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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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204# 権能

 《邪竜》の復活——それもどういう訳か七体。


 《物語》では一体のみ。


 《邪竜》は七体いたなんて、当然そんな事はなかった。


 故にこれは、明らかな変化。


 空に飛び立った七体の《邪竜》を前に暗黒鎌を手にローファスがした事、それは——


「むむ!? どうされたローファス殿! そうか、解放してくださるか! それが良い! これは明らかな異常事態だ! ここは我が兵を指揮して——」


 側近らに捕えられ、動けずにいる《千人長(キリアルケース)》マーズの前に立ったローファスは、目にも止まらぬ速度でマーズの首を切り飛ばした。


「な!? き、貴様何を…!?」


「タナトス! 一体どういうつもりだ!?」


 騒ぐ側近達を、ローファスは高密度の魔力波により黙らせた。


 その重圧に耐えきれず膝を突いた側近達を睥睨しながら、ローファスは言う。


「騒ぐな。《邪竜》を解放した下手人を処しただけだ。そして二度と間違えるな、俺はローファス・レイ・ライトレスだ」


 ローファスの威圧にそこ知れぬものを見たのか、側近達は一様に口を閉ざした。


 ローファスの見立てでは、《邪竜》の増殖は間違いなく(・・・・・)マーズの手によるもの。


 故に、マーズが何か事を起こす前に先手を打って殺害した。


 だが——首を失ったマーズの身体は、まるで黄金の粉雪のように神力(・・)を散らしながら霧散した。


 飛ばして転がった首も同様に。


「な…死体が消えた…?」


「こ、これは一体…」


 これには萎縮していた側近達も困惑を見せるが、ローファスが一喝する。


「腑抜けるな! 貴様らはさっさとタチアナの下へ向かえ! 兵共もだ! その無駄にごつい鎧は飾りか!?」


「…! だ、だが姫様は鎮魂の儀を…」


「そんな場合でない事は見て分かるだろうが! 《邪竜》が復活した! 急げ!」


 ローファスに檄を飛ばされ、側近達と聖竜国兵はスイッチが入ったように動き、姫巫女の居る頂上へと向かった。


 そして夜営に残されたのは、ローファスとリルカの二人だった。


「…」


「…」


 僅かな沈黙の末、テヘッと舌を出すリルカにローファスは溜息を吐く。


「…フォルは?」


「さあ、何処だろうね? 近くには居ると思うけど」


「分かった…お前はアベルと合流して《邪竜》の相手をしてくれ。一体で良い。絶対に複数を相手にするなよ。頼めるか?」


「良いけど…残りは全部ロー君がやるって事?」


「流石にそんな無茶はしない。やるとしても一体ずつだ。心配しなくても、お前達以外にも協力者はいる」


「それ、もしかしてテセウス? スイレンも来てたね」


「そんな所だ。言いたい事はあるだろうが、見ての通り緊急事態だ。詳しい話は後だ」


「大事な話はいつも後回しだね。別に良いよ。ちゃんと説明してくれるなら」


「説明しなかった事なんてないだろう」


「どーかな? ロー君だし、肝心な事ははぐらかすかも」


「リルカ…」


 時間が無いんだぞ、と困ったように顔を顰めるローファスに、リルカは不機嫌そうに頬を膨らませ、背を向ける。


「…いーよ。大好きな人の言葉だし、信じてあげる」


「待てリルカ!」


 風と共に消えようとしたリルカを、ローファスは呼び止める。


「テセウスの件、黙っていて悪かった。《邪竜》の件が終わったら説明する。必ずだ」


「ん…別に、ロー君の事は疑ってない。ごめん…テセウスより、タチアナさんの方で苛ついてた」


「いや、お前…」


 宿敵より色恋なのか、と若干引き気味のローファスに、リルカはバツが悪そうに目を逸らす。


「あー…私、ちょっとロー君が好き過ぎるかも。少しは自制できるように頑張るから、嫌いにならないでね…じゃ、また後で。大好きだよ、ロー君!」


 それだけ言うと、リルカは旋風と共に消えた。


「…嫌いになんてなる訳ないだろう」


 一人残された夜営でローファスは苦笑し、咳払いをして顔を引き締めると懐からタブレットを取り出す。


「——状況は把握しているな、テセウス」


『状況把握? 無論しているとも、誰よりもね。丁度今、緊急事態だっていうのにラブコメっている同盟相手に辟易していた所だ。間違いなくそんなやりとりをしている場合ではないというのにね』


