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首が取れる百合~デュラハンちゃんと飛頭蛮ちゃんと~《完結》  作者: いかずち木の実
失われた体を求めて/体の奇妙な冒険
5/17

私(首無しの場合)はどうやら魅力的らしい

「さあ、召し上がってください。メトロの自慢の料理です」

 天窓から満月の光が差し込む、広いダイニングルーム。

 やたら長いダイニングテーブル。

 お金持ちのお屋敷のイメージ通りのそれに、高そうな赤いドレスに身を包んだ首無し胴体――ミユキは座っていた。

 やたら長いのだが、実際は長辺の真ん中しか使っていない。よく言えば贅沢、悪く言えば空疎だ。

 目の前には、魔界の謎料理。

 とはいってもぱっと見は寿司なのだが。

 マグロとか甘エビとか玉子とかカリフォルニアロールとか。

(いやでも、ここ森の中だし、だいたい魔界だし、実際は何使ってるかわかったもんじゃないし。そもそも――)

《……あの、口がないので食べられないんですけど》

「す、すまない、気づかなかった」

 対面の席に座るアルクが、本気で今の今まで気づかなかったような声でいう。

(……大丈夫なんだろうか、この人)

「本当にすまない、君が美しすぎてろくに頭が回らないみたいだ。下げてくれ、メトロ」

(駄目そうだな)

 今朝の詐欺師とは別方向のヤバさ。

「は、今お下げします」

 そしてこれを命令のままに調理したメトロミミックもまたヤバい。

 ヤバいやつしかない。

 それとも魔界のスタンダードはこれなのだろうか。

《……あの、メトロミミックさん》

 寿司を回収しに来た妖精に小声で耳打ちする。

《この人、いろんな女性にこういうこと言ってるんですか》

 じゃなければ、こんなふざけた言い回しができるはずがない。

「聞こえてるよ、ミユキさん」

 耳ざとく、アルクがニコリと爽やかに笑いながら言う。

「そして僕はそこまで不誠実なやつじゃないよ。こういうことを言うのはあなたが最初で最後だ。なあ、メトロ?」

「ええ。ご主人さまは夜な夜な花嫁探しと抜かし人間界でナンパに勤しんでいますが、ここまで気に入った例は初めてかと」

「聞こえが悪すぎるぞ、メトロ」

「ですが事実ですし、首藤様に隠し立てするのも宜しくないかと」

「……すまない、メトロの言ってることはすべて事実だ。だが、花嫁探しも今日で打ち切りだな」

 言いながら、おもむろに黒い小箱を懐から取り出す。

「君以上の女性は、きっと魔界と人間界どこを探してもいない。僕と結婚してくれ」

 ぱかりと開けると、中にはキラリと輝く宝石をたたえた指輪。

 大きな宝石。血のように真っ赤なそれ。とても高そうだ。

 しかしムードもクソもない。

 ムードという概念が全く理解できない自分でもわかる、これはおかしい。

 魔界に来てからおかしいことしかないのだが。

《……あの、さっきから気になってるんですけど、私のどこを気に入ったんですか》

 異様な雰囲気に気圧されて今まで言わなかった疑問を、あえて形にしてみる。

 この超絶イケメンは、いったい自分のどこを気に入ったというのだろう。

 この顔面と財力だ、いくらでも相手は見つかるだろうに。

「そうだな、全てだ」

《……》

 力強く断言され、絶句する。

 意味がわからない。

 魔界では美醜の価値観が逆転しているとでも言うのか。

 だからアルクはこの世界では超絶ブサイクで、己は超絶美人だとでも言うのか。

 んなわけないだろう、超絶ブサイクがこんな自信満々にプロポーズするものか。

 彼の態度には、クラスでのハカリコの自信満々さに通ずるものがある。

 すなわち、顔のいいもの特有の自信だ。

 ミユキには絶対にありえないもの。

「言葉にしてしまうと安っぽいかもしれないが、詳しく言うとこうだ。君の体は芸術品めいて均整が取れている。それこそマネキンや人形みたいにね。しかしてそこにあふれる生気がたまらなく魅力的だ」

