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旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


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31/34

31 悪徳商人

 戦闘訓練を終え、自警団の巡回が日課となってから数日。


 リーフ村には布や薬、農具の評判を聞きつけ、多くの旅人や商人が訪れるようになっていた。


 その日も立派な馬車が三台、護衛を従えて村へ入ってくる。


 先頭の馬車には豪華な衣服をまとった中年の男が座っていた。


「私は商人ギルド所属のガレスだ。村長に会わせてもらおう。」


 笑顔こそ浮かべていたが、その目には品物ではなく、村そのものを値踏みするような色が宿っていた。


 索敵を担当していたカエデは、その男を見た瞬間、小さく眉をひそめた。


「……嫌な感じがします。」


 最近覚醒したサイコメトリーの力が、荷車や荷箱から濃い違和感を伝えてきた。


 エリスは静かに頷く。


「調べられますか。」


「はい。」


 カエデは荷車へそっと手を添えた。


 意識を集中すると、触れた物に刻まれた記憶が流れ込んでくる。


 薄暗い地下牢。


 泣き叫ぶ子ども。


 鎖につながれた獣人。


 金貨を数えながら笑う商人。


 奴隷商との取り引き。


 人さらい。


 その光景が次々と脳裏へ映し出された。


 カエデは息をのみ、手を離す。


「……人さらいです。」


「奴隷売買もしています。」


 さらに過去視――ポストコグニションを発動する。


 馬車の周囲に淡い光が広がり、少し前の出来事が映像となって浮かび上がる。


 護衛たちが旅人を襲う姿。


 抵抗した者を縛り上げる様子。


 泣き叫ぶ少女を馬車へ押し込む光景。


 証拠は一つや二つではなかった。


 カエデは深く息を吸う。


「間違いありません。」


「長い間、同じことを繰り返しています。」


 エリスの表情が引き締まる。


「ソートグラフィーで記録してください。」


「はい。」


 カエデは映像を一枚一枚、魔力で記録していく。


 犯罪の瞬間。


 奴隷売買の契約。


 金貨の受け渡し。


 拉致された人々。


 記録された映像は魔道具へ保存され、そのままエリスへ渡された。


 エリスは資料を確認しながら静かに言う。


「十分な証拠です。」


「村で正式に裁判を行いましょう。」


 その頃、商人ガレスは広場で村人たちへ声を張り上げていた。


「薬を安く買い取ってやろう。」


「布も市場価格で引き受けてやる。」


 しかし提示された価格は、市場相場の何分の一にも満たなかった。


 サムは苦笑する。


「ずいぶん安い値段ですね。」


「知らない村なら騙せたでしょうけど。」


 商人は笑みを崩さない。


「田舎者には十分な金額だ。」


「売らないなら困るのはそっちだぞ。」


 その言葉を聞いたエリスは一歩前へ出た。


「取引の前に、お聞きしたいことがあります。」


「奴隷商との取引記録について説明してください。」


 商人の顔色が変わる。


「何を言っている。」


「証拠があります。」


 エリスはソートグラフィーで記録した映像を映し出した。


 広場に犯罪の記録が浮かび上がる。


 村人たちは息をのみ、護衛たちは青ざめた。


「偽物だ!」


 商人が叫ぶ。


「そんなもの信じるな!」


 その瞬間、護衛の一人が剣を抜いた。


「証拠ごと消せ!」


 ジャイルは静かに前へ出る。


「やっぱり話し合いじゃ済まないか。」


 アイリスが木剣を構えた。


「自警団、準備!」


 レムは大剣を肩へ担ぎ直し、豪快に笑う。


「今日は暴れられそうだね。」


 エリカは巨大なグレイブを地面へ突き立てる。


「逃がしません。」


 護衛たちは一斉に襲いかかった。


 しかし村人たちは、以前の貧困村ではない。


 ジャイルが魔力循環で身体能力を高め、一気に間合いへ踏み込む。


 護衛の剣を受け流し、腕をひねって地面へ押さえつけた。


 アイリスは足払いから木剣で手首を打ち、武器を落とさせる。


 レムは大剣を振るうことなく柄で護衛を弾き飛ばし、次々と戦闘不能にしていく。


 エリカは長いグレイブで複数の敵を同時に牽制し、逃げ道を塞いだ。


 周囲では自警団も連携して動く。


 農民、職人、狩猟班が日頃の訓練どおり役割を果たし、風魔法や土魔法で足止めを行う。


 拘束魔法が次々と発動し、護衛たちは抵抗する間もなく地面へ転がされた。


 数分後。


 三十人近い商人と護衛は縄で拘束され、広場へ並べられていた。


