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宴章 Catastrophe of Atrocity

――ロシュは鈍く痛む頭を振り、瞼を開いた。


「うう……」


 気絶していたのか。

 そう長くはない筈だ。せいぜい20秒くらいか。

 殴られた側頭部に手を当て、右へ左へと視線を送り、里原準の姿を探す。


 どこにも居ない。


「準くん? 準くん?」


 目玉をきょろきょろと動かし、唇を微弱に動かして名を呟く。

 閉ざされた起源への扉が静かに佇む暗い空間。そこに愛する彼の姿がない。

 傍らに落ちていた自分の愛鎌が視界に入り、慌てて握る。


――スゥ。

 と、冷たい殺気がロシュの頬を撫でた。


「……!」


――バババババババ!


 惨劇の分離した腕や脚が一気に視界の中へとなだれこんでくる。

 浮遊する脚が回し蹴りのような軌道を描き、ロシュの大鎌に踵を引っかけ、横へ倒した。

 ロシュが反応するより早く、両腕が彼女の面前に。


 大きく開いた黒い掌が二つロシュの顔に迫ってくる。

 恐怖以外のなにものでもない。


 その両腕が圧力の塊を放とうとしたその時。

 ロシュの身体がふわっ――と浮いた。

 抱え上げられたのだ。

 直後、空気の刃が十字型に描かれる。

 その交点に、自分を抱えた男の脚が突き刺さった。


「インフィニティ・エア!」


 竜巻が発生し、強烈な風の流れに浮遊する腕や脚が巻き込まれる。


「大丈夫か死神!」

「準くん!」


 ロシュを抱えた男がニコリと笑いかけた。

 少女も笑顔で頷くと、彼の腕から離れて地に足を着く。


「上だ!」


 準の言葉を受けたロシュが上を見上げた。

 竜巻に巻き上げられた腕や脚が、遥か上で浮かぶ胴体に合体していく。

 まるで磁石だ。

 バチンバチンと四肢がくっつき、最後に頭部――惨劇の頭が合体した。

 そして驚異の怪人は準とロシュへ向かって急速落下してくる。


『アキュムレーター弐号解放』


 肘を曲げ、腕を引いた惨劇の周囲で四ヶ所、空間が球状に歪んだ。

 圧力の塊だ。


『プレス・レイン』


 その四ヶ所が圧力砲口となり、キャノンが連射される。

 避けられるような弾ではない。

 ここでもブラッド・デスサイズが自動防御を行い、文字通りの圧力雨を掻き消した。


 だが惨劇のプレス・レインはただの足止めに過ぎない。

 着地した最凶の大きな身体がズシンと重い音をたて、その重さを感じさせない速さで準とロシュの前まで接近してきた。

 それを止めるべく、ロシュが無詠唱で魔法を発動させる。


「重力結界メガ・グラビトン!」


 紫色の結界が惨劇を包みこんだ。

 ギルスカルヴァライザーの時とは違い、しっかりと惨劇の体重を数倍にした。その証拠に地面が怪人の重さで窪んでいる。


『カァァァァァァ』


 ところが、そんなものが通用するかと言わんばかりに惨劇の接近スピードは微々とも変わらない。

 あの怪力破壊愛好家ベルゼルガでさえ己を支えるのがやっとだったメガ・グラビトン。その重力結界がこの最凶には――通用していない。


圧殺鴉闘技プレスクロー・アーツ……』


 初めて惨劇が構えを見せた。

 両手と両腕を大きく開き、獲物を覆うような構えだ。


「死神! 重力補助を!」

「う、うん!」


 危険を察知した準が慌ててロシュに重力補助の要請をした。

 強化外骨格を纏った彼の両腕両脚が紫色に輝き、死神の重力魔法が宿った事を示した。


 惨劇の格闘攻撃が――来る。


 漆黒の拳に合わせ、準も重力魔法を宿らせた拳を振った。


 準の顎に汗のしずくが滴り、

 落ちた水滴が重力と圧力のぶつかり合うエネルギーで分散し、

 細かくなった無数の雫の表面には、

 溶けた仮面のような惨劇の貌が映っていた。


「おおおおおおお! 《GグラビティOオーバー・インパクト》!!」

『クハハハハハハ! 《Crush to DEATH》!』


 重力の拳と圧力の拳が激突。


 おそらく拳を合わせたのは惨劇の遊びなのだろう。

 拳の衝突で床を覆っていた霧が弾け、逃げ場を失ったエネルギーが二人の周囲で爆散した。

 嗤う惨劇に対し、奥歯を噛み締めて相手の威力に耐える準。

 強化外骨格の人工筋肉が悲鳴をあげ、力の差によってビチビチと筋がちぎれていく。準はその腕をもう片方の腕で抑え、筋肉の崩壊を抑えた。


『追撃。《Squeeze to DEATH》!』


 惨劇の方はもう片腕を振り、無防備な準の懐へ拳をぶつけた。


――ギュルギュルギュルギュル!


