第259話 八年後に会いましょう
――俺とエステルによる〝アル王子救出劇〟があってから、一週間後。
ヴァルランド王国に不法滞在していたリッチャ・なんとかの強制送還、そしてその不法滞在に関与したノワール・なんとかの捕縛は、世間に対してこっそりと公表された。
盛大的に、ではなく、あくまでこっそりと。
できるだけ民衆からの注目を集めないように。
それも、具体的になにがあったのかという〝事の真相〟は、徹底的に伏せられたまま。
アル王子の暗殺を防いだことや誘拐から五体満足で救出したってのは、まあ少なくともウチの国とっては栄誉なことだろう。
……が、それを明るみにしなかったのは政治だの国家間の関係だの、面倒くせぇことを考慮してのこと、らしい。
元々アルベール国王は、アル王子が暗殺されかけたことを隠蔽しようとしてたからな。
それに関与する事柄は基本的にごっそり包み隠して、当たり障りのない最低限の情報だけが発表されたってワケだ。
お陰で王都の中は静かなモンで、とても同盟国の王子が殺されかける大事件があったなんて思えない。
まさに、すべて世は事もなし。
あのオネェ国王の情報操作や文民統制の手腕は、呆れるほど確かってことだろう。
まったく、いいんだか悪いんだか……。
そんなこんなで――
「ヴァルランド王国の皆様方……この度は本当に、なにからなにまでお世話になりました」
アル王子の護衛であるコピルが、俺たちに向かって深々と頭を下げる。
そんなコピルのお辞儀を受け取るのは、俺を含めた王立学園二年Fクラスの面々。それからアルベール国王。
――今日は、アル王子の出国日。
ヴァルランド王国での〝花嫁〟探しも今日で終わりを迎え、母国へと帰るのだ。
「このコピル・バタライ、アル王子の命の恩人である皆様を決して忘れません。ネワール王国に帰っても、皆様方のことは後生まで語り継ぎましょう」
「大袈裟だぞ~コピル」
うやうやしく頭を垂れてくれるコピルに対し、俺は気の抜けた声で答える。
「俺たちは売られた喧嘩を買ったついでに、アル王子を助けただけだ」
ぶっちゃけ、俺はアル王子のために動いたって自覚はない。
俺が彼を助けたのは、あくまで妻のため。
彼女が関与しなかったなら、俺は積極的にアル王子を助けようとはしなかっただろう。
……な~んて、そんなこと口に出したら、俺の隣で朗らかな笑みを浮かべている我が愛妻に耳をつねられそうだから、言わないけど。
「――いえ、皆様は正真正銘の〝英雄〟でございます」
コピルのすぐ傍に佇む少年が、その小さな唇を開く。
どことなく――初めて会った時より成長したように感じる、アル王子が。
もっとも、その成長ってのは外面のことじゃなく、内面のことだが。
「このアル・マッラにとって、そしてネワール王国にとっても、アルバン殿たちは真の意味での救世主。国に帰ったら、必ずやその名を歴史に記しましょうぞ」
「あーらら、ヴァルランド王国だけじゃなくネワール王国の英雄にもなっちゃわね~。アルバンちゃんってば罪な男♥」
アル王子の発言を受けて、「このこの」と俺を肘で突っついてくるアルベール国王。
ウゼェな、このオネェ……。
「だから大袈裟だって……」
「いいじゃないアルバン。褒めてもらえてるのは間違いないんだもの」
面倒くさがる俺に対し、可愛らしい笑顔を向けてくれるレティシア。
うん、可愛い。
無限に可愛い。
こういう賞賛を素直に受け止めるところも、我が妻のいいところだよなぁ。うむうむ。
レティシアは次にアル王子へと視線を移し、
「アル王子、あなた様がご無事で本当になによりでしたわ。アル・マッラという名の称号がいずれ国王となった暁には、私と夫もネワール王国にご挨拶へ伺わせて頂きます」
「それは僥倖! ならば国賓として、国を挙げてもてなさねばなりませんな」
俺とレティシアがネワール王国へ行くと聞いて、パアッと顔が綻ぶアル王子。
対する俺は「え゛」と瞬間的に面倒くささMAXになる。
「……ホントに行くの?」
「行くわよね、アルバン?」
「はい……レティシアが行くなら行きます……」
うぅ……俺、出不精なのに……。
けどレティシアが行くなら、喜んでついていく……。
レティシア一人で、遠く離れた異国の地へなんて行かせられないもん……。
なんなら面倒くせぇと思うと同時に、「愛妻との異国旅行も楽しそうだな」と思う自分もいる……。
あゝ、これも悲しき夫の性……。
ま、惚れた弱みと思って、その時は大人しく夫婦一緒にネワール王国へ旅行と洒落込むとしよう。
レティシアの喜ぶ顔を見られるなら、結局それが一番だもんな。
レティシアはコホンと小さく咳き込んで間を置き、
「――さて」
呟いて――今度は、Fクラスメンバーの内の一人を見る。