《……顔も見てないのになんでそんなことが言えるんですか》

 そうだ、今頃慌てふためいているであろう頭部は癖っ毛で目付きがメチャクチャに悪いのだ。……そこまで言えないのは、なぜだろう。

「いいや、見なくてもわかるさ。それに、何より魅力的なのは見た目じゃない」

《じゃ、じゃあどこなんですか》

「その魂さ。そうやってずっと僕から目を背けている魂がたまらなく愛おしい」

《き、気づいていたんですか》

 当たり前だろう、同性でも顔面のいい相手の顔はちゃんと見れないのだ、異性が相手ならなおのことだ。

「ああ、僕たち吸血鬼は魂を見ることが出来るのでね」

 ニッコリと本当に愛おしげにアルクは言った。

「それにしても、それだけに美しいのに随分と自信がないように見える。どうやら人間界の連中はよほどに見る目がないようだ」

 言いながら、手を取られた。

 心臓がどきりと跳ねる。

 落ち着け、ただ顔がいいだけだ。

 自分はこの男のことをほとんど知らない。

 故に己に言い聞かせるように、ミユキは訊ねた。

《……あなたと結ばれるって、吸血鬼になるってことじゃないんですか》

 とある知人の言葉を思い出す。

『首藤ちゃん、知ってるかい? 昔々、吸血鬼は男女ともに美形揃いだったのに全然モテなかったんだって。それこそ、私の種族やキミみたいな首が取れる連中よりもね』

『それって変じゃないですか? 昔のこの世界はゲテモノ食いばっかりだったんですか?』

『ははは、それもあるかもね。でも、それだけじゃない。

 吸血鬼の生殖の方法は独特なんだ。彼らは自然発生を除けば、血を吸って新しい仲間を増やすんだよ。つまり、吸血鬼と結ばれるってことは吸血鬼になるってこと。二度とお日様のもとを歩けない覚悟が必要なんだ。そりゃモテないよ。まあ、代わりに寿命が長いから繁殖効率が悪くてもいいんだろうけどね』

 そうだ、吸血鬼と結ばれるということは、吸血鬼になることだ。

「ああ、そのとおりだよ。君が望まないなら無理強いしない――なんて綺麗事は言わない。僕は君の血を吸いたいし、君と悠久の時を生きたい。だから――」

 アルクはそう言って、改めて指輪をミユキに見せつけた。

 ……どうしようか。

『それにしても、それだけに美しいのに随分と自信がないように見える。どうやら人間界の連中はよほどに見る目がないようだ』

 元の世界に戻っても、何もいいことなんてない。

 ミユキの中に、明確に迷いが生まれつつあった。


「ママー、何あれー」

「こら、見ちゃ駄目っ」

 真夏めいた太陽が照りつける、駅前のアーケード街。

 頭が二つ、中空をゆらゆら彷徨っていた。

「見つかんないね」

「……ごめん」

 ミユキの独り言に、ハカリコがすまなそうに言う。

 ミユキたちが己の胴体を探し始め一時間近くが経つが、その姿は全く見当たらなかった。

 後ろ指を差されながらもミユキが再び飛び、ハカリコを抱えているのには理由があった。

『私たちデュラハンはね、飛べない代わりに魂を探知する能力がすごく高いんだよ。じゃないと、自分の頭を見つけられずに最悪死ぬからね。半径五百mなら遮蔽物とか関係なしに個人の魂を識別できる。こないだ計ったら魂視力二.〇もあったんだ』

