ローレンス・アドリオン ①
「さあー、賭けた、賭けた! セオフィラス様が一体、何連勝できてしまうのか! あるいは挑戦者が勝つか! 122戦目はついさっきの2回戦で、快勝して3回戦に駒を進めた槍使い! ヤフヤー! あの高速の槍捌きはさすがにセオフィラス様には厳しいはず! さあ、賭けた賭けたぁー!」
活気を見せる賭けを舞台上からのんびりセオフィラスが眺めていると、ヤフヤーが現れた。もじゃもじゃの髭が特徴的な40歳ほどの男で、肩に槍を担ぎながらの登場だった。
「8150ローツはもらうぜ? 領主だろうが、小僧に負けはせん」
「勝てればあげますよ。名前は?」
「ヤフヤー」
「わたしはセオフィラスです。よろしく」
2日目になると挑戦料はまた上乗せされたからか、初日に比べれば手応えのある相手が多くなった。
セオフィラスが木剣を構えて見せるとヤフヤーも足を開き、腰を落としながら穂先を少年に向ける。
「いざ、尋常に」
「勝負――」
先に飛び出たのはヤフヤーだ。彼は昨日からのセオフィラスの戦いをずっと見ていた。自分から仕掛けることはなく、相手に主導権を与えてからやり返すという戦法ばかりを取っていることも知っている。だったら先の先を取り続けてやればいい、とヤフヤーは考えた。
槍のリーチを活かしてセオフィラスの攻撃の範囲外からヤフヤーは仕掛ける。内側へ入らせないように、そして焦りからそんな隙を生じないように、細かく速い動きでヤフヤーは翻弄していく。守勢に回ったセオフィラスは冷静に穂先を木剣で弾きながら対応した。
「ほらほらほらぁっ、どうした、領主よぉっ! 腕に自信はあるんだろうが、後手に回ってちゃあどうにもならんぜ!?」
突き込まれた槍をセオフィラスが小円を描くように打ち払おうとしたが、その木剣を槍が逆にかわした。そのまま穂先が真上へひゅんと跳ね上がり、セオフィラスの首筋を引っかくようにかすめて血が流れる。ぐるんと槍が回転し、石突きがセオフィラスの顔面を打ち抜く。あえてヤフヤーは追撃をグッとこらえた。セオフィラスのセンスは分かっているつもりだった。思わぬところで反撃をすることで、攻勢に回ってそのまま勝負を自分のものへしていく。何度も見てきた光景を警戒し、構えを解かずにセオフィラスを見据えた。その警戒は当たり、素早くセオフィラスは起き上がって油断のない鋭い視線をヤフヤーへ向けていた。
「ほら、まだだろう?」
「……」
起き上がったセオフィラスにヤフヤーが声をかけるが、少年は答えずに笑みを返した。
「賭けを盛り上げてやった方がいいか?」
「それは、嬉しい。お金がこっちにも入るようになってる」
「八百長し放題か」
「負けるのは嫌だからそのつもりないけど」
「だったら、もっと冴えたとこを見してもらいてえなあ?」
挑発にしては邪気のないヤフヤーの言葉にセオフィラスは頷いた。そうして、構えを変える。右手に持った木剣を引き、左手を開いて前へ出す。足は広げ、半身になりながら相手を向くという独特の構えだった。
「そりゃあ、何のつもりだ?」
「すぐ分かるよ」
「ほほーう。だったら……このままいかしてもらう!」
またヤフヤーが飛び出てきて、様子見の一突きを繰り出した。それをセオフィラスは、前へ出していた左手でつかみ取る。穂先を避けてそのすぐ下を左手で掴んで、そのまま押し上げた。とっさにヤフヤーが身を引こうとしたが、逆にセオフィラスが踏み込みながら捕まえた槍を引いて自分の方へ彼を寄せてしまう。
(この小僧ッ、どんな胆力――)
片足を上げてヤフヤーはセオフィラスの振り上げた木剣の一撃を受けようとしたが、刈り取られたのはその体勢を支える軸足だった。転倒した拍子に槍まで奪い上げられ、顔の真横へ木剣が落とされる。これが喉だったら、いくら木剣とは言え喉を潰されていた。
「俺の勝ちでも?」
「っ……ああ、完敗だ」
「ありがとう、ヤフヤーさん」
「……こっちこそ」
真剣勝負であれば、まだ続く戦いであるとヤフヤーは理解している。だが、そうであればセオフィラスは躊躇せず喉へ真剣を突き落としていただろう。だからこそ、試合としても勝負としても負けであるとヤフヤーは感じ取れた。素直にセオフィラスに差し出された手を取って立ち上がると、彼は槍を拾い上げて少年を向く。
「領主の坊ちゃんよ」
「うん?」
「あー……んー、あれだ。この街にゃあ、どんな仕事の口があるかね。正直、お前さんに惚れた。何かないか?」
「……えーと」
「ん?」
「……ヤフヤーさんで、同じようなことを言うのが何人目だったか……。はは、は……」
