公開処刑
三六度二分。
朝起きたら熱はすっかり元通りになっていた。
それだけではない。
目覚まし時計が鳴る五分前に目が覚めたし、小鳥のさえずりやまばゆい朝日もやけに爽やかに感じた。
あまりにもらしくない、首藤ミユキが一度も迎えたことのない朝。
これもハカリコとそのマフラーの効果だろうか。
玄関、姿見の前でマフラーを整える。
そのままの流れで前髪に手を伸ばし、少しばかりの逡巡のあとに引っ込めた。
(いくら志賀路さんが可愛いって言っても、流石にこれは無理だよね)
さて、あとは出かけるだけだ。
「あ、おはよう、首藤さん」
そういうわけで玄関を開けたら、何故か外にハカリコがいた。
「お、おはよう」
ニコニコと手を振るハカリコにぎこちなく手を振り返すが、状況を未だに把握できていない。
「えっと、なんでいるの志賀路さん」
「え、迷惑だった?」
「そんなことないけど、ていうかむしろうれしいけど」
「じゃあいいじゃん」
「でも、志賀路さんの家ってうちと逆方向だよね?」
ハカリコは電車通学。わざわざ一度学校を通り過ぎて家までやってきたということだ。
「そうだよ? たまたま早く目が覚めちゃってね。首藤さんも心配だったし。でも元気そうで良かったよ」
「うん、もう平熱だよ。プリン美味しかった」
良かった、あくまで自分はついでだったようだ。
「よかったよかった。でもマフラーはもうちょっとキツめに締めないと駄目だよ」
ハカリコが背伸びして、ミユキのマフラーを締める。
ふわりと、昨日マフラーから香ったのと同じ匂いがした。
「ぐげっ、キツい」
「キツいよ。こうでもしないと取れるからね。取れたらどうなるかは知ってるでしょ?」
「大変だね、デュラハン」
「そうそう、大変なんだよ。暑いし。人前で断面出したら怒られるし。便利な便利な飛頭蛮はこの機会にデュラハンの苦しみを少しばかり知っておくといい」
「……たしか、デュラハンの中で進化したのが飛頭蛮なんだっけ」
「らしいね。私のご先祖様ももうちょっと頑張ってほしかったよ」
なんてことを話してるうちに、ミユキは気づいた。
「……おそろいだね、マフラー」
「わ、本当だ」
そう、ふたりのマフラーは同じ黒と赤のチェックであった。
「ごめん気づかなかったよ。あははは、なんかカップルみたいだね」
「かっ、カップルて」
「手つなぐ?」
「おおおおお、お断りします!」
手を伸ばしてくるハカリコに、思わず上ずった声でいった。
「えー、そんなに嫌がることないじゃん。そういえばさ、双子コーデってやつがあるよね。仲のいい友達同士で同じ格好をするの。そう思うと悪くないかも。ね?」
ああ、どうしてこの人は病み上がりにここまで容赦ないのだろうか。
「……顔赤いけど本当に熱下がったの? 大丈夫?」
「う、うんっ! 大丈夫! 超元気!」
ガッツポーズ、全く似合わない。
「本当? 無理してるなら休んだほうが……」
「してないしてない! ほら、行こう! 早くしないと遅れちゃうよ!」
なんて誤魔化して、ミユキは歩き出した。
「でも本当に良かったよ、首藤さんが元気で」
ハカリコもまた隣に並んできて、そんなことをしみじみと言う。
「昨日の熱、私のせいだもん。私が首藤さんの首を飛ばさなければ、こうならなかった。言ってなかったよね。……ごめんね」
「き、気にしなくていいよ。一昨日言ってたじゃん、過ぎたことは気にしないって」
「あは、そうだね」
『それに、熱のおかげで志賀路さんのマフラーが手に入ったし、何よりこうやって一緒に登校できてるじゃん。だから結果オーライだよ』
とかなんとかいいたかったが、実際のミユキはただうなずくだけだった。
(……こんなこと、言えるわけ無いじゃん)
想像しただけでも恥ずかしさで死にたくなる。
けれども、こんな恥ずかしさで死ねるなら、それもまた本望かもしれない。
「おや、おはよう」