『つまり、それを使って私の胴体を探すってこと?』

『うん。特に半欠けの魂は目立つから簡単に見つかると思う。首藤さんが協力してくれたらなおさらにね』

『協力……?』

 嫌な予感。

 すなわちそれは、ミユキがハカリコを抱えて空を飛び、街を俯瞰して見つけ出すというものであった。

『それ、もう一回飛びたいだけだったりして』

『そ、そんなわけないじゃん!』

 あのときはそんなやり取りが出来るくらいには、余裕もあった。

 ハカリコの魂の識別能力に飛行が加われば、あっという間だろうとミユキも思っていた。

 思っていたのだが。

『……あれ、おかしいな?』

 ここら一帯を何度も旋回しても、ミユキの胴体の魂の影をハカリコは欠片も掴むことができなかった。

 そして今は、休憩も兼ねてアーケード街を不審者よろしくゆらゆら彷徨っている、というわけである。

「……もしかして、本当に誘拐されたのかも」

「……いやいや、流石にないわよ」

 学校を出る前に交わした会話だが、そこに含まれる不穏さは、かつての比ではなかった。

 半径数キロを捜索してこれなのだ、ハカリコの魂視力とやらがしょうもないか、ミユキの胴体がどこか遠くへ連れ去られたか。

(もしくは電車で悠々自適にどこかへ行ったとか……流石にそんな馬鹿じゃないわよね、私の胴体)

 実際は異世界なのでもっとタチが悪いが。

「すいません、そこの首だけの人」

「……はい?」

「違います、そっちの下の方、金髪の人です」

 そんなふたりに、ひとりの中年男性が話しかけてきた。

「実は私、こういったものなんですが、少しお話いいでしょうか?」

 その手に握られているのは、一枚の名刺。

 そこには、ミユキ(頭部)でさえ知っている有名なファッション雑誌の編集者だという男の名前が書いてあった。

 無論、ミユキの胴体が勝手に詐欺師扱いしたあの中年である。

(すごいな、モデルのスカウトか。まあ、首だけでも志賀路さんは美少女だからな、これくらい普通にありえるか。私には全く縁のない世界だ)