「ああ……。はっはっは、そりゃあそうか! ま、じゃあ適当に住まわしてもらうがいいか? いいよなあ?」
「どうぞ。アルブスにようこそ」
握手をしてからヤフヤーは機嫌良く舞台を去っていった。
彼の背中を見送ってから、セオフィラスは何人目だっただろうかと考える。さすがに屋敷へ雇い入れることはできないが、民兵のレベルは底上げされるだろう。ヤコブをいつまで民兵の長にしておけるだろうかとも少し考える。
「そう言えばヤコブくんとカート……いつ、出てくるんだろ?」
123人目に出てきた2本の剣を携えた剣士を見ながらそっと呟いた。
「あら、本日もいらっしゃいましたのね、タルモさん」
「……ええ、まあ」
貴賓席に取り巻きとともに現れたタルモを見てベアトリスが声をかけた。セオフィラスが1000人抜きという人力の奇跡を見せつけるという挑発じみた宣言をしたことが、しっかりとタルモの琴線に触れている。
「今、139人目ですわ。もちろん、全勝」
「後見人として鼻が高いようだ」
「わたくしは彼の武力については何も干渉していませんのよ? 彼には、先代アドリオン卿が決めた剣の師がついているのみですから」
「……あの人斬りか。あんなものを置いているとは、気は確かなのか?」
「わたくしには関与しないことですから。ただ、彼の師の実力は高く評価していますわ。それと育成能力についても。ご存知かしら、王都でのメリソスの悪魔討伐事件。セオフィラスはあのメリソスの悪魔との戦いで、弟のゼノヴィオルと共闘したのですけれど、その弟もまた同じ師の下で励んでいましたの」
「血生臭い話だ。虫唾が走る」
「同感ですわ。タルモさん、わたくし達、お友達になれるのかしら?」
「どの口が言うのか分からぬな。クラウゼンの出戻り娘が」
ピクリと反射的にこめかみが反応しかけるが、クラウゼンに伝わりし淑女のたしなみのひとつとして身につけた顔面筋肉操作法によって愛想10割の笑みを崩すことはなかった。
「クラウゼンに生まれたからには政略結婚も致し方ないと思ったのですが、やはり結婚は恋愛が良いものと思い直してしまいまして。とは言え、わたくしの理想の殿方というのはなかなか、見つからないようで。――もっとも、精霊などという目に見えもしない存在を信じられるほど純粋な心を忘れてしまったからなのかも分からないのですがね」
タルモは無論、クラウゼンに伝わりし淑女のたしなみなどというものを見につけているはずもないので、ベアトリスの言葉でピクリと眉根を動かしてしまった。その反応にくすりとわざとらしくベアトリスが鼻で笑う。
「噂としてしか聞いたことはありませんが、精教会では精霊を重視するあまり人と人によるまぐわいを全否定して、それでも持て余してしまった欲求をヤギや犬に向けて紛らわせるんだとか聞いたことがありますが……ふふふ、想像すると滑稽で、滑稽で――」
「貴様ッ、我らを愚弄しているのか!?」
「あら。もしかして事実でしたの?」
タルモに向けた挑発のつもりだったにも関わらず、引っかかってしまったのがフィリップで少しベアトリスは面倒臭くなった。それでもクラウゼンに伝わりし淑女のたしなみとして表情が変わることはない。しかし、いきり立って短槍を抜いたフィリップをタルモが止めようとする素振りはない。
「事実ではない、すぐに撤回をしろ!」
「そうでしたの。けれどすぐ、そうやってわたくしのような淑女にすぐ暴力を後ろ盾にした脅しをかけるなんて紳士として失格だと思いますわよ? ――あっ、それともあなた、紳士として不全なのかしら。だって精教会の方なんですものね?」
プチンとフィリップの中で、フィリップだけではなくタルモの取り巻き達の全員が何かがキレた。怒号をあげながら彼が槍を力強くベアトリスへ放っていた。破壊音がしてベアトリスの顔の横の壁へ槍が突き刺さる。冷や汗ひとつかかず、彼女はただ座したままだった。
「っ……」
「そっちの槍と同じで、もしかしてあなたあまり男性としては……あら、ごめんあそばせ?」
「っ! こ、の……っ!」
「残念ながらわたくし、がさつで暴力的な男性は大嫌いですの。出直してくださる?」
「貴様の負けだぞ、フィリップ。大人しくしていろ」
ようやくタルモが口を開いてフィリップがすごすごと引き下がった。
勝ち誇ったような得意そうな顔をベアトリスはタルモへ向ける。ベアトリスは何事も競争を仕掛けて、それに勝つことを好む性格をしている。同時にタルモもまた、負けん気が強く己が優れた人間であることを自負してやまない。
つまるところ、この2人は似た者同士であった。