 準の強化外骨格の腹筋部分が一気に捻じれ、筋が弾けた。

 恐ろしい威力だ。


『吹き飛べ』

「どわああああああああ!」


 圧力に負けた準の身体が後方へ吹っ飛ばされた。

 それをロシュが両手で受け止めようとするも、彼女の身体では無意味。そのままの勢いでロシュごと飛ぶ。

 飛ばされながらロシュは重力魔法を唱え、なんとか勢いを殺すことはできた。


 だが準のダメージが酷い。


 白目を剥いて気絶する彼の腹を見ると目を背けたくなる有様だ。

 最硬の拳をも受け切るディーラーズの強化外骨格が簡単に崩され、腹筋部分の肌がえぐれてしまっている。肋骨も何本かいってしまっていると見ていいだろう。

 G・O・インパクトを遥かに凌ぐ惨劇の拳なのだから、これだけの被害で済んだのがむしろ奇跡。

 いや、奇跡を信じるより惨劇が手加減したというのが本当のところかもしれない。

 どちらにせよたったの二撃で惨劇と自分達の実力差を見せつけられたのは事実。


 圧殺鴉闘技――。


 ディーラーズや里原準が使う鴉闘技とは格が違う。

 圧力能力と鴉闘技を融合させた惨劇専用の格闘術だ。

 重力魔法も通用しない。G・O・インパクトも通用しない。ブラッドデスサイズでさえ踏みにじる。

 ――世界が俺より遥かに劣っているんだよ。

 そう豪語した惨劇の言葉は正しかった。

 魔力という異界の特性を凌駕する圧力を有した怪人を倒す術がまるで見つからない。

 奴の圧力を超える力が、まるで想像できないのだ。


「準くん! 準くん!」


 ロシュが準の身体を揺さぶるが、彼は受けたダメージの大きさに意識を失っている。

 惨劇の軍靴が重々しく床を踏み、気が付けばロシュを見下ろすように目の前で立っていた。

 惨劇のカタストロフは鎧と兜が肉体に融合したかのような出で立ちをしている。

 後頭部の隙間から溢れるように伸びた赤い髪は血に染まっているようだ。

 ギシィと笑った形状の口は固定されていて、それが仮面であり、奴の顔である。

 改めて見ると惨劇の姿は恐怖の体現だと認識できる。

 罅割れた顔の隙間から覗く眼光。そこに目が有るのか無いのか定かではない。が、殺気を凝縮したそれは確かに奴の眼光だ。

 射殺すように視線はロシュを突き刺している。

 顔面の表情と眼光の表情が真逆で、ゆらめく赤い髪がざわざわと恐怖を煽ってくる。


「惨劇!」

『……準は殺した後に蘇る。だがてめえは蘇らねえ』


 放つ言葉が既に言霊化している。

 低くて、くぐもっていて、女声か男声かの区別もつかない声。

 耳を傾ければロシュの身体は硬直してしまった。


「おかしい……おかしいよ」

『オカシイ、オカシイヨ。準クンを愛しているのにどうして準クンを殺せるの? ってか』

「わかってるならやめてよ!」

『わかっているからやめる? そりゃ理由と噛み合わない結論だ。やめる理由にゃならねえよバーカ。殺しても俺の身体に魂を内包し、後に身体を与えれば蘇る。今ならな。だがこのまま〈魔導光汚染〉の影響で準が死んだ場合、その魂も消滅しちまう。永遠に準は居なくなる。いいか? 俺が準を殺すってのは、一時的に準を保護するのと同義なんだよ』

