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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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セオフィラスの想い ①


 ジュリアス・カール・グラッドストーンは迷いの森の先にて、その身柄が母国に引き渡された。身代金としてセオフィラスは約200万ローツにも相当するほどの財宝を要求していた。

 セオフィラスが惑わしの森からグラッドストーンに出ていくと、そこに集っていた少数精鋭の兵達は驚愕した。誰も抜けることのできない惑わしの森を、やすやすと出てきたセオフィラスの姿を認めたくはなかったのだ。グラッドストーンには森を抜ける手立てがなく、しかしボッシュリードにはある――。それは軍事防衛上、目を瞑ることのできない脅威でしかなかった。


 用意されていた財宝を大きな袋へ詰め込むと、それを背負ってからセオフィラスはジュリアスの枷を外した。


「貴様に、心からの助言をしておいてやろう」

「……」

「無視か、それもいい。――貴様の師は、人でないぞ。あれはルプスという怪物の類だ」

「……」


 ジュリアスの言葉を聞き流そうと努めていたセオフィラスは、人でないという発言に少しだけ足を止めた。しかしすぐ、走って森に入る。


「ジュリアス将軍、追いますか?」

「やめておけ。……あの森、手懐けられている」

「手懐け……? そんなことが、可能なのでしょうか。何者です、あの少年は……」

「犬畜生だ。まだまだ子犬だが、育てばバカ犬になるだろうな……。帰るぞ」











 死の山道における防衛戦から10日が経過している。

 アドリオン武闘大会はうやむやに終わり、その代わりに戦死者の追悼式典をセオフィラスは開いた。

 ベアトリスは金銭的な余裕がないからと難色を示したが、セオフィラスはその意見を聞かずに敢行した。当初、収益200万ローツを目的としていた催しが途中で終わったため、セオフィラスはジュリアスの身代金でそれを補填した。


「200万ローツどころか、賭けで儲けた分を追加して合計344万ローツ。横槍の入った分の穴埋めはこれで完了にします、先生」

「……まあ、良いでしょう。成果はともかくとして、得るべきものは得たのでしょうから」

「お金に、人材、アドリオンを守るっていうことへの再認識、精教会への恩。いっぱいあるから、大丈夫です」

「ええ」

「……先生、俺、思うんです」

「おっしゃいなさい」

「アドリオンの平和は薄氷の上に築かれていて、今、そこに亀裂が入ろうとしています。今後、さらにアドリオンは戦乱に巻き込まれることがあるはずです。きっと近い内に、また、必ず」

「そういう意識はとても大切なことでしょう」

「意識なんて話じゃなくて、予感です」

「まだ、頭の中が戦火で沸騰しているのかしら?」

「冷えてます」

「……いいえ、冷えていませんわ。一度、戦が起きるとその脅威を忘れられずに、えてして今のあなたのように被害妄想を膨らませやすくなるものです」

「そういうのじゃなくって、本当にそうなるって思うんです!」

「なりません」

「グラッドストーンは、俺が、森を抜ける手段を持っていると知った! クラウゼンとの国境地帯からまた山道へ斥候を出して奇襲を仕掛けようとする可能性もあります。あるいはクラウゼンを攻め落として、アドリオンまでの侵攻を企てるかも知れない。それに国内に目を向けたって、ユーグランドは精教会を使ってアドリオンを取り上げようとしたけど、今度の件を知れば俺に戦場へ行けって圧力をかけるかも知れない。戦果を上げても上げなくても、父さんを手にかけたように始末できるとでも考えて。だから――軍事力の強化、ひいてはアドリオン領の防衛力へ計画以上に注力します」


 譲らないと真剣に語る瞳を見てベアトリスは辟易とするものを感じる。この数日、セオフィラスとは意見が衝突し合っている。そして昔ほど素直に言うことも聞かず、衝突した時に譲らなくなってしまっているのだ。


「ではその計画を書面にしたためなさい。あなたの監督をするのがわたくしのすべきことです」

「でも俺は領主です」

「お黙りなさい」

「どうしてですか」

「そうして無茶を考えるからこそ、あなたにはわたくしがついているというのです。……何度でも言って差し上げますわよ、セオフィラス? あなたは未熟なのです」

「っ……明日の昼までに持っていくので、すぐに目を通すようにしてください」

「それでよろしい」


 鼻を鳴らしてセオフィラスは自分の机へ座って羊皮紙の巻物を引っ張り出した。一心不乱に羽根ペンを走らせていくのを眺めてから、ベアトリスは部屋を出ていく。少し苛立った気分を落ち着けようと彼女は談話室へ向かい、途中に廊下の向こうから歩いてきたカタリナへ丁度良いと声をかける。


「カタリナ、談話室でお茶を淹れてくださらない?」

「かしこまりました。エクトルお嬢様とレクサお嬢様も今、談話室にいらっしゃいますが」

「あら、そうだったの。……いつまでいるつもりかしら、あの子。サイモスはさっさと帰ったというのに」

「セオ坊ちゃんをご心配されている様子でしたが、坊ちゃんはあの通りですから……。頑固で困ります」

「それなのよね……。気分転換でもさせないと、あの子の醸し出す雰囲気のせいでこの屋敷の全員の息が詰まりかねないわ」

「……」

「カタリナ、何で黙るのかしら?」

「いえ、ベアトリス様がわたくしどもを気にかけてくださっていたのが意外だったので」

「一体わたくしを何だと……。お茶を淹れなさい」


 談話室に入るとソファーでエクトルとレクサが2人で本を開いている姿が目につく。


「あら、お姉様、今、ご休憩ですか?」

「セオフィラスなら手は放せなさそうですわ」

「そう、ですか……」

「エクトル、エクトル、つぎ、早くっ」

「あ、はい。ごめんなさい、レクサちゃん」

「……お嬢様達もお茶を飲まれますか?」

「ありがとうございます、カタリナさん」

「飲むっ、でもガラシモスの方がおいしいんだよ?」

「あらそうだったの。言われていますわよ、カタリナ? 精進が足りないのではなくって?」

「お言葉ですがろくにお紅茶をいただいたこともない卑しい身分ですので、何がおいしいかも分かりかねます」

「っ……相変わらずさらっと嫌味を返すわね」

「ベアトリス様は最近、素顔をよく見せてくださるようですね」


 姉とメイドが皮肉の応酬を繰り広げるのを見ながらエクトルは少し驚いた。エクトルが知っているベアトリスはいつも完璧な淑女を演じていて、カタリナのようなメイドにこんな軽口を許したり返したりする人間ではなかったし、特別に親しくするような相手だってエクトルは知らない。

 それなのにカタリナとは何やら、全面的に仲良しという雰囲気ではないにしろ打ち解けているようなものを感じてしまっている。



「エクトル? つづきっ」

「あ、はい……ご、ごめんなさい、レクサちゃん。ちょっと休憩してもよろしいですか?」

「ええー? じゃあカタリナ、これ読んで」

「申し訳ありませんが、仕事がございますので」

「む、じゃあししょーに読んでもらおうっと!」


 本を抱えるように持つとレクサは走って行ってしまい、扉が閉まってからエクトルは姉へ目を向けた。視線に気づいたベアトリスも何かと思って見つめ返す。


「どうかしましたの、エクトル?」

「いえ、お姉様とカタリナさんの仲がこんなによろしいなんて、と思いまして」

「よろしくありませんわよ?」

「あら……違いますの?」

「それよりエクトル、あなたこそセオフィラスと何かお話をされまして?」

「いえ、機会がなかなか見つかりませんの。何だか……セオフィラス様に、避けられてしまっているような気もしてしまって。お忙しくされているのは分かっているのですけれども」

「そうよね……」


 一旦、2人の会話が途切れた。カタリナがそうっと紅茶を注いだカップを出し、そのままトレーを両手で提げて持って控える。


「でしたら、強引に連れ出されてはいかがです?」


 沈黙を破ったのは、何を小難しく考えるのやらとばかりに発せられたカタリナの言葉だった。彼女はさらにとうとうと言葉を紡ぐ。


「坊ちゃんはエクトルお嬢様にはぞっこんです。多少、態度が冷たくなっていても、坊ちゃん自身の悩みから由来して努めてそうしようとしているに過ぎないはずですから、強気で、素っ気なくするのならもう婚約も解消するとまで言い切ってしまえば縋りつくはずですから」

「あなた……自分の主をどう思っていますの?」

「坊ちゃんはいつまでも、わたしの可愛い坊ちゃんです」


 さも当然であるかのようにカタリナが言い切るとベアトリスは悩ましい表情で何やら考えた。かなり強引な提案にエクトルも考え込んでしまうが、カタリナはそんな彼女の小さな手を取る。


「エクトルお嬢様。……わたしも今の坊ちゃんは見るに堪えません。どうか坊ちゃんのために、お力を貸してくださいませんか」

「カタリナさん……」


 互いの目と目を見つめ合い、エクトルはやがて意を決したように頷いて立ち上がった。


「分かりましたわ。セオフィラス様はわたくしの将来の旦那様ですもの。今から内助の功を、ということですわねっ」

「いかなる後方支援も行いますので、坊ちゃんのことをよろしくお願いします」


 手を取り合って瞳に炎を燃やす妹をベアトリスは冷めた目で見る。大事にはならないだろうと予測を立てて紅茶をすすった。舌の肥えている彼女ではあるが、カタリナの淹れる紅茶は最近飲めるようになってきていると本当は感じている。使用人としてのカタリナは優秀で、一人ずつの好みに合わせてお茶を淹れるだけの気概をいつからか感じ取っていた。

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