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旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


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96/100

96  隣国再侵攻

ミストリア王国。


王城の大会議室には重苦しい空気が流れていた。


五万人を送り込んだ前回の侵攻は、誰にも理解できない結末を迎えていた。


兵士たちは生きて帰ってきた。


重傷者もほとんどいない。


それなのに、剣も槍も盾も鎧も兜も、馬具に至るまで姿を消していた。


軍は無傷。


装備だけが消えた。


国庫だけが大きな損害を受けたのである。


「このまま黙っていては、周辺諸国になめられます!」


強硬派の伯爵が机を叩く。


「五万人が敗れたのではない。相手が奇策を使っただけだ!」


慎重派の侯爵が腕を組んだ。


「奇策ならば、なおさら軽々しく兵を動かすべきではありません。」


「では国威を捨てろというのか!」


怒号が飛び交う。


王は深く息を吐いた。


沈黙が続いた後、ゆっくりと口を開く。


「二十万人を動員する。」


その言葉に、会議室の空気が張り詰めた。


「今度は物量で押し切る。」


宰相も静かに頷く。


「武器も鎧も新たに製造しております。前回以上の兵力なら突破できるでしょう。」


誰も確信を持っているわけではなかった。


それでも引き下がれば、王国の威信は地に落ちる。


こうして二十万もの軍勢が編成された。


槍を掲げる歩兵。


鉄鎧に身を包んだ騎士。


一万頭を超える軍馬。


補給隊の荷車が長い列を作り、国境へ向かって進軍を始めた。


その行軍は、大地を震わせるほどの規模だった。


---


一方、その動きはすでに五つの村へ伝わっていた。


シュタイン村。


索敵担当のミリアが静かに目を閉じる。


魔力が大地を這い、森を越え、遥か彼方まで広がっていく。


やがて彼女はゆっくりと目を開いた。


「確認しました。」


マイトガイが地図へ視線を落とす。


「人数は?」


「約二十万人です。」


周囲の若者たちは顔を見合わせる。


誰一人として取り乱さない。


以前なら恐怖で震えていた人数だった。


今は違う。


訓練を重ね、幾度も実戦を経験してきた。


「連絡を頼む。」


「はい。」


念話が飛ぶ。


『ヴェルダ村、敵二十万人確認。』


『了解。』


『ガルム村、了解。』


『ブラウ村、了解。』


『リーフ村、了解。』


返答は一瞬だった。


情報共有は日常となっている。


誰かの指示を待つ必要はない。


各村が自ら判断し、自ら動く。


それが今の連携だった。


---


ヴェルダ村。


エリーゼは行政担当のアリサ、生産担当のユナ、物流担当のカレン、自警担当のイザベラを集めた。


「いつもの手順で進めます。」


「承知しました。」


避難誘導が始まる。


子供たちは学校へ移動する。


高齢者は地下の備蓄庫へ案内される。


食料庫の確認。


井戸と水路の点検。


農地の保全。


物資の搬送。


それぞれが役割を理解していた。


混乱はない。


怒号もない。


静かに、そして正確に動いていく。


エリーゼはその様子を見渡し、小さく微笑んだ。


「みんな、本当に成長したわね。」


---


ガルム村。


レインは仲間たちの前に立った。


「索敵班。」


「配置完了。」


「拘束班。」


「準備完了。」


「回収班。」


「いつでも動けます。」


短い報告だけで十分だった。


魔力循環が始まる。


身体強化。


魔力操作。


水、風、土。


それぞれの魔法が静かに発動し、全員の身体へ魔力が巡っていく。


戦うためではない。


守るための力だった。


---


ブラウ村。


フレイニルは若者たちの表情を見回した。


以前の彼らなら、この人数を聞いただけで絶望していただろう。


今は違う。


少女だった頃の不安そうな表情は消え、自信に満ちた笑顔が並んでいた。


「怖い人はいる?」


そう問いかける。


一人の青年が苦笑した。


「少しだけ。」


隣の少女も頷く。


「でも、できることは分かっています。」


「そう。」


フレイニルは優しく笑った。


「焦らなくていい。」


「私たちは守るために戦う。」


若者たちは大きく頷いた。


---


やがて、索敵班から念話が届く。


『敵先頭部隊、国境接近。』


『騎兵隊確認。』


『歩兵隊、後続多数。』


『補給隊も接近中。』


五つの村の代表者たちは同時に立ち上がる。


マイトガイ。


