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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
12/64

12話

 〇湊優希


 日曜日。


 梅雨真っ只中ということで、当然のように天気は雨。


 濡れた傘を閉じながら喫茶店に入ると、先々週と同じように、黒咲さんは先に席に着いて待っていた。相変わらずの微笑みも一緒に。


 挨拶を交し、席に着く。


 そして、会話が始まる。


 ───会話。


 それは、私が他人と接する上で、常に障害となってきたもの。いつでも緊張がつきまとう行為。それが、私にとっての会話だ。


 しかし───緊張は、しなかった。


 前の時みたいに上手に話せるだろうかと、そんな心配を朝からずっとしていたのだけれど、私の心労は自然と口から出た「こんにちは」の一言で、あっさり解消されたのだった。


 もう私は、いつでも普通に黒咲さんと話すことができるらしい。黒咲さんの前では、緊張する必要が無いらしい。


 この調子なら、()()()もできるかもしれない。


 私が密かに安堵している間にも会話は進み、先週末の話になった。


 私は友人たちに黒咲さんのことを話した時のように、三人についての当たり障りのない話を、黒咲さんにした。


 私の容姿に驚いていたこと。同じ映画を見に行ったこと。等々。


 一通り話したところで、冷たいレモンティーを一口飲む。


 ちなみに、この喫茶店でアイスコーヒー以外の飲み物を注文したのは、今回が初めてだったはず。店員さんが持ってきてくれたグラスの中には、半月切りにされたレモンが一枚入っていた。こういうのを見ると、ついついストローで氷の下に沈めたくなるのは私だけだろうか。そんな衝動にも駆られたが、黒咲さんの手前、子供っぽいと思われたくなかったのでやらなかった。


 それはさておき、そのレモンティーの味は、非常に美味しかった。


 もっとも、最近一段と蒸し暑くなってきた空気の中ここまで歩いてきたので、今なら冷たい飲み物であればたとえ水道水でも非常に美味しいと答えるだろうと思うと、正直、レモンティーそのものの味なんてよく分かっていないのかもしれないけど。


 そもそも不味いレモンティーというのを飲んだことがないので、そう考えるとこのアイスレモンティーを『非常に』美味しいというのは過剰な表現だったような気もする。


 なんて、一部のアイスコーヒー派が否定的な意見を持ち出して来たものの、私の中では、この喫茶店で注文する飲み物のラインナップにアイスレモンティーが追加されるのは、もはや決定事項だった。


 レモンティーの味はさておき、会話再開。


「その、絵が上手って言ってた人は、どういう絵を描いているのかしら」


 黒咲さんはなっちゃんに興味があるらしい。もしくは、絵の方か。


「そうですね。多いのは、漫画とかのキャラクターのイラストですかね。建物とか風景も描いていますし。あと私とか、さっき話した友人を元に、絵を描いていたこともあります。完成したら、たまに見せてくれるんですよ」


 なっちゃんの趣味の全てを把握している訳では無いので、話せることはそれくらいだった。


 イラストの方についても、私も絵は描くが、絵と言っても暇つぶしに模写をする程度のド素人なので、専門的な説明は無理だった。


「その人は、いわゆるイラストレーターなのかしら。そういう仕事をしているの?」


「いえ、あくまで趣味の範囲だと思いますよ。仕事で絵を描いてるという話は、聞いてないですし」


「そうなのね」


「黒咲さん、イラストとかイラストレーターに興味があるんですか?」


「ええ、まあ、イラストにも興味はあるけれど、それより優希さんの友人が、どういう方なのか気になって」


「私の友人が、ですか」


「気にしていたら悪いのだけれど………ほら、優希さんって、高校の時、あまり人と話さなかったでしょう。それで、どういう人と話すのかなって、少し気になって………」


 一瞬、ドキッとした。


 それから、そういえば、と思い出し、胸を撫で下ろす。


 そうだった。黒咲さんは、高校時代の私にやたらと詳しいのだ。学校での私が、どのような人間関係を築いていたのかも、築いていなかったのかも、把握されてるのだろう。


 そこまで思い出したところで、再びそういえばと思う。


(まだ黒咲さんに、私のコミュ障のこと、話していなかったな)


