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旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


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30/36

30 傲慢な騎士団

 薬房が完成し、紡織工房では布が織られ、農地では作物が実り始めていた。


 村には活気が戻り、人々の表情にも少しずつ余裕が生まれている。


 薬房ではリーンを中心に薬づくりが続けられ、鍛冶工房では農具や生活用品の製作が進み、物流班は近隣の村へ布や保存食を届け始めていた。


 かつて飢えと病に苦しんでいた貧困村は、教育によって確実に変わり始めていた。


 しかし、豊かさは人を呼ぶだけではない。


 それを奪おうとする者も呼び寄せる。


 ある日の昼過ぎだった。


 村の見張り台に立っていたカエデが、街道の先を見つめる。


「馬が三十騎ほど……こちらへ向かっています。」


 索敵魔法でも確認したカエデは、すぐに鐘を鳴らした。


 村中へ警戒を知らせる鐘が響き渡る。


 農民たちは収穫物を倉庫へ運び込み、物流班は荷車を建物の陰へ移動させる。


 自警団も訓練通りに配置についた。


 ジャイルは長剣を腰に差し、村の入口へ向かう。


 その隣にはアイリス。


 さらにレムが大剣を担ぎ、エリカが巨大なグレイブを肩へ載せて並ぶ。


 少し遅れてエリスも記録帳を抱えながら歩いてきた。


 やがて三十騎ほどの騎兵が村へ到着する。


 立派な鎧を身にまとい、槍や剣を携えた騎士たちは、村人を見下ろすように馬上から睨みつけた。


 先頭に立つ騎士団長が鼻で笑う。


「ここが最近羽振りのいい村か。」


 視線は積み上げられた布、倉庫、畑、荷車へ向けられる。


「なるほど。噂以上だ。」


 そして当然のように言い放った。


「王命による徴発だ。」


 村人たちに緊張が走る。


「食料、布、薬、それに馬を差し出せ。」


 まるで当然の権利を主張する口調だった。


 エリスは一歩前へ進み、穏やかな表情を崩さない。


「失礼ですが、徴発命令書を提示してください。」


 騎士団長は眉をひそめた。


「何だと?」


「正式な徴発であれば、命令書があるはずです。」


 エリスは静かに続ける。


「徴発品の目録はありますか。」


「補償金の支払いは、どなたが行うのでしょうか。」


 騎士団長の表情が険しくなる。


「平民風情が質問するな。」


 周囲の騎士たちも嘲笑を浮かべた。


「命令書など必要ない。」


「我らが王の騎士である証拠だ。」


 エリスは首を横へ振る。


「それでは徴発とは認められません。」


 騎士団長は馬上から怒鳴った。


「逆らえば反逆罪だ!」


 その声に数人の村人が身を震わせる。


 しかし、アイリスは一歩前へ出た。


 真っ直ぐ騎士団長を見上げる。


「証明もできない徴発なんて認めません。」


 その瞳には恐れがなかった。


 ジャイルも並び立つ。


「それは徴発じゃない。」


 腰の剣へ静かに手を添える。


「ただの略奪だ。」


 騎士団長の顔が怒りで赤く染まる。


「無礼者!」


 剣を抜き放つ音が響いた。


 それを合図にするように、後ろの騎士たちも次々と武器を抜く。


「村を制圧しろ!」


 叫び声とともに馬が駆け出した。


 しかし、その瞬間だった。


「今だ!」


 ジャイルの号令が響く。


 自警団が一斉に動いた。


 魔力循環によって身体能力を高めた村人たちは、一斉に地面を蹴る。


 アイリスが先頭の騎士へ踏み込み、木剣とは思えない鋭い一撃で剣を弾き飛ばした。


「武器を離してください!」


 騎士が驚いた隙に、その腕を取り、地面へ投げ飛ばす。


 同時にレムが大剣を振り下ろした。


 もちろん刃は使わない。


 剣の腹で騎士の槍を叩き折り、そのまま盾ごと吹き飛ばした。


「まだ続けるか!」


 大地が震えるような声に、何人もの騎士がたじろぐ。


 一方、エリカは巨大なグレイブを自在に操り、馬の進路だけを正確に塞いでいた。


 穂先が喉元へ触れる寸前で止まる。


「降伏しなさい。」


 冷静な声だった。


 馬は恐怖で足を止め、騎士は動きを封じられる。


 その間にも、自警団は訓練通りに連携していた。


 前衛が騎士を崩し、後衛が縄を投げる。


 魔力操作によって強化された動きは素早く、騎士たちは次々と地面へ倒され、拘束されていく。


 誰一人として無駄に傷つけることはない。


 武器だけを奪い、動きを封じる。


 それが村の戦い方だった。