「魔導光……汚染?」

『そう。てめえの親父、ギルスカルヴァライザーの失態で準はそんな身体になっちまった。てめえも、当のギルスカルヴァライザーもそんなこと知らないだろうがなぁ!』

「お父さんの? 何を言ってるの?」

『てめえは知らなくていいんだよバァカ。だが俺は絶対に忘れねえ。俺の大事なモンを、でっかいモンを一気に奪ったクソったれを許さねえ』

「お父さんと準くんが何か関係してるの!?」

『それを知るのはごく一握り。今じゃ俺と――双百合くらいだ』

「………」

『てめえは何にも知らねえんだもんな! クハハハハ! 御気楽なこった! そのくせ準の全てを知ったような顔で隣に立ち、俺の前で恥ずかしげもなく準を愛していると主張している。何も知らないガキが、蒙昧で曖昧な意志ごときが、俺に勝てるわきゃねえんだよ』


 惨劇の顔の前に大きな鎌の切先が突きつけられた。

 ロシュが鋭いまなざしで睨んでいる。


「真実を知らないから何? 私は準くんの意志に100%賛成するだけ。準くんが惨劇を止めると言うなら、私は全力で準くんを補助する。真実を知らないからこそ、私は大好きな人を全力で信じる!」


 無言で怪人は片腕を軽く動かし、鎌の刃を払った。『あっそ』


『準を想えばこそ、準に世界の終わりを見せてやるべきだと考えられないてめえにまともな意見なんざ期待しちゃいねえよ』

「嫌がる準くんを無理矢理連れて行こうとするのがまともには思えないぜ」


 ロシュは鎌を横薙ぎに振るう。

 それを惨劇はジャンプして避けた。

 そのまま膝部分で片脚が分離し、少女の頭上から踵落としを見舞う。

 振り下ろされる漆黒の脚がギロチンに見えた。


 ロシュの上に覆いかぶさる影。

 準は両腕で惨劇の脚を受け止めた。


「やべえ気絶してた」


 重い蹴りを受け、腕が軋んだがなんとか脚を掴んで惨劇に投げ返す。

 空中で脚をドッキングさせ、最凶は着地した。

 準はロシュの頭をポンと叩くと、彼女を飛び越えて惨劇へ向かって駆け出した。


『お目覚めか準』


 惨劇は再び構える。


『圧殺鴉闘技……Crush to DEATH!』

「当たらなきゃいいんだろ!」


 準は身体を横へ半回転させ、惨劇の拳を紙一重で避けた。

 圧力砲よりも拳撃は威力が大きいが、スピードは身体の動きで読める。

 拳を避けたところでもう半回転。

 これで準は一回転したことになる。

 スピンしながら相手の間合いに入るというのは、里原準の十八番である。

 勿論、次に繰り出されるのは――


 回転の勢いに乗せ、更に重力魔法を乗せた必殺の肘。


『ショートショートレンジか……!』

「オレの武器は拳じゃねえって知ってんだろ」

『クハハ、あんまり楽しくって一瞬忘れてた』


 忘れてたじゃ遅すぎんだよ!

 準の身体は惨劇の身体と密着するほど接近していた。

 これでは図体の大きい怪人も対処のしようがない。両腕の内側に入られては突き放す事も出来無いからだ。

 肘が鎌のように惨劇の胴体へ……。


『俺の能力も忘れちゃいけねえよ』


 バクン。

 惨劇の上半身が下半身と分離した。

 その隙間を準の肘は空振りしてしまう。


「チィ!」


 準の身体は回転の勢いを殺さずもう半回転。

 ショートショートレンジは高速連撃というメリットがある。

 もう片方の肘で惨劇の胸部を狙う。


 バクン。

 惨劇は更に分離し、胸部と腹部が分かれた。

 準の肘打ちはまたも空振り。


 三回転、四回転。

 準の身体は独楽のように回って肘打ちを連続させるが、惨劇の身体もそれに合わせて分離してしまう。

 結局、最後に首を狙って振った肘も頭部が分離して空振りした。


「あーうぜええええええ!」

『クハハハハ! この能力は準のお気に入りだったじゃねえか!』

「はぁ?」


 分離した身体は空中に逃げ、合体した。

 眉間に皺を寄せる準に対し、惨劇は頭部と首を何度も合体させたり分離させたりして見せる。


『ほら、忘れちまったのか? まあ昔の話だしな。準は俺のバラバラになる能力が大好きで、ええと……なんだっけ。〈じおんぐ〉? だとかなんとか言ってはしゃいでたじゃねえか』

