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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期3 目指せ、収益200万ローツ大作戦
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少年の名はカート ③


「グリングベール男爵家五男、カートと申します! 4人も兄達がいる身では、とても家を継ぐこともできず、挙句に我が家は貧乏で、食い扶持減らしにと10になったらよその家へやると言い聞かされて育ちました。そうしてとうとう、10になりましたが、うちは、とてもその……力というものがなくて、ですね。どこにも行けないということになりまして、それならば餞別をくれと言って名なしの剣と僅かばかりの路銀をもらい、天涯孤独の身になりました」


 簡単にだが旅の垢を落とさせてから、セオフィラスはカートと名乗った少年を談話室に招き入れた。


「さてどうするかと悩んだ挙句、思い出しました。アドリオン卿がメリソスの悪魔を討ったって話のことを。同い年なのに、そんな偉業を成し遂げた卿のところならば、ここにお仕えできれば何かできるのではないかと思って! どうか、下働きでも雑用でもいいのでここに置いてください!」


 熱心な訴えを受けてセオフィラスは、ちらとガラシモスに目を向ける。ガラシモスも面食らった様子で、彼はカタリナに視線を投げかけた。しかし彼女もまた、困り顔でそれに応じるのみで、目線はセオフィラスに戻される。若き領主は自分にもたれかかっているレクサの髪を撫でながら、やはり苦い顔をした。


「下働きでも雑用でもいいって、何したいの? 結局……」

「ゆくゆくは、俺の夢は、卿の下で勇名を馳せることです!」

「……勇名?」

「はい!」

「……やだ」

「はいっ!?」


 どこか拗ねたように口を尖らせたセオフィラスにカートは目を剥く。


「し、しかし……。でも自分には行くところがありません! どうか、ここに置いてください!」

「それはいいけどさ」

「いいんですか!? しかもあっさり!?」

「……さすがに師匠と同じ待遇にはできないし、となると何か仕事してもらわなきゃだけど、うーん」


 考え込んだところでバンッとドアが勢いよく開き、全員の目がそこに集まる。


「話ならば聞かせてもらったぁ!!」

「ヤコブくん?」

「バカ兄……」

「下働き、雑用、大いにけっこう! いやー、俺もそろそろ、何かと言いつけられることが増えちゃって、人手が欲しいなー、なんて思ってたとこなんすよ、坊ちゃん。てことで、この坊主、俺がもらっても?」

「いいよ」

「またあっさりですか!?」

「よぉーし! そんなら今からお前は俺の部下! うわはははっ! お貴族様だろうが、このお屋敷で、このセオフィラス坊ちゃんにお仕えする仲間だから変に見下すなよ? でもって俺はお前の上司なわけだから、敬いなさい、兄貴と呼び慕うことまでは許す!! つーわけで、まずはアルブスの町並みから覚えてもらうか。来い、俺はヤコブ、お前は?」