 騎士団長も剣を振り上げて突撃する。


 だが、その前へジャイルが立ちはだかった。


「ここは、もう奪われる村じゃない。」



 騎士団長が剣を振り下ろす。


 しかし、その刃がジャイルへ届くことはなかった。


 ジャイルは魔力循環によって身体能力を高め、一歩だけ踏み込む。


 鋭く放たれた木剣が騎士団長の手首を打ち据えた。


 鈍い音とともに長剣が宙を舞う。


「なっ……!」


 騎士団長が驚いた瞬間、アイリスが素早く背後へ回り込み、その腕を取り押さえた。


「抵抗しないでください。」


 レムは暴れる騎士を次々と組み伏せ、大剣の腹で武器だけを弾き飛ばしていく。


 エリカも長いグレイブを巧みに操り、逃げようとする馬を追い立てることなく進路を塞いだ。


 自警団も訓練どおりに動いていた。


 縄を扱う者は騎士の腕を拘束し、盾役は村人へ近づけさせない。


 弓兵班は弓を構えながら周囲を警戒し、索敵班のカエデは索敵魔法で周囲に伏兵がいないことを確認する。


「周辺に敵影ありません!」


「了解!」


 訓練を積み重ねてきた成果は明らかだった。


 三十名いた騎士たちは、短時間のうちに武器を奪われ、縄で拘束されて地面へ座らされていた。


 村人から歓声は上がらない。


 誰も浮かれることなく、それぞれの役割を果たしていた。


 ジャイルは騎士団長を見下ろす。


「命令書もなく、武器で脅して物資を奪おうとした。」


「それを略奪と言うんだ。」


 騎士団長は悔しそうに歯を食いしばった。


 エリスは記録帳を開き、淡々と確認を始める。


「長剣三十本。」


「槍二十二本。」


「盾三十枚。」


「弓八張。」


「矢、およそ四百本。」


「鎧三十領。」


「軍馬三十頭。」


「荷車六台。」


 物流班が一つひとつ確認しながら荷車へ積み替えていく。


 鍛冶職人たちも運搬を手伝い、武器と防具は鍛冶工房へ運ばれた。


 ジャイルは拘束された騎士たちを見渡した。


「武装は解除する。」


「命までは奪わない。」


 縄を解かれた騎士たちは、鎧も剣も失い、呆然と立ち尽くす。


 騎士団長だけはなおも睨みつけてきた。


「こんなことをして、ただで済むと思うな。」


 アイリスは静かに答える。


「私たちは村を守っただけです。」


「あなたたちが武器を抜かなければ、誰も傷つきませんでした。」


 その言葉に騎士団長は何も返せなかった。


 やがて騎士たちは村の外まで連れて行かれ、そのまま追放された。


 馬も武器もなく、徒歩で街道を歩いて去っていく。


 村へ戻ったエリスは広場へ集まった村人へ向き直った。


「皆さん、聞いてください。」


 広場は静まり返る。


「村人の命と財産を守ることが、私たちの役目です。」


「権力を名乗れば何をしても許されるわけではありません。」


「法を守らない者に従う必要はありません。」


 その言葉に村人たちは力強くうなずいた。


 押収した資材はすぐに活用が始まる。


 鍛冶工房ではドワーフ職人たちが鎧を解体し、鉄板や留め具を丁寧に取り外していく。


 剣や槍は炉へ入れられ、高温で溶かされた。


 ピュリフィケーションによって不純物を取り除き、質の良い鉄へ精製する。


「この鉄なら農具に向いている。」


 鍛冶職人が満足そうにうなずく。


 数日後には鋤や鍬、鎌、包丁、釘、蝶番が次々と完成した。


 革職人は鎧から取り外した革を加工し、丈夫な作業手袋や靴へ作り替えていく。


 木工職人は荷車を修理し、新しい荷台を取り付けた。


 三十頭の馬は畜産班へ引き渡される。


 農業班では畑を耕す力となり、物流班では布や薬、農産物を運ぶ大切な働き手となった。


「馬が増えたおかげで、一度に運べる荷物が倍になりました。」


 物流班のサムが笑顔で報告する。


 エリスは資産台帳へ一つひとつ記録を書き込んでいく。


「軍馬三十頭、畜産班・物流班へ配属。」


「鉄材、鍛冶工房へ。」


「革材、革工房へ。」


「木材、木工工房へ。」


 資源は私物にはならない。


 村を支える共有財産として管理され、暮らしを豊かにするために使われていく。


 盗られるだけだった村は、もう存在しない。


 働く者が守り、守る者が育てる。


 その循環が、村に新しい力を生み出していた。


 武器は農具へ姿を変えた。


 馬は畑を耕し、荷を運ぶ力となった。


 奪う者は力を失い、働く者は力を得る。


 人は責任によって育つ。


 環境が人を育てる。



 騎士団が去ったあと、村の広場には押収した武器や防具、荷車、そして馬が整然と並べられていた。


 ジャイルは武器の山を見渡し、小さく息を吐く。


「戦いは終わった。ここからは職人たちの仕事だ。」


