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第3話 窓を開けようとする娘

 列車は逗子ずし駅を過ぎた辺り、何事もなければ次は鎌倉だが……。


『何をする気だ?』

 

 声に出さずに問いかけ、私は隣の席に座った小娘をっと見た。

 小娘は席に腰をおろさず、膝立ちになって、窓硝子ガラスに向き合っている。

 外の景色が珍しいのかと思ったが、窓に手を掛け、しきりに開けようとしているのだ。

が、重い硝子(ガラス)戸は思うようにあがらないらしい。あのひびだらけの頬は愈々(いよいよ)赤くなって、時々はなをすすりこむ音が、小さな息の切れる声と一緒に、せわしなく耳へ入って来る。

 これには勿論もちろん私にも、幾分ながら同情をしてしまった。


 この娘は何をしたいのか。不思議に思った私は窓の外を見た。

 窓の外では夕暮れ色に染まった枯草かれくさが、段々(だんだん)と高くなっていくではないか。

 列車は隧道トンネルの入り口に差し掛かっているのだ。

 

 にも関かかわらずこの小娘は、態々(わざわざ)閉めてある窓の戸をおろそうとする。

―その理由が私には呑のみこめなかった。いや、それが私には、単にこの小娘の気まぐれだとしか考えられなかった。

 だから私は腹の底に依然として険しい感情をたくわえながら、あの霜焼けの手が硝子ガラス戸を下げようとして悪戦苦闘する様子を、まるでそれが永久に成功しない事でも祈るような冷酷な眼でながめていた。


 枯れ草が生えている地面が列車の窓よりも高くなる。

 すると間もなく隧道トンネルの空気を列車が押し込み、すさまじい音をはためかせた。

 そこで小娘の開けようとした硝子ガラス戸は、とうとうばたりと下へ落ちた。

 四角い穴の中から、すすかしたようなどす黒い空気が、濛々(もうもう)と車内へみなぎり出す。

 のどを痛めていた私は、手巾ハンケチを顔に当てる暇さえなく、この煙を満面に浴びせられた。

 せきが止まらず、ほとんど息もつけない。苦しい、涙も止まらない。


 が、小娘は私に気に掛ける素振りもなく、窓から外へ首をのばして、闇を吹く風に銀杏返しの髪をそよがせながら、じっと列車の進む方向を見遣っている。

 その姿は腹が立つこと、この上ない。

 煤煙すすけむりが晴れて、土や枯草のにおいがひややかに流れこんで来なかったなら、この見知らない小娘を頭ごなしに叱りつけただろう。

 そして有無を言わさず窓を閉めさせるに違いない。


 しかし、そうはしなくてよかったと思えたのは、鎌倉駅に着いてからだった。


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