「エステル、あなたからも最後に一言」
「……」
トレードマークであるグルグルの金髪縦ロールが今日も眩しい、Fクラスが誇る喧嘩士お嬢様――エステル・アップルバリ。
――アンブローズとかいう人外からアル王子を助け出した後、アル王子とエステルの関係は進展しなかった。
というより、むしろちょっとギクシャクしていた。
アル王子は無暗にエステルへ抱き着くことをしなくなったし、エステルもエステルでアル王子を露骨にガキ扱いしなくなった……ような気がする。
聞くところによると、あの化物の影の中で〝闘魂が燃える死闘〟があったとかなんとか。
あのエステルが血みどろになって出てきたんだから、そりゃーエキサイティングな戦いが繰り広げられていたんだろう。
詳しくは、知らんけど。
だが……この二人の関係性という点で見れば、それ以上のなにかがあったのだろう。
明け透けな言い方をしてしまえば、互いが互いを〝意識〟するようになった――のだと思う。
少なくとも、戦いから帰還した後の二人を見たレティシアはそう言ってた。
俺から見てもそれっぽいと感じる。
だが意識するようになったらなったでどう接すればいいのかわからず、微妙な空気が流れたまま今日に至る……ってな具合なんだろ。
「エステル殿……」
少し寂しそうな表情をして、エステルの顔を見上げるアル王子。
アル王子は顔つきこそ少し男前になったような気がするが、それはあくまで内面の話。
背丈は変わらず子供のそれで、エステルの身長にはまだまだ届かない。
彼はポリポリと指先で頬を掻き、
「結局、エステル殿を〝花嫁〟として連れ帰ることはできなかったな……」
「……」
「だ、だが、余は決してエステル殿を恨んだりなどしない! エステル殿の心を掴めなかったのは、余が無力な子供にすぎなかったからだ……」
どこか悔しそうに、どこか歯痒そうに、アル王子はギュッと手を握り締める。
――アル王子がヴァルランド王国から〝花嫁〟を貰う件に関して、取り敢えずはアルベール国王が当初言ってたように一旦保留というコトになった。
結局、エステルが首を縦に振らないことには、どうにもならないからな。
外交面に関しては引き続き同盟関係を維持するって話で落ち着いたらしいから、アルベール国王としても焦って伴侶を宛がう必要がなかったっぽいし。
それに……馬車で誘拐されかけた一件の時から、アル王子は少し思い詰めたような表情をすることが多くなっていたように思う。
実際、エステルに対してのアプローチも少なくなっていた。
たぶん、自分が助けられてばかりいることを情けない、というか不甲斐なく思っていたのだろう。
しかも助けてくれた相手が女性――それも惚れた相手となればな。
同じ男として、気持ちはわからんでもない。
俺だって日々「レティシアはなにがあっても夫の俺が守るんだ」って精神で過ごしてるワケだし。
セーバスにみっちり鍛えられたあの半年間がなかったら、ひょっとすると俺もどこかで同じように無力感を感じていたかもしれない。
そう思うと、ちょっと感情移入しちまうかも。
だが俺だって強くなるのに半年もかけたんだ。
アルバン・オードランとは比ぶべくもないほど華奢なアル王子が、一朝一夕でポンと強くなれるワケもない。
どうにかできるなら力になってやりたい気もするし、レティシアだって同じ気持ちだろうが、こればっかりはな……。
だから、今ここから先、俺たち外野が二人の出す結論に割り込むのはナシだろう。
「だ、だからエステル殿も、どうか気に病まないでくれ。で、でも、できれば、余のことは忘れないでもらえると――」
「……あぁ~~~~~~もう! まだるっこしいですわね!」
「…………え?」
――アル王子がたどたどしい言葉で別れを告げようとしていた、その時だった。
エステルはムズムズを抑え切れないとばかりに頭を掻きむしり、声を張り上げる。
「アル王子……今からとても私らしくないことを言いますわね」
「……?」
「お耳の穴かっぽじって、よぉ~~~くお聞き。こんなこと、一度しか尋ねないんですから」
「う、うむ……?」
「あなた、本当に私のことが――このエステル・アップルバリのことがお好き?」
「え――」
「クソお正直に、イエスかノーでお答えなさい。それ以外の返答は受け付けませんことよ!」
ビシッとアル王子を指差すエステル。
同時に、呆気に取られるアル王子。
だが彼はすぐに瞳に意志を込め、
「イ、イエスに決まっている! 余はエステル殿のことが好きだ! 大好きだ!」
ハッキリと、そう答える。
悩むことなく、即答で。
「余はエステル殿を愛している! 誰よりも好きな女性だ! 世界で一番愛しい人だ!」
声を大にして、喉が裂けるんじゃないかと思うほどの声量で、アル王子は叫ぶ。
