少年の名はカート ⑤
「少し前まで、単なる農村でしかなかったとは思えないですね……」
「ベアトリスお嬢さんとセオ坊ちゃんの功績さ。お嬢さんと会ったか?」
ガラシモスに頼まれ、ヤコブはカートとともにアルブスを歩いている。
「はい、実家を口にしたら哀れました……」
「ああ、目に浮かぶわ……」
「あれ、何だかここは、随分と大きな建物を作っているのですね……?」
「おお、そうそう。これな」
カートが足を止めたのでヤコブも立ち止まった。大きく区切られた敷地内にたくさんの石材が用意されており、石工が忙しそうに歩き回ったり、作業をしている。
「何の建物ですか?」
「坊ちゃんは多目的広場って言ってたな。まあでも、ここで最初にやるのは坊ちゃんが考えたもんだ」
「セオフィラス様が……?」
「でっけえ舞台で、大勢が戦うんだとさ。で、一番を決める」
「つまり武闘大会のようなものですね!」
「言っちゃえばそのものだな!」
「それは楽しみですね! 僕も出場できるんですか?」
「できるのか……? できちゃダメってことはないよな。てことは、俺も出られる?」
「ヤコブさんも剣の腕が?」
「そらそうよ。前領主のミナス様から見出されて、直々に手ほどきを受けてからは毎日、稽古を欠かしたことが……ないと言いたかったけど、稽古は続けてる! まあ〜、このアルブスでは1、2……は難しいにしろ? 3、4を争える程度の実力は当然、持っているつもりだ」
「おおっ、そんなにすごい方だったんですね、ヤコブさんは……。じゃあ、当然、出場されるんですよねっ? 僕も出場したいんで、一緒にどうですか?」
「行くか、行っちゃうか?」
「行きましょう!」
「行くか!」
「おおーっ!」
盛り上がった2人はその足で、アルブス視察を切り上げて屋敷へ走り出した。
その工事現場で、今まさにセオフィラスとベアトリスが視察していたことも知らずに、執務室へ突撃してはセオフィラスに談判しようとした、哀れな2人だった。
そしてようやく工事現場に舞い戻ってきて、石工の親方との話が終わったセオフィラスを捕まえにかかる。
「坊ちゃん!」
「セオフィラス様っ!」
「うわっ、何? どしたの、2人して……?」
「セオフィラス、わたくしは先に戻りますわよ」
「あ、はい、先生」
さっさとベアトリスが歩いていき、セオフィラスは2人に向き直る。
「坊ちゃん、ここでやる武術大会ですけども俺とカートも出ちゃっていいんすか?」
「え?」
「それとも、ダメですか……?」
「ん、うーん……まあ、いいけど」
「よっしゃ!」
「ありがとうございます、セオフィラス様っ!」
「カートぉ、負けないぞ?」
「僕こそ全力ですっ!」
「って、坊ちゃん? 何か渋い顔しちゃって、どうしたんすか?」
と、ヤコブが難しい顔をしたセオフィラスに気づいて尋ねる。
「出るのはいいけど、参加費いるし……」
「ははーん、そんなのが払えるかどうかって? んなもん、きっちり払いますってば」
「おいくらでしょう?」
「参加費が500ローツ」
「500!?」
「で、怪我しちゃった時とかの治療費として前払いの100ローツ」
「え、ええと……500ローツと、100ローツ……?」
「しめて600ローツ、ですか?」
「お前、計算早いな?」
「ヤコブくんが遅いんだよ……。払える?」
「俺、いくら持ってるか分かんねえ……。銀貨1枚でいくら?」
「10ローツですよ……」
「何枚あったかなあ……」
たまに領内を巡って会う領民と同じように金の計算ができないヤコブに、セオフィラスは表情をしかめる。せいぜい流通している貨幣の価値くらいは分かっていてもらわないと何かと困るし、いくら持っているかという計算もできないのでは何かと思いやられてしまった。
「ヤコブくんさあ……」
「ん、何です、坊ちゃん?」
「計算くらい、できるようになろ?」
「えっ」
ぽんと肩を叩かれて言われたヤコブはまだ小さいセオフィラスに哀れまれた気がして地味なショックを受ける。
「でも、まだまだこれじゃ目標収益に届かないんだよなあ……」
「そうなのですか?」
「参加者からむしり取る収益が100人集まったところで、たったの6万ローツ。200人集まったとしても12万ローツぽっちだもん。席料を取ったところで、安いところでせいぜい30ローツしか取れないけど、1000人いっぱい入っても3万ローツ。高い席が50席全部でも、100ローツずつだから5000ローツ。閉めて3万5000ローツの満員が、5日全部入ったとしても17万5000ローツ。ここから必要経費を差し引いても黒になるのは10万ローツぽっち。参加費と合わせて16万ローツ。200万ローツなんて、夢のまた夢だ」
すらすらと計算を披露したセオフィラスにヤコブは頭がちんぷんかんぷんになる。カートはどうにか一緒に頭を動かしていたらしかった。
「では、どのようにして200万ローツもの大金を?」
「あとは賭けを催すつもりなんだけど、どれくらいこれで儲かるのか分からなくて……。あとはこまごましたものでいっぱい集めるしかないんだけど……。それにしたって、何かこう、いっぱい人の興味を惹いて、これだけは見たいって思わせられるようなことがないとなあって。ヤコブくん、何かない?」
「んー、俺は坊ちゃんの立派な姿さえ見られりゃあ何でもいいんですけどもね」
「そういうのが1番困るけど……。カートは何かない? 見たいなーって」
「そうですね……。セオフィラス様が真剣に戦っている姿なんか、見たいと思いますけれど」
「俺?」
「そっすよ、坊ちゃん! アトスにさんざんしごかれてる、ってのはアルブスの者はみぃーんな知ってますけど、じゃあ実際はどういうもんかってのは分かってないすから!」
期待の眼差しを向けてきたヤコブとカートの視線が輝きすぎていてセオフィラスは面映いものを感じてしまう。照れ隠しに頬をぽりぽりかいて、しばらく考え込む。
「……じゃあ、例えばさ。誰でも、俺に挑戦していいよってなったら、やりたいかな?」
「僕は絶対にやります! 手持ちの銀貨が全てなくなってでも!」
「真剣勝負じゃないなら俺もちょっとそれはやりたいかも……」
「そっか……。じゃあ、やる? 100ローツ」
「100ローツですか……。少しお高いのでは?」
「じゃあ、50? 何回でもいいよって」
「それなら手が届くかも知れませんね。それに領主と直接、剣を交えられるなんて誉れになりますから! まして小さな英雄、悪魔退治の勇者なんですから!」
「実際は違うんだけどなあ……」
「え?」
「あ、こっちの話。俺、まだちょっと視察して行かなきゃいけないから。じゃあね」
腕を組みながらセオフィラスが歩いて行ってしまい、カートがヤコブへ視線を向けた。
「違う、と仰られていたように聞こえたんですが……?」
「あー、うん、それは、気にすんなって」
「……はあ」
「それよか、軽く手合わせでもするか? ん? 俺が一丁、もんでやるぞ? これでも先代に見込まれて直々に手ほどきを受けたってもんさ」
「本当ですか? 是非お願いします、ヤコブさん!」
「だからさ、あー……その、代わりって言っちゃあなんだけど」
「はい?」
「……け、計算くらいできるように、させてくれねえか?」
快活にカートが返事をしてくれ、感激したヤコブは少年を抱擁した。




