首無しなのに(だから?)プロポーズされる
※男が出てきます。
百合に男が出てくるのって普通に嫌なんですけど、自分で書くとつい出しちゃうんですよね。よくない傾向だと思います。読者はこれから何が起こるのか知らないから男が出てくるとストレスです。だけど、自分が作者の場合は平気だってわけですね。反省しろ。
「うへえ」
飛頭蛮、首藤ミユキ。今は首だけ。胴体が行方不明らしい。
(私の体って目が悪いし頭悪いし、正直放っておくとろくなことしないんだよなあ)
ミユキはこれからの面倒を予感し、
「……もしかして、誘拐、とか」
ハカリコはやけに深刻げに言った。
「いやいや」
流石にそれは飛躍し過ぎだろう。
「だって、こうやって鞄落ちてるし」
「いやいや、どっかほっつき歩いてるとかそんなんだよ。頭が遠いから拾い忘れただけだって。小さい子じゃあるまいし、誘拐なんて。私の体なんて誰も興味ないって」
ほかならぬ自分のことだ。
大方、気まずさとか罪悪感とかその他もろもろから逃走を図っただけだろう。
今頃はそのへんの本屋で時間を潰してるとかそんなんだ。……そうであってほしい。
「――そんなことないよ!」
しかしその言葉は、想定外に強い語調で否定された。
「首藤ちゃんの体は十分魅力的だよ!」
「ちょっ、静かに、静かに、あとすごい誤解を招く表現だからっ」
凄まじい剣幕のハカリコの口を塞ぐ。
教室の壁越しに、クスクス笑いが聞こえた。
(なにこれ死ぬほど恥ずかしいんですけど)
「……う、ごめん。でもさ、さっきも言ったけど首藤さんの体は魅力的なんだよ」
そのまま真顔でハカリコは続ける。
「手足は長いし体はほっそいし出てるところは出てるし、モデルどころかマネキンみたいじゃん!」
「……いや、いや」
さっきまはお世辞だと話半分に流していたが、今回は目が本気であった。
顔が熱くなるのを感じる。
「憧れるよ、私もああなりたい! そうだよ、いらないなら私と交換――」
言いかけて、ハカリコははっと口をつぐんだ。
「――いや、それは流石に冗談、冗談だからね?」
しかしその早口の訂正は、もはやミユキには届かない。
(いや待って、聞き間違えだよね、憧れって……、しかも交換したいって……、生きてて一度も言われたことないんだけど)
生涯言われた褒め言葉をかき集めて何十何百倍にもしたような言葉たち。
消化しきれず、ミユキの脳内はぐちゃぐちゃの混沌と化していた。
なにはともあれ、ふたりとも示し合わせたように顔が真っ赤である。
でかいトマトがふたつ転がっているような様相。
ミユキの胴体が被害妄想上の詐欺師から逃げた挙げ句、路地裏を彷徨っていたとき、ミユキの首はハカリコといちゃついていた。
胴体が知れば、きっとマジギレするだろう絵面。
己の首にさえ嫉妬するとは、なかなかに因果な人生であった。
「――って、そうじゃないよ! とにかく、早く見つけないと危ないよ。首藤さんのスタイルの良し悪しはともかく、女子高生が体だけで彷徨ってるって時点で危ないんだから」
言いながら、ハカリコの胴体が首を拾い接続する。
完全体。
やはりどう見ても美少女だ。
顔はもちろん、華奢を通り越して針金めいた自分の体とは違い、程よくバランスが取れて細いではないか。
これこそ華奢だ。華がある。
「ちょっ、待って、どこいくの――」
見とれている場合ではない。
ハカリコはミユキの静止も聞かずに、授業中の教室のドアをおもむろに開け放った。
「すいません先生、首藤さんの体が行方不明なんでちょっと探してきます!」
よく通る声での宣言が教室中に広がり、次にやってくるのは――
(いやああああああっ)
耳が痛くなるほどの沈黙であった。
皆が皆、ぽかんとした顔をしているのだろう、恐怖と羞恥で覗き見る勇気などないが、それでも断言できる。
……ああ、ちくしょう、よりにもよってクラスメイト全員の前で何を言っているんだ。
目立たないよう目立たないように努力してきたはずが、今朝だけでミユキの印象が超絶変人に変わっていく。
これからどうして生きていけばいいのだろうか。
「……ああ、よくわからんが、気をつけてな。先生責任取りたくないし」
「はーい!」
無駄に元気なハカリコ。
それとはあまりに対称的に、ミユキは死んだ目でつぶやいた。
「……最悪だ」
《――死ぬうううううっ!》
何が最悪だ。
魔界でドラゴンに追いかけられるのと比べりゃ天国ではないか。
己の首がハカリコといい感じになっていることなど露知らず、ミユキは魔界の森を全力で逃走していた。
相も変わらずドラゴンはドスドスと地鳴りを上げながらこちらに追っている。
「ばううううううっ」
(ああもう、何で私はさっきの路地裏に戻らなかったの!)
