不完全燃焼 ①
「どうぞ。ここが1番よく見える席です。ごゆっくりご覧になってください」
セオフィラスが陣取って観戦していた席へカートはタルモを連れてきた。6人の彼女の付き添いも同行してきた。すでに試合は始まっている。使用する武器は1人につき1つだけ。セオフィラスは木剣だが、相手は何でも使っていいというルールだ。どれだけ鋭利な刃がついていようと、どれほど重量のある武器だろうが問わない。だが、1つだけというルールは弓矢の類を禁じている。弓を持ち込むのは良いが、矢まで持ち込むのはルール違反。逆も然りである。
勝敗は直径100メートルはあろうかという舞台からの転落や、ギブアップ、失神でつけられる。
50戦終わるまでセオフィラスの休憩は、次の挑戦者が出てくるまでの間でしかない。
最初の挑戦者は記念挑戦とあからさまに分かるアルブスに住む少年だった。父親に背中を押されながら、握りしめてきたのはセオフィラスと同じような木剣だ。飛び入り参加者用に、とあらかじめ何本も木剣は用意されているので、それを持ってきたということになる。
最初の挑戦者に対して、セオフィラスは丁寧に応戦した。
木剣をそっと差し込んで動きを制したり、剣はこう振るのだとばかりに寸止めで振ってみたり、試合というよりも、まるで稽古のような有様だった。その末に最初の挑戦者は舞台のヘリまで追い込まれ、足払いで転倒して舞台から落ちた。
それから6人ほどは、まるでセオフィラスへのお布施であるかのように小さな子が次々と舞台へ上げられていった。男の子も女の子も、同じように相手をしてセオフィラスはあっさりと6人切りを成し遂げる。そして7人目となれば、獲得賞金は350ローツとなる。このくらいの賞金になると、小金を稼げるんじゃないかと考える、ある程度本気の大人が名乗りを上げてくる。
「それじゃあ、遠慮なしにやらしてもらいますぜ?」
「いいよ。俺は手加減してあげるから」
「いくら鍛えられてるからってね、まだお子様なんですから危なくなったら自分で引き際考えてくださいよ」
最初にセオフィラスへ挑んだ大人は、若い大工だった。見習いを卒業した程度の職人である。仕事で培われた筋肉は逞しく、木剣を握ってセオフィラスへ挑む。大ぶりな、真上からの振り降ろしをセオフィラスは軽く横から叩くようにして弾いた。軌道がそれて前のめりに倒れこんできた大工の腹部に木剣の柄頭を叩きこむと、悶絶しながら彼は倒れこんで掠れるような声でギブアップを宣言する。
「ちょっと休んだら楽になるから、安心していいよ」
鮮やかどころか、早すぎたセオフィラスの勝利に観客がどよめく。いまだ疲れは一切なく、余裕も失っていない。
「さ、次は? どんどん来ないと全然疲れないから、誰も賞金、手に入れられないかもよ?」
いくらセオフィラスが領主だからとて、子ども相手にだらしなく負けたり、臆病風に吹かれたのだと指さされることを嫌う大人は一定数いる。ここはひとつ俺が、というような理由でセオフィラスに10人ほど挑んだが、その誰もがあっさりと負けてしまって、とうとう賞金が850ローツを超えた。
そしていよいよ、10万ローツの賞金目当てに武闘大会にもエントリーしている腕自慢が、特に1回戦負けを喫してしまった者達が負けた分の金を回収しようと挑戦を始める。
「ちっとは鍛えてあるようだがな、小僧。本物は知らないだろう?」
17人目にして、いよいよ殺傷力を持った武器を片手にした男が舞台へ上がった。
獲物は両刃の大きく重そうな剣である。鎧の上からでも叩きつけてダメージを与えることを目的とした剣だった。
「どこから来たんですか?」
「クラウゼンだ」
「遠いところからありがとう。それじゃあ、始めましょう」
