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百合の話(仮題)  作者: ねこのぬいぐるみ
13/64

13話

 ○湊優希


「はい、付き合います……!」


 と。


 その答えを聞けて思わず安堵のため息が漏れた。


 一気に緊張が解けていくのが分かる。


 一方、予想通りの返答をしてくれた黒咲さんの様子はと見てみれば、しかしそこに浮かんでいた表情は、おおよそ私が想定していたようなにこにこの笑顔ではなかった。


 どんな表情かと言えば、敢えて言うなら呆けた顔と言った感じだが、しかし、決してその言葉から連想されるような間抜けな表情ではなく、何というか、普段の美人ぶりを裏切らないままに、どこか呆然としている雰囲気のある表情だった。


 無表情とも呼べるかもしれないが、黒咲さんの表情に全く感情がないかと言うとそうではなかったので、無表情は却下だった。


 あるいは、放心状態に近いのかもしれない。


 放心しながら感動していると考えれば、普段よりわずかに見開いた目にも説明がつく。


 ……もしかしたら、黒咲さんの表情を読み取る才能が開花してきたのかもしれない。


 それにしても、この前あれほど号泣していた黒咲さんのことだから、またそうなるかもと思ってハンカチを余分に用意してきたのだけれど、その必要は無かったらしい。


 徒労に終わってしまった。


 いや別に、泣いてほしかったわけではないから、構わないのだけど。


 でもまあ、黒咲さんのことを大人なお姉さん風に認識している私としては、泣いていたときの黒咲さんに萌え要素を感じていたので、うん、正直、結構残念だった。


 だけどこうして恋人になったわけだから、その機会はまたあるだろう。


(…………恋人、かぁ)


 私の中でそういう結論が出た時点で、こうして付き合うことになるのは、客観的に見れば確定事項だったのだろうけど、その結論が出るまでが非常に長かった。


 ここに至るまでの経緯を軽く思い返してみる。


 最初、告白されたときは、付き合うなんて考えもしなかった。


 決定的だったのは、やはり二回目に黒咲さんに会ったときだと思う。


 その日の冒頭で心の内を暴露しあったことと、そして、会話が楽しかったこと。


 それからその日のことを思い返して、さっき黒咲さんにも言ったように、私が黒咲さんの気持ちを何も考えていなかったことに気がついて、最終的に、じゃあ付き合えばいいんじゃないかと言う結論に至ったのだ。


 その結論に至った頃にはすでに、黒咲さんの告白を断わる理由がほとんど無くなっていたことも大きかったと思う。断る理由がないのなら、付き合ってみて、それから黒咲さんのことを好きになっていけばいいと思うし(そうでもしないと、私が黒咲さんに恋愛感情を抱くことはないと思う)、それでも私の好意が恋人未満の範疇を抜け出せないのなら、その時はその時だと思う。


 告白されてから三週間。


 約二週間の長考。


 その中で、色々と分かったこともあった。


 例えば、私は意外と女同士でも大丈夫らしい、とか。(もしかしたら黒咲さんが特別なだけかもしれないが、それならそれで何も問題は無かった。)


 当然だけど、黒咲さんと恋人になる以上、そこは避けて通れない道だった。私が完全に異性愛者で、純度百パーセントのノンケだった場合、その段階で付き合うという選択肢は無くなっていただろう。


 そんな感じで、今まで知らなかった自分自身のことについて、多少なりとも知ることが出来た。


 さて、今までの振り返りも済んだことだし、そろそろ黒咲さんを元に戻さないと。


 その黒咲さんは、さっき「はい、付き合います……!」と言ってから微動だにしていなかった。


「黒咲さん………黒咲さん?」


「……」


 返事はない。


「黒咲さん、アイスコーヒーが冷めちゃいますよ」


「……」


 ツッコミもない。


「……遥」


「……」


 試しに名前で呼んでみたけど、そこだけ都合よく聞き取るようなアニメキャラみたいな耳は持っていないみたいだった。


 というか、私の方が恥ずかしい。


 もし今のを聞かれていたらと思うと、さらに恥ずかしくなってきた。


 自爆だった。


 仕方ない。


 かくなる上は、物理攻撃だ。


 えい。


 と、手を伸ばした、その時だった。


「あ、優希さん……えっと……?」


 黒咲さんが元に戻った。


 そして私の右手人差し指の先端は、黒咲さんの左頬に触れるか触れないかの瀬戸際だった。


 さっと、即座に、しかし慌てているようには見せず、あくまでも極々自然な感じで、私は右手を定位置に戻した。


「黒咲さん、大丈夫でしたか?なんだか、心ここに在らずと言った様子でしたが」


「ん?ああ……ええ、もう大丈夫よ」


 黒咲さんは、何も聞かないことにしたらしい。


 助かった。


「ところで優希さん」


「はい」


「名前」


「はい?」


「さっき呼んでくれたでしょう」


「……」


「遥って」


「……っ!?」


 聞かれてた!?


 心ここに在らずじゃなかったの!?


「これからも名前で呼んでくれる?」


「は、はい」


 あ、しまった。


 思わず了承してしまった。


 私はこれから黒咲さんのことを「遥」と呼ばないといけなくなってしまった。


 いや、別にいいんだけど。いいはずなんだけど。


 でも何故だろう。


 ただ呼び名が名前に変わっただけなのに、気恥ずかしさがある。


「あと、アイスコーヒーは冷たい飲み物だから、冷えても大丈夫よ」


 全部聞かれてた!?