しかしすぐに俯き気味になり、
「でも……余は、エステル殿の伴侶に相応しくない……」
一点して弱々しい声で、呟くように言う。
「エステル殿に何度も助けられて、よくわかった。余はなにもできない、ただの子供なのだと。余では……エステル殿を守れないのだと。だから――」
「守れない? 変ですわねぇ」
「え?」
「私、しっかり守られましたけれど。影の中に囚われた時、最後に身を挺して私を守ってくれたのは、どこのどなただったかしら?」
「! ア、アレはとても守れたなど――!」
「それに〝子供〟ってことは、時間さえ経てば〝大人〟になりますわよね」
エステルは一歩足を前へと出す。
そしてアル王子へと歩み寄り、彼の目の前で屈んで視線の高さを合わせた。
「十年……いえ、八年ってトコにしておきましてよ」
「……??? な、なにを言って……?」
「八年経ったら――あなたにもう一度会いに、ネワール王国まで行きますわ」
「――――!!!」
「その時あなたは十八歳、私は二十五歳。八年経っても、あなたがまだ私のことを好きでいてくれたなら……そ、その時は、改めてか、かか、考えて、差し上げますっ……」
言ってて自分で恥ずかしくなったのだろう。
エステルは少しずつアル王子から目を逸らしていき、頬から耳まで紅くする。
まあ確かに、実にエステルらしくない。
そういう歯の浮くような台詞ってのは。
だが間違いなく、それがエステルの出した結論であり、答え。
羞恥の色に染まりながら答えを出したエステルを見て――直前まで沈んだ顔をしていたアル王子の表情は、これまでみたこともないほど明るくなる。
「ほ……ほ……本当か……!? 本当なのか、エステル殿!?」
「な、何度も言わせんじゃねーですわ! お嬢様に二言はなくってよ!」
「エ……エステル殿~~~~~ッ!!!」
ガバッとエステルに抱き着くアル王子。
この光景、なんとなく思い出すな。
二人が王城の中で再会して、アル王子がエステルに抱き着いた時を。
でもあの時と違って……今度はエステルの方も、ちゃんとアル王子を抱擁し返してるんだけど。
「必ず、必ずエステル殿み見合う理想の男になってみせよう! だから八年、待っていてくれ!」
「ハイハイ、期待せずに待っていますわよ。精々私の方から追いかけたくなるような――〝理想の王子様〟になっておいてくださいな」
これにて第2部・第3章は完結となります!
次章第2部・第4章スタートまで、しばしお待ちあそばせ(´∀`*)
※ビッグニュース!
本作『最凶夫婦』ですが、なんと……
〝オーディオブック化〟
が決定致しました!!!
つまり! キャラに! 声が付きまぁす!!!ヽ(゜∀゜)ノ
アルバンとレティシアのてぇてぇやり取りを、プロ声優様の神演技で摂取できまぁす!!!
ご出演頂く声優様は、なんと総勢5名!
田中啓太郎様
久保田未夢様
水島大宙様
呉よしたか様
廣原ふう様
わかる人にはわかるであろう、凄まじい顔ぶれ……!
これはもはや単なるオーディオブックの域を遥かに超えた、超豪華〝朗読劇〟となっております!
いやもう本当に、本当の本当に、これは一度聴いて頂きたいです……。
特にアルバンとレティシアのやり取りを「てぇてぇ」と思った方なら、絶対に聴いてほしい……。
実際僕は第1巻の完成音声を聞かせて頂きましたが、てぇてぇの過剰摂取で脳破壊が起きて、破壊された脳を復活させるためにもう一度聴いてさらにてぇてぇのオーバードーズで脳破壊を繰り返すという、てぇてぇの無限スパイラルに飲まれてしまいました……。
どれくらいよかったかと言うと「あまりによすぎて流し聞きができなかった」っていうくらい……。
お陰で作業の手が全く進まなくて大変でした……笑
兎にも角にも「声優さんってマジすげぇ」と「こんなんオーディオブックどころじゃないよ……ほとんど生の朗読劇だよ……!」という感想と感動で胸がいっぱいになったので、絶対に僕と同じ気持ちを読者様方にも味わって頂きたいなと……!
既に予約は開始しておりまして、発売日は2026,4/27となります!
購入ページはこちら☟☟
https://audible.co.jp/pd/B0GQYVY8ZG(Audibleストアページ)
お値段は3,000円とちょっとお高めですが、絶っっっっっ対に元が取れる濃密な内容となっておりますので、どうか安心してご購入くださいませ!
まず間違いなく後悔はしません!!!
(なんなら僕は「これ3倍の額は取っていいのでは……?」と真剣に思いました笑)
改めて、この場でご出演頂いた声優様方に無限大の感謝を!
田中様、久保田様、水島様、呉様、廣原様。
『最凶夫婦』のオーディオブックをご製作頂き、誠にありがとうございます!!!





