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旅人は教えるだけ。あとは人々が勝手に世界を変えていった  作者: 慈架太子


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18/34

18 建材

 旅人コウランと吟遊詩人レックが村を旅立ってから数日。


 村は静かになったわけではなかった。


 むしろ以前より多くの声が飛び交い、人々は朝早くから動き始めていた。


 新しく迎えた移民たちの住居を建てるためには、材木が必要だった。


 家具も必要。


 食器も必要。


 荷車も必要。


 農具も必要。


 生活が始まれば始まるほど、新しい物が求められる。


 だからこそ、この日の朝も狩猟部隊は森へ向かった。


「今日も行くぞ!」


 先頭を歩くのはアイリスだった。


 以前の彼女なら、村を守ることだけで精一杯だった。


 今は違う。


 魔力循環を身につけ、魔力操作を学び、身体強化も自在に使える。


 背中には大きな弓。


 腰には短剣。


 頼もしい狩人へと成長していた。


「今日は獲物だけじゃない。」


 隣を歩くジャイルが周囲を見渡す。


「真っ直ぐ育った木も探すぞ。」


「ああ。」


 レムが大剣を肩に担ぐ。


「家を建てるなら太い木がいる。」


 さらに後方では、長身のエルフ、エリカが巨大なグレイブを軽々と担いで歩いていた。


「森は資源の宝庫ね。」


 彼女は木々を見上げる。


「切り過ぎなければ、また育つ。」


 狩猟だけではない。


 森そのものを管理する考え方も、村には少しずつ根付き始めていた。


 カエデが育てている索敵技術も役立つ。


 危険な魔物の位置。


 群れの移動。


 大型獣の痕跡。


 情報が共有されることで、狩猟は以前より安全になっていた。


「右前方。」


 アイリスが小さく囁く。


 草むらが揺れた。


 大型のボアだった。


 ジャイルが剣を抜く。


 レムは地面を踏み込む。


 エリカは静かに回り込む。


 三人とも、誰かの指示を待たない。


 自分で判断する。


 それがコウランの教えだった。


 アイリスの矢が放たれる。


 風属性魔法で加速した矢が正確に肩へ突き刺さる。


 ボアが突進する。


「任せろ!」


 ジャイルが身体強化を使って横から剣を振る。


 動きが止まった瞬間、


「終わり。」


 レムの大剣が振り下ろされた。


 一撃。


 巨大な魔物はその場に倒れる。


「いい連携だったな。」


 ジャイルが笑う。


「まだまだ。」


 アイリスも笑顔を返した。


 エリカは倒れた魔物を見ながら頷く。


「無駄が減った。」


 狩猟は短時間で終わった。


 解体も慣れたものだった。


 肉は食料。


 皮は革。


 牙や骨も道具になる。


 何一つ無駄にしない。


 その後、一行は森の奥へ向かう。


「この木はどうだ?」


 ジャイルが一本の大木を見上げる。


 エリカが木肌を触る。


「真っ直ぐ育ってる。」


 レムも頷いた。


「家の柱になる。」


 四人は相談しながら伐採を始める。


 土属性魔法で根元を補強し、風属性魔法で倒す方向を調整する。


 昔なら何時間もかかった作業だった。


 今では魔力操作を使うことで短時間で終えられる。


 倒れた木を枝払いし、一定の長さに切り分ける。


「荷車が欲しいな。」


 アイリスが汗を拭う。


「これだけ運ぶのは大変だ。」


「職人が作ってくれる。」


 ジャイルが笑う。


「今日の話し合いで決まるらしい。」


 四人は大量の材木と獲物を積み込み、村へ戻った。


     ◇


 一方その頃。


 村の広場では、サムが新しく移住してきた職人たちと向き合っていた。


 鍛冶師。


 木工職人。


 大工。


 革細工師。


 陶器職人。


 それぞれが道具を前に並び、村の話を聞いている。


 サムは一枚の板に炭で文字を書いた。


「まず必要なのは家だ。」


 職人たちが頷く。