 これに関しては、こうして会話ができているのだから、改めて伝える必要は無いだろう。それに、黒咲さんのことだから、既に知っているかもしれない。


 そう思って、私は話さなかった。


「高校は、そうでしたね。あまり気にしていないので、大丈夫ですよ。でも、私の友人たちの話となると、さっき話したこと以上のことは、今すぐ思いつかないですね……」


「ううん、無ければいいの。ありがとう、優希さん」


「そうですか?……それなら、次は黒咲さんの友達の話、聞いてもいいですか」


「私の?」


「はい。私も、黒咲さんが普段どういう人と話すのか、気になります」


「…………えっと、私も、実は親しい友人というのが、あまりいなくて……」


「えっ……そう、なんですか」


 予想外。


 てっきり、私とは比べものにならないほど広い人脈を築いている可能性すらあると思っていた私としては、意表を突かれた気分だった。


 とはいえ一人くらいいるだろうと思った私は、何の躊躇いもなく、こう尋ねた。


「でも、何人かはいるんですよね。どういう方か、聞いてもいいですか?」


「その…………………………ごめんなさい。見栄を、張りました。実は、本当は、一人も居ません」


「あ………」


 と黒咲さんは言った。


 とても言いづらそうに、言いたくなさそうに、でもはっきりと、そう言った。


 驚愕。


 そして、後悔した。


 動揺して、なんて言えばいいか分からなくなった。何かフォローになる言葉はないだろうかと思案するも、即座には思い付けない。


(本当に……?)


 黒咲さんに、友人がいない。


 にわかには信じられない事だったが、しかし目の前の黒咲さんの様子を見れば、信じるしかないのだろう。


 俯き気味の黒崎さんの表情は、明らかに暗くなっている。触れて欲しくない事だったに違いない。


 敬語で答えているあたりが、聞いてはいけないことを聞いてしまった感を倍増させていた。


 私の後悔も十割増しだった。


 黒咲さんとの会話が楽しくて、黒咲さんの事が気になって、ついつい自分本位になっていたことは、否めない。周りが見えなくなっていた。黒咲さんの様子が、全く見えていなかった。


 人を見た目で判断してはいけないとはよく言うが、まさにその通りだった。


 と。


 後悔。


 そして、後悔した私が次に思ったことといえば、どうすればよかったのか、どこで間違えたのか、ということだった。


 一人反省会。


 しかしその答えは、考えるまでもなく、既に分かっていた。


 黒咲さんが、答えにくそうにしていた時点で、それ以上聞かなければよかったのだ。


 分かっていた。


 だけど、どうだろう。


 今はこうして分かっているけど、数十秒前の自分は、どうだろうか。


 今までの黒咲さんの様子から、そんな答えが予想できただろうか、と思った。


 あの流れで、聞かないという選択肢が私にあっただろうか、とも思った。


 思って、どうしようもなかったのでは、という答えに思い至った私は、少しだけ、言い訳がしたい気分になった。


 以下、言い訳。


(金髪で美人で生徒会長の経験があって偶然見かけた私を追って喫茶店に入り相席を申し込みその上告白までしてくるような行動力とコミュ力の持ち主の黒咲遥さんにまさか友達が一人も居ないなんてそんなの予想できるわけがないでしょというか友達一人も居ないのにどうやって生徒会長になったのこの人)


 言い訳終了。


 黒咲さんが先ほど、言いたくなさそうな雰囲気をそこはかとなく(かも)し出していたことには今でこそ気がついているが、しかし、言ってしまったことはどうしようもない。


 友人がいないこと自体が悪いかどうかはともかく、そのことを言わせてしまったのは私だ。もし仮に黒咲さんが、自分に友人がいないことを苦痛に思っていなくても、それを他人に言うという行為にまで、苦痛を感じないというわけではないだろう。それとこれとは別問題だ。