エリーゼ。


レイン。


フレイニル。


そしてリーフ村の代表エリス。


互いに念話で短く確認し合う。


『予定通りで。』


『了解。』


『迎撃開始。』


五つの村から育った戦士たちが、それぞれの持ち場へ静かに散っていく。


二十万の大軍を前にしても、慌てる者はいなかった。


日々積み重ねた教導と訓練。


互いを信頼する連携。


それこそが、五つの村が築き上げた最大の力だった。


そして、国境では二十万の軍勢がついに姿を現す。


五つの村は静かに迎え撃つ態勢を整えた。




二十万の軍勢は、土煙を巻き上げながら国境へ迫っていた。


先頭を進む騎兵隊は、勝利を疑っていない。


五つの村など、一瞬で踏み潰せる。


そう信じていた。


しかし、その瞬間だった。


「敵、射程内。」


シュタイン村のミリアが静かに告げる。


その声は念話によって五つの村へ同時に届いた。


『迎撃開始。』


マイトガイ。


エリーゼ。


レイン。


フレイニル。


エリス。


五人の代表が、それぞれの持ち場で頷く。


誰か一人が指揮を執るわけではない。


日々の教導と訓練によって築き上げられた連携が、自然に動き始めた。


「水属性魔法。」


数百人が同時に魔法を発動する。


巨大な水流が地面を走り、騎兵隊の前方を飲み込んだ。


「拘束。」


水が縄のように兵士たちの腕と足へ巻き付き、その動きを封じる。


続いて風属性魔法が放たれる。


「風壁。」


猛烈な風が軍勢の前進を押し返し、隊列を乱していく。


槍を構えようとしても風圧で姿勢を保てない。


弓兵が矢を放とうとしても、風が軌道を逸らしてしまう。


さらに土属性魔法が発動した。


「土牢。」


大地が盛り上がり、兵士たちの足元を包み込む。


膝まで埋まった兵士は身動きが取れない。


騎兵の馬も土壁によって進路を塞がれた。


「な、何だこれは!」


「前へ進めない!」


「魔法だ!」


悲鳴が各地で上がる。


その間にも、五つの村の若者たちは落ち着いて動いていた。


---


「回収班、前へ。」


レインの声で、各村の回収班が一斉に走り出す。


彼らは剣を振るわない。


敵兵を傷つけることもしない。


狙うのは装備だけだった。


「テレキネシス。」


念動力が何百、何千と同時に発動する。


兵士たちの腰に下げられた剣が鞘から抜ける。


槍が宙へ浮く。


盾が腕から外れる。


兜がふわりと持ち上がった。


「なっ!?」


「武器が!」


「勝手に飛ぶ!」


鎧の留め具まで外され、胸当てや籠手、脛当てが次々と宙へ浮かぶ。


抵抗しようとしても、水の拘束と土牢が身体の自由を奪っていた。


浮かび上がった装備は、そのまま回収班の前へ集まる。


「アイテムボックス。」


一人、また一人と収納していく。


剣。


槍。


盾。


鎧。


兜。


矢。


馬具。


鉄で作られた装備が、驚くほどの速さで姿を消していった。


馬たちは暴れることもなく保護され、後方へ誘導される。


傷つけられた馬は一頭もいない。


---


兵士たちは呆然としていた。


戦っている感覚すらない。


気が付けば武器も鎧も失っている。


「どうなっている……。」


「攻撃すらできない。」


「相手の姿もよく見えない。」


魔法による拘束が解かれる頃には、二十万人の軍勢は丸腰になっていた。


誰一人として命を落としていない。


重傷者も見当たらない。


あるのは困惑だけだった。


---


エリーゼが静かに前へ歩み出る。


その隣にはマイトガイ、レイン、フレイニル、エリスが並んでいた。


敵将が震えながら問いかける。


「……殺さないのか。」


エリーゼは首を横へ振った。


「私たちは侵略するために戦っているのではありません。」


マイトガイが荷車を指差す。


「食料は返す。」


保存食や水袋が兵士たちへ配られていく。


帰路に必要な最低限の量だけを残し、それ以外には手を付けない。


レインは静かに言った。


「飢えて帰れとは言わない。」


フレイニルも穏やかな表情で続ける。


「家族のもとへ帰りなさい。」


最後にエリスが真っ直ぐ敵軍を見据えた。


「伝えてください。」


その場にいた兵士たちが息を呑む。


「二度と侵攻しないでください。」


その言葉には怒りも憎しみもなかった。


ただ静かな意思だけが込められていた。


兵士たちは互いに顔を見合わせる。


誰も反論しない。


いや、反論できなかった。


二十万もの軍勢が、短時間で武器を失い、命だけを残して解放された。


その事実だけが、何より雄弁だった。


やがて敵軍は食料を抱え、何度も後ろを振り返りながら祖国への道を歩き始める。