「覚えておけ、これが人の営みだ。もっとも、摩訶不思議なカラクリ生命体には理解できんだろうが」


『君の方こそ覚えておきたまえ。私はそんな珍妙な名称の種族ではない。人造人間(ホムンクルス)兼高知能電子知性体だ』


「自分で高知能とか言ってて恥ずかしくないのか…と、そんな事はいい。貴様にやってもらいたい事がある」


『分かっている。なぜか七体現れた《邪竜》の相手だろう? 一先ずスイレンを派遣して一体、私で一体で合計二体。請け負えるのはこれが限界だ』


 いや、とローファスは首を横に振る。


「《邪竜》はこちらでなんとかする」


『七体だよ? 一人で倒せるのかい?』


「あんなの七体も倒せるか。俺が時間を稼いでいる間に貴様らは——」


 ローファスの指示を聞いたテセウスは、ふむ、と悩ましげに唸る。


『…君の指示に従うのは構わないが、確定的な情報に基づいた作戦ではないね。どう突き詰めても推論の域を出ない。君の推論が間違っていた時のリスクを考慮しているかい?』


「検証する時間があるか? 代案があるなら出せ」


『いや…そもそも君の計画(プラン)に乗った時点で今更だと思い至ったよ。結構。打ち手(プレイヤー)は君だ。私は駒に徹するとしよう。まあもし君の推論が間違っていたなら後で死ぬほど煽り散らかしてやる。覚悟しておきたまえよ』


 それだけ言い、テセウスは通信を切った。


「…絶対に最後の一言は余計だろう」


 ローファスは青筋を立てつつ、空を見上げる。


 空を舞う、七体の不死身の竜王を。


「さて…先ず必要なのは——最低限の検証だな」


 ローファスは肉体の一部を暗黒化——半魔人と化し、大地を踏み締め、足をバネのようにして跳躍する。


 その常軌を逸した膂力は無人となった夜営の簡易テントを吹き飛ばし、大気を引き裂き衝撃波(ソニックブーム)を撒き散らしながら空を舞う《邪竜》の一体に目掛けて突き進む。


