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†裏章 6

・惨劇のカタストロフ

 裏章の主人公。

 無敵の身体と無限のエネルギーを持つ最強に最も近い存在。最凶の称号保有者。

 最終戦争ラグナロク終盤に於いてNo.13を率いて参戦する。


・双百合(黒百合、白百合)

 絶望的状況からクローと惨劇に救われた双子の姉妹。

 以降、惨劇に仕えるようになる。

 奉仕家系〈華一紋〉出身で、惨劇の役に立とうと幼いながらに奮闘する。


・ディーラーズ(ハート、クラブ)

 ゼブラ作の寄生兵器。

 戦闘能力は勿論、情報収集能力に長け、惨劇を補佐する。

 死体を糧とし、強化外骨格で操る。


・零鋼

 ゼブラ作の戦略傀儡兵。

 最終戦争ラグナロクには投入されず、魔導社本社で眠る。


御標九朗みしるしくろう

 鴉天狗のクローと呼ばれる男。

 瀕死の惨劇を拾った父親的存在。

 強大な力を有す者を己の子供とし、自ら心の拠り所となる。惨劇を含めた現在その数は13人。

 二つの世界を踏破した偉大な存在。

 広大な人脈を持つ。

 異界に於いて絶大な知名度とカリスマ性を誇る。

 それ故にラグナロクへと参戦することになるのだが……。

 No.0の指揮官。

 真空の刃を操る格闘術、鴉闘技を使う。


御標準みしるしじゅん

 クローが連れてきた少年。10歳。

 唯一の実子であり、惨劇の兄にあたる12番目の兄弟。

 彼との出会いにより、惨劇は己の存在意義を見出すこととなる。


・ディーラーズ(ダイヤ、スペード)

 上記ハート、クラブと同様ゼブラ作の寄生兵器。

 No.0に配属され、クローの補佐を務める。


・ゼブラ・ジョーカー

 ジョーカー一族の一人。

 魔導会社マジック・コーポレーション代表取締役にして異界屈指の天才科学者。

 瀕死の惨劇に対し、未知なる物質を迷いなく使用して無敵の身体を与えた。

 マッドサイエンティスト。

 No.0とNo.13へ物資等の援助をするが、本人はラグナロクの最中に消息を絶つ。

 〈最悪〉の称号保有者。


・No.0、No.13隊員

 元魔監獄ジュデッカプリズンの囚人。

 全てクローに縁のある者達である。



            ――【裏章】



 ◆ ◆ ◆




 ついに俺とクローは最終戦争ラグナロクへ本格的に参戦することとなった。

 これはクローの決断による結果だと、そう思いたいところだが……。きっと必然だったのだろうと今もそう思う。

 そしてその必然は必然らしく物事を無理矢理なほど円滑に運んだ。

 参戦の名乗りを挙げてから部隊編成と物資調達の手配までの速さが尋常ではなかった。

 まるで全てが用意されていたかのように。

 運命の嘲笑が聞こえるようだった。

 クローもきっと必然を受け入れたのだと思う。それが世界の理だと。

 だが、そんな彼が俺という存在を近くに置いていたのは……最凶という、最も運命に嫌われた俺を置いていたというのは……やっぱり彼も運命に抗おうという気持ちを抱き続けた表れなんじゃないかな。

