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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期2 エクトル・クラウゼン
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居候のソニア ②



 ソニアはセオフィラスが継承の義を終えてアドリオンへ帰る時、ともに連れられて来た。

 彼女は植物をそばに置くことを好み、移動の最中もずっと小さな植木鉢を傍らへ伴ってきた。アルブスへやって来てからは植木鉢を手放したが、それでも外へ出て自然の中で過ごすことを好んでいた。


「ソニアは……うちの、居候なんだよ。魔術っていう特別な力を持ってるんだって」

「だから水の上を滑るように歩いたのですね」

「屋敷にちゃんとソニアの部屋も用意してあるのに、あんまりいなくって……森の中、うろうろしてるんだ。変な人だから」

「変な人というのは心外」

「だって会った時から年も取ってないよ」

「まあっ、そうなのですか?」

「年は……多分とってるけれど、容姿を変えていないだけ」

「それが変じゃん」

「どうやっているんですか?」

「魔術」

「まあ……素晴らしい力なのですね」

「そればかりでもないけど……。あなたは……」


 じっとソニアがエクトルの瞳を見つめた。セオフィラスは、出会った時のことを思い出す。


『きっと、全部なくしちゃう。大事なものをなくして、その度に泣いちゃう』


 言われた当初こそ理解できなかったが、何となく思い出す度に気がつくことはあった。すでに両親とも亡くし、ゼノヴィオルも王都に残してきてしまった。

 もしもまだ、ソニアの予言が翻っていないのであれば今度は誰が手の届かないところへ行ってしまうのか。レクサか、それとも――とエクトルへ視線を向ける。


「ソニアさん……どうかいたしまして?」

「……うん」

「はい?」

「特に何もなし……」

「はい……?」

「良かった……」


 ほっと胸を撫で下ろすセオフィラスにソニアは視線を向ける。


「セオは……」

「えっ?」

「…………やっぱり、かわいそう……」

「……かわいそうじゃないよ。勝手に決めないで」

「そう……」

「あの、ソニアさん? わたくしにも魔術というのは使うことができますの?」

「……さあ?」

「では可能性はあるのかしら? どうすれば良いのか、教えていただけなくって?」

「……必要なものは魂と、力の向き」

「魂と……力の、向き……?」

「具体的には何なの、それ?」

「大地に眠っている魔力を人が引き出すためには、魂を捧げる必要がある。わたしとエミリオは、あの日……成長を捨てて、代価として力を手に入れた。あとは命令という形で力にベクトルを与える。ほら、こうして新芽に椅子になってと念じて命令をすれば――」


 芽吹こうとしていた新芽にそっと手をかざすと、それが急速に成長をして枝を作った。それがぐるぐると円を描くようにして丸椅子となる。


「椅子ができあがり。ふぅ……」

「まあ……。とっても便利なのですね。大工さんもなしに椅子を、しかも地面に直接生えている植物で作ってしまうだなんて。他にはどんなことができますの?」

「……色々」

「色々? 他にもたくさん? まあ、まあ……。けれど、成長を捨てる代価というのは……あなたが年を取らないということの種、ですの?」

「そう」

「……何だか、信じられませんけれど……目の前で見てしまったから、真実なのだと思ってしまいますわ」


 すっかり感心しきりながらエクトルは納得する。だがセオフィラスはちょっと面白くなくって首を傾げた。


「でもさあ……」

「何?」

「どうかいたしまして?」

「剣なら、何も捨てなくっても強くなれるよ。師匠みたいに! 剣で何でも斬れるし、剣じゃなくっても簡単に色々斬っちゃうし。がんばれば俺もできるって言われたし、だから魔術なんかなくっても大丈夫だよ」