そんなふたりに、後ろから声がかかる。
「あ、霧島先生。おはようございます」
「おはようございます」
見やればスクーターを押した白衣の単眼――霧島がこちらを生暖かい目で見ていた。
「朝から仲良しだね。おそろいだ」
「……っ、これは」
「ええ、私たち仲良しなんですよ」
顔を赤く染めうつむくミユキとは裏腹に、ハカリコはいたずらっぽい笑顔で返した。
「いいことだね。私も首藤ちゃんに友達が出来てうれしいよ」
「……余計なお世話ですよ。ていうか、先生なのにこんな時間に通勤途中って大丈夫なんですか」
「おっと、それもそうだね。なにはともあれ、仲良きことは美しきかな。学生時代にちゃんと友達を作っておかないと私みたいになるからね。……それじゃあ、なるべく私に会わないように日々を健康に過ごしたまえよ!」
そう言い残して、霧島はスクーターを加速させ車道に消えていった。
……そうだ、私たちは仲良しさんなのだ。
きっとこんなに楽しい朝は、今までの人生で初めてだろう。
だからミユキは気づかなかった。
学校一の超絶美少女が、やたら背が高くて目つきの悪い女とペアルックで登校しているという異常性に。
そしてそれに向けられる、いろいろな感情がこもった視線に。
女子には連れションという文化がある。
何も一緒にトイレをするわけではなく、手洗い場で井戸端会議的なものをする、女子の文化のひとつだ。
無論のところ、ミユキは今までの人生でそんなものをしたことは一度もない。
トイレの扉越しに楽しそうな声を聞いて、己の孤独を否が応でも実感してきただけだ。
生理現象でもなければこんなところに行くはずもなく、だったらまだ机に突っ伏して寝てるふりでもしてるほうがマシである。ここでは男子がいない分、教室以上に彼女たちの枷が外れる。……くそ、あいつら本当に楽しそうなのだ。
そうだ、孤独が本当に恐ろしいのは、周りの人間が孤独ではないときである。
みんなが死んだ目をしてスマホをいじっている駅前は、いくら人がいようとも孤独の詰め合わせだから辛くなどない。
しかし休日のフードコートで家族連れやカップルが楽しげにしてる中、自分だけひとりだったらどんな気持ちだ?
学校とはすなわち、それを毎日味わわせる施設である。
そう、本当に怖いのは、孤独ではなく孤独が寂しいことだと世界が語りかけてくることなのだから。
(……って、そうじゃない、そうじゃない)
孤独の話をすると、ついミユキの脳内は勝手に持論を述べていく。
話を戻そう。
すなわち、ミユキの目的は孤独からの脱却。
ミユキは今ここに、連れションを行うことにしていた。
誘う相手はもちろんハカリコ、それ以外いるものか。
一緒に登下校、なら次は連れションだ。
「……すー、はー」
三限目の休み時間、ミユキは一度深呼吸をして立ち上がる。
そしてそのままハカリコの席へ向かおうとして――
「……ッ」
そのまま横を通り過ぎていった。
「なにそれ、私が休んでたときそんなことあったの?」
「うんうん、あれが傑作でさ~」
「あはははははは~」
だって仕方ないじゃないか、ハカリコは他の知らない人たちと話をしていたんだから。
ここで割って入れるなら、ミユキのぼっち人生はとっくの昔に終焉を迎えている。
とはいっても、そのまま席に戻るのはなんとなく嫌だ。
え、この人話しかけようとしたのに諦めたの? とか思われたくない。
そんな気持ちのままに、ミユキは予定通りトイレへ向かった。
用事などないくせに、たったひとりで。
「……」
そういうわけで、ミユキはトイレの個室でスマホをいじっていた。
まったくもって無意味な行動。
自分でもそう思う。
友達ができて少しは自分が変わったような気がしたが、三つ子の魂百まで。
いくら友達が出来たところでぼっちはぼっち。
変わらないし、変えられない。
自意識過剰であり、それでいてコミュ障なのだ。