 俺が唯一背中を見つめ続けた男。

 俺を拾い、新たな生を与えてくれた父。

 彼との旅はあまりにも新鮮で、

 彼との旅はあまりにも広大で、

 世界の有様は……俺の目にはあまりにも……。



 ◇ ◇ ◇



「惨劇様」


 名を呼ばれ、俺は我に返った。


「お時間です」


 椅子に座って頬杖をついていた頭を持ち上げる。

 傍らに立ったディーラー・ハートが予定時刻になったことを俺に告げた。

 息を吸い、吐く。

 普通の身体と違う俺の呼吸は、鋼鉄の管を吹き抜ける風のような音。

 周囲を見回す。

 ディーラーズと双百合が並んでいる。

 どうやら俺が瞑想にふけっている間、この四人はずっとそこに立っていたようだ。

 伸びをするような感覚で椅子の端を握り締めると、脆く砕けた。


「カァァァァ……」


 白い息をもう一度吐きながら立ち上がり、やりきれない胸の重さに若干苛立った。

 黒く、質感すら定かではない身体。

 有機か無機かもわからない。

 俺の身体を作ったゼブラはもう居ない。居たとしてもこの身体について解き明かされることはないだろう。

 粉々に砕け散った椅子の欠片を踏み、更にばりばりとすり潰した。


「よし。始める」


 俺の言葉を聞いたディーラー・クラブが自分の首筋に指を当てた。

 部屋が移動を始める。

 ごんごんと音を立て、壁が軋んだ。

 扉のように割れる。

 ルービックキューブというパズルをモチーフとした魔導社本社の建物の特徴である。

 部屋の自由移動と部屋同士の合体。

 複雑怪奇な空間操作技術。

 あの狂った科学者による戯れの一つだ。

 合体した別の部屋は、今の部屋の数倍は広い。

 そこに待っていたのは――数多くの戦士達だった。


 そう、No.13とNo.0の全戦力が此処に集っていた。


 しかしながらたったのニ部隊。

 これからこのニ部隊でラグナロクへ殴り込む。


 隊列を組んだ戦士達の前に、彼は立っていた。


「クロー。戻ったのか」

「おう、間に合った」


 鴉の仮面。下駄。

 鴉天狗のクローが腰に手を当てて笑った。

 いったいどこへ行っていたのやら。旅から戻り、ちょっと出かけると言ったままギリギリまで姿を見せなかったとは。

 それは後で訊くとしよう。

 早速だが、とクローが俺を含めた全員の前で声を上げた。


「諸君。我々はこれより戦争という反吐の出そうな汚泥に飛び込む。だが決して意味もなく突っ込むわけじゃねえ。俺の目的は、汚泥に飲み込まれた尊き物を汚れないようにすることだ。泥の掛け合いをしている連中なんざ放っておきゃあいい。勝手に泥まみれになってりゃあいい。だが哀しいかなここまで広がった泥に、無関係なものまで被害を受ける状況だ」


 俺も、双百合の二人も、四人揃ったディーラーズも、黙って彼の言葉を聞く。


「そこで我々No.0とNo.13の、戦争内における立ち位置を明確にしておく! 俺達は〈泥を握った全ての者の敵〉であり〈泥に塗れようとしている重要機関の盾〉となる」


 重要機関?

 部屋の中がざわついた。


「名は〈魂管理機関、地獄〉。ここを全力で防衛する」


 魂管理機関、地獄。

 聞いたことがある。知っている。

 別世界の魂を受け入れ、転生するその時まで保護しておく機関だと聞いた。


「この機関……いや、この建物には数多くの避難民が居る。巨大な、鉄壁を誇る要塞として今も尚、他勢力の進攻を退けているが、戦況が激化した今の状況でどこまで持ち堪えられるかはわからない。このままでは早々に陥落するだろう。そしてこの機関はあらゆる勢力に狙われ、更には魔獣にまで狙われている。その理由が地獄という高度な管理機関を保持しているエネルギー源〈魔導高炉〉だ。これが生み出すエネルギーは膨大であり、魔獣の生命エネルギーに近いものがある。これを他勢力に奪われれば戦争は更に激化する。これを魔獣に破壊されれば膨大なエネルギーが溢れ出して超広範囲の地形が融解・消滅する。故に我々はこの機関を戦争から守り抜く!」


 心の底からの言葉だった。

 と同時に、クロー程の男でもこの程度の抵抗しかできない。世界中に名を知られる一人の男が、地獄というたった一つの施設を守るために全力を要する。この戦争は、そこまで大規模なものに発展していたということだ。


「そこで朗報だ。異界政府が我々に協力してくれると進言してくれた。今や政府も手がつけられない状況。No.0、No.13、そして異界政府の部隊。この三部隊と地獄の部隊。合わせて四部隊。それぞれ四方より死守する。これは防衛戦だ。情報交換と連携が重要になる。No.0は俺、〈鴉天狗〉が。No.13は〈惨劇のカタストロフ〉が。異界政府軍は〈最賢〉が。そして地獄軍は〈本部三頭〉が指揮を執る」


 クローが指を鳴らした。

 合図と共にスクリーンが現れ、地獄という施設の写真とその構造図が映し出される。


「たった四部隊で今回の作戦を提案したのは当然理由がある。それはこの地獄自体の構造」


 塔だ。

 直径数十kmには渡るであろう巨大な円柱。縦に長く、その頂上は写真に入りきっていない。雲に隠れてしまっている。


「見ての通り。地上と地下に長く、なんとかできる範囲だ。それに塔という要塞を活かして全方位に砲塔が並ぶ。これまでこの弾幕があらゆる軍を撃退してきた。信頼するに値する防衛機能だ。よって長距離から一気に敵の数を減らし、我々はそこを切り抜けてきた敵を一人残らず駆逐する。いいか、一人も中には入れるな。塔という構造上、最下部にある魔導高炉とは正反対の……上部に避難民が収容されている。つまり地獄が落とされ、魔導高炉が破壊された場合……」


