表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【暴戯訳】古典文学が読み辛いので、暴虐の限りを尽くして書き直してみた。  作者: 千夜遠望
暴戯訳『野菊の墓』 竜胆の少年と野菊の少女
47/57

第2章・第4話 極楽の闖入者

「ほんとに民子さん、今日という日は極楽ごくらくの様な日ですねイ」

 

 僕が民子さんに話しかけながら振り向くと、民子さんは顔の汗をぬぐっている。

 汗の跡がつやつやと輝いて、僕は今更ながら民子さんの横顔に見惚みとれてしまった。


「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの」

「夢ですか?」

「そうよ。今朝うちを出る時は本当ほんとにきまりが悪くて……兄嫁おねえさんには変な眼つきでられる、お増にはひやかされる。風邪かぜにうなされているみたいで……」


 遠い目をしていた民子さんは、僕を見据みすえる。


「それなのに政夫さんは平気でいるからにくらしかったわ」

「僕だって平気なもんですか。村の奴らに会うのがいやだから、僕は一足先に出て銀杏いちょうの下で民子さんを待っていたんでさア」


 僕だって息苦しいときもある。

 兄嫁も女中達も、村のんなも、眼差まなざしのやりで僕らを狙っているようで。


「それはそうと、民子さん、今日は心残りがないようにしよう。来月には僕は学校へ行くんだし、今月とて15日しかないし……」

「そりゃア政夫さん、私は道々みちみちそればかり考えて来ました。私がさっきなさけなくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」

 

 ぼくから話を振っても、ぐに行き詰まってしまう。

 民子さんは事有ことあごとに眼をうるませて、手拭てぬぐいがいくらあって足りはしない。

 そこへ何かが向かってきた。西側の山道から、がさがさささき分ける音がして、頬被ほおかむりの男が姿を見せるではないか。

 男は背の両側にたきぎを掛けた、馬をいている。

 よく見ると村の常吉つねきちである。こいつはこうのお浜に、「民子を遊びに連れだしてくれ」としきりに頼んだという奴だ。


「や政夫さん。コンチャどうも結構なお天気ですな。今日は御夫婦でわた採りかな。洒落しゃれてますね。ワハハハハハ」

「オウつねさん、今日は駄賃だちんかな。大変早くせいが出ますね」


 駄賃とは、駄賃馬稼だちんうまかせぎのこと。馬の背中に荷物や人を乗せて運ぶ仕事だ。この時受け取るお代を駄賃とう。


「ハア我々なんざア駄賃取りでもしてたま一杯いっぱいやるよりほかに楽しみもないんですからな。民子さん、いやに見せつけますね。程々(ほどほど)にしないと罪ですぜ。ワハハハハハ」


 品のない奴だが、言い返すことのできる身でもないし、僕は笑いとぼけて常吉をやり過ごした。

 民子さんはまゆはしを下げて、泣きそうな顔をしてる。


「あんなのは忘れて、さア始めましょう、民子さん。そんなにくよくよしないで。僕が学校へ行ったって千葉だもの、盆暮れでなくったて、来ようと思えば土曜の晩には来られるさ……」

「そうですよね……、ほんとにみません」


 民子さんはたすきそでしばり、僕はシャツをめくって一心に綿を採る。

 3時間ばかりで7割は片づけてしまった。

 もう後は少ないから弁当にしようとて、きりかげに戻る。

 僕はかねて用意の水筒を持って、


「民子さん、僕は水をんで来ますから、留守番を頼みます。帰りに『えびづる』や『あけび』をうんと土産みやげに採って来ます」

「私、一人でるのはいやよ。政夫さん、一緒に連れてって下さい。さっきの様な人にでも来られたら大変ですもの」

「だって民子さん、清水しみずのある処は、向こうの山を一つ越して先ですよ。道という様な道もなくて、それこそいばらすすきで足が傷だらけになりますよ。水がなくちゃ弁当が食べられないから、困ったなア、民子さん、待っていられるでしょう?」

「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」

「民子さんは山へ来たら、大変たいへん駄々だだッ子になりましたネー。それじゃ一緒に行きましょう」

 

 あきらめた僕は弁当をわたの中へ隠して出掛けた。

 民子さんは、にこにこしながら僕の隣を歩く。

 高くもないけど道のない茂みを行くのであるから、笹原ささはらを押し分け、ふらつかないよう樹の根をささえにもする。


「民子さん、掴まって」


 がけじ登った僕は、民子さんに手を伸ばす。


「……はいっ」


 民子さんは、はにかんで僕の手を取った。

 かさかさする紙を巻いた指と、白くふっくらした指。

 それはいつまでも触っていたくなる柔らかさで、遠慮がちに僕の指へ添えられるけども、引っ張り上げるときに強く押し付けられる。

 僕は初めて民子さんの手を握った。

 民子さんが求めるならば僕はどんなことでも拒まれない、また僕が求めるなら、やはりどんなことでも民子は決して拒みはしないだろう。そういう間柄でありつつも、お互いに手を握ったことはなかったのだ。

 手をつなたびに僕の心はふわふわして、人に軽々しく言えない心地よさに包まれる。

 こんなことなら、もっと民子さんの手を握っていればよかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