「でさ~」
適当に水を無駄遣いして教室に戻るかなんて考えていると、楽しげに談笑するふたり組の声が扉越しに聞こえた。
ああ、これこそが連れションだ。
これが来るといなくなるまで出られない。出たら変な雰囲気になりそうで怖い。
楽しそうな声を聞いてると辛くなるから、いつものように耳を塞ごうとする。けれども、
「今朝見た? 志賀路さんと……ええっと、首藤さんだっけ? あの目付きの悪い、でかい人」
そんな話題を繰り出してくるものだから、ミユキはすっかり固まってしまった。
脳内で警告音が甲高く鳴り響いている。
聞くな、絶対に聞くな。耳をふさげ。
しかし、体は動かない。
「あー見た見た。なぜかお揃いのマフラーつけてたよね。昨日もなんか一緒に飛んできてたし、あのふたり仲いいの?」
「さあ。まあそれは正直どうでもいいんだけどさ」
「どうでもいいんかい」
「そうじゃなくて、志賀路さんすっごい美人ていうか美少女じゃん? だからさ、あの目付きの悪い人が同じ格好で横歩いてると……」
そこまで言って、女子Aは吹き出した。
「ひどいなおい」
「だっておかしいんだもん。……ふふふ、思い出したら笑えてきた」
「まあ確かに、不釣り合いな感じあるよね。でも志賀路さんもひどいよね。あんな公開処刑しちゃってさ」
「公開処刑て。そっちのほうがひどいよ」
「……」
ふたりは笑いあった。
ミユキは真顔だった。
涙は溢れてこない。
うれしくて泣くのは、それに耐性がないから。
悲しくても泣かないのは、それに耐性があるからだ。
そんなふうに自己暗示して、自分は平気だと虚勢を張る。
そうしないと耐えられないから。
「……」
虚勢を張って、個室の扉を勢いよく開けた。
自分は平気だと主張するために。
「「……ひっ」」
こちらに目をやって気まずそうにするふたりを一瞥もせずに、ミユキはトイレを出た。
そしてそのまま、向かうのは教室ではなく保健室。
「おや、どうしたんだい」
「……熱がぶり返した、ってことにして」
霧島の返事を待つこともなく、そのままベッドに寝転がる。
毛布を目深に被り、外界と己を隔絶させる。
その瞬間、虚勢はすべてどこかへ溶けてしまった。
(……ああ、どうして私はこんなに目付きが悪くてデカくて暗いんだろう)
目付きが悪いのもデカイのも暗いのも、今更指摘されてどうというわけではない。
ただ、そのせいでハカリコまでが悪く見られているという事実が、あまりにも重い。
(どうして私は志賀路さんに相応しくないんだろう。……ていうか、なんでそれにすぐ気づかなかったんだろう)
そうだ、本来ならばすぐさま気づくべき懸念であった。
超絶美少女とペアルック。
そんなことをすれば、自分が馬鹿にされるだけではなく、ハカリコもまたこちらを引き立て役にしているかのように見えるのは当然ではないか。
……きっと、幸せで頭が麻痺していたんだろう。
(私も志賀路さんと同じくらい美少女だったら、みんなもあんな事言わないんだろうな。……あはははは、ありえないな。私が美少女なんて)
同時に思うのは、自分のメンタルの弱さ。
陰口を叩かれるくらい、普通に生きていればいくらでもあるだろう。
けれどもミユキは人間関係をシャットアウトしていたから、周りの人間に関心を抱かずに生きてきたから、それだけのことがとてもつらかった。
適当に生きてきたツケが、今の今来ている、それだけの話。
「なんか嫌なことでもあったのかい」
「……ない、超幸せ」
どこかに消え去っていたはずの虚勢が、霧島に話しかけられて再び現れる。
風が吹いたら残さず粉々になってしまいそうな、脆い虚勢だったが。
「あっそ。私は精神科医じゃないから人生相談は出来ないけど、保健医としてこれだけは言っておこう。寝ると気分がリセットされるよ。うれしくても悲しくても、起きたときにはまっさらだ。所詮私たちの喜怒哀楽なんて全部頭のせいなんだからね。いくら悲しくても、頭が生み出した幻だ。たとえ単眼でも飛頭蛮でも」