 脱出は不可能という事か……。

 魔導高炉とやらが回収された場合も同じ。避難民は一網打尽にされる。

 つまり……侵入されること。それ即ち作戦の失敗であり、地獄内の生命が全てやられるということだ。


「おおまかな説明はこのくらいにする。現在、地獄へ進攻する大隊ありとの連絡を受けた。今の地獄はかなり疲弊しきっている。既に異界政府の私設部隊――狩魔衆も救援に向かった。各自急いで装備を整えよ。これより早急に地獄へと向かう! 我々の戦争は既に始まっている! 我々の一挙手一投足が、異界の命運を分ける!」


 さすがは寄せ集めの元重犯罪者部隊。敬礼はせずとも一斉に放つ殺気と士気が凄まじい。

 中には異界などどうなっても良いと考える者も居るだろう。

 けれど。

 クローがそう望むならと、たったそれだけの理由でここに立つ者ばかり。

 全員がクローの意志に同調し、クローに従う者ばかり。

 当たり前だ。

 この俺の――父親なんだから。

 こんなにたくさんの眩しさを、暗さを、俺に見せてくれた男なんだから。

 故に俺もこいつらと同じ。

 クローがそう望むのなら、その地獄とやらを最凶の力で守って見せる。


 ぞろぞろと足早に部屋を出て行く連中を見ていると、俺の両隣から双百合がこちらを見上げていた。


「どうした」


「えっと……」

「わ、私達は……」


「自分の身は自分で守れ。ディーラーズは情報交信で気を回せねえ」


「は、はい……」

「承知……しました……」


 目を伏せる二人の娘。

 両手を組み、膝が震えている。


「まあ。俺の近くに居ればまず安全だろうよ」


 そう声を掛けてやると、二人は安堵の息をついたのだった。




 ◇ ◇ ◇




 部隊の面々が出撃の準備をしている頃。

 俺はクローに呼ばれた。

 なにやら込み入った話があるのだそうで。双百合とディーラーズは席を外すように指示されていたが、双百合はあれから俺の半径3メートル以上は離れなくなってしまい、いた仕方なくクローの部屋へは俺と双百合の三人で向かった。

 双百合は、身体に似合わないサイズの大きな傘なんかを手にぶら下げている。

 これはつい先程支給されたもので、ゼブラの試作品らしい。

 光の吸収、反射、屈折を操ることのできるシステムが搭載されていて使い方次第ではかなり役に立ちそうな代物だ。

 勉強熱心なこの二人の事だ。すぐに使いこなしてみせるだろう。

 というか俺の近くで開いたり閉じたりするのはやめてくれ。歩きづらい。


「ねえ黒百合、これ便利な日傘ね!」

「違うわよ白百合、これは光を集める事もできるのよ? 育てている植物の上にこの傘を被せたら、たくさんの日光を浴びせる事が出来るわ」


 頼むぞオイ……。

 俺は双百合の頭に手を置きながら、クローの部屋に入った。

 彼は特に支度をしている様子もなく備え付けられたテーブルに肘をつき、入ってきた俺達を見た。


「よう惨劇」

「よう、なんだよ話って。No.13の連中はもう殆ど出撃準備ができてるぞ」

「ああ。手短に話す」


 双百合は黙って俺の後ろに立っている。

 クローは彼女達を一瞥し、満足そうに息を吐いた。そもそもこの娘たちを保護するように仕向けたのはこの男なのだ。予想通りになって安心したのだろうさ。


「まー、双百合は仕方ないか。俺と惨劇はこれから大事な話をするが、絶対に外へ漏らすんじゃないぞ?」


 コクコク、と白黒の少女達は頷く。

 くすりと笑った鴉面は話を続けた。


「……地獄の件だが」

「おう」

「実は皆に説明していない事がある」

「説明していないだと?」

「そうだ。俺はさっきのミーティングで、敵は二種類だという旨を伝えた……」

「軍隊と魔獣の二種類か」

「うむ。その二つは、魔導高炉を求めて進撃してくる。だがな……もう一種類、敵が居るんだ」

「はぁ!? 大事じゃねえか。どうして説明しなかった!」


 俺が声を上げると、

 クローは履いた下駄をカロン、と鳴らして脚を組んだ。


「説明のしようがねえんだよ……。それに戦意を削がせるだけだ」

「どういうこった」

「その敵ってのは、現在地獄に接近中の勢力でな。軍隊でも魔獣でもねえ。正体不明の集団なんだよ。未知なる第三の敵ってやつだ。そいつらが何処から現れて何の目的で動いているのかはサッパリわからん。ただ移動しながら、行き着いた街や施設を徹底的に蝕んでいる。略奪の痕跡も無い。あるのは殺戮だけだ。だがその破壊ぶりからは殺戮が目的とは思えん。殺戮は破壊の一環に過ぎないのだろう」

