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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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セオフィラスの初陣 ②


「斥候によれば敵軍約4000は死の山道の途上にて野営をしているということです。朝から行軍を再開すれば山道であることを鑑みても昼前には到着をしてしまいかねません」

「すぐに出発の準備を始めさせて。おおよその場所は?」

「どこまで精確か分かりませんが、即席で書いた地図によれば……この辺り、かと」

「サイモス、ここから、あっち側の地形は覚えてる?」

「難所だったと思うよ。壁にへばりつかん勢いじゃないと通れないから、そこを抜けた場所で休憩にしたんじゃないかな」

「そっか」


 もたらされた地図を見つめながらセオフィラスはいくつかの地点に印をつけつつ、サイモスに意見を仰いだ。それが済むと有志兵の編隊を指示する。


「それじゃあ行こう」

「セオフィラス」

「はい、何ですか、先生」

「……あなたには知識としての用兵を教えはしましたが、わたくしもあなたも、知識としてしか知らぬことです。実践にあたり、状況は刻々と変化いたします。柔軟な態度で臨みなさい。よろしいですね」

「分かりました。行ってきます」


 セオフィラスへ続くようにして執務室へ集まっていた面々が退室をしていった。残ったのはベアトリスとサイモスだけだった。気が抜けたようにサイモスはソファーへ座り込んで、はあとため息を漏らす。


「ゼノヴィオルはとんでもないことを考えたものと思いますよ……。姉上はどんな教えをしたんです? 普通、精教会に付け入る隙を作りたくないからって本物の敵を自陣に引き込んで恩を売りつけようとしますか? それも下劣極まる押し売りですよ、こんなもの。発想がゲスい」

「わたくしは悪くない案と評していますわよ?」

「ええ? 教え子が教え子なら、教えた側も教えた側?」

「精教会への対処法という点のみを考えるのならば確かにやりすぎだという見解はありますわ。けれど対応しなくてはならないのはセオフィラスです。領主としては半人前、それでいて、こと戦いにおいてはアトスの教えもあって頼もしくはありますが政治的駆け引きにおいては未熟。いくら精教会が相手とは言えセオフィラスは甘い対応をするでしょう。ですが、事態がこうなれば精教会には……いえ、聖名タルモという個人に対して、命を救ったという事実が出来上がってしまうのですわ。対外的にはあなたとエクトルは偶然、敵軍に見つかって、偶然にも追い込まれてしまったということになっていますから、これを謀略だと言うのは命を救われた手前、訴えられないことなのですわ。こんなお膳立てがなければセオフィラスは精教会に対して、これほど優位に立つこともできなかったはずです」

「あ、ああー、なるほど……? そんなことまで裏で……」


 サイモスには読めていなかったところまでベアトリスは解説し、すでに冷めてしまっているお茶を飲んだ。


「本当に――ユーグランド卿さえいなければ、ゼノヴィオルは残しておきたいものでしたが」

「けどそうだったら、今、セオフィラスは領主でもなかったんでしょうね……。何と言えば良いのやら、僕には」

「先代がそのまま今も領主の座にあったのなら、アルブスは今も何の価値もない田舎のままだったことでしょう。今のアルブスが都市として発展しつつあるのはセオフィラス――を教え導いた、このわたくしの成果!」

「あ、そこ自分の手柄にするんですか」

「おーっほほほ! 当たり前でしょう! このわたくしがいなければ今のアドリオンもアルブスもなかったのですわ!」


 高笑いする姉へ引きつった苦笑いをこぼしてサイモスはソファーへ体を横たえた。


「ま、何でもいいですけど……勝算はあるんですか? セオフィラスの、あの作戦」

「成功率は低くはないでしょう。しかし落としどころをどうするのかという肝心な部分に、答えを見いだせていない様子でしたわ」

「落としどころ?」

「これを誤れば、あの子は業を背負うことになりますわ。遅かれ早かれといったことではあるのでしょうけれど……」











 死の山道を歩きながら、セオフィラスは父ミナスと過ごした記憶をぼんやりと思い出した。ベアトリスから教えを受けている今、父は領主としては凡庸だったのだろうと感じてしまう。発展ではなく継続を主眼に置き、領民を導くというよりも変わらない暮らしで守るということを重視していた。

 それも1つの方策だろうとは思うが、発展しよう、良くしようという考えを失っては衰退が待っているとベアトリスに実例も交えて教えられたことがある。その観点から見れば良い領主ではなかったとも言えてしまう。だがセオフィラスは父をまだ尊敬する心を持っている。領主としてではなく、やさしい父であったという思い出がゆえに。

 だからこそか――この死の山道を思うと、ふつふつと怒りが湧くのも感じた。この道を切り開くために、これまでずっと守り続けてきた領民が犠牲にさせられた。弔うこともできず放置をして、全員が死ぬしかないと分かっている戦場に引き連れて行かねばならなかった。


「……っ」

「そんな顔をするんだな、セオフィラス」


 横から声をかけられてセオフィラスはハッとする。横にはヨエルがいた。領主だからとて、ヨエルは対等の口を利く。ブロンドヘアと碧い瞳に甘いマスクで試合の度、若い女がヨエルとセオフィラスのどちらを応援すべきかと胸を弾ませていた美貌の持ち主である。


「ヨエル……。この山道は、俺のせいでできちゃったんだ」

「どういうことだ?」

「小さいころの話なんだけど――」


 歩きながらセオフィラスは、かつてのユーグランドとの因縁を話した。口ぶりは自分の幼稚さが招いてしまったことなのだという自虐的なものだった。


「結局、あれが全部の発端だと思う。今のこの事態も」

「……それでしょげてるっていうのか」

「しょげてないですよ。……だけど今さら、ムカつく」

「そのユーグランドっていう貴族にか?」

「ううん、自分に……」


 答えてからセオフィラスは手にしていた地図へ目を向けた。それから周囲の地形を見て、最初のポイントと知って引き連れてきた有志兵を止める。あらかじめ編成しておいた一隊を残し、さらに先へと進む。そういったことを繰り返し、敵の野営地近くまで迫ったのはセオフィラスを含めてほんの10人程度だった。


「こんなに戦力を割いて、敵は4000人だろう? 勝ち目があるのかい?」


 息を潜めながらヤフヤーは遠くで野営する一団を眺めてセオフィラスに尋ねる。最後に残ったのはセオフィラスが戦った中で、実力と人柄に信頼がおけると判断をした戦士達だった。


「これから作戦を説明します。皆、集まって」


 セオフィラスは持ってきた地図を見せながらそれぞれの顔を見ながら説明を始める。

 この作戦の目標は敵軍の撤退にあった。そのためにはまず敵の戦意を挫く。


「まずは奇襲を仕掛けます。持ってきた弓で火矢を浴びせて、出てきたところを惹きつけながら後退。こっちの人数を敵方が把握すればそのまま侵攻を続けるかも知れませんが、それが狙いで、この地点へ敵をおびき寄せたら伏兵がさらにまた矢を放ちます。これを続けて最後の地点まで誘い込めたら、ここにはたんまり石ころや矢を用意してる。これまでの比じゃない攻撃を浴びせます」

「どうしてそんな回りくどいことをする? いくら4000の兵とは言え、この山道の地形を活かして戦えば包囲されることもなく、少しずつ敵を削いでいけるんじゃねえのかい?」

「ヤフヤーさんの考えは俺も思いついたけど、それだと時間がかかりすぎるんです。こっちは100人足らず。もし、その間に敵が援軍を連れてきてしまったら押し留められませんし、敵も味方も被害が大きくなりすぎます。その点、俺の作戦だったら逃げ続けなきゃいけないという体力的な不安こそありますが、どんどん仲間が増えていきます。敵はこの山道がいつ終わるか分からない。この調子で浴びせられる矢が増えていったら……そう考えたら、普通なら撤退を考えます」

「なるほどなあ」

「それにこの方法じゃないと、この速度でここまで俺達は辿り着けなかった。到着してから奇襲をかけるまでの時間を短縮できるし、伏兵が準備をする時間も稼げます。矢には限りがあるけど、石はそこら中にある。投石は弓矢なんかよりずっと手軽で、威力もある。距離は劣るけど、そここそ、この山道の地形を活かせます」

「お前、すごいんだな……。腕が立つだけじゃないなんて」

「ありがとう、ヨエル。それじゃあ、始めましょう。弓矢を扱える人、火矢の準備を。それから弓矢もスリングも分からない人は、俺がスリングを教えるから。ありったけ、石を持ってきてください」


 準備を進めながらセオフィラスは敵陣の様子を窺った。警戒はあまりしていないようだったが、篝火と見張りを立てて周辺の監視をしている。


「領主の坊ちゃんよ、お前さんは弓はできるのか?」

「俺はできないよ。でもスリングはちょっと自信がある。俺が合図をしたら後退を始める。それまではひたすら、弓矢と投石で仕掛け続けます。火矢用意……放てッ!」


 セオフィラスの号令の後、放たれた矢が弓の弦を振動させる音が重なり合うように響いた。静かな暗い夜の岩山に響いたその音が闇に消え去ると、それを照らすように火の手が上がった。燃え広がる炎で敵軍は起きて騒ぎ出し、すぐにセオフィラス達へと兵が差し向けられた。

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