「次に家具。」


 椅子。


 机。


 棚。


 寝台。


「食器。」


 皿。


 椀。


 木匙。


 コップ。


「それから荷車。」


 一人の大工が口を開く。


「荷車は農業用か?」


「農業にも使う。」


 サムは頷く。


「材木も運ぶ。


 石も運ぶ。


 収穫物も運ぶ。」


「なるほど。」


 さらに鍛冶師が尋ねる。


「農具は?」


「最優先だ。」


 サムは即答した。


「鍬。」


「鋤。」


「斧。」


「鎌。」


「包丁。」


「釘。」


「金具。」


「壊れたらすぐ直せる体制も欲しい。」


 職人たちは互いに顔を見合わせた。


「仕事はいくらでもあるな。」


「そうだ。」


 サムは笑う。


「この村は足りない物ばかりだ。」


「だから皆の技術が必要なんだ。」


 大工が腕を組む。


「木は十分あるのか?」


 その時だった。


 広場へ戻ってきたアイリスたちが、大量の材木を荷車から降ろし始める。


「ちょうど届いたぞ!」


 ジャイルが笑う。


 丸太が次々と積み上げられる。


 鍛冶師が目を丸くした。


「もうこんなに集めたのか。」


「毎日これくらい集められる。」


 レムが答える。


 エリカも静かに付け加えた。


「森は広い。


 管理しながら使えば続けられる。」


 職人たちは顔を見合わせる。


 仕事がある。


 材料もある。


 食料もある。


 それなら技術を惜しむ理由はなかった。


「よし。」


 一人の年配の木工職人が立ち上がる。


「まずは机と椅子を作ろう。」


「学校にも必要だ。」


 別の職人が言う。


「農具は鍛冶師が担当する。」


「荷車は大工と木工で協力しよう。」


「食器は木製を先に作れば早い。」


 自然と役割が決まっていく。


 誰かが命令したわけではない。


 村に必要な物を見て、それぞれが考えて動いていた。


 サムはその様子を見て、小さく頷いた。


「そうだ。」


「この村は、一人が何でもやる場所じゃない。」


「皆が自分の得意を持ち寄る場所なんだ。」


 その言葉に、職人たちも笑顔で応えた。


 新しい村づくりは、こうして着実に形になり始めていた。




 夕暮れになると、村の中央広場から香ばしい匂いが立ち上った。


 狩猟部隊が運び込んだボアや鹿肉は、解体班の手によって丁寧に処理され、大きな鉄板や網の上で焼かれていく。


 火を囲む人々の数は、数日前とは比べものにならなかった。


 移民が増えたことで、広場は笑い声に包まれていた。


 木工職人。


 鍛冶師。


 大工。


 農民。


 冒険者。


 エルフ。


 ドワーフ。


 獣人。


 魔人。


 流民。


 さまざまな境遇の者たちが、一つの火を囲んで食事をしていた。


 それでも、新しく来た者たちの表情には、どこか遠慮が残っていた。


 年配の大工が、小さく呟く。


「……こんなに食べていいものだろうか。」


 隣にいた鍛冶師も頷く。


「働き始めたばかりなのに、毎日肉をいただいている。」


 若い農民も肩をすぼめた。


「まだ何も返せていません。」


 以前の彼らが暮らしていた土地では、肉は祭りの日だけのごちそうだった。


 飢えが日常であり、病に倒れる者も珍しくなかった。


 貧困の中では、「食べること」は贅沢だったのである。


 その様子を見たフェルトアは、焼き上がった肉を皿に盛り、一人ひとりの前へ静かに置いていった。


 穏やかな笑顔を浮かべながら、優しく語りかける。


「遠慮しなくて大丈夫ですよ。」


 誰も返事をしない。


 フェルトアは少しだけ微笑みを深くした。


「今は食べて元気になることが、皆さんのお仕事です。」


 その一言に、新村人たちは顔を上げた。


「仕事……ですか?」


 若い農民が驚いたように尋ねる。


 フェルトアは静かに頷く。


「体が弱っていては、家も建てられません。」


「農具も作れません。」


「畑も耕せません。」


「だから今は、しっかり食べて、しっかり眠ってください。」