「なんだよそりゃ……」

「まるで嵐。台風。竜巻。災害のような連中だ常に破壊を続けながら移動している」

「それが地獄に向かって移動している。と」


 頷く鴉の仮面が光を反射し、赤く輝いた。


「おそらくは地獄へ進撃中の軍隊や魔獣もそいつらと接触する。互いの敵ってやつだ。だがそこまで考えて戦闘を行う余裕なんてうちの隊員達には無い。見敵必殺を貫いた方が良いと判断した」

「三つ巴とかややこしいことは頭に入れず、地獄へ近づくモノは例外なく駆逐しろってことだな。確かにその方がいい。下手に勢力の意識を拡大させると混乱を招くからな」

「そう。俺達ぁそんなこと気にせず迎撃しまくればいい。それだけだ。だからお前の耳に入れとくだけにしとこうって思ったんだよ」


 軍勢、魔獣に加えて未知なる集団か……。

 魔導高炉が目的ではないようだが、地獄に向かって移動しているあたり強大なエネルギーに惹かれたのだろう。

 魔獣の類なのか。はたまたどっかのイカレた軍隊なのか。

 一応、頭に留めておくとしよう。


 話はこれで終わりかと思いきや、クローは立ち上がって指を振った。

 そして「もう一つ」

 と言い出す。


「惨劇に頼みたい事があるんだなぁこれが」


 悪戯っぽく言うこの口調は危険だ……。

 何か面倒な事を俺に押し付けようと考えている時の態度とみていい。


「クハハ、そんな目で見るなよ惨劇。この鴉天狗、一生のお願いだ」


 前回の一生のお願いはなんだったかと思いだしているうちにもクローは話を続ける。


「実はな、俺の息子の件なんだが」

「息子? 11人の兄弟は旅で会ったじゃねえかよ」

「うむ。でもまだ12人目には会ってねえよな?」

「まあな」

「だから連れてきた」


 は?

 それしか言葉が出なかった。


「今まではこの世界に居る息子や娘たちだったが、12人目だけは違うんだ。俺の血を受け継ぐ本当の子供だ」

「で、その兄弟をどうしろって?」

「まだ10歳のガキでさ。一応お前の兄貴にあたるんだが幼い。今までは俺が生まれた世界で暮らしていたんだが……その……ちょっと事情があってこっちに連れてきたんだ」


 うわあ。

 すげー嫌な予感がする……。


「これから戦争になると、俺は地獄や政府と連絡を取り合ったりあちこち手を回さないと行けなくて、10歳の子供を面倒見切れなくなる」


 なんつー父親だよコラ。


「そんで俺に子守をしろってかぁ!?」


 俺は悲鳴を上げた。

 クローは両手を合わせて俺の前に出てくる。


「頼むよ惨劇ちゃん!」

「おいそれやめろ」

「精神年齢も体格もお前の方がでかいんだしさ、な?」

「なんで妹の俺が兄の面倒を見るんだよ、おかしいだろコラ!」

「わお。ちゃんと自分が妹だって把握してんのな」

「やかましい!」

「クハハハハ! 流石は我が娘、怒った顔も可愛いなー!」

「クハハハハ! 殺すぞコラ。この顔はどう見ても表情とか無ぇだろコラ」


 互いに笑い声を上げる。

 だが俺とクローの間は猛烈なエネルギーの衝突が起こっていた。

 圧力波と風刃がバシバシとぶつかり合っている。


「てめえ惨劇! 父親の言う事が聞けねえのか!」


 この野郎キレやがったー!


「うっせえ! いきなり上から目線になるんじゃねえ!」

「はぁん? 俺は天下の鴉天狗だぞ、そんな態度でいいのかなぁ?」

「タチ悪ぃなおい!」


 エネルギーの衝突が激しさを増す。


「いいのか? 惨劇ちゃんの恥ずかしいエピソードをここで語っちゃっても?」

「惨劇ちゃんってのやめろ」

「双百合が聞いてるぜぇ? 御主人様の赤面エピソードを聞いたら最凶無敵の威厳がガタ落ちだぜぇ?」

「こ、この……」


 俺が何者をもビビらせるオーラと殺気を放っても、この男は飄々としていやがる。

 挙句、目を輝かせながらやりとりを見守る双百合の方へ顔を向け、満面の笑みで口を開き始めた。


「そう……あれはまだ惨劇ちゃんが生まれたての頃」

「わくわく」

「わくわく」


「新しい身体に慣れていない惨劇ちゃんは、無敵の身体にとても戸惑っておりました」

「わくわく」

「わくわく」


「なまじ無限のパワーを秘めた身体であるからして、歩くだけでもバランスを取るのが大変大変! 一歩踏み出すと、あまりの脚力の強さに転んでしまいました。今はこんな姿ですが、惨劇ちゃんだって元は一人の女の子です。その時におもわず出てしまった声が……」