「……師匠は色々と別格だから、セオの言葉にはあまり当てはまらない」

「師匠だからね」

「そこは胸を張るところなのでしょうか……?」

「だって俺は将来、師匠より強くなる予定だから」


 あっさりとセオフィラスが言いきる。


「だからあの師匠は別格だからセオフィラスとは素質がそもそも違う」

「でも師匠できるって言ったもん」

「……じゃあ分かりやすく言う」

「分かりやすく言わなくても分かってる」

「例えばセオがモグラドリだとして」

「モグラドリ?」

「師匠は鷹」

「鷹っ?」

「どっちが空を飛ぶのが上手いか、という簡単な話」

「モグラドリは飛ばないし!」

「そう。だから別格と言った。飛ぶのは簡単なことじゃないから。そもそもできないことを、当然のようにこなしてしまえるからこその別格。分かった?」

「む……分かりたくない。てゆーか、分かんない〜」


 そっぽを向いたセオフィラスにエクトルがくすくすと楽しげに笑った。




 泉のほとりで3人は色々な話をし、その内に日は暮れていった。

 とうとうソニアが魔術で起こした火でしか周囲を見渡せなくなったころにはセオフィラスは、いけないことをしているんじゃないかという罪悪感に駆られていた。遊びへいく時には日暮れまでに帰るように、とはカタリナに普段からよく言われている。


 しかし、エクトルはベアトリスに啖呵を切っている身であって、彼女にはまったくもって帰ろうという素振りが見られない。それとなく帰宅を促そうとしても無言のほほえみで流されるのだ。


「……ねえ、そろそろお腹も減ったし、屋敷に帰った方がいいんじゃ——」

「ソニアさん、ソニアさん、あなたがいた森というのと、この森とではやっぱり色々と違うことがあるのですか?」

「もちろん違う」

「まあっ、具体的にはどういったことが?」


 13回目のそれとなくもやっぱりスルーされてしまい、セオフィラスは夜空を仰いだ。暖かいご飯が食べたいとか、レクサがさみしがってはいないかとか、カタリナがジョルディをけしかけてくるんじゃないかとか、色んなことを想像してしまう。


「森ごとに棲まう生き物は違っているし、この森は……特別な土地になっている。強い力がこの森を覆っている」

「そんなのないって。普通の森だよ。子どものころから遊び回ってるんだから」

「けれどこの森の奥深くへ行ったことはない。……違う?」

「……まあ、そうだけど」

「だから知らないだけ」


 知らないだけ、というのがセオフィラスには少しカチンときた。この森は庭のようなもので、ここに生息している珍しい生き物も、食べられる木の実も、どこにある木が1番高いのかだって把握しているつもりだ。——ソニアに言われた通り、森の深いところまでは行ったことはないが。


「あ、そうですわ。それなら皆さんで一緒に確かめに行きませんか? 夜の森を探検するなんて、何だかとってもわくわきしますわ」

「えっ」

「いけませんか……?」

「……い、いいよ? 別にどんな野獣が出てきたって、俺が叩き伏せられるし」

「まあっ、頼もしいですわね。それでは行きましょう?」


 蝶が舞い飛ぶようにひらりとエクトルが立ち上がり、腰を上げたセオフィラスの腕へ自分の手を絡めた。それでシャキッと背が伸び、体が硬直しかけたセオフィラスだったが反対側からソニアが同じように少年の腕にしがみついた。


「な、何……?」

「あれ、反応が違う」

「べっ、別に違ってなんてないし? ていうかこれじゃ歩きにくいって……」

「そう言わずに」

「何だか薄暗くって……ご迷惑でしたか?」

「……エクトルは、そのままでいいよ? でもソニアは自慢の魔術があるんだからいいでしょ」

「むふふ……そういうことにしとく」

「っ……。エミリオにいつか言いつけてやる」

「そしたらエミリオがセオを怒るかも」

「えっ」

「エミリオさんという方はどのような人ですの?」

「エミリオは大人嫌いで、ソニアのこと大好きなんだよ。双子なんだって」

「双子さんなんですか? ではそっくりなのかしら?」

「男と女だからそこまで」

「でもでも、あの、わたくし聞いたことがあるんですけれど互いに思っていることが通じ合うようなこともあるんですよね? ね?」


 双子というだけでソニアにまた質問攻めをし始める。暗い空を見上げ、セオフィラスは少し憂うつになった。お腹は減ったし、ベアトリスがさらにカンカンに怒るだろうし、レクサもさみしがっているかも知れない。あとカタリナに淡々と叱られる。


 それでも腕に感じるエクトルの体温は、ずっと確かめていたかった。

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