「……わかりました」
ミユキは霧島の助言に従って目をつむると、あっという間に眠気が襲いかかってきた。
きっと、今の今まで幸せで気づかなかった疲労が一気に溢れ出してきたのだろう。
(起きたら、志賀路さんに相応しい美少女になってますように)
「……」
目が覚めても、美少女にはなってなかった。
当たり前である。
寝起きの緩慢な動作でスマホを見つめると、やはりそこには三白眼。
人を威圧する、死んだ魚のような瞳がこちらを睨みつけている。
時刻は午後六時を過ぎて、窓からは眩しいばかりの夕焼けが差し込んでいた。
「……眩しい」
そんなふうにつぶやいても、誰もカーテンを閉めてくれたりはしない。
心のどこかで期待していた。
昨日みたいにハカリコが自分を心配して待っていてはくれないかと。
そのまま、こちらが何を言わなくとも優しく慰めてくれるのではないかと。
だが現実には保健室は一切の無人であり、部活の喧騒が遠くから響くだけ。
……何を期待しているんだ。
今朝や昨日のようなことは、偶然の奇跡に過ぎない。
自分のような目付きが悪くてデカくて、そして何よりも暗い人間が何もせずに幸せになれるはずがなかろう。
そもそもハカリコにとってミユキなどたくさんいる有象無象の友人のひとりに過ぎないのだから、いつまでも構ってもらえるはずがない。
きっと今頃、ミユキよりずっと可愛くて、ミユキよりずっと明るくて、ミユキよりずっと話し上手な友達と遊んでいるに違いないのだ。
自分が惨めに保健室でふて寝している間にも。
「……ていうか、全然気持ち晴れてないじゃん」
あの保健医め、適当なことを抜かしやがってからに。
何が寝たら気分がリセットされるだ。
むしろさっきより鬱々としているくらいだぞ。
それとも、一七年の人生でネガティブな思考が染み込んだ脳みそは、たかが睡眠ごときではリセットできないというのだろうか。
「……脳みそも美少女になりたい」
我ながら意味不明なつぶやきであったが、そういうことだ。
きっと美少女は脳みそからして出来が違うのだろう。
回転が早いとか勉強ができるとかそういうんじゃなくて、もっと正しく人生を歩むための神秘が詰め込まれているに違いないのだ。
なんてことを考えながら、ベッドから這い出る。
保健室をあとにしようと扉に手をかけて、そこで立ち止まった。
「……」
首元の、未だにきつく締まったマフラーに手をやる。
『でも志賀路さんもひどいよね。あんな公開処刑しちゃってさ』
数秒の逡巡のあと、ハカリコからもらったそれを外す。
一瞬香った匂いは、もう昨日のそれではなかった。
(……ああ、私もこれが相応しい美少女だったらなあ。そしたら、堂々と志賀路さんの隣を歩けるのに)
心無い外界へ向かう準備を整え、ミユキは扉を開けた。
「お、帰ったのか首藤ちゃん。……って、うわあ」
保健室、まだ温かいベッドを見て、霧島は妙に嫌な予感を覚えた。
ミユキはあれで几帳面で、ベッドをきれいに整えてから保健室を出ていく。
だというのに、今回はベッドがぐちゃぐちゃだ。
「……寝ただけじゃ、どうにもならないかあ」
睡眠で気分が晴れようとも、目覚めてすぐに嫌なことを思い出してしまえば全ては無意味になる。そしてミユキは、そういったことの達人だ。
自分の学生時代にあまりにそっくりだから、否が応でもわかるのだ。
だから放っておけない。
しかしてミユキだけ見ていられるほど社会人は暇ではない。
「たぶん、落ち込んでたの志賀路ちゃん関連だよね」
自分のような不器用で友達がいない人間には何もアドバイスなど出来ない。
だから何も言わずに迎え入れただけだったが、もう少しやりようがあったのではないか。
しかしそれはそれでうざかったと、過去の自分が言っているのも事実。
