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リピート・ヴァイス〜悪役貴族は死にたくないので四天王になるのをやめました〜  作者: 黒川陽継
間章Ⅲ

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197# ビンタ

『ここに居るのは先日、正式に我が伴侶とあいなった——ローファス・レイ・ライトレスである』


 闘技大会決勝直前、タチアナより行われたサプライズ発表に、当然ながら王側の貴賓席は大いにざわついた。


「え、え、え? ローファスとタチアナが結婚…? 聖竜国代表の大男がローファスで、タチアナがもう結婚してて? 何、どういう事? 前と違うにしても限度があるでしょ…」


 困惑を通り越して混乱するアステリア。


 そして動揺してどよめく王国の要人達。


 そんな事情は聞き及んでいないし、なんならローファスは現在王命により自領で謹慎中の筈。


 それがなぜ聖竜国に居て、姫巫女の伴侶なんかになっているのか。


 訳が分からず、混乱と動揺が広がるのは当然の事。


 アステリアはふと事情を知っている可能性のある人物に目を向ける。


「ねえリルカ。貴女、何か聞いて…」


 そこまで言いかけ、アステリアは口を閉ざす。


 リルカは無言。


 ただ、人を殺せそうな程に魔力が研ぎ澄まされ、触れれば怪我をしてしまいそうな程にリルカの周囲の空気がざらついている。


「そう…知らないのね。ファラティアナ……ユスリカは…」


 ローファスと親密な関係にある人物にそれぞれ目を向けるが、皆一様に無言。


 ファラティアナはリルカ程ではないが魔力を昂らせており、眉間に皺が寄っていて不機嫌そう。


 ユスリカは無表情。


 魔力も乱れておらず一定。


 いや、寧ろ不気味な程に安定している。


 その視線はじっとローファスに固定されていて、名前を呼んだのに反応一つ示さない。


 何を考えているかは分からないが、少なくとも話し掛けて良い状態ではないのは確かだろう。


 と、そうこうしていると展開は進み、ボレアスが闘技場(コロッセオ)に乱入し、突然のルール変更などとタチアナが言い始めた。


 この国際的な大会で、事前連絡も無しに新たな選手を出せという。


 タチアナ以外が言えば、こんな我儘は通らないだろう。


「タッグマッチって……タチアナ(あの娘)、相変わらず無茶苦茶ね……」


 アステリアは呆れつつも、突っぱねれば失格と言われかねないので一先ず誰を出すのが適任かと室内を見渡す。


 ここはやはり立場、実力双方を兼ね備えた彼女が良いだろうと、魔法師団筆頭のメイリンを見た——が、露骨に目を逸らされた。


 …嫌らしい。


 いやでも、王女である自分が出場するのは流石に——と悩むアステリアの前を通り、リルカが前に出た。


「私、行ってくるから。良いよね?」


「…なに勝手に決めてんだ」


 人でも殺しそうな雰囲気のリルカに、ファラティアナが食ってかかる。


「なに。ファーちゃんも行く? 良いよ全然。アベルに辞退してもらえば良いし。別に良いよね?」


「駄目に決まってるでしょう。勝ち進んだのはアベルなんだから」


 勝手に選手交代しようとしたリルカに、アステリアは真顔で突っ込む。


「そっか、残念。じゃ私だけだね」


「ふざけんな」


「別にふざけてないけど。なに、ファーちゃんも行きたいの?」


「なんでお前が行くって前提で話してるんだって言ってるんだよ。出れるのは一人なんだろ」


「うん。だからみんなを代表して私がロー君の顔に一発キツいのお見舞いしてくるって言ってんの」


「…ったく、話になんねーな。お前、ローファスの事となると周り見えなくなり過ぎなんだよ」


 フォルは腰に下げた舶刀(カットラス)に手を掛ける。


 そんなフォルの行動にアステリアはギョッとする。


「ちょっと、ファラティアナ?」


「へえ、やる気? じゃ、勝った方がロー君を殴りに行くって事で」


「リルカまで何言ってるの!? 剣を抜くとかありえないからね!? ここ聖竜国の貴賓室なのよ!? 武器を持ち出して良い場所じゃないの、分かる!?」


 アステリアの制止の声も虚しく、貴賓席のど真ん中でフォルの舶刀(カットラス)とリルカの短剣が激を打った。


 吹き荒れる水と風の魔力。


 ひっくり返り散乱する無数の椅子。


 驚き、怯えながら室外へと逃げていく王国の要人達。


 王国の貴賓席は、瞬く間に地獄絵図と化した。


「リルカ! お前は毎回暴走し過ぎなんだよ! ちょっとは自重しろ!」


「私!? 自重するのはロー君の方でしょ! ちょっと目離したら直ぐこれだよ! 私達を差し置いて新しい奥さんだってさ! しかもよりにもよってタチアナさん! 超最低! マジ最悪! ファーちゃんは腹立たないの!?」