 先ずは一撃、とばかりに全力に近い殴打を《邪竜》のどてっ腹に喰らわせた。


 暗黒の拳は堅牢な黒鱗に覆われた腹にめり込み、《邪竜》はそのまま大気圏を突き抜ける勢いで天高く吹き飛んでいった。


 瞬く間に一体が退場し、残された六体の《邪竜》がギョッとローファスに注目する。


 ローファスは暗黒の手をグーパーとさせながら、鋭く目を細める。


「攻撃が通った…」


 半分とはいえ、魔人化状態の全力の一撃を受けて消し飛んでいないだけでもあり得ないレベルの耐久力を誇る事が伺える。


 しかしそれ以前に、攻撃が入ったという事は《邪竜》の《権能》第一の力——《時の鎧》が発動していない。


 本来一体である筈の《邪竜》の謎の増殖。


 これが理由で《権能》が発動していないのか。


 最悪の想定は、七体全てが《権能》を発揮して無敵状態である事だったが、そこまでではないのか、或いは——


 ローファスは暗黒鎌(ダークサイス)に魔力を込め、《命を刈り取る農夫の鎌》へと変化させ、飛翔する《邪竜》四体にそれぞれ一振りずつ、計四の不可視の斬撃を放つ。


 そして力を使い果たして霧散しかけた鎌に更に魔力を注ぎ込み、駄目押しで二振りして残り二体の《邪竜》にも斬撃を浴びせた。


 同時に限界を迎えた《命を刈り取る農夫の鎌》は自壊し、霧散する。


 斬撃は全ての《邪竜》に命中し、鱗に一筋の斬痕を刻んだ。


 しかし両断はおろか、出血すらしていない。


 馬鹿げた耐久力、しかし全てに攻撃は通っている。


 やはりというべきか、《時の鎧》は発動していない。


「《権能》無し…実体もある…」


 実体があるという事は、つまり幻覚の類ではない。


 タブレットの魔力センサーを見る限り、七体それぞれが独立して境界越え(ラインオーバー)の魔力を内包しているようだった。


 つまり魔力が等分されている訳ではなく、単純に脅威が七倍に増えているという事。


 《魔王》級の同一個体が七体——それも《権能》抜きでも十分不死身と言えるレベルの耐久性を持ち、実質受けたら一発で終わりの獄炎を使う。


 普通に過去最大の脅威ではあるが、《権能》が無い分まだマシだろうか。


 (そら)に打ち上げた《邪竜》も、流石にあの程度では死んではいないだろう。


 確実に戻ってくる。


 かといって戻って来る前に一体でも殺し切れるかというと、この馬鹿げた耐久力を見る限り普通にやっては望み薄だろう。


「さて…どうしたものか」


 一斉に放たれた六つの獄炎のブレスを暗黒の魔力を足場にして躱しながら、ローファスは思案する。


 アベル達に応援を頼みはしたが、いっそ《邪竜》全てを《初代の御業》でまとめて消し飛ばしてしまうのはどうだろうか。


 それで一網打尽にできる可能性はあるが、気がかりなのは無敵の《権能》を発動していない事。


 分裂しているから《権能》を発動できないのか。


 いやそもそもこの分裂は一体なんなのか。


 地神から聞いた《邪竜》の《権能》——《死の拒絶》をどう運用したとしても分身を作るやら増殖するなんて考え難い。


 それにもしも七体の《邪竜》が《時の鎧》のオンオフを切り替える事ができ、尚且つそれで《初代の御業》を防がれてしまった場合、多量の魔力を消費するだけで終わってしまう。


 そうなれば窮地に立たされるのはローファスの方。


 そもそも《初代の御業》が《時の鎧》を突破できるのかも分からないし、なんだったら《邪竜》の素の馬鹿げた耐久力を削り切れる保証もない。


 やってみなければ分からないが、気軽に試すには失敗した時のリスクが大き過ぎる。


 それにもし仮に倒せたとしても、七体の《邪竜》が《権能》を使っていない以上、本物は別にいる可能性すらある。


 やはりここはできるだけ力を温存しつつ耐えるしかない。


 ローファスは《邪竜》らの猛攻をいなしながら、懐から小さな髑髏を取り出した。


 それは伝説の死霊術師との通信具。


「——レーテー。当然分かっているとは思うが緊急事態だ。貴様と赤髪で一体ずつ、二体引き受けられるか。時間を稼ぐだけで良い」


『無茶言うなぁ…そもそも僕らが戦うのは計画になかった事じゃん』


「計画に不測の事態は付きものだ。良いから助けろ。見ての通り手が足りん」


『だからなんでそんな偉そうなんだよお前…僕は戦闘苦手だし、そもそもさっきの鎌で斬れなかった時点でフィリップでも厳しい…え? あ、ちょっと待ってね』


 と、ここでレーテーの声が一瞬途切れる。


 そして間も無く、通話は再開された。


『あー…なんか、フィリップがやるってさ。取り敢えず一体は請け負うよ』


 やや疲れた様子のレーテーに、ローファスは眉を顰める。


「…無理ならやらなくて良いぞ。それで貴様らがやられたでは洒落にならん。作戦に支障が出る」


『まあ強そうだけど一体くらいなら大丈夫じゃない? フィリップの馬鹿が「斬る!」だってさ。あの硬そうな奴見てなんか変なやる気出してるよ…これって剣士のプライド的なやつ? それとも男ってみんなこうなの?』


 だっるーと言い残し、レーテーの通信は途絶えた。


 その直後、虚空より巨大な骨の手が現れると、《邪竜》一体に向けて振り被る。


 そしてまるで蠅でも叩くような仕草で振り下ろすと、凄まじい衝撃と共に《邪竜》は地面に急降下して地面にクレーターを作った。


ライトレス(あのクソガキ)でも斬れなかった黒竜! このオレがぶった斬ってやらああ!」


 地上から、赤髪——フィリップのやる気に満ち溢れた声が響き、その直後に凄まじい衝撃と斬撃が迸る。


 役目を終えて虚空に消えた巨大骨の手を見送ったローファスは、この空間を行き来するアンデッド凄く便利そうだな、どこで捕まえたんだろう、なんて場違いな事を考えながら向かって来た《邪竜》を殴り飛ばした。