けれどもそこで手を差し伸べてもらえれば、なにかが変わっていたのかもしれない。
年頃の女子というのは、一体どう扱えばいいのだろうか。
少し年齢が離れただけで、まるで別の生き物に感じる。
彼女たちが何を考え、どう行動するのか、全く予想がつかない。
「……なにはともあれ、マフラー外してたりしなきゃいいけど。流石にそこまで馬鹿じゃない、よね?」
霧島のつぶやきは、薄暗い保健室にただ吸い込まれていった。
《――ああもう、なんで私はいつもこうなのよっ!》
以前も言ったが、ミユキたちの学校は急な坂の上にある。
そんな場所を、首が取れる女子高生がマフラーも何もせずに下ればどうなるか。
答えは明瞭極まりない。
《ちょっと考えればわかるでしょうに!》
ミユキの首は坂道をコロコロと転がっていた。
マフラーが嫌ならば、包帯でもガムテでも何でも代わりに使えばよかったものを。
心無い外界と戦う準備はしていたが、物理現象と戦う用意は皆無であったのだ。
《待って、待って、待ってってば!》
いつぞやの夢と同じだ。
転がる頭をひたすらに追いかける夢。
伏線は冒頭にあったのだ。
「止まんないっ、痛いっ、怖いっ、死ぬっ!」
しかし、夢とは違い痛みがある。
硬いアスファルトで舗装された道は、あまりにも容赦ない。
目まぐるしく風景が回転していく。サッカーボールはこんな気分なんだろうか――そんな事を考えている余裕さえない。
ただひたすらに、ミユキの胴体は己の首を追いかけた。
胴体が追いかけるぶん、首が転がっていく。
依然として彼我(我我?)の距離は縮まず、それどころか離れていく。
いつもならば、飛べばそれで全てが解決するはずの状況。
しかし小さな翼はうんともすんとも言わず。
顔も悪ければ、首の接合も悪い、ろくでなしの頭がゴロゴロと転がっていく。
(ああもう、私なんて飛べなきゃなんの意味もないのにっ)
『けっこう楽しかったから、空中飛行』
『あははははははははっ、だって楽しいんだもん! 首藤ちゃんは楽しくないの!? 学校サボって! 魔界に来て! ドラゴンに首ふたつで追いかけられてるんだよっ!』
ミユキを救ったはずの言葉が、いまミユキを責め立てている。
もう嫌だ。
こんな頭、もう私はいらない。
飛べる美少女ヘッドがいい。
なんて考えている間にも頭は転がりに転がり続け、その先にあるのは車道――
《――じゃなくて森ッ!?》
穴が空いていた。
空間に穴が空いていた。
だいぶ見覚えのある景色。
あの路地裏で見た、異なる世界の入り口。
人ひとりをすっぽり包み込むような異界への入り口が、坂に沿うように。
しかし今度見たそれは、夜ではない。
薄闇を切り裂くように、陽光降り注ぐ、緑豊かな森が見える。
《って、待ちなさいっ!》
「私だって入りたくないわっ!」
そしてそのまま、ミユキの首は異界へ転がり、胴体もまたそれを追った。
「《……ッ!?》」
そうして入ってすぐ現れるのは、木々に佇む静謐な泉。
かすかに傾斜した地面に首を回転を止めることなく、
「《ちょっ》」
案の定泉に落ちた。
そして現れるのは、テンプレートのキラキラと輝く美しい女神。
どこまでも、夢の再現。
しかし、夢と違うことがひとつ。
「あなたが落としたのは、この『ふわふわさらさら金髪ロングヘア、肌もすべすべきめ細やか、そして何よりも翡翠の瞳が魅力的な、お人形さんめいて整った造形の美少女の首』ですか? それとも――」
女神の両手に掴まれているのは、
「この『全く癖のない黒髪ロングヘア、肌も深い雪みたいに白くて、誰をも癒やす優しげな瞳が魅力的な、お人形さんめいて整った造形の美少女の首』ですか?」
だからミユキは答えた。
「私が落としたのは『三白眼で目つきも悪けりゃ髪もくせっ毛で伸ばせなくて、挙句の果てに空も飛ぶことが出来ない、正直なところいいところがない首』です!」




