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アドリオンの黒狼王  作者: 田中一義
少年期1 メリソスの悪魔
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悪魔と剣士と兄弟と ⑦



「おじさんのこと、セオフィラスが自慢してたよ。師匠は強いんだ、ってさ。

 この僕よりも強いとか言ってたから、ちょっと興味があったんだけど……想像していたよりも、怖そうなおじさんだったんだね」

「怖い、ですか……。それは心外ですね。わたしはこれでも、穏やかな人間であろうとしているのですが」

「どうしてそんな無意味な心がけをしているの?」

「怒るというのはぞんがい、体力を消耗してしまいますから」

「……は?」

「そんな余計なことに体力を使うくらいならば、心を殺して剣に力を回した方が良いとは思いませんか?」

「……ふふっ、あははっ! 面白いこと言うんだね。ふふっ……そっか、怒るくらいなら――か。すごくいい、それってすごく素敵だよ、おじさん!」

「それは良かったです」


 どうして笑い合っているのかと、セオフィラスもゼノヴィオルも目を白黒させた。

 しかも交わされた言葉の意味をよくよく考えてみれば、ちょっと理解しがたい内容でもあった。


「ですから……わたくしは、ここで3人を回収できればもういいと思っています。あなたを叩きのめさなければ気が済まないなんてこともありませんしね。どうです? 帰していただけますか?」

「嫌だね」

「おや……」

「一応、約束もあるし……。それに、僕のみにくい部下を何人も殺してくれた。ジャンソン大橋でも、この森の中でも。1人か2人は生き残ってるのかな? 全滅じゃないかも知れないけど、まあ……お頭とか呼ばれて、ちょっと楽しかった人達でもあったしね。弔わなきゃって気持ちも、全然ないわけじゃないから」

「そうですか」

「それに、こっちの方が理由としては大きいんだけどさ。

 おじさんも使えるんだよね、三式を。僕は魔力以外の力の持ち主には会ったことがなかったし、競い合ったこともなかったから興味があるんだよ。だからさ、ねえ、おじさん。――殺し合ってみようよ?」

「……あなたほどの年の子を相手にするのは少々、胸が痛みます……が、実はわたしも興味がありまして。あの樹木の竜は楽しめました」

血樹の竜(アウラ・エマ・ドラコ)って言うんだ。大地に根付く力に、僕の血を楔として意思と躯を分け与えた。森の力を吸い取って自分の力に換えてしまうんだよ」

「ええ。あの再生力には目を見張りましたとも。けれど……あれよりも、きみの方が強いのでしょう?」

「まあね……。今度はさ、もっともっとすごいのを見せてあげようと思って」


 セオフィラスに斬られた傷口に指先をねじ込み、滴った血をエミリオが地面に振り投げた。また地面が赤く輝き、紋様がそこに浮かび上がっていく。それをアトスは目を大きくしながら見守っていた。


「師匠っ、魔法使わせちゃダメだよっ!」

「魔力の時は剣振れないのっ!」


 セオフィラスとゼノヴィオルがアトスにそう声をかけたが、当の本人は兄弟に目を向けると目を細めながら笑顔を見せた。


「申し訳ありませんが、セオくん、ゼノくん。わたしは競ってみたいのです。同じ三式の使い手に、わたしの力がどこまで通じるのか。ですから、ちょっとヤコブくんと一緒に下がって見ていてもらえますか。ここから先は、わたしの業。剣士として譲ることのできない、わがままなので」


 兄弟はぽかんとし、アトスがエミリオに向き直った背中を見つめた。

 人の話を聞かない――なんて言葉は耳にしたことがあったし、たまにセオフィラスはそう言われることもあった。だが初めて、その言葉にふさわしい人間を見た心地だった。危険なはずで、ヤコブも一刻を争う状態のはずだというのに、まして戦わなければならない理由はないと本人が言っていたはずなのに――聞き入れようとしていないのが理解できてしまった。



「起し、求めよ。

 我が腕に宿れ、我が魂を染めよ。

 汝に名を与え、命を遣う――」


 詠唱の度、魔法陣は脈動して輝きを放った。そこから生み出されたものはかわいいと呼べそうな子竜ではない。木の根が絡まり、凝縮して剣の形に押し込まれたような一振りの剣だった。キラリと輝く刃は朝陽を思わせる見事な黄金色をしているが、ねじれ、ところどころが膨れた柄は禍々しさを感じさせる。鋭利で長い剣は峰から赤黒い蒸気のようなものを放ち、単なる剣ではないと主張をしていた。