 村人の負傷者はほとんどいない。


 エリスは静かに宣言する。


「犯罪の証拠は確保しました。」


「これより押収品の確認を開始します。」


 広場には静かな拍手が広がった。


 村は、悪徳商人に搾取される場所ではなく、自ら法を守る共同体へと成長していた。



ミラ商会再び



リーフ村へ続く街道を、一台の商人馬車がゆっくりと進んでいた。


荷台には塩、砂糖、布、仕立てた衣服、日用品が整然と積み込まれている。


御者台に座る女性商人ミラは、遠くに見え始めた村を見つめ、小さく目を細めた。


「……本当に、あの村なの?」


隣で帳簿を確認していた若い商人が顔を上げる。


「間違いありません。以前お取引したリーフ村です。」


「私の記憶では、人口は二百人にも満たない貧困村だったはずよ。」


「あの頃とは景色が違いますね。」


馬車が近づくにつれ、その違いは誰の目にも明らかになった。


街道は広く整備され、荷車同士が余裕を持ってすれ違える。


道路脇には排水路が築かれ、雨水がきれいに流れている。


畑には青々とした作物が規則正しく植えられ、農民たちは笑顔で作業を続けていた。


以前のような痩せ細った姿は見当たらない。


子供たちは元気よく走り回り、大人たちはそれぞれの仕事に励んでいる。


「信じられない……。」


ミラは思わず息を呑んだ。


村へ入る門も新しく造られていた。


見張り台には自警団が立ち、訪問者を丁寧に確認している。


武器を持ちながらも威圧感はなく、礼儀正しい。


「ようこそ、リーフ村へ。」


若い自警団員が笑顔で頭を下げた。


「商人の方ですね。」


「ええ。ミラ商会です。」


「お待ちしておりました。」


その言葉にミラは驚いた。


「私たちを?」


「はい。エリスさんから『そろそろ来られる頃だと思います』と聞いております。」


門をくぐった瞬間、さらに驚きが広がった。


村の中央には新しい建物が立ち並び、人々が絶えず行き交っている。


鍛冶場からは鉄を打つ音が響き、木工房では家具が作られている。


紡織工房では多くの女性たちが糸を紡ぎ、織機が休みなく動いていた。


「もう紡織産業まで始まっているの……。」


以前は衣服さえ満足に手に入らなかった村とは思えない。


さらに奥では酒造房から香ばしい匂いが漂い、醸造房では調味料づくりが進められていた。


村全体が一つの大きな工房のように動いている。


「商人にとって、これほど魅力的な村は滅多にないわ。」


ミラは思わず笑みを浮かべた。


その時、広場の向こうから手を振る少年が駆け寄ってきた。


「ミラさん!」


「サム君!」


以前は少し生意気な印象だった少年は、どこか商人らしい落ち着きを身につけていた。


姿勢も話し方も以前とは違う。


「久しぶりです。」


「ええ。本当に久しぶりね。」


「村を見て驚いたでしょう?」


「驚いたなんてものじゃないわ。」


ミラは周囲を見回した。


「こんな短期間で、ここまで発展するなんて考えもしなかった。」


サムは少し照れくさそうに笑う。


「まだ発展の途中ですよ。」


「これで途中なの?」


「はい。」


迷いのない返事だった。


そこへエリスも歩いてきた。


「ようこそ、ミラさん。」


相変わらず落ち着いた雰囲気をまといながらも、その表情には以前より自信が感じられる。


「お久しぶりです、エリスさん。」


「遠いところありがとうございます。」


二人は固く握手を交わした。


「まずは荷物を倉庫へ運びましょう。」


エリスが合図すると、荷役担当の村人たちが素早く集まり、馬車から商品を丁寧に降ろし始める。


無駄な動きは一つもない。


役割分担も徹底されている。


ミラはその様子を見ながら静かに呟いた。


「教育……。」


「え?」


「この村は、人を育てている。」


エリスは微笑んだ。


「コウランさんが教えてくださったのは魔法だけではありません。」


「環境が人を育てる。」


「その考え方が、今のリーフ村の土台になっています。」


その言葉にミラは深く頷いた。


目の前で働く村人たちは、かつて飢えと病に苦しんでいた人々とは思えないほど生き生きとしていた。


それは奇跡ではない。


学び続けた日々の積み重ねが生み出した、新しい村の姿だった。



荷物の運び込みが終わる頃には、倉庫の棚には塩、砂糖、布、衣服が種類ごとに整然と並べられていた。


荷役担当の村人は帳簿係へ数量を伝え、帳簿係は受領数を書き込み、品質担当が傷や汚れを確認する。


その流れはよどみなく進み、待ち時間はほとんどない。


ミラは感心したように腕を組んだ。


「商業都市でも、ここまで整理されている倉庫は多くないわ。」


エリスは穏やかに答える。