「オレそんなこと言ったっけ……」


 ケラケラと笑う怪人は本当に楽しそうだ。

 昔を思い出しているのだろう。

 本当に……楽しそうだった。


『あの頃に戻りたい。あの頃に帰ろう。なあ、準。次はもっともっと楽しいから。もっともっと幸せだからさ……』

「惨劇……お前」

『今度は争いも悲劇も無い。お前はずっと笑っていられるから』


 ゆっくりと惨劇は準の前に降りる。

 準は俯き、押し黙ってしまった。


 ロシュも身動きが取れない。今重力結界を発動してしまうと準まで巻き込んでしまうからだ。


「駄目だ。惨劇」

『……準と戦うのは楽しい。でも、正直辛くもある。愛するお前に痛みを与えて辛くないわけがないじゃないか』

「駄目なんだ……」

『……駄目。か』

「もうオレと惨劇は道を違えるしかないんだよ。残り少ない道だけど」


 俯いたまま準は両腕を前に突き出し、

 惨劇の胸を突き飛ばした。


『あ……』


 それはあまりにも微弱な力で。


 でも惨劇にとってはこの上なく痛かった。


 トン、と胸に響いたものは惨劇の頭を真っ白に変えた。


 愛する者に突き飛ばされたということ。

 本当に拒絶されたと実感したこの瞬間。

 どんな攻撃にも揺るがない身体が、ふらりと力なく揺れ、

 後ずさってしまった。

 ほんの一歩、後ろへ下がっただけなのに。

 惨劇は――彼女は何もかもから突き放され、無へと墜ちてゆく感覚に襲われた。


 惨劇の目に映る彼の表情。

 唇を噛みしめて震わせて。

 辛さを身体いっぱいで我慢する男の姿。


『準……』


 小さく名前を呼ぶ言葉が、惨劇の口からこぼれた。


 ――身体が見えない力で縛られる。

 ――この力はなんだろうか……。


「惨劇いいいいいいいいいいい!」


 ――準がこっちへ駆けてくる。


「死神重力補助だ! 全力で頼む!」

「よっしゃー!」


 ――膝蹴り? 鴉闘技ドライヴ・ディバイダーか……。

 ――身体が……押さえつけられている。

 ――分離ができねえ。



 急に身動きがとれなくなった惨劇。

 それでも意識はハッキリしていて、自分を倒そうと向かってくる準の姿をその目に捉え続けている。



 ――そっか。


 ――そういうことか。


 ――俺を押さえつけているこの力は……。



『圧力』



 準は跳んだ。

 その膝には重力魔法を宿し、

 さらには圧力を放つまでに至っている。



『クハハ。宴の下準備……佐久間冬音と戦った時か』

「そういうことだ惨劇! お前がアキュムレーターをオレに貸してくれた。お前がオレに力をくれた!」

『死神族の重力魔法、最凶の圧力能力、鴉天狗の格闘術。とんでもねえ組み合わせだな』

「みんな大事な出会いの証拠だ。一つの証だ。お前と出会った事だって……お前と過ごした時間だって、大切に決まってんだろ!」


――ギュギュギュギュギュギュギュギュ!!


 空間がうねる。

 吹き荒れる膨大な波動。

 準と惨劇、そしてロシュの髪が大きく揺れる。


『………』

「身体を交換したって意味はないんだ! 身体も魂も繋がってる! 魂だけを抜き出したって、死神と触れ合った身体はどこにもない。惨劇と触れ合った身体はどこにもない。この世界に生きたオレの身体は、〈今の里原準〉はこの魂と身体しかないんだよ!!」


 ロシュ。

 惨劇。

 二人の能力が詰め込まれた準の膝。


 その槍が如き一撃は惨劇の腹部へ……喰い込んだ。


 同時に重力魔法と圧力能力が全開放される。



重圧鴉闘技ヘヴィプレス・クローアーツ……」

『ぐ…ご………!』



 ボキン!!