もはや時既に遅し。
今自分がどこを走っているかどころか、どれだけ走ったかさえも定かではない。
もしかしたら十数秒も走ってないかもしれないし、あるいは三日三晩走り続けているかもしれないし、それとも一秒も経ってないかもしれない。
ひとつだけ確実なことがあるとしたら。
止まったら死ぬ。
それだけは確実であろう。
(動け動け私、じゃないと死ぬぞ! 飛頭蛮だろうがデュラハンだろうが首無しだろうが死ぬときは死ぬぞ! だから走るんだ、私――)
だというのに、だというのに。
《――んなっ》
ぐんにょりと、柔らかい何かを踏んづけた。
そのまま、ミユキは前のめりに倒れる。
そしてミユキは走馬灯めいて、己の足をとったそれを見た。
(何、これ)
小さい人だった。
三十㎝あるかないか。
それも、ただ小さいだけではない。
めちゃくちゃにデフォルメされている。
小さな手足、やたら大きい頭、顔も点や棒で表現された、燕尾服に身を包んだそれ。
その背には、小さな羽が生えていた。
(妖精、さん?)
「――ばううううう!」
ミユキに、ヨダレまみれの牙をたたえた巨大な顎が迫った。
「ご主人さま、また人間界から迷子が来ました」
常夜の森の最奥に存在する、城めいて大きい古めしかしい洋館。
その一角、書斎のような部屋。
人の世のものではない文字で描かれた本で満載された本棚、禍々しい角の生えたなにかの頭蓋骨のディスプレイ、暖かな光を放つロウソクのシャンデリア、赤いカーペットの先にある高級そうな調度の机と椅子。
それに座った男が、鷹揚にうなずいた。
「またか。最近多いな」
「いい加減門を閉じるべきでは。魔王様が閉じるように法令を出してから何百年経ったと思ってるんですか」
「駄目だ、閉じる方法はともかく、再び開く方法は失伝しているんだぞ」
「真面目そうな顔で言ってますけど、目的はナンパじゃないですか」
「ナンパではない、花嫁探しだ花嫁探し。……それで、迷子の性別は?」
執事の言葉を全く無視して、男が訊ねる。
「……女性です」
「ほう! 美人か? いいや、それは私が決めることだな」
目がキラリと輝いた。
「早く連れてこい」
「いいえ、それが――」
ミユキの手首ほどの太さの、鋭い牙。
ミユキの胴ほどの大きさの、赤い舌。
ミユキを軽く飲み込めそうな、巨大な顎。
生暖かい悪臭を伴って、それがミユキに迫る。
《――ひいいいいいいっ、来るなああああっ!》
叫びとともにミユキは飛び起きた。
《……あれ?》
しかし、いくら見回してもあの巨大な爬虫類は見当たらない。
代わりに見えるのは、地味ながら高級感のある調度の部屋。
机、椅子、ソファー、姿見などシンプルなものしか置いていないが、それでもミユキが普段使っている家具とは一線を画す事が灰色の視界でもわかった。
そして何より、今腰を預けているこのベッドのフカフカさたるや。
……無論、知らない部屋だ。
《ていうか、何この格好》
姿見に映るミユキは、何故かフリフリのネグリジェを着ていた。
袖がないワンピースタイプ、やたら女の子女の子している高そうなの。
「起きましたか」
《――ひっ》
唐突な声の方向に目をやると、いつの間にか扉の前にあの妖精が立っていた。