 そう思うと、こうして一緒にいるのが改めて恥ずかしくなってくる。

 いくらなんでも釣り合いが取れなさすぎるだろう。

「すいません、今急いでるんで、そういうのは――」

 そこまで言って、何か閃いたようにハカリコは続けた。

「そういえば、ここらへんで首無しの女子高生を見ませんでしたか? この一、二時間で。すっごいスタイルのいい、背の高い子。向こうの高校の制服の子です」

「……ああ、それなら見たね。スカウトしようと思ったら男が割り込んできて途中で退散する羽目になったが。全く、こちとら仕事なのにナンパで邪魔されたらたまらないよ」

「ナンパて」

 いやまて、そもそもモデルのスカウトをされる時点でおかしいではないか。

 そう、きっと人違いだろう。

「で、そのナンパ男と首無しがどこかに行ったとか、そういうのはわかります?」

「わからないけど……ああ、あそこの喫茶店にいるね」

 そう言って、中年はすぐ近くの喫茶店、窓際の席の男を指差した。

 ……ひとりで座っている、なかなかのイケメンであった。

 やはり、人違いな気がする。


「は? ナンパした首無し女子高生?」

「はい、今は一緒にいないようですけど」

 人違いだというミユキの主張を無視して喫茶店に入ると、単刀直入にハカリコは訊ねた。

 それも不信感を欠片も隠さずに。

 いつも柔和な表情を崩さないハカリコにして、ひどく珍しく思えた。

「いやいや、ナンパじゃないよ。ただ、おっさんに絡まれてて迷惑そうにしてたから助けただけだよ。暇だったしね」

 苦笑を浮かべながら男は言う。

「それで、その後どうなったんですか?」

「なんか、内臓は売る気がないがどうのとか言いながら路地裏に逃げていったよ」

「……いやいや、この日本でナンパを臓器売買のブローカーだと思って逃げる人がどこにいるんですか」

「いやでも、本当なんだって。君は俺のことを怪しんでるみたいだけどさ、本当に怪しかったらこんな事言わないよ?」

「で、ですよねえ。臓器ブローカーて。いくら何でも突飛がすぎるよね」

「……悪かったわね、突飛で」

 ふたりの会話を聞きながら、ミユキは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

 ああ、突飛がすぎる。

 自分でもそう思うが、しかし自分がナンパされれば、臓器売買を疑う可能性はゼロではないだろう。

 というか、ありありと想像できた。

 いきなりモデルスカウトされたり優しくされて、狼狽えながらこれは詐欺だと断定する自分を。

 だって今も、全部ドッキリかなにかだと疑っているくらいなのだから。

 けれども、この反応で人違いの線は確実に消えたと言っていい。

「……志賀路さん、多分この人、嘘言ってない」


「ね、言ったでしょ、首藤さん。首藤さんの体は魅力的だって」

 男は意外と親切で、具体的にどこの路地裏に消えていったかを教えてくれた。

 そして今、ふたりは他にろくに手がかりもないゆえに小汚い路地裏を飛行してる。

 キラキラしたアーケード街とは真逆、まるで異世界めいた薄暗い空間。

「……まあ、それは一億歩ほど譲って認めるとして、付いてる顔が良くないもん」

「今は関係ないよ、その話。それに、人は顔じゃない」

(……こんな顔のいい女に言われても何ら心に響かないわよ)

 金持ちが『金が全てではない』などと宣うのに似た、傲慢な言葉。

「あ、私が言っても全然心に響かないって思ったでしょ」

 そんなミユキの心情は、ごく簡単に言い当てられた。

「でもさ、本当にそうなんだよ。顔じゃないよ、人間」

「嘘。だって志賀路さんはいつも友達いっぱいでモテモテだもん」

 いつもなら軽く卑屈な笑みを浮かべながら流すはずの言葉。

 だというのに、ミユキはそんなことを口から滑らせていた。

 わからない、俗世から隔絶された薄暗い異世界めいた雰囲気がそうさせたのだろうか。

 それも、クラスメイトたちが授業を受けている中、こんな場所にふたりきりであるという非日常が。

 しかしそれはミユキだけではないようで、ハカリコはその言葉にこう返した。

「それは人当たりがいいからだよ。首が取れるからね、人より他人のご機嫌を取らないと駄目なんだ。……本当は面倒だけど、生きるためには必要なことだよ。でも、首藤さんはそうじゃない。誰かに頼らなくたって普通に生きていけるよ。だからいつもひとりぼっちでいられるんだ」

「……そんなこと、ないよ」

「それこそ私が首藤さんに勝ってるのなんて顔と人当たりの良さくらいだよ。首藤さんはスタイルはもちろん、勉強も出来るし、何より優しいじゃん」

「優しい?」

 全くピンとこなかった。

「いやいや、それを言ったら今だって志賀路さんは私の体を一緒に探してくれてるし」

「でもそれは、体よくもう一度飛びたかったからだったり、授業をサボりたかったからだったり、そういう打算の上に成り立っている。まあ、優しさって普通そうなんだけどね。でもさ、首藤さんは違うよ。死ぬかもしれないのに、私を助けてくれた」

 どうやらハカリコは、今朝のことを言っているようだった。

「私は無理だよ。身を挺してなんて。しかも、ろくに話したことのないクラスメイトが相手なんてさ。だから志賀路さんはすごく優しい。それもさ、誰かに少し優しくされただけで騙されてると思っちゃうような人がだよ?」

「それは――」

『それはあの日、プリントを一緒に渡してくれたからよ』と言おうとして、言葉に詰まる。

 たったそれだけの、ハカリコは確実に忘れていることのために命を張るなど、普通に気持ちが悪い。重たい。ただ覚えているだけでも。

 それに、本当に赤の他人だったら助けてなかったかもしれないと思われるのも、なんだか嫌だった。

 それはごく普通の自己保身?

 それとも、ハカリコが相手だから?

「それは?」

「いいや、何でも――」

 そこで、唐突にハカリコが声を上げた。

「――森だ、夜の森が広がっている」

 路地裏。

 ふたりは今、異界への出入り口を見つけ出した。

「……ちょっとだけど確かに感じるよ、首藤さんの魂は、この先にある」

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