 その言葉を合図に、鍛冶工房の扉が開く。


 先頭に立ったのは、保護されたドワーフ鍛冶職人たちだった。


「剣は剣として使うより、鉄に戻した方が価値が高い。」


「鎧も金具も無駄なく使える。」


「釘一本まで資源だ。」


 ドワーフたちは慣れた手つきで剣を分解し始めた。


 柄を外し、鍔を取り、刃を炉へ運ぶ。


 鎧は革紐を切り分け、鉄板と革へ分類されていく。


 盾も木材、革、金具へと細かく解体された。


 ノールは鑑定を使いながら記録を取る。


「長剣二十八本。」


「槍二十四本。」


「盾二十枚。」


「鉄製鎧二十五領。」


「革鎧五領。」


「馬三十二頭。」


「荷車十二台。」


 記録を終えるたび、エリスの資産台帳へ数字が書き加えられていく。


「資材は用途ごとに保管しましょう。鉄、革、木材、金具は別々です。」


 その指示に村人たちが一斉に動き始めた。


 続いてリーンが工房へ姿を見せる。


「そのまま再利用してはいけません。」


「血液や泥、錆びが残っています。」


 ノールとフェルトアが前へ出る。


 二人は光属性魔法を発動した。


「ピュリフィケーション。」


 柔らかな光が武器や鎧を包み込む。


 血痕が消え、泥が落ち、錆が音もなく?がれていく。


 さらに魔力操作で不純物だけを丁寧に取り除き、魔力循環によって精製の精度を高める。


 黒くくすんでいた鉄は銀色の輝きを取り戻した。


 革はしなやかさを取り戻し、木材も腐食した部分だけが取り除かれていく。


 ドワーフ職人は感心したように頷いた。


「これなら新品と変わらん。」


「いや、それ以上の品質だ。」


 炉へ投入された鉄は赤く溶け、何度も打ち直される。


 剣だった鉄は鍬になり、鋤になり、包丁になった。


 鍋や釘、蝶番、建築用の金具も次々と形を変えていく。


 鍛冶工房では槌を打つ音が絶え間なく響いた。


 革工房では革鎧が作業服へと仕立て直される。


 丈夫な手袋。


 革靴。


 荷車を引くための馬具。


 畑仕事に使う前掛け。


 村人たちの暮らしを支える道具が次々と完成していく。


 木工班も負けてはいない。


 盾から取り外した木材を削り直し、荷車の荷台や建材へ加工する。


 折れた槍の柄も無駄にはしない。


 柄は工具の持ち手や家具の材料として生まれ変わった。


 一方、広場では回収した馬の世話が始まっていた。


 農業班の村人が優しく首筋を撫でる。


「怖がらなくていい。」


「今日からは村の仲間だ。」


 馬たちは水を飲み、干し草を食べ、少しずつ警戒を解いていく。


 エリスは配置を書き込んでいた。


「足腰の強い馬は農業班。」


「荷運びに慣れた馬は物流班。」


「繁殖可能な馬は畜産班へ。」


 荷車も整備され、物流班へ引き渡される。


 これまで人の手だけで運んでいた綿花や穀物、布、木材が、一度に何倍もの量を運べるようになった。


 サムは新しい荷車を見て目を輝かせる。


「輸送量が増えれば商売も広がる。」


「村の外との取引ももっと楽になります。」


 ノールは子どもたちを集めて話し始めた。


「資源は使い捨てではありません。」


「形を変えれば、何度でも人を助けられます。」


 子どもたちは鉄の塊を手に取り、不思議そうに眺める。


「剣が鍋になるの?」


「なるよ。」


「鍋が古くなれば、また溶かして別の道具になる。」


 フェルトアも微笑みながら続けた。


「物を大切にすることも、人を守ることにつながるんです。」


 教導スキルを持つノールの言葉は、聞いていた村人たちへ自然と広がっていく。


 若い鍛冶職人は見習いたちへ教え始め、農民は子どもへ道具の手入れを教える。


 資源を無駄にしない考え方が、村の新しい常識になり始めていた。


 夕暮れ、エリスは資産台帳を閉じる。


「武器、防具、鉄材、革材、木材、馬、荷車……確認しました。」


「これも村の財産です。」


 村人たちは静かに頷いた。


 かつて略奪のために持ち込まれた武器は、人々の暮らしを支える道具へと姿を変えた。


 争いの象徴だった鉄は、畑を耕し、家を建て、人々の生活を豊かにする力となる。


 奪われるだけだった貧困村は、自ら守り、自ら育てる村へと変わり続けていた。


 **奪われる村ではなく、守れる村になった。**


 **武器は争いの道具ではなく、人々の暮らしを支える資源へ姿を変えた。**


 **人は経験によって育つ。**


 **経験は教育によって受け継がれる。**


 **環境が人を育てる。**







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