第1章・第4話 母の大言
母は難しい顔で僕を見た。
「男も女も15・6になれば、最早子どもではない。お前等二人が余りにも仲が好過ぎるとて、人がかれこれ云うそうじゃ。気をつけなくてはいけない」
後で聞いた話だが、僕がいない間に兄と兄嫁が来ていたらしい。
お増は民子さんを小面憎がって、「民子さんは政夫さんとこへ許り行きたがる、隙さえあれば政夫さんにこびりついている」と頻りに云いはやす。
お増が何かにつけて話しているものだから、隣のお仙や向こうのお浜等までかれこれ噂をするようになっていた。
それが兄嫁の耳に入ってしまい、母に注意したというのだ。
「民子が年嵩の癖によくない。これからはもう決して政の所へなど行くことはならぬ。
政は未だ子ども、民やは15ではないか。つまらぬ噂をされるとお前の体に疵がつく」
民子さんは肩を縮め、顔を真っ赤にして俯向いている。
僕は無邪気に民子さんと遊んでいたが、民子さんには別の想いがあったのだろうか。
そう思っていると、民子さんが僕の顔を盗み見る。だけど、僕と目が合うと、直ぐに逸らす。
それからはただ両手をついて俯向いたきり何もも言わない。いつもは母に少し位小言を云われても随分駄々を捏ねるのだけれど……。
「政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」
母は僕を見て付け加えるように言う。
何の疚しい所のない僕は、頗る不満で口を窄める。
「お母さん、そりゃ余りです。人が何と云ったって、私達は何もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか」
僕らを思っての言葉だろうけども、僕は思わず言い返してしまった。
母の心配も一理ある。しかしそんないやらしいことを言われようとは、少しも思って居なかったのだ。僕の不平もいくらかの理はあるだろう。
「お前達に何の訳もないことはお母さんも知ってるがネ」
母は俄に優しくなって、頭を撫でるように言う。
その態度はどうも前の言葉と噛み合わない。
「だったらいいじゃないですか? お母さんは常日頃言っていたことをお忘れで? 『民子とお前とは姉弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも違いはない。仲良くしろよ』と、そう言ってたじゃありませんか」
「度が過ぎる。人の口がうるさいから、ただこれから気を付けろと言うのです」
母は先ほどのように青褪めて言うと、今度は僕等を可愛がる笑みが湛えて居る。
「民やはあのまた薬を持ってきて、それから縫掛けの袷を今日中に仕上げてしまいなさい……。政は立った次手に花を剪って仏壇へあげて下さい。菊はまだ咲かないか、そんなら紫苑でも切ってくれよ」
母にとっても余りいい話ではないのか、それでお開きとなった。
袷とは裏地を縫い合わせた長い着物。これから寒くなるので欠かせないものとなる。
母の言葉に裏はないのだろうけど……。
本人達は何の気なしであるのに、人がかれこれ云うのでかえって無邪気でいられない。
僕は母の小言も1日しか覚えていない。2・3日経って民さんはなぜ近頃は来ないのか知らんと思った位だ。
けれど、民子さんの方は違ったみたいで、それからというものは様子がからっと変ってしもうた。
その後民子さんは、僕の処へは一切の顔出しをしないばかりでなく、座敷の内で行き逢っても、人のいる前などでは物も言わない。何となく気まずそうに、まぶしい様な風で急いで通り過ぎて終う。
仕方なく物を言うにも、今までの無遠慮に隔てのない風はなく、いやに丁寧に改まって口を利くのである。
時に余りに改まったのを、僕が可笑しがって笑えば、民子も遂には袖で顔を隠して逃げてしまうのだ。
二人の間に、見えない石垣が築かれたようだった。