その背中を、五つの村の人々は黙って見送っていた。




「報告します!」


リーフ村の広場へ、一人の青年が駆け込んできた。


息を整える間も惜しみ、声を張り上げる。


「二十万人の侵攻部隊を制圧しました!」


広場にいた村人たちは歓声を上げた。


「被害は?」


サムがすぐに尋ねる。


「ありません!」


「負傷者もほとんど出ていません!」


「装備は?」


青年は満面の笑みを浮かべた。


「回収完了です!」


その一言で、サムの口元が緩んだ。


「やっぱりそうなるよな。」


隣にいたミラ商会の会頭ミラも思わず笑ってしまう。


「またなの?」


青年は勢いよく頷いた。


「剣、槍、盾、鎧、兜、矢、馬具まで回収しています!」


「馬も大量です!」


「どれくらい?」


「一万頭を超えています!」


その瞬間だった。


サムとミラは顔を見合わせる。


数秒後、二人は同時に笑い出した。


「これは大仕事だ!」


「商会の出番ね!」


ミラはすぐさま振り返る。


「従業員を招集!」


「倉庫係!」


「査定班!」


「運搬班!」


「家畜管理班!」


「鍛冶工房にも連絡!」


商会中へ鐘が鳴り響く。


慌ただしく人々が走り始めた。


普段は商談を担当する者まで荷車を押している。


帳簿係は査定台を設置し、物流担当は搬送経路を確認する。


荷車は何百台も用意された。


「忙しくなるわよ!」


ミラの一声で、商会は一つの巨大な組織のように動き始めた。


---


国境付近では、回収作業が続いていた。


五つの村の若者たちが装備を種類ごとに整理していく。


「剣はこちら!」


「槍をまとめます!」


「盾を積み込みます!」


「馬具はこちらです!」


物流担当が記録を書き込みながら荷車へ積載していく。


クロエ。


カレン。


クロエスタ。


それぞれの物流担当が手際よく作業を進めた。


「次の荷車を!」


「空いた荷車を前へ!」


馬たちは落ち着いた様子で並び、家畜担当が健康状態を確認していく。


「この馬は元気ですね。」


「こちらも問題ありません。」


「脚も異常なし。」


傷ついた馬はほとんどいない。


一万頭を超える軍馬が、そのまま新たな財産となった。


---


数日後。


長い荷車の列がリーフ村へ到着する。


村人たちは思わず息を呑んだ。


荷車が何百台も続いている。


その積み荷は、鉄だった。


剣。


槍。


盾。


鎧。


兜。


矢尻。


金具。


馬具。


鉄でできた装備が山のように積まれている。


サムは腕を組みながら満足そうに頷いた。


「これだけあれば何年分になるかな。」


ミラは帳簿を見ながら計算している。


「前回回収した分も合わせると、とんでもない量になるわ。」


鍛冶工房では、すでに準備が整っていた。


ドワーフたちが巨大な炉へ火を入れる。


赤く燃え上がる炎。


ふいごが風を送り込み、炉の温度は一気に上昇する。


鍛冶班長が大きく頷いた。


「始めるぞ。」


鎧が炉へ入れられる。


槍が溶ける。


剣が赤熱し、形を失っていく。


不純物は丁寧に取り除かれ、純度の高い鉄だけが残される。


やがて溶けた鉄は鋳型へ流し込まれた。


長方形の美しい塊が次々と姿を現す。


「インゴット完成!」


工房に歓声が響いた。


一本。


二本。


十本。


百本。


大量のインゴットが整然と並び始める。


---


査定班では最終集計が行われていた。


ミラが帳簿を閉じる。


「集計できました。」


サムが身を乗り出す。


「どれくらい?」


ミラは笑顔で答えた。


「前回の回収分を合わせて、およそ二千トン。」


その場が静まり返る。


「……二千トン?」


「はい。」


「鉄資源約二千トンです。」


誰もがその数字の大きさを理解していた。


かつて貧困に苦しみ、鍋一つ満足に買えなかった村。


その村の倉庫には今、約二千トンもの鉄資源が積み上げられている。


それは単なる戦利品ではない。


未来を築くための資源だった。


サムは積み上がるインゴットを見つめ、小さく笑った。


「これで、また村が豊かになるな。」


鍛冶工房では、赤く輝く鉄が静かに新しい時代への姿へと生まれ変わっていった。




リーフ村の鍛冶工房では、巨大な倉庫いっぱいに鉄のインゴットが積み上げられていた。


かつて兵士たちが手にしていた剣や槍。


人を傷つけるために造られた盾や鎧。


それらは鍛え直され、美しい銀灰色のインゴットへ姿を変えていた。


鍛冶班長が深く息を吐く。


「ようやく終わったな。」


工房の職人たちから安堵の笑みがこぼれる。


何日も昼夜を問わず炉を燃やし続けた成果だった。