燕尾服のデフォルメされた影が、小さな羽根をはためかせてこちらまで近づいてくる。
「はじめまして、わたくしはメトロミミック。この屋敷の執事をしているものです。お加減はどうですか?」
うやうやしくお辞儀して、妖精はそう名乗った。
見た目の割に渋い声である。いかにも爺やとかセバスチャンとかそんな感じ。
《……まあ、そこそこですけど。それより、ここは? なんでこんな格好しているんですか、私? ……ていうか、なんで生きてるんですか? あのドラゴンは?》
「ここはお客様が迷っていた森の奥にある屋敷です。その格好は、お召し物がドラミイ――ドラゴンのよだれまみれになってしまったので、勝手ながら着替えさせてもらいました」
《……よだれまみれ》
「はい、あのドラゴンはあの森で飼育している、ドラミイという名前の愛玩用のドラゴンなのです。人をベロベロなめることはあっても、人食いなどという野蛮な真似はしないのでご安心を」
《……愛玩用て。魔界だとそれが普通なんですか》
「普通ではありませんが、ここが魔界だとよくご存知で」
《……ちゃんと帰れますよね?》
「扉は開いてますから」
その言葉を聞いて、ミユキはほっと胸をなでおろした。
《良かった。……ありがとうございます。着替えまで用意してもらって》
「わたくしではなくご主人さまに言ってください。わたくしはただご主人さまのためを思って行動しただけなのですから」
《ご主人さま?》
「ええ。この館の主です。今からお召し物を着替えて――」
《――その必要はないぞ、メトロよ!》
それは、霧であった。
真っ黒い霧が扉の隙間から現れ、人型をなしていく。
「はじめまして、お嬢さん。私はアルク。この館の主の吸血鬼だ」
《……っ!》
アルクと名乗った吸血鬼は、凄まじい美形であった。
黒いスーツに黒いマントに白い手袋という、いかにもな吸血鬼ルック。
ミユキを持ってしても見上げるほどの長身に、非常に高い腰の位置。
死体めいて白い肌、輝く金の総髪、シュッとした顎、妖しい輝きを放つ切れ長の赤い瞳。
ハカリコがお姫様ならば、この男は王子様であろう。
《……は、はじめまして、首藤ミユキです》
「……」
おどおどと自己紹介したミユキを、アルクは真剣な顔でじっと見つめていた。
《あの、私の顔になにか》
「ないでしょ顔」
冷静なツッコミを入れるメトロミミックを尻目に、アルクはひたすらにミユキを見つめ続ける。並々ならぬ熱のこもった、生まれてはじめての視線。
(な、なにかしたかな私)
そうしてかれこれ十数秒後、ぼそりと彼はつぶやいた。
「……美しい」
一級品の絵画でも鑑賞するような、恍惚の眼差し。
見つめる先は無論、ミユキ、その胴体。
《は?》
「……ああ、なんて美しい女性なんだ。まさしくこれこそ、僕の求めていた理想。……ああ、神よ、私のもとにこんな出会いをくださるなんて、本当にありがとう」
まるで熱に浮かされたかのように、男が独り言を続ける。
《はあ?》
そして男はひざまずくと、ミユキの手を取り、
「僕と結婚してください、ミユキさん」
そんなことをのたまった。
《――はああああああああああっ!?》
意味がわからなかった。