 と、惨劇の身体から何かが折れる大きな音が鳴った。

 膝蹴りの直撃を受けた腹部を支点とし、怪人の巨体がくの字に折れ曲がる。

 惨劇は自分を押さえつけている圧力を圧力で押し返し、腕を上げた。

 膝蹴りによってグキグキと身体が変形していくのを耐えつつ、最凶は準へ向けてプレスキャノンを撃とうとする。

 が、小さくも強力な重力結界が惨劇の腕を覆い、準を狙えるほど腕を上げられない。


「そうはさせないぜ!」

『死神の……クソガキィィィ……ッ! ここに来てギガ級の重力結界か……!』


 ビシリと惨劇の顔に罅が入った。


「これで……決める……決めるぞ……」

『クフフ、クハハハハハハハ! おらああああああああああ!』


 惨劇はロシュの重力結界を弾き飛ばし、準の膝を両腕で抱えた。

 ギガ・グラビトンを片腕で凌いでしまう怪物。

 準の膝蹴りは惜しみなく圧力を吐きだし、全力で惨劇へぶつけているというのに、コイツは踏み止まり地から脚を離さない。

 拮抗する力。

 惨劇の放つ圧力は準に備わったそれとは比べ物にならない。ロシュの重力と合わせても拮抗させるのがやっとだ。


「ギリギリ……押し負けちまう……!?」

『ッシィィィィィィィィ!』


 ぶつかり合う準の膝と惨劇の腹。そこで行われる規格外のエネルギーの鬩ぎ合い。

 準の身体からはベリベリと強化外骨格が剥がれてゆき、惨劇の顔に入った罅が大きくなる。

 ロシュは準の後ろでブラッドデスサイズを強く握りしめた。


「もう一段階、重力を加算するよ準くん。耐えられる……?」

「任せろ!」


 ロシュはこくりと頷き、全身全霊を以て魔力を高めた。

 彼女を補助するブラッドデスサイズも限界まで力を振り絞ってくれる。


「重力結界補助……テラ・グラビトン!」

『アキュムレェタァァァァァァ! 参号・肆号、解放ぉぉおおおおおお!』


 ガパガパと惨劇の背中が開き、足首から射出された固定アンカーが床に突き刺さった。

 背中に開いた、まるでブースターのような暗黒の穴。圧力制御孔を第四段階まで解除した惨劇の力はありとあらゆる力を凌駕する。

 ついに空間が割れた。

 起源への扉までもが揺れ、壮絶な音と共に倒れる。

 それを合図として空間の各所に割れ目が生じ、崩壊しかけた決戦の空間へ摩天回廊が押し寄せてくる。

 世界を破滅に導きかねない重力と圧力の混沌は無限の空間摩天回廊まで吸い込み、無を有に変えてしまった。


よえぇ……弱ぇぞ準!!』


 惨劇は楽しげに笑う。

 割れた顔の隙間から、赤黒く醜い肉と目玉が覗いている。


『てめえは惨劇の愛した男だろうがあああああああ!』

「く……っ」

『そんな弱さでぇぇ……』

「ぐぐぐ……!」


『そんな弱さで大事な人を守れるのかああああああああああ!!』


 最凶の咆哮。

 それに応えるかのように、膝を掴んでいる惨劇の腕を、準は握った。


「大丈夫……!」準は呟く。

「大丈夫……!」ロシュも呟く。


 ついに惨劇の顔の、顎部分が欠けた。

 むき出しになったのは唇の無い口。皮膚の無い頬。怪人は歯を食いしばっていた。


「オレと死神はなぁ」

「私と準くんはねぇ」


「〈最愛〉なんだよ!!!」

「〈最愛〉なんだぜ!!!」



 固定アンカーが床から離れ、

 準の膝蹴りの衝撃は惨劇のカタストロフの身体を射抜いた……。


「G・P・O・ディバイダァァァァァ!!」

「G・P・O・ディバイダァァァァァ!!」





 ◇ ◇ ◇





 信じる事を貫いた小娘が……。

 俺から力で準を勝ち取りやがった。

 この最凶から。


 見ろよ、あの幸せそうな準の顔。


 やっとわかった。


 俺は準が幸せならそれでいい。


 それが俺の幸せなんだ。


 そりゃ無理だよな。


 俺はもう〈最凶〉の称号保有者。


 〈最愛〉の称号を得る事ができねえ。


 俺も幸せ。


 準も幸せ。


 〈最凶〉の裏であるなら……準。



 てめえは〈最幸〉であれ。



 〈最愛〉と〈最幸〉は唯一共有できる称号。



 クハハハハハハハ!



 なあクロー。

 準はでっかくなったぜ。

 強くなったし。

 イイ男だよ。

 俺が愛したんだから間違いねえ。


 俺の十三年、最後の仕事をしなきゃな。


 〈最凶〉とオサラバして、

 準も俺も〈最幸〉である為に……。



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