その報告を受け、五つの村の代表がリーフ村へ集まる。


マイトガイ。


エリーゼ。


レイン。


フレイニル。


そしてリーフ村代表のエリス。


広場には整然と積まれたインゴットが山のように並んでいた。


エリスが口を開く。


「今回の資源は五つの村で公平に分けます。」


誰一人異論を唱えない。


最初から、そのつもりだった。


マイトガイが頷く。


「皆で守った成果だからな。」


レインも笑顔を浮かべる。


「だから皆で使う。」


フレイニルも続けた。


「一つの村だけが豊かになっても意味はないもの。」


エリーゼは帳簿を広げながら配分を書き込んでいく。


「鉄資源は五等分。」


「各村へ順番に搬送します。」


物流担当たちはすぐに荷車を準備し始めた。


クロエ。


カレン。


クロエスタ。


それぞれが搬送計画を確認し、効率よく荷車を割り振っていく。


大量のインゴットが各村へ向かって運び出されていった。


---


次は馬だった。


広大な牧場には、一万頭を超える軍馬が並んでいる。


家畜担当たちは健康状態を確認しながら丁寧に世話を続けていた。


サムが笑いながら言う。


「まずは各村に配ろう。」


ミラも頷く。


「百頭ずつあれば十分活用できるわね。」


こうして、


リーフ村。


シュタイン村。


ヴェルダ村。


ガルム村。


ブラウ村。


それぞれへ百頭ずつ軍馬が配備されることになった。


農作業。


物流。


荷車の牽引。


巡回。


緊急輸送。


戦争のために育てられた馬たちは、人々の暮らしを支える存在へ変わっていく。


残る九千五百頭以上の馬は、ミラ商会が販売を担当することになった。


---


商会はかつてない忙しさだった。


各国の商人が次々と訪れる。


「良い軍馬はないか?」


「農耕にも使える馬を探している。」


「荷車用にまとめて買いたい。」


ミラは笑顔で応対していく。


「十分な頭数をご用意しております。」


「健康状態も確認済みです。」


「安心してお買い求めください。」


査定班。


契約班。


運搬班。


家畜班。


従業員たちは休む間もなく働き続けた。


サムも商談へ加わり、各地の商人と次々に契約をまとめていく。


「こちらは五十頭。」


「こちらは百頭ですね。」


「ありがとうございます。」


金貨が次々と積み上がっていく。


商会の金庫は、かつてない速度で満たされていった。


最終集計の日。


帳簿を確認していたミラは、思わず目を丸くした。


「……信じられない。」


サムが横から覗き込む。


「どうした?」


「利益が……。」


ミラはゆっくりと顔を上げる。


「金貨約十万枚。」


その場にいた従業員たちが息を呑んだ。


「史上最高です。」


誰かが拍手を始める。


それは瞬く間に広がり、商会全体が歓声に包まれた。


ミラ商会が創業して以来、一度も記録したことのない利益だった。


---


その頃。


五つの村では、配分された鉄資源が次々と使われ始めていた。


鍛冶工房では丈夫な農具が造られる。


鍬。


鋤。


斧。


鎌。


収穫量はさらに増えていく。


大工たちは大量の釘や金具を作り始めた。


橋が架けられる。


丈夫な倉庫が建つ。


家々も以前より長持ちするようになる。


水路には鉄製の部品が取り付けられ、水車は滑らかに回転し始めた。


紡織工房では、新しい紡績機の製作が始まる。


これまで木だけでは難しかった精密な部品も、鉄によって丈夫になった。


布の生産量はさらに伸びていく。


マイトガイは完成した農具を見つめて笑った。


「元は剣だったとは思えんな。」


エリーゼは橋を渡る子どもたちを見守る。


「鎧が橋になるなんて、不思議なものね。」


レインは力強く回る水車を見上げた。


「戦争より、こちらのほうが役に立つ。」


フレイニルは新しい紡績機の音を聞きながら微笑む。


「布もたくさん織れるようになるわ。」


エリスは積み上げられたインゴットを静かに見つめた。


「まだ使い道はたくさんあります。」


「将来は、もっと大きなものも造れるでしょう。」


誰かが尋ねる。


「例えば?」


エリスは穏やかに答えた。


「大きな橋。」


「巨大な建物。」


「遠くまで物資を運ぶための新しい仕組み。」


「きっと、この鉄は未来を支えてくれます。」


かつて人を傷つけるために鍛えられた鉄は、人を育て、村を育て、未来を築く資源へと生まれ変わった。


その光景を見つめながら、五つの村の人々は改めて確信する。


**環境が人を育てる。**








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