 ………。


 ……………。


「なんと『いやぁ――』」

「やめれえええええええええええええええええええ!!!!」


「なんと『いやぁ――』」

「わかったああああああああああああああああああ!!!!」


「なんと『いっやぁぁあ――』」

「面倒をみる! 喜んで面倒をみる! だからやめろボケカス!!」





 ◆ ◆ ◆





 クローのあっちの世界での名前は〈御標九朗〉。

 クローというのはこちらの世界でのあだ名で、御標九朗が本当の名前だという。

 鴉天狗にも故郷があり、本当の家族が居る。

 そんな家族をほったらかして異界を旅する父親もどうかと思うが……。しかも戦争の中に息子を連れてくるとは。

 俺は別にそうであっても不思議に思わないが、争いごとを避ける世界の連中はクローを父親として間違っていると思うだろう。異常者だと。

 だが彼は俺にこう言った。



『――世界を股に掛けて旅をすると、やはり弱肉強食が常だと思い知らされる。争わない事を当たり前とし、当たり前のように他の種族の命を奪い生きる種族は理に反していると思うよ。俺の世界の人間がまさにそれさ。人間社会を世界の全てだと錯覚しかけている。

 そして自分達で破壊した環境を、自分達で再生するという自分の姿に陶酔している。嗚呼、自分は世界の為になることをしている。ってな。まさに俺の故郷での人間はエゴの塊。何もかもが自分の為にしかならない。科学も文化も文明も。

 この異界も、魔力という全種族が持ち得る世界の恩恵が無ければ俺の世界と同じ有様になっていたかもしれねえな。

 今じゃあ俺の故郷は崩壊寸前さ。人間が破壊しちまおうとしている。いや――誰が崩壊させようとしているのかは蒙昧か。破滅の物語は人間にとっても、世界にとってもイレギュラーな存在。新世界を創造しようとしている誰かが動き始めているんだろうさ。

 つまり。他の世界から見れば俺の故郷は異常なんだよ。

 俺が正常だと言い切るつもりはない。が、異常者に異常者と呼ばれたところでそのレッテルは何の意味も成さないのさ。クハハハハハ』



 自虐もいいところだった。

 自嘲甚だしかった。

 向こうの世界は異常者ばかりで、

 クローもその中の一人で、

 互いに異常だと罵り合っている。

 言語、知能、それらが生み出した罵詈雑言と憎悪の螺旋は今では完全に混沌と化し、クローの言う通りもはや手のつけられない状態なのかもしれない。

 誰かがリセットしようとするのもわかる。

 そんな醜い世界から飛び出して、異界を愛するクローの気持ちもわかる。

 自分の息子を連れてきたのもなんとなくわかる。



 そして――俺はその息子に出会って思うのだ。


 御標九朗の息子、〈御標準〉に会って、悟るのだ。


 一目見て理解してしまうのだ。


 嗚呼……。

 嗚呼……。


 俺は……惨劇のカタストロフは……。


 この子の為に存在するのだと。


 この少年が、この少年そのものが、俺の存在意義。

 十三年の理由なんだって。


 その顔、その声、その瞳、その口、その姿を見ただけでわかってしまった。

 涙を流せない俺が、泣きそうになるくらい、嬉しかった。

 初めて会った筈だというのに、御標準がとても愛おしかった。

 愛おしい理由は俺が存在している事。

 俺が存在している理由は準そのもの。

 無限に辿り着くことのない因果の因部分が輪を描くようにそこにあり、しかし結果は明白。


 誓いは自然に。

 出会いは必然に。


 残された十年、この少年〈御標準〉へ捧げよう。

 この子の為に俺は存在するのだから。

 そしてその見えない理由を証明させるために、

 十年後の答えを見極めよう。





 ◇ ◇ ◇





「――ってわけで。コイツ……準のこと頼むわ、惨劇」


「クロー……」


「ん?」



「息子さんを婿に下さい」

「ふざけんな」

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