「元気になれば、その力は村へ返ってきます。」


 鍛冶師が申し訳なさそうに頭を下げる。


「しかし……。」


「私たちは何も持っていません。」


 フェルトアは首を横に振った。


「持っていますよ。」


「皆さんには、それぞれ技術があります。」


 木工職人を見つめる。


「家具を作れる人がいます。」


 鍛冶師を見る。


「農具を鍛えられる人がいます。」


 農民へ微笑む。


「作物を育てられる人がいます。」


 大工へ視線を向ける。


「家を建てられる人もいます。」


「その技術が、この村には必要なんです。」


 その言葉を聞き、皆の表情が少しずつ和らいでいく。


 そこへサムも加わった。


 焼きたての肉を豪快に頬張りながら笑う。


「遠慮して腹を減らすほうが困るぞ。」


「明日から仕事は山ほどある。」


「力を付けておいてくれ。」


 周囲から笑い声が上がる。


 緊張していた空気が、少しずつほぐれていった。


     ◇


 翌朝。


 村はさらに忙しくなった。


 大工たちは集められた材木を切り分け、柱や梁を加工していく。


 木工職人たちは机や椅子を作り始めた。


 鍛冶師たちは炉に火を入れ、鍬や斧、包丁や釘を鍛え始める。


 女性たちは料理班として働きながら、大量の保存食作りにも挑戦していた。


 狩猟部隊は今日も森へ向かう。


 農業班は新しい畑を広げていく。


 水路班はさらに流れを整えていた。


 村全体が一つの大きな工房のように動いていた。


 エリスはその様子を記録魔道具へ書き込んでいく。


「人口、百三十二名。」


「新住居建設、八棟着工。」


「木工工房、稼働開始。」


「鍛冶場、仮設炉完成。」


「農地拡張、二十区画。」


「病人、ゼロ。」


 以前なら考えられない記録だった。


 病に苦しみ、食べ物もなく、明日を心配していた貧困村。


 その姿は日に日に変わっていた。


 フェルトアは炊き出しを続けながら、小さく呟く。


「皆さん、本当に元気になりましたね。」


 隣で料理をしていた女性が笑う。


「食べるだけじゃなくて、笑うようになりました。」


 別の女性も頷いた。


「子どもたちの声も増えました。」


 村に活気が戻っていた。


 それは魔法だけの力ではない。


 魔力循環によって体力を養い、


 魔力操作によって仕事を効率化し、


 技術を教え合い、


 互いを支える。


 教育が人を変え、


 人が村を変えていた。


     ◇


 夕方。


 仕事を終えた職人たちが、新しく完成した机を並べていた。


 農具も少しずつ数が増えていく。


 荷車も完成し始めた。


 食器も不足しなくなってきた。


 以前は何かを手に入れるたびに喜んでいた村だった。


 今は違う。


 自分たちで作る。


 自分たちで増やす。


 自分たちで育てる。


 その考え方が自然に広がっていた。


 サムは完成した荷車を眺めながら微笑む。


「これで木も運べる。」


 鍛冶師が笑う。


「次は鉄の車輪も作りたいな。」


 木工職人も腕を組む。


「学校の机も増やそう。」


 農民が鍬を手に言った。


「畑をもっと広げられる。」


 それぞれが、自分の仕事の先を見始めていた。


 もう今日だけを生きる村ではない。


 明日を考え、


 一年先を考え、


 子どもたちの未来を考える村へ変わり始めていた。


 貧困に苦しみ、ただ消費するだけだった小さな村は、少しずつ生産する村へ姿を変えていく。


 木は家となり、


 鉄は農具となり、


 畑は実りを育て、


 知識は次の世代へ受け継がれていく。


 人が集まり、人が育ち、人が新しい価値を生み出す。


 その歩みはまだ始まったばかりだった。


 そして村人たちは、誰に命じられることもなく、自ら考え、自ら働き、自ら未来を築き始めていた。


 「環境が人を育てる」。


 その理念は、新しくこの村へ来た移民たちの心にも、静かに根を下ろし始めていた。









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