「か、カートですけど……」

「よしよし、カート。やることは山積みだからな、覚悟しろ? んじゃ坊ちゃん、これで!」


 カートの手首を捕まえてヤコブが嵐のように去っていくと、ガラシモスが眉根を寄せながらカタリナを見た。


「ちょっと話をしてきます……」

「怒りすぎないようにね、カタリナ……」

「坊ちゃんのお言葉でも了承しかねます。失礼します」


 バタン、といつもより少し大きい音がドアが閉ざされ、セオフィラスはガラシモスを見る。


「大丈夫かな?」

「まあ……よろしいのでは? ヤコブも日頃から忙しいと言っていましたし」

「そっか」

「ねえねえお兄様?」

「お兄ちゃん」

「お兄ちゃん」

「何?」

「ここに住むの? あの人」

「え? あー、決めてなかった……けど、ガラシモス、余裕ある?」

「下女の部屋はいっぱいですし、男性用の住み込みのお部屋はわたしのところ以外は……」

「そっか……。まあいいや、ダメだったらヤコブくんチで」











 そんな会話が交わされているころ、カタリナはカートを裏庭まで引っ張り出してきたヤコブに追いついた。


「ねえ、兄ちゃん」

「何だよ? 俺は忙しい――」

「今朝は今日は珍しく暇だから朝寝坊するって言ったでしょ」

「ぐぬ……」


 メイドに詰め寄られて気圧されているヤコブを見て、カートは2人をきょろきょろ見比べる。


「その子はあたしらとは違う、貴族の立派な生まれの子よ。なのに兄ちゃんと同じ仕事なんて、普通に考えてないと思わない?」

「でもこいつは、何でもいいから坊ちゃんの下で働きてえって」

「そんなの方便に決まってるでしょ」

「あの、方便というのは、言い過ぎ――」

「あなたは黙っていてください」

「はいっ」

「おいこら、俺の部下を威嚇すんな!」

「は?」

「兄に向かって何だ、その目は!? その目ぇ!」


 わめくヤコブにカタリナは額を押さえる。それから捨てられた犬のような目をしているカートをちらと見た。


「兄ちゃんの仕事こそ、雑用ばかりでしょ。このまま、その雑用係の部下なんて作ってどうしようっていうの」

「な、何だとぅ!?」

「まして、そんな雑用係の人員を増やしてどうするの? 最近、畑仕事を全然やらないし」

「ぐぬ、ぬぬぬ……」

「ちゃんと坊ちゃんに、お断りを入れること」

「ばっきゃろう、そんなことしたらカートはどうなるってんだ! わざわざあの王都からここまで、歩いてきてようやく辿り着いたってえのに!」

「お屋敷じゃなくたって、うちにでも住めばいい。畑仕事を覚えればどこでだって生きていけるようになる。それが地に足を着けるということ。違う?」

「お前、さっきは貴族の生まれなのに俺と同じ仕事なんてとか言ってたろ!」

「だから、兄ちゃんは同情して言ってるだけなんでしょ? ただ同情してるだけなら、そういう風にした方がいいと思うって言っているの」


 淡々とカタリナに言い聞かせられてヤコブは押し黙ってしまう。カートは自分がどうされるのかと不安を抱きながら、兄妹の言い争いを見守る。


「つうかそれじゃ、坊ちゃんとこじゃなくて、うちにくるみたいじゃんか……」

「それが何? 兄ちゃんは坊ちゃんと同じ年の子が行き先にも困ってるのを見兼ねていたんでしょ? 単なる農民風情のところには、例え弱小だろうが貴族の子が身を寄せにきちゃいけない? 本人がどうしても嫌だと言うのなら仕方がないだろうけど、兄ちゃんが見捨てておけないっていう理由であの子を心配してるなら、そここそ強引に押し通すところじゃないの? 違う?」

「……」

「じゃあそういうことで」


 黙らせてからカタリナは早足に屋敷へと戻っていってしまう。

 それからヤコブはずっと自分を見つめていたカートを見下ろし、ゆっくりしゃがんだ。


「って、カタリナが言うんだよ……」

「はい、聞いていましたけれど……」

「畑仕事、やるか?」

「そんなっ!?」

「だよなあ……。あいつには男のロマンってのが分からねえんだよ! でも逆らえねえんだよ……」

「分かります……。僕も姉には、逆らえませんでした」

「いや、俺の場合は妹な?」

「あ、はい」

「でもお前は、坊ちゃんに仕えたい。間違っても畑仕事をするために出てきたわけじゃない」

「はいっ」

「難しい問題だな。……以上」

「終わらせないでくださいよっ!? ヤコブさんっ、一度は僕の面倒を見るみたいな流れだったじゃないですか!」

「あああ、うーん、逆らえねえんだってば……。んー、どうしたもんか……」


 ヤコブが考え込んでいると、さくさくと芝を踏みながらアトスがやって来る。


「おや、見慣れない方がいらっしゃいますね。ヤコブくん、どなたです?」

「お、アトス。この坊やがさあ」

「坊や!?」

「はるばる、王都から坊ちゃんに仕えたいって来たんだと。でも坊ちゃんがヤダって断っちゃって、俺が屋敷での仕事をさせてやろうと思ったらカタリナがそうじゃねえだろって言ってきちゃったもんで、困ってんだ」

「なるほど。しかしセオくんが嫌だと言ったのは何故でしょうね? 理由もなく、行き場のない人を追い返すような子ではありませんが」

「あ、屋敷にいる分にはいいとさ」

「ほうほう」

「あの、こちらの方は……?」

「ああ、申し遅れました。わたしはここへ厄介になっている、アトスという剣士です。セオくんの、剣の師とでも言いましょうか」

「アドリオン卿の、師匠!? 僕も弟子にしてください!」

「すみませんが、弟子を取る主義ではないんですよ」

「そんなっ!?」

「お前、けっこう苦労しそうな星の下に生まれたんじゃないか?」

「まあまあ。わたしとしてはやはり、セオくんの真意を確かめた方がいいと思いますよ。一緒に行きましょうか? ええと——」

「カートです!」

「では、カートくん。参りましょう」

「はいっ!」


 アトスとカートが歩いていき、残されたヤコブはため息をついた。

 単なる剣士と称しながら誰もがアトスに一目置くのが、ヤコブには面白くない。

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