 さっきの失言は私の偏見が原因であり、私の方に十割ほどの非があるのは覆しようのない事実なのだ。


 結局、フォローの言葉のひとつも思い浮かばなかった私は、気まずい空気の中、謝罪の言葉を口にした。


「その、嫌なことを聞いてしまったみたいで、すいません」


「あ、ううん。優希さんは何も悪くないのよ」


「ですが……」


「ただ、私は、恥ずかしかっただけだから。だから優希さんは、あまり気にしないで」


 と黒咲さんは言ってくれたが、その言葉を額面通りの意味だとは、流石に思わない。


 思わないが、しかしこれ以上この話を続けるのがダメだと言うことくらい、私にでも理解できた。


 そういうことで、話をずらすために何かいい話題はないだろうかと思案するも、こういう時に限って出てこないというのが世の常なのだろう。


 いい話題は浮かばず、気まずい静寂は続く。


 いや、話題はあるにはあるのだ。しかし、いまこの状況で話すようなことではなかった。出来れば、今日のうちには話しておきたいことなのだけれど。


 というか、今日はその話をするために来たと言っても、過言では無いのだけれど。


 そんなことを、考えていた時だった。


「優希さんは……」


「はい?」


「優希さんは、友達といるとき、どう思うのかしら。その、どんな気分というか……楽しいのかしら?それとも……」


 いつもの微笑ではなく、先ほどまでの暗いものでもなく、いつになく真剣な、そんな表情で、黒咲さんは聞いてきた。


 何か重要な意味を含む質問なんだろうかと、そう思わせるような表情だった。


 話の流れ的にも、黒咲さんには交友関係の悩みがあるのかもしれない。


 交友関係。人付き合い。コミュニケーション。人間関係。


 だからと言うわけではないが、さっきの挽回の意味も含めて、私は少し本音を話すことにした。


 別に今までが本音じゃなかったわけではないけれど。言うなれば、より深い部分の私の気持ち、みたいな。


「そうですね……。勿論楽しいですが、それ以上に、落ち着きます」


「落ち着く?」


「はい。世間一般で言うところの、親友、と言うものなんでしょうか。友人があの三人しかいない私には、普通の友人と親友の区別がよく分かっていないんですけれど、他人やクラスメイトと違って、気を遣う必要が無い相手なんです。だから、友人たちといると、落ち着きます」


「そう。……仲がいいのね」


 黒咲さんは、微笑ましそうにそう言った。暖かい視線を当てられて、なんだか気恥ずかしくなる。


 普段言わないようなことを言ったことで感じていた恥ずかしさと相まって、余計に顔が熱くなった。


 まだ冷たいレモンティーを、一口。うん、やっぱり美味しい。


 私の心情はともかく、場の雰囲気は、少し和んだように思う。


 ここらで、言うべきだろうか。


 今日の、私の中での、本題。


 今一番話し合いたいこと。


 この二週間、特に先週末からの一週間、私が自問自答を繰り返し悩み考えてきたこと。


 私と黒咲さんのこと。


 しかし、いざ言おうとすると、途端に緊張がやってきた。コミュ障が原因では無い。普通に、話す内容が原因で、緊張しているのだ。


 落ち着く為に、一呼吸置く。


 念の為、もう一呼吸。


(よし、言える)


 そう思って、私は、口を開いた。


「黒咲さん。大切な話があるのですが、聞いて貰えますか」


「大切な話?」


「はい。私と黒咲さんの関係についてです」


「……」


「初めて会ったときに告白されましたし、その後にも何度か言われたので分かりきっていることなんですが、黒咲さんは私のことが、その、好きなんですよね」


「そ、そうね」


「でも、黒咲さんはこの前、恋人じゃなくてもいいって、そう言いましたよね」


「…うん。言ったわね」


「実は私、最初は告白を断ろうと思っていたので、その時は安心したんです」


「……」


 あ、がっかりしてる。


 黒咲さん、すごいがっかりしてる。


 その落胆ぶりと言ったら、一周して見事と言えるくらいの分かりやすさだった。


 しかし話はまだ途中。こんな中途半端なところで途切れさせるわけにはいかないので、申し訳なく思いつつも、私は話を続けた。


「安心したんですけど、でも後になって、黒咲さんの気持ちを(ないがし)ろにしているんじゃないかと思いました。だって、黒咲さんは告白を取り下げたのにも関わらず、私は、そんな黒咲さんの気持ちも考えずに、黒咲さんと仲良くなろうとしていたわけですから」


「……」


 黒咲さんは、一度俯けた顔を上げて、真剣に、私の話に耳を傾けてくれていた。


「後になって、と言いましたが、それは先週末に友人達が来た時でした。その時に、気付きました。あるいは、予感したとも言えます。もしこのまま、順調に黒咲さんと親しくなっていったら、多分私は、黒咲さんのことを友人として見るようになっていくんだろうなって。

 まあ、女同士ですからね。それが一般的な流れだとは思いますけど」


「……」


「私としては黒咲さんと親しい友人になれたら、それだけで十分なんですけど、でも、黒咲さんは違うじゃないですか。

 あれほど好きだと言われて、その上私からも仲良くなりたいと言っておきながら、黒咲さんの気持ちを無視するのは、蔑ろにするのはダメだと、そう思いました」


「……」


「それでこの一週間、黒咲さんとの関係について、自分なりに考えてみたんです。……それで、えっと、長々と喋ってしまいましたが、つまり何が言いたいかというとですね……」


 最後の最後で少し言葉に詰まってしまったが、しかし結論が結論なだけに、それも仕方なかったと思う。


 私が()()()考えた末の、結論。


 それは───


「黒咲さん、私と付き合ってみませんか」


 少々間を空けてから、黒咲さんは答えた。


「はい、付き合います……!」


 ─── それは、見ようによっては、三週間前の告白の返事に見えたかもしれない。


 ともかく、こうして、私と黒咲さんのお付き合いは、始まったのだった。

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