「役割を決め、手順を統一しただけです。誰でも同じ仕事ができるようにしています。」


「それだけでここまで変わるものなのね。」


「教育を受ければ、人は成長しますから。」


その言葉に、ミラは改めて村を見回した。


以前は仕事を失い、希望を失いかけていた者たちが、今では胸を張って働いている。


年齢も種族も関係ない。


人間だけでなく、エルフやドワーフ、獣人たちも自然に肩を並べて作業を進めていた。


そこへサムが木箱を抱えてやって来た。


「ミラさん、今度は俺たちの商品も見てもらえませんか。」


「もちろん。」


木箱の蓋を開けると、小瓶が何本も丁寧に並べられていた。


香草の香りがふわりと広がる。


「これは……。」


「村で作った調味料です。」


さらに別の木箱を開く。


今度は酒瓶が姿を見せた。


透明度の高い蒸留酒、果実酒、麦酒。


種類ごとに札が付けられている。


ミラは一本を手に取り、光へかざした。


「見事ね……。」


濁りがない。


瓶も清潔で、栓の作りも丁寧だった。


「試飲できます。」


差し出された小さな杯を口に運ぶ。


芳醇な香りが広がり、後味は驚くほど澄んでいた。


「これは売れる。」


迷いのない言葉だった。


サムは笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。」


「どこでこんな技術を覚えたの?」


「教わりました。」


それ以上は語らない。


誰か一人の功績ではなく、村全体で積み重ねた成果だと考えているからだった。


ミラは頷き、小さく笑った。


「商人として、その考え方は嫌いじゃないわ。」


サムは机の上へ地図を広げる。


「今日は、一つ提案があります。」


「提案?」


「ミラ商会、この村に支店を出しませんか。」


その場が静まり返る。


商会の護衛たちも思わず顔を見合わせた。


ミラは驚いた表情のままサムを見る。


「支店を?」


「はい。」


サムは地図の各地を指差した。


「この村には毎日、人が来ます。」


「流民。」


「棄民。」


「仕事を探す職人。」


「冒険者。」


「農民。」


「今では毎日のように移住希望者がやって来ます。」


エリスが横から一冊の帳簿を差し出した。


「昨日までの記録です。」


ミラはページを開いた。


人口推移。


移住者数。


出生数。


作物の収穫量。


工房の生産量。


すべてが日付ごとに細かく整理されている。


そして、その数字に目を見開いた。


「人口……千人を超えたの?」


「昨日、千二十七人になりました。」


「こんな短期間で。」


「まだ増えています。」


エリスの声は落ち着いていた。


「住居の建設も続いています。」


「農地も拡張しています。」


「紡織工房も増設しました。」


「学校も教室を増やしています。」


数字だけではない。


村そのものが成長を続けていた。


サムは真剣な表情で続ける。


「今後、人が増えれば生活用品の需要も伸びます。」


「塩。」


「砂糖。」


「布。」


「衣服。」


「道具。」


「村だけでは供給しきれません。」


「だから、信頼できる商会が必要なんです。」


ミラは黙って耳を傾けていた。


商売の話をしている。


それなのに目先の利益だけではない。


村の将来を見据えた提案だった。


「あなた、良い商人になったわね。」


サムは少し照れながら笑う。


「まだ勉強中です。」


「それでも、この提案には価値がある。」


ミラは村の広場へ視線を向けた。


働く人々の表情は明るい。


子供たちは学校へ向かい、工房では職人が技術を教え合っている。


貧困村と呼ばれていた面影は、もう残っていなかった。


この村は、人が人を育てる場所へ変わり始めている。


ミラは静かに息を吸い、サムへ向き直る。


「分かったわ。」


「商会へ持ち帰って正式に検討しましょう。」


その返事を聞いたサムは大きく頷いた。


一方その頃、行政棟ではエリスが新たな記録をまとめていた。


人口の推移。


商取引の内容。


ミラ商会との交渉経過。


村の発展状況。


そして、魔道具の上へ静かに手を置く。


魔力操作で起動した通信魔道具には、ソートグラフィーで記録した映像が映し出される。


広場の様子。


商談の様子。


働く村人たちの姿。


それらを整理すると、映像は遠く離れたレックのもとへ送信された。


村の歩みを正確に記録し、未来へ伝える。


それは、エリスにとって日々欠かすことのないルーチンワークとなっていた。







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