「へっ、育ちのいいお坊ちゃんが、泣きっ面晒しても恨むなよぉっ!」
男は突進するようにしてセオフィラスへ迫って、コンパクトにその剣を振った。セオフィラスは後ずさるようにしてその攻撃を避けていき、大振りになった攻撃をすり抜けて男の背後へと回る。
「ちょこまかと――う、おっ!?」
振り返った男は鼻先に木剣を突きつけられて慌てて弾く。だが弾いてもすぐにまた木剣は細かく突き込まれてしまい、男はそのまま後退を余儀なくされていく。セオフィラスの剣先ばかりに気を取られ、男は気持ちを切り替えるつもりで幼い領主の目を睨みつける。――そして、その瞳に呑まれた。
彼は元々は腕の良い猟師だった。森へ分け入っては獲物を狩り、その肉を売って暮らしていた。しかし狩れない獣というものはいる。1人で遭遇したらどうにかこうにか、気づかれないように、あるいは敵意を向けられぬようにしながらその場を去らなければならないような相手だ。
人を人とは認識せぬ、虚ろな、しかし強い攻撃性を備えた瞳の輝きを男は知っている。
その恐怖が、セオフィラスの目を見た瞬間に背筋を冷たくさせた。
息を飲んだ瞬間に、鋭く深くセオフィラスの木剣が突き込まれる。
反射的に剣を持ち上げて防いだが、その一撃で叩き落される。セオフィラスはすでに木剣を引いていた。その動作を男が認めた時には、今度は首へ木剣が振られている。脳裏によぎったのは、自分の頭が宙を飛ぶイメージ。
「ひっ――ま、参った!」
尻餅を突きながら男が降参すると、セオフィラスの木剣はピタと止まる。僅かな風を頬へ感じて、男はどっと汗が噴き出していたことに気がつく。
「泣きっ面なんて、あんまり他人に見せたことないよ。昔からね」
「っ……」
「あ。ちなみに、何回、挑戦してもらってもいいから。ありがとう」
柔らかくほほえみながら差し伸べられたセオフィラスの手を取り、男は違和感でまた固まりかけた。自分とは比べ物にならない、硬い手をしていた。どれほど剣を握ってきたのか分からない、硬い、達人の手に思えてしまった。立ち上がってからセオフィラスを見下ろせば、あからさまに子どもだ。それなのに、彼の指にもペンだこと思われるものまでできあがっている。
「さあ、次は?」
向けられた背中に見とれ、男は胸に何かが込み上げてくるのを感じる。
数日後、男はアドリオン邸を訪れるようになるが――生憎と、同じ行動を取るのは彼1人だけではない。
32人目を危うげなくセオフィラスはまた倒した。
少しずつ挑戦者のレベルは上がっていっているが、いまだセオフィラスは息を切らすことさえしていない。その戦いぶりを目の当たりにしながら、タルモは僅かにだが耳にした噂を思い出した。
王国が手を焼いていたメリソスの悪魔を討伐したという少年の話である。
誇張されて、手ひれ尾ひれがついた、王都の噂好きな人間が大きくした話だろうとタルモは聞いた時から断じていたが、目の前で繰り広げられている光景を見ていると何割かの真実も混じっているのだろうかと思わせられてしまう。
「……フィリップ」
「何でしょう、タルモ様?」
「試してきなさい。あの子どもの実力を」
フィリップと呼ばれたのはタルモの取り巻きの1人である。精教会の熱心な信者の1人であり、布教を通じて行われているタルモの修行へ同行を希望した。短いブロンドヘアを撫でつけている20台の男だ。
「よろしいのですか?」
「許可する」
「……かしこまりました」
フィリップは纏っている衣の内側から、短い槍を取り出す。
「生き死にの規定があるのであれば守りなさい」
「なかった場合は?」
「どちらでも構わない」
「はい」
静かにほほえみを浮かべてフィリップが歩いていく。彼が登場をしたのは、40人目の挑戦者としてだった。