 残りの《邪竜》は五体。


「さて、これでもまだ手に余るが…」


 一体減ったが、打ち上げた一体もいずれ戻ってくるだろう。


 《権能》無しとはいえ、《魔王》級六体となると、幾らローファスでも手に余る。


 魔力を温存しながらどれだけ時間稼ぎができるか——


 と次の瞬間、今にも獄炎を放とうとしていた《邪竜》の一体が蒼炎に包まれた。


 同時、別の《邪竜》が頭上から高密度の大気に叩き付けられ、地上へと落ちる。


 蒼炎に、風——馴染みのある魔力を感じ、ローファスは地上に目を向ける。


「アベルに、リルカか」


 配置を見る限り、どうやらアベル一人で一体、リルカとアステリアとメイリンの三人でもう一体をそれぞれ相手する手筈らしい。


 アステリアとメイリンの実力が前回から変わっているのかは不明。


 しかしリルカの実力は、六神から加護こそ得ていないものの、恐らく全盛期を超えている。


 三人掛かりであれば、《時の鎧》も《原点回帰》もない《邪竜》くらいならどうにかなるかも知れない。


 アベルに関しては言わずもがな。


 ローファスはアベルの闘技大会での闘いぶりを手放しに褒めたが、あれは決してリップサービスではない。


 属性的な面も含め、アベルなら一人でも《邪竜》を押さえられるだろう。


 寧ろ心配なのはリルカの方。


「リルカ! 獄炎に気を付けろ!」


「当たり前じゃん! そんな頼りない私!?」


 心配し過ぎたのか、なんの生産性もない至極当たり前の注意喚起をしたローファスに、リルカは少しショックを受ける。


 そもそも獄炎の恐ろしさは前回の記憶を持つリルカなら誰よりも理解している。


 火竜に火吹き芸だったかと、王国の諺を思い出して肩を竦める。


 残りの《邪竜》、三体——打ち上げたものを含めれば四体。


 骨は折れるが、この位なら何とかなるかとローファスが手に《命を刈り取る農夫の鎌》を生み出した所で——天より暗き水球が落ち、一体の《邪竜》を呑み込む。


 そして《邪竜》は水と共に凄まじい速度で落下していった。


 深水——《変若水(ムーンドロップ)》。


 その魔法を、ローファスは知っている。


 それは前回、ファラティアナが水神より教わった水の上位属性を用いた魔法。


 これはフォルによる援護。


「どこでその魔法を…」


 いつ、水神と接触したのか。


 それとも前回の記憶を思い出したのか。


 そういえば、アステリアからこの世界が二周目である事を話されたと言っていた。


 それがきっかけで思い出したのか。


 いや、そもそも思い出したのであれば彼女は——果たしてフォルと呼んで良い存在なのか。


 ローファスの僅かばかりの疑問、動揺。


 その隙を突くように、二体の《邪竜》の猛攻が迫っていた。


 片や獄炎を放ち、片や喰らわんと大口を開けてローファスの背に迫る。


 ローファスは振り向きもせず、ただ動揺により精神が揺れた為か——《権能(・・)》が漏れ出した。


 その瞬間、二体の《邪竜》は、視界が暗転(ブラックアウト)する。


 そして理性を失い、獣と成り果てて久しい《邪竜》は生物が皆持つ根源的な感情を呼び起こされた。


 無意識に身が震え、筋が萎縮し、肝が冷える。


 忘れていたその感情の名は——恐怖。


 宵闇の中、断頭の刃が絶え間無く降り注ぐ。


 大鎌を携えた、魂を刈り取る農夫が追いかけてくる。


 《邪竜》らはそんな光景を幻視し——視界が開けた時には、ゆっくりと世界が反転して堕ちていった。


 最期に見たのは、花弁のように舞い散る神力と、首を失った己の胴体。


 そして、冷たい目で見下ろしてくる死神の如き暗き者であった。



「くそ…《神》でもない相手に使ってしまった」


 こんな所で使う予定はなかったのに、と鎌の刃についた神力を払い飛ばし、ローファスは目を落とす。


 視線の先には、今勢い余って殺してしまった二体の《邪竜》、それぞれの首と胴体。


 死体は神力と化して霧散した。


 この消滅反応は、先程マーズを殺した時と同じもの。


「やはり、この増殖の《権能》は奴のものか…」


 己の推測が正しかった事に安堵の息を吐きつつ、ローファスの視線は自然と水と共に落ちた《邪竜》の方へ向けられた。


 そしてローファスは、雑念を払うように己の頬を叩く。


「…フォルか、ファラティアナか? 我ながら下らん問答だ。悩むまでもなく答えは出ている。フォルはフォルだ。それ以外の何者でもない」


 出会った時から一貫し、彼女は彼女であり、自分も変わらず自分である。


 そこに前回も今回もありはしない。


 もし仮に彼女が、全てを思い出して刃を向けて来たとしても、自分が彼女に向ける想いは何一つ変わる事はない。


 本当に下らない問答だった。


「…さて——手が空いたから誰かの援護にでも行ってやろうと思ったのだが」


 迷いを振り払ったローファスだったが、ふとうんざりしたように天を見上げる。


 そこでは、(そら)より舞い戻った《邪竜》が怒りの咆哮を上げていた。


 《邪竜》の数、残り五体。

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