 こんなことなら、もっとマシな事を言っておけばよかった。


 羞恥心ここに極まれり。


 全然助かっていなかった。


「ところで優希さん。私も聞きたいことがあるのだけど、いいかしら」


「……はい。なんですか?」


 話題が変わった。


 今度こそ助かったと思っていいのだろうか。


「優希さんは、私のこと、す、好きなのかしら……?」


 ………凄い、直球で聞かれた。


「それは、つまり、恋人として、ということですか?」


「ええ」


 なるほど。


 …………。


「……今はまだ、です」


「今は、まだ…………そう。分かったわ。ありがとう、優希さん。優希さんに好きになって貰えるように、頑張るわ」


 何を言ってるんだろうか、この人は。


 それじゃあまるで、私が黒咲さんのことを好きになりたいと言ってるみたいでは無いか。


 なんて、自分の中で取り繕っても仕方ないので白状すればその通りなのだけど、わざわざそれを口に出して言わないで欲しい。


 さっきから恥ずかしい思いをしてばっかりだ。


 顔が熱い。


 それにしても、最後に言っていた「頑張る」とは何をどう頑張るのだろうか。


 聞き返さなかったけど、恋愛初心者の私にも優しい内容であって欲しいと願うばかりだ。


「差し当っては、優希さんの住まいを教えて欲しいのだけど」


「…………」


 何をどう頑張るのか、聞いたほうがいいかもしれない。


「あ、実家の方は知ってるから、今一人暮らししている方だけで大丈夫よ」


「………………………」


 ちなみに、実家の場所を黒咲さんに教えた覚えはない。


 そして、私が一人で暮らしていることを知りながら、その住所を知って、一体この人は何をどう頑張ろうとしているのだろうか。


 聞かないという選択肢はなかった。


「黒咲さん、その前に。頑張るって、具体的に何をどう頑張るつもりなんですか」


「えっ………そ、それは、今言わないとダメかしら?」


 なんで頬を赤らめたの!?


 そして、今言えないようなことをするつもりなの!?


「今、言えないんですか……?」


 やばい、恐ろしさのあまり緊張してきた。


「えっと、まず、一通り恋人らしいことはしてみたいわ。その、この間みたいに手を繋いでみたり、ね。あと、それから、その…………優希さんと一緒に、お風呂に入ってみたい、です」


「……お風呂、ですか?」


 口元に軽く握った手を当てて、伏し目がちになりながら答えた黒咲さん。


 しかし返ってきた答えは、その挙動とは裏腹に、割と普通の要求だった。


「それなら、別に構いませんけど……」


 この前も、なっちゃんと一緒に入ったばかりだし。


「え……いま、なんて……?」


「ですから、お風呂なら、いいですよ」


「いいの……?一緒に、よ……?」


(あれ?)


 私、そんなにおかしいこと言ってるだろうか。


 確かになっちゃんも言っていた通り、この年にもなって二人きりでお風呂に入るというのは恥ずかしいのかもしれない。


 しかし私はその辺の感覚が麻痺しているのか、その抵抗感がよく分からなかった。


「優希さん、その、忘れているかもしれないから言っておくと、私の好きって言うのは、所謂、性的に好きって事で、つまり……」


「あ、わ、分かりました。今分かりましたから!それ以上は大丈夫です」


 性的に、というワードでようやく理解した。


 そうか。


 そうだった。


 恋人だから、というか、黒咲さんは私がそういう意味で好きなのだから、それは至極当然のことだ。


 忘れてた、というわけではないが、私はまだ黒咲さんのそういう気持ちを理解しきれていないみたいだった。


 でもそうなると、お風呂はまだやめておいた方がいいのだろうか。


 うーん。


「ふふっ」


「黒咲さん?」


「あ、優希さん。呼び方、違うわよ」


 ……目敏(めざと)い。


 ここまで、なるべく名前を呼ばないようにしてたのに。


「は、遥さん」


「……も、もう一回」


「……」


 まあ、定番と言えば、定番のやりとりだけど。


「遥さん」


「ふふふっ。………うん、ありがとう、優希さん。照れてる優希さんも、とても可愛かったわ」


 ん?


 名前を呼ばれるのが嬉しかったのでは?


 それではまるで、私の照れている反応を見ていたみたいじゃないか。


 ………………。


 うわー。


 まじかー。


 恥ずかしすぎるー。


 いやほんとに。


 可愛いとか、面と向かって言わないでほしい。


 なんて反応すればいいか分からなくなる。


「それで、えと、なんの話でしたっけ」


「優希さんの住所の話と、あと、お風呂の話ね」


「ああ、そうでしたね……」


 なんか、黒咲さん、心做しか生き生きしてる。


 にこにこだった。


 お風呂は置いといて、まずは私の住所の話だ。


 どうせ教えるなら、この後家に黒咲さんを招くのもいいかもしれない。その方が覚えやすいだろう。


 流石にいきなり何か起きるようなことは無いだろうし。


 と、黒咲さんのために、一応ここでフラグを立てておく。一種のサービスだ。


「それじゃあ黒咲さん、この後行ってみますか?私の家」


「えっ……!?い、いいのかしら……?」


「今日は行くだけですよ。それ以外の期待はしないで下さいね」


「え、ええ……大丈夫よ」


 ということで、黒咲さんと私の家に行くことが決定した。

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