少年の名はカート ④
「セオくん、時間あります?」
「あれ、師匠? それにカートも、どうしたの?」
「失礼します!」
「おや、礼儀正しい。セオくんもこれくらいなら非のつけようがないんですがね」
「どうかいたしましたか、師匠。どんなご用件ですか? 時間ならあるので、どうぞ!」
ムキになりながらセオフィラスが言い、アトスはくすくすと笑った。
執務室にはセオフィラスとガラシモスだけがいた。ガラシモスは丁度、茶を淹れていたようでアトスとカートが入ってくるのを見るなり、さらにカップを出して茶を入れる準備を始める。
「ではカートくん」
「え、僕がですか?」
「何事も自分の口からがよろしいかと」
「はい……。アドリオン卿、どうして僕をここで働かせてくれないのですか?」
「別に働いちゃダメとは言ってないけど……」
「でもさっき、嫌だと!」
カートが声を荒げると、セオフィラスは羽根ペンを置いてティーカップを手にした。お茶をすすり、それから椅子に座り直す。どう言おうかと考えるように天井を仰ぎ、それから机に左肘をついてカートを見据える。
「勇名を馳せたいって、言ったでしょ?」
「はい」
「それって、どういう意味?」
「どういう……?」
「勇名って、戦うことだよね」
「は、はいっ!」
「戦うってことは、誰かを傷つけたり、殺したりすることだ。
カートだってさっきいきなり、俺に剣向けてきた。
俺はそういうの嫌いだから、ヤダって言った」
厳然とした意思を瞳の内に秘めしながらセオフィラスは言い切る。
面食らったようにカートが言葉をなくしていると、アトスがカートの頭にぽんと手を乗せる。
「そういうことのようですよ、カートくん」
「あ、はい……」
「それと、屋敷にもう住める部屋ないらしいから、悪いけどヤコブくんとこで寝泊まりして? ヤコブくんが面倒見てくれるんでしょ?」
「それが……妹さんに、逆らえないからってこのままじゃ畑仕事を覚えさせられそうで……」
「え、そうなの?」
「だから、こうしてきみのところへ直談判にきたのですよ」
「そっかあ……。でもカタリナがダメって言うんじゃなあ……」
セオフィラスまで悩み出し、カートはカタリナの顔を思い出す。
それから、彼女がメイドに扮したものすごい権力者なのではないかとまで妄想が膨らんだ。
「あ。ねえねえ、ガラシモス」
「はい? 何です、坊ちゃん?」
「ガラシモスもう年だしさ、執事の見習いにしたら?」
「えっ、僕がですか?」
「と、年ですか……。確かに否定はできませんが……」
「ガラシモスの部屋なら空いてるんでしょ? いいじゃん、一緒で。決まり! それでいい、カート?」
「……わ、分かりました! お願いします、ガラシモス? さん?」
「え、ええ、ではこちらこそ……。しかし、そうですか、とうとうわたしもそんな年に……」
「一件落着ですね」
セオフィラスがお茶を飲み干し、ため息混じりにまた羽根ペンを持つ。
「それでは坊ちゃん、わたしはこれからわたしは彼に屋敷を案内しようと思いますが」
「うん。お願いね、ガラシモス」
「はい。では行きましょう、カートくん」
「はいっ! あ、僕はもうあなたの弟子のようなものですから、呼び捨てていただいてけっこうです!」
「それは頼もしい。行きましょうか、カート」
「はいっ。失礼します、アドリオン卿」
「カート、そうではないでしょう」
「はい?」
「失礼します、坊ちゃん」
「坊ちゃんはよしていいんだけど……」
「失礼します、ご主人様!」
「それも、何かむずがゆい……」
「では何がよろしいので? 坊ちゃん」
「んー……ま、何でもいいや。もう行っていいから」
2人が執務室を出ていき、セオフィラスが一息つく。
アトスがガラシモスの残していったお茶を飲みながらセオフィラスに近づき、その机へ軽く腰をかける。
「セオくん」
「何ですか、師匠?」
「わたしはちょっときみを見直しました」
「何で? 何が?」
「ふふ、それは内緒です」
「ちぇっ……。あ、そうだ。前、師匠がヤコブくんにやった、剣を上から掴む技、俺さっきできたよ」
「おや。もうあれができるようになりましたか」
「うん、何か勝手にできた。師匠に教わったことないのに」
「成長期ですね」
「とりあえず背はヤコブくんくらいになればいいかな。でもって師匠より強くなる!」
「それは良い目標ですね」
やんわりほほえまれてしまい、セオフィラスは肩の力が抜ける。
やっぱりまだ、歯牙にかけるまでもない程度と思われているのだと明確に分かってしまう。
「きみが、わたしよりも強くなってくれたら」
「うん?」
「わたしからのお願いを聞いてくれますか?」
「お願い? どんな?」
「わたしを——きみの手で……」
「……?」
「いえ、やっぱりやめておきましょう」
「え、何? 気になる!」
「いえいえ。つまらない願いですよ。わたしは少し、散歩へでも行きます。一緒にどうです?」
「んー……やることあるから」
「そうですか。では、これで」
「うん」
静かにアトスが出ていって、セオフィラスは閉ざされた扉を見つめる。
アトスが何を言いかけたのか、嫌な胸騒ぎがして気になってしまった。
「俺が、師匠より強くなったら……師匠を、俺の手で……?」
その先に続く、自然だと思えるような言葉をセオフィラスは意識的に避けて考える。だが、答えが出ずに頭を振った。
「まあ、いいや。師匠が変なのは普通だし……」
自分へ言い聞かせるように呟いてから、羽根ペンを握り直す。
そうして自分の仕事へ取りかかった。頭を休めているような時間はあまりない。忙しい毎日である。それを言い訳に、その考えをセオフィラスは頭の中へ封印した。思い出さないように、別のことで頭の中をいっぱいにして忘れ去ろうとした。