「――アウレア・ウィス・グラディウス」


 魔法陣の中心から、地面から垂直に伸びたった禍々しい剣をエミリオが掴むと、柄から伸びた木の根が彼の右腕へ絡みついて一体化する。


「素晴らしい技ですね」

「技か……。違うな、技術という言葉でも、術という方を取ってもらいたいよ。魔術。

 魔術に必要なものは魂、そして魔力に与える命令(ベクトル)

「なるほど、魂に、命令……。わたしが用いる、人の一式――気の力も同じようなものです。必要なものは魂、そして肉体に染みつかせた技術。魂なくしては単なる技、技をなくしては単なる闘争心。両立してこそ、トレーズアークの詩に読まれる人の一式が完成されます」

トレーズアークの詩(それ)によるとさあ、地の一式は人の一式に対して強いってことになってるよね。おじさんはそこら辺、どう思ってるの?」

「ふふ、わたしも興味があるのです」

「じゃあ、試してみようよ」

「ええ、喜んで」

「すぐに死んじゃわないでよ? ――つっまんないからさ!!」


 エミリオが魔剣アウレア・ウィス・グラディウスを振るい上げた。

 剣先が切り裂いたのは空気のみかと思われたが、何もないはずのその空間にヒビが入り、そこから勢いよく木の根が突き出てアストへと襲いかかる。


「ほう!」


 楽しげに目を輝かせ、アトスは襲いくる木の根へ駆け込んだ。ゼノヴィオルは目を覆ったが、セオフィラスは逆に目を見開いていた。一挙一動を逃すまいというかのように、全神経を集中させて観察をしている。


 アトスは前傾になるようにして駆け込みながら木の根の斜め下へ潜り込み、剣を一振りする。すれ違った分だけの木の根はすぐさま切断されて勢いそのままに後方へと吹き飛んでいく。空間の切れ目まで一気に踏み込んでしまうと、刃を返してエミリオに突き込んだ。その心臓を貫いたかに思われたが、直後、エミリオだった人影が人型を模したような木の幹に成り代わってしまう。


「幻――ですか。多彩ですが、気配で居場所など分かりますとも」


 素早く剣を引き抜くなりアトスがそれを振り落とす。 刃から放たれたものは、斬撃そのもの。大地に深く鋭い爪痕を残し、抉り進みながら斬撃が泉へ飛んだ。

 水面さえも切り裂き、かと思えば水面でいきなり弾ける。泉の中から水柱が立ち上って弾けると、エミリオがアトス目掛けて飛び出していた。魔剣とアトスの剣が交わった直後、アトスが切られる。鋭い金属音とともにアトスの体が引き裂かれていた。無銘の剣は容易く切り飛ばされていた。


 切られながらアトスはエミリオの頭に蹴りを叩き込んでいたのだ。反射的に魔剣に浸蝕されている腕でエミリオは防げたが、吹き飛ばされていた。地面に魔剣を突き立てながら勢いを殺したが、アトスはすでに迫っている。指を揃えて立てた手刀がエミリオに襲いかかろうとしていた。ただの手刀――殺傷力を持たぬ素手の攻撃だとは思えぬ殺気が込められていた。気力を用いれば鈍らの刃であろうとも切れ味抜群の凶器と化す。その奥義を究めた剣士の手刀を、たかが手刀と侮るほどエミリオは愚かではない。だが、蹴り飛ばされた一撃で魔剣と一体化している右腕に痺れが奔っていた。動かすことができなかった。



「っ――ソニア!」


 エミリオ自身に、目前に迫った死の窮地から脱する手立てはなかった。

 しかし結果としてアトスの手刀はエミリオの首を刎ね飛ばすことも、心臓を貫き穿つこともなかった。


 突如としてアトスとエミリオの間に異質な黒い壁が立ちはだかったのだ。光沢のあるそれはアトスの手刀を受けて甲高い金属音を放ったが、肩まで突き込まれてもエミリオの鼻先ギリギリで止めていた。どっと汗が噴き出ているのを感じ、エミリオは目の前で止まったアトスの指先(やいば)を見つめる。



 ゆっくりとアトスが壁から腕を抜くと、それは砂のようにさらさらとくずれて形を失った。

 そして朝陽がエミリオを照らした。