「それは…まあ私より先に他の女と結婚してるのはちょっとムカつくけど、ローファスの事だからきっと事情が…」


「は!? じゃあ事情あったら浮気オッケーなの!?」


「OKな訳あるかぁ!」


 凄まじい剣戟の応酬。


 刃を交える度に魔力波と衝撃が吹き荒れる。


 戦いはヒートアップしていき、遂にはそれぞれ大技を放たんと魔力が高まっていく。


 両者の魔力が最高潮まで達した時、リルカとフォルは互いに刃を振り上げた所で動きを止める。


 リルカの首筋にメイリンが杖の先を添え、フォルはアステリアが後ろから羽交い締めにして拘束していた。


「いい加減にしなさい! 私達は国賓としてこの場にいるのよ! こんな公の場で戦闘なんて、何考えてるの!」


 アステリアに叱られたフォルとリルカは、気まずそうに目を逸らしつつ武器を下ろした。


「ファラティアナ! 貴女は子爵で、後見人はライトレス家でしょう! その行動一つでローファスに迷惑を掛けるかも知れないって理解しなさい!」


「あ、う…ご、ごめんなさい…」


 アステリアから凄まじい剣幕で怒られ、フォルはシュンと肩を落とした。


「リルカもよ! 以前はもっと冷静だったでしょう!? ローファスの事が大好きなのは分かるけど、ちょっとは落ち着いて行動しなさい! そんな事続けてたらいつかローファスに愛想尽かされるわよ!?」


「…!!?」


 雷にでも打たれたように固まるリルカ。


 多少なりとも自覚はあった。


 しかしそれでも面と向かって指摘されると色々とくるものがある。


「ロー君が、愛想を…? いや、いやいやいや、そんな…私とロー君の仲でそんな…」


「そうね。ライトレスって身内に甘い事で有名だし。ローファスは案外、リルカの良くない所も見逃して、甘やかしてくれるかも知れないわね。でもそれでいいの? ローファスの好意に甘えて、今の関係に胡座をかいて、一方的に寄りかかるばっかりで本当に良いの? もしアベルがそんなだったら、私だったら愛想尽かすわよ」


「それは…駄目だよね。ちょっとワガママが過ぎた、かも…」


 肩を落として反省しつつ、ふとリルカはある人物がこの場に居ない事に気付く。


「あれ…そういえばユッちゃんは?」


 ああ、とメイリンが闘技場(コロッセオ)を指差す。


「ユスリカ殿なら、貴殿らが争っている間に降りて行ったぞ」


「「え…」」


 先を越されたな、剣など振り回しているからだと肩を竦めるメイリンに、リルカとフォルは気まずそうに顔を見合わせた。



 決勝戦の開始の合図、銅鑼の音は代理で壇上に上がってきた実況者が打ち鳴らした。


 聖竜国が誇る最強×最強vs王国の若き炎の勇者×謎の黒髪の女中。


 史上初、何とも異例なタッグマッチ。


 しかしタッグマッチとはいっても、二手に別れて戦いを繰り広げており、今の所共闘要素は見られない。


 ただし準決勝の時のように壁で隔たれている訳ではない為、戦闘により生じた余波は双方響き、流れ弾も飛んでくる。


 片や、無数の爆炎が舞い上がる中を不死身の男が意に介さずに突っ込むという派手な激戦。


 しかし片や——ローファスとユスリカの戦闘は、実に静かなものだった。


 ローファスは暗黒の大鎌を、ユスリカは一対のワンドを構え、無言で立ち会うのみ。


 アベルとボレアスが激戦を繰り広げているだけに、この動きの無い戦闘に観客はざわつき始める。


 なぜ動かない、いやこれは互いの隙を窺っているんだ、きっと素人に分からないだけで凄まじいフェイントの掛け合いが——なんて声も聞こえてくる。


 しかしその実態は——


「…打ってこないのか。銅鑼が鳴ってから随分と経つぞ」


 穏やかに、ローファスは問う。


 ユスリカは微笑む。


「隙だらけですので」


「ならば打ってこい。それとも、カウンターを警戒しているのか?」


「いえ。ただ、無抵抗なご主人様に手をあげるなんて真似は女中としてできません」


「そうか…」


 ローファスは、殴られる気でいた。


 降りて来たのがユスリカでなくとも、リルカやフォル相手でも。


 仕方がなかったとはいえ、親しき彼女達に無断で籍を入れ、尚且つそれを隠していたのだから、いっそ気が済むまで殴られようと。


 しかしユスリカには、その真意を見破られていたらしい。


「…しかしだ。俺がお前に手をあげる事はないし、このままではずっと見つめ合っているだけになってしまう」


「私は、それでも構いません」


 悪戯っぽく笑うユスリカに、ローファスは苦笑する。


「こうして永遠にお前を眺めているのも悪くはないが、いつか邪魔が入るだろう」


「そうですね…では、折を見て私が降参しましょう」


「それは駄目だ。一応お前は、王国代表としてそこに立ったのだろう。王国の栄誉を損なう行いは許されない」


「では、私を負かして下さいますか?」


「ないな。女中(お前)に手を上げるのは俺の行動倫理に反する。つまり…お前が出て来た時点で俺は負けるしかないという訳だ。適当な所で降参するか」


「しかし、たとえ試合でも、ライトレスが敗北するのは拙いのでは?」


「む、確かに拙い。父上に叱られるだろうし、祖父(じじ)様には死ぬ程煽られるだろう。困ったものだ」


「では…」


 ユスリカは両手に持つ一対のワンドを手放し、スカートの裾を軽く持ち優雅に一礼した。


「一手、お手合わせお願いします」


「本気か?」


「双方降参が無理なら、致し方ありません」


「俺はお前に手を上げる気はないぞ」


「寸止めで構いません。先に有効打を入れた方が勝ちという事で」


「…全く」


 ローファスは暗黒鎌(ダークサイス)を消し、拳を構える。


 魔力も無し、純粋な体術による手合わせ。


「徒手空拳はあまり得意ではないのだがな」


「私は普通ですね。剣よりは得意です」


元九席(ランデール)仕込みだろう…間違いなく達人級ではないか」


 ユスリカは元暗黒騎士であり、戦闘においてはエキスパート。


 魔法ありなら当然ローファスに軍配が上がるが、純粋な近接戦闘に関しては暗黒騎士だったユスリカが上かも知れない。


 しかしユスリカも、実戦を離れて久しい。


 対してローファスは、これまで戦いの中に身を置いていた。


 勝敗の行方は、神にすら分からない。


 ローファスとユスリカの間に合図など不要だった。


 自然と互いの拳を合わせ——手合わせは始まる。


 魔法も、魔力を用いた身体強化も無し。


 故に派手な威力もなく、音も殆ど無い。


 拳が空を切る音だけが響くのみ。


 反対側で爆炎や火柱が上がる派手で過激な戦闘とは対照的。


 しかしローファスとユスリカ、二人の戦闘を見て、不満の声を上げる観客は不思議といなかった。


 皆、いつの間にかその洗練された動きに魅入っていた。


 キレのある無駄の無い動きのローファスに対し、ユスリカはまるで舞うように攻撃を受け流し、カウンターを返す。


 ローファスは未来が見えているかのようにそれを躱し、次なる一撃を叩き込む。


 それは戦いと思えない程に優雅で、まるでダンスでも踊っているかのよう。


 二人の顔は実に楽しげであり、とてもではないが国を背負って戦闘しているようには見えない。


 永遠にも感じられた手合わせ(ダンス)——その幕引きは、ユスリカが徐に放った一言だった。


「そういえばローファス様」


「なんだ、もう疲れたのか? 降参にはまだ早いだろう」


「いえいえそうではなく」


「…?」


ご結婚(・・・)おめでとうございます」


「…っ」


 途端にローファスの動きが鈍り、ユスリカの平手打ちがクリーンヒットした。


 魔力が込められていないにも関わらず、そのビンタは思いの外観客席に響いた。


 男性陣の多くが、思わず己の頬を押さえる。


 赤い手形が刻まれた頰をさするローファスに、ユスリカは引っ叩いた手の平を見せながら優しく笑いかける。


「有効打、ですね。これは…私の勝ちという事でしょうか」


「…卑怯だぞ」


「卑怯…? 私はただ、お祝いの言葉を申し上げただけです。それで動きが鈍るというのは、ローファス様の方こそ何かやましい事でも?」


「…気にしてるのか」


「してませんよ、私は全然。ただ、先に婚約していたファラティアナ様を差し置いてという形でしたので、それは少々気の毒には思っておりました」


「…すまない」


「そのお言葉はファラティアナ様に。あと…リルカ様もお怒りです。非常に」


「…だから、全て終わるまでお前達には来て欲しくなかったんだ」


 遠い目で独白するも、もはや後の祭。


 ユスリカはそっと赤く腫れた頰に触れ、治癒の光で痛みを和らげる。


「一緒に謝ってあげますから」


「…頼む」


 ローファスはぎゅっとユスリカの手を握り、そっと手を上げた。


「降参する」


 降参の宣言。


 それには観客から怒号やブーイングが——飛び交うかと思いきや、意外にもそんな事はなく。


 なんとなくローファスの事情が察せられたのか、妙に生暖かい拍手が送られた。


 ローファスが負けを認めたのは二度目。


 かつてステリアにて、ヴァルムとフリューゲルの竜騎士コンビを相手にした時以来であった。



 かたやもう片方の試合。


 炎が止み、そこに立っていたのは——アベルだった。


 足元にはボレアスが倒れ伏せている。


『闘技大会、栄えある優勝は——まさかの王国代表、アベル・ユスリカチームぅぅぅ!!』


 マーズの代理で壇上に上がった実況者が、声高らかに宣言した。


 戦いはこれからが本番だと闘気を滾らせていたアベルは、目をまん丸にして驚いていた。

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― 新着の感想 ―
ここ数回の展開ですが、無理やりな結婚には抵抗を感じます。助っ人として來た主人公が脅されるような形になるのは理不盡ですし、他のヒロインたちが不憫でなりません。
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