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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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不完全燃焼 ④


「よぉーし……無事に1回戦は突破できた。お前もだろ? やったな」

「はいっ」


 パン、とヤコブとカートが手を合わせる。

 初日の試合を終えて無事に勝ち残れた2人だったが、試合が全て終わるまで何かと雑事に追われてようやく1日のスケジュールが終わった。多目的広場の周辺でさんざん売られていた露店の売れ残りをヤコブがかたっぱしから買って、カートに与えながら2人で一緒に食べ歩いている。


 まるで祭りのような騒ぎでアルブスは賑わっており、日が落ちればすぐ寝つくはずの街だったのにまだまだ多くの人が表を出歩いている。顔見知りと会うとヤコブは軽く挨拶し、初戦突破を祝福されてニヤつきながら礼を言った。


「しかしまあ、大会のことなんかよりもセオ坊ちゃんの活躍がすごすぎて、色々と霞んじゃったよな」

「はい。正直、あれほどとは想像できていませんでした。特に、挑戦料が100ローツに上がってからの後半なんか、けっこう激しかったにも拘わらず、終わってすぐお茶を淹れに行ったら何だか、余力が残りすぎていたのか、少し森へ行くと言って……そのまま、行ってしまいました」

「森か……。不完全燃焼だったんだろうなあ……。運動し足りなくなると、ひたすら森の中駆けまわってることもあるから」

「そうなんですね……。あれからずっと、森にいるんでしょうか? だとしたら、そろそろお腹が空くころかも。お食事を持っていかないと」

「腹が減れば坊ちゃんは勝手に帰るし、もうずっとあの森が坊ちゃんの遊び場なんだ。おやつだって熟知してる。アルブスで1番、あの森に詳しいのは坊ちゃん――あ、や、もしかしたらソニアかもだな。でも1、2を争うっていうのは事実だから大丈夫」


 食べきった串を放り捨ててヤコブが言うと、カートが足を止める。ヤコブの捨てた串を拾い上げたところで、少し眉根を寄せた。


「ヤコブさん、道端に捨ててはダメですよ」

「え? 大丈夫だって。気づいたら土になってる」

「ダメですよ。もうここは石で舗装されているんですからゴミはゴミとして残り続けちゃいます。王都では道端にゴミを捨てたら800ローツの罰金を取られるほど取り締まられているんです」

「へっ? マジ? 払えなかったら?」

「お金のない庶民は……労役になってしまいますね。そもそも王都に、ゴミを捨ててはいけないという決まりがなかったころ、色々なものが道端に捨てられて激しい汚臭であふれかえってしまったそうです。だから、アルブスでもそれを見倣って汚くなってしまう前に綺麗な街並みを残すべきですよ」

「お、おおう……そうなのか。じゃあ捨てたらダメだろうけど、俺みたいな田舎もんは平気で捨てまくるんだよなあ。これ全部、拾うつもりか?」


 アルブスロードは大勢の人の賑わいのせいで、すでにして道端にたくさんのゴミが捨てられている状態になっている。改めて指摘されたカートは苦い顔をしたが、こくこくと頷いた。


「拾いますよ……。拾わなきゃいけませんから」

「おお……偉いな、カート」

「ヤコブさんもお手伝いしてください!」

「ええ? でも疲れちゃってるしな」

「ヤコブさんだって、セオフィラス様の部下ならアルブスを良いところにしなきゃいけないんでしょう? 協力してください!」

「わ、分かったって。けっこう融通利かないタイプなのな、お前……」

「夜明けまでやりましょう! 鍛錬にきっとなりますよ!」

「ええええ……?」

「ヤコブさん!」

「わ、分かったって……」


 ヤコブの弱点を、頭の上がらないカタリナであるとアルブスの住人の多くが思っている。だがごく一部の人間はカタリナが弱点なのではないことを知っていた。そのことに、カートもこの瞬間に感づいた。この気の良い青年が本当に弱いのは、強気でグイグイこられることなのではないか、と。つまり押しに弱い。


「でも、ちまちま拾っててもしょうがねえし、アルブスの連中にちょっと俺から声かけてみるか……」

「え?」

「何、え、って」

「ヤコブさんって……顔が広いのですね」

「お前なあ!?」

「ああいや、すみません、つい……。でも皆さんで協力できれば、きっとその方が早く済みますし、捨てていいやという考えが変わりますから! ずっといいと思います!」

「そ、そう? そうだろう? いやあ、俺も我ながら妙案だとは思っちゃってさあ。んじゃ、ちょっくら声かけて回ってくるな」


 押しに弱い上におだてられやすい。

 そして自発的に動き出せば働き者でもある。


「……人が好すぎるのもどうかとは思うけど。ありがたく、手足にしてもらいます」


 小走りで行ったヤコブの背中にそっと声をかけてからカートは拝むように両手を合わせた。











 森の中でセオフィラスは切り株に腰かけて重くため息を漏らした。木剣をいくら振っても、何やらくすぶったものがずっと体の中に残っている気がしている。一言で表してしまえば、物足りなさというものがあった。だから木剣を振り続けていたのだが、とてもそれだけで晴れそうな気がしなかった。


「セオ。何で今日まで森にいるの?」

「ソニアはいつもいるね……。折角、うちに部屋があるのに」

「ドルイドの力を維持するためには豊かな自然の中にいるのがいい。エミリオがいられない分、わたしがいないとダメだから……」

「そうなの?」

「そう。……今日、随分近くまで来てたけど会った?」

「え? エミリオが?」

「エミリオがいるなら、ゼノも」

「ゼノが? ぜ、全然会ってないし、手紙も、いくら書いても帰ってこないし……」

「すぐに行っちゃったみたいだけど」

「……そうなんだ。何しに来たんだろう……。あ、指輪。指輪使えば話ができるんじゃない?」

「わたしとエミリオ、双方が豊かな自然の中にいれば可能。でも今はきっと、無理」

「ただでさえ、エミリオの分をソニアが補ってる状態……かあ」


 組んだ腕に顔をうずめてセオフィラスが呟くと、ソニアが彼と同じ切り株へそっと腰を下ろした。


「セオは何でここに?」

「うん……。真剣勝負じゃないけど、100人と戦った。でも全然、手応えがないし、やってる最中はちょっと面白かったりもしたけど終わってみたら……むなしいって言うかさ。張り切ってたのに、想定外っていうか……拍子抜けして、つまらない気持ちになっちゃった。でもそんな顔、皆には見せられない」

「わたしはいいの?」

「ソニアは、特別だよ。良くも悪くも」

「そう……」


 もてあましたように座って揃えている足の上でソニアは手を組んだり、開いたりする。そうしてからセオフィラスに顔を向け、まだ小さい彼の肩へ頭を寄りかけた。


「前に、わたしが言ったことを覚えてる?」

「……覚えてる」

「意地悪で言ったわけじゃない。視えたことを、そのまま言っただけ」

「『きっと、全部なくしちゃう。大事なものをなくして、その度に泣いちゃう』――だっけ。もう、これ以上は当たらない方がいいと思うけど」

「そうね。当たらない方がいい。エミリオは予言と言ったけれど、わたしはただ視えたことだけを伝えるだけだから。でも、もうひとつの方は、着々と……当たりの方に進んでる」


 ソニアに悪気のないことをセオフィラスは分かっているつもりだが、何だかずしんと重くなった胸について文句を言いたくなる。


『呪われた人間から悪魔が産まれるなら、きっと悪魔はあなたから現れる』


 父母を失い、弟と離れ離れになった。

 アドリオンは永く平和であったはずにも関わらず。

 そして現在の平和が、いつ終わってしまうのかも分からない状況であるとセオフィラスは理解している。


 呪い――。

 自分が何かに呪われているからこそ、これほどのことが起きているのだろうかと考えさせられてもしまう。アトスに師事していることの理由も、今さらになってしまうとないのではないかと思ってしまう。自分の力が何かを守れるのであれば、あった方が良いとは考えられるがその程度でしかない。それでも、この力がいつか意図せずして大事なものを傷つけ壊してしまうことはないだろうかとも考える。



「ねえ、ソニア……。また俺のことを視たら、別の結果になっていることはないの?」

「分からない。視てみる?」

「……うん」

「じゃあ、目を」

「……」


 至近距離で瞳を覗き込まれてセオフィラスはじっとした。

 しばらくしてからソニアがそっと顔を引く。


「……どう?」

「変わらない」

「……」

「でも前は悪いことだけを言ったけれど、別のことも視えた」

「別のこと?」

「セオフィラスは、王となる」


 彼女の言葉にピンとこないのは当たり前で、セオフィラスは呆然とソニアを見つめる。


「唐突だよね、ソニアの……予言」

「視えたことを言っているだけ」

「王になったら俺は、守れるのかな……。皆のことを」

「分からない。でも視えた限りでは、笑っているたくさんの人がいた」

「じゃあ俺は……それを守らなきゃ」

「……そう。がんばれ」

「やる気のない応援をありがとう……。そろそろ帰ろうかな。ソニアも一緒に帰る?」

「ここで眠る」

「……じゃあ、おやすみ」


 切り株を立ってセオフィラスが挨拶すると、ソニアは頷いた。

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