急連絡緊急連絡、地獄塔へデストロイ緊急連絡ー!』
口では緊急と言っておきながら、全身砲台の身体はジグザグに駆けている。ようするに敵の密集している場所へわざと突っ込んでいる。寄り道する程度の緊急連絡かよ。
まー、あれだ。なんだかんだで各々、No.13とNo.0が到着した旨を狩魔衆と地獄へ報告しに戻ってくれたようだ。
地獄塔に向かうまでもなく第一の目的は達成。これで砲撃は中断され、クロー達後発の部隊が進撃できる。数の多い敵に押されつつあるこちらも、戦力強化で形勢逆転だ。
もっとも、俺達の分まで守備範囲を広げて持ちこたえていた狩魔衆と地獄特殊部隊の頑張りが最も大きい。
さっきの二人を見て、連中はこの闘争を愉しんでいるように思えた。
狩魔衆も地獄特殊部隊も。
奴らは地獄と異界政府直下の戦闘部隊だからな。上の意志とは別に奴ら自身は戦闘自体を好んでいるのかもしれねえ。
そんなことを考えていると、俺の軍服がくいくいと引っ張られた。
振り返って見下ろすと少年の姿。
準だ。
待っていろと言ったのに此処まで来てしまったらしい。
双百合の二人も無傷で日傘をさして準の後ろに立っていた。
「……おお準。怪我はないな?」
『うん、大丈夫。双百合のおねーちゃん達と一緒だったから』
そっかそっか、と俺は少年を抱きあげて再び自分の腹の中へ入れた。
今度は大人しく俺の中へと入って行く準。どうやら……周囲の喧噪がさすがに堪えたみたいだな。
「双百合も御苦労」
「有難うございます」
「有難うございます」
会釈した姉妹が周囲を見回した。
「惨劇様。味方が後退しているようですが」白百合が言う。
「これならクロー様へ合図を送る事も可能かと」黒百合が言った。
確かに味方は一斉に後退を始めている。
砲撃も収まりつつある。
……さすがというか。情報の交信が実にスムーズだ。符抜斎とベルゼブブの報告がもう管制に届き、各部隊へ後退指令が下ったというのか。
この状況下、ここまで高度な指揮系統を持っているのは強みだ。地獄の《三頭》と政府の《最賢》、なかなかできる連中とみた。
「フン。味方が後退しているなら……」
俺は地獄塔に背を向け、敵のみとなった集団を見据える。
波打ち群がり蠢く地面みたいだ。本当の地面が見えねえよ。
観測開始。
観測時視界内体温保持個体数、9324。
内、大型個体及び魔獣個体数、980。
観測時視界内敵移動砲台数、266。
ぱっと見ただけでも約一万の標的か……。
「デカめの花火をぶっ放すか」
双百合は俺の身体から少し離れた。足首から地面へ射出され、深々と刺さった固定アンカーを見て近くに居ては危険だと察したのだろう。
おそるおそる背後から問いかけてきた。
「えっと惨劇様?」
「何号まで解放なさるのですか?」
「んー。伍……いや、肆号で抑えとこう」
「よ、四段階解放!?」
「大きすぎます! 解放しても三段階……参号までだとクロー様にも釘を刺されていたじゃありませんか!」
「いいんだよ。一点集中じゃなくて拡散なんだから。それにこういうのは……派手な方が良いだろ」
背中の圧力制御孔がバカバカと開く。
俺の圧力放射は内部にエネルギーが蓄積するから威力に合わせて外へ出してやらないといけない。でないと……なんつーか。風船みたいに無敵の身体が膨らんで肥満状態みたいになる(一回あった)。しかも分離する身体のおかげで肥満状態から、破裂するようにバラバラに弾け飛んだパーツが危うくクローを殺すところだった。
「わ、私達は警告しましたからね」
「後で怒られても知りませんよ」
冷たいなオイ。
俺は両手首をくっつけ、両手の中に圧力の塊を生みだした。ここら一帯を吹き飛ばせるエネルギーの塊だぜ。一万の生命が一瞬にして消え失せる程の。
泥を握った一万の敵。生命。中には望まずに此処へ来た者だっているだろうさ。
だがそんな事は俺の知ったことじゃねえ。
お前達が俺の敵となった。それだけのことだ。
哀しいかなそれが戦争だ。
戦争に参加したお前達もその覚悟くらいあるだろう?
だから、サヨウナラだ。
「アキュムレーター壱号、弐号、参号、肆号、解放……」
膨大なエネルギーと空気の歪みに、進撃する敵の勢いが一斉に止まった。
一万の敵の生物的本能が、一人の惨劇を前に、危険だと知らせたのだ。
が、もはや成す術なし。
味方の後退した地獄塔を背に、
進撃してくる敵勢を正面に、
俺はその中間に立っていた。
この時、
この瞬間、
ずっとクローという名の裏で潜んでいた俺、惨劇のカタストロフが全異界に名を知らしめるきっかけとなった大量殺戮攻撃が表舞台へ披露されたのだった。
「圧力砲凝縮弾頭。88mm、《a hurt a heart》!! クハハハハハ、消えて無くなれえええええええええええええ!!!!!」
◆ ◆ ◆
『最終戦争ラグナロク、第25区攻防戦。通称《HELL WARS》。
魔導高炉奪取の任務を請け負った各勢力の軍隊が連合軍として地獄を一斉攻撃したというこの稀な共同戦線は他の区に於ける戦線とも異質なものであった。この時、第25区というこの辺境の地からかなり離れた第87区では有名な大規模総力戦《ブラッディ作戦》が進行しており、この攻防線を知る者はあまり居ないであろう。
当時、地獄を防衛していたのは地獄特殊部隊と異界政府直下部隊であった。意外にもこの異界全土から見れば小規模なこの攻防戦には重要な勢力が多く参加していた。異界政府軍もその一つである。
総攻撃開始時、地獄軍と政府軍を相手に連合軍は好勢であった。地獄塔を攻め落とす直前、進攻率は八割に及んでいただろう。
しかしこの直後、連合軍はその勢力の三割近くを失うこととなった。
突如として後退を始めた地獄防衛軍。それに合わせて進撃を加速させた連合軍の前に現れた者こそ、後に記述する戦犯(第780項参照)惨劇のカタストロフであった。またその際、同戦犯双百合の姿も確認されているとの情報があるがこれは不確定事項である。しかし後に確定事項として双百合の姿を再度確認されている情報を踏まえると信憑性は高い。
連合軍は惨劇のカタストロフによって約一万の兵と戦車を失った。同時に多数の魔獣も消滅したと思われる。この壊滅的打撃の直後、地獄防衛軍にNo.0とNo.13が合流。息を吹き返す。
この合流こそ特記事項で記述する、戦犯鴉天狗のクローと戦犯惨劇のカタストロフが率いた集団No.0、No.13によって起こされた事件――魔導高炉暴走事故(特記第25項参照)へと発展することになる』
【魔導図書館ファントム・スタック保管――《ラグナロク戦争》著:アーネルド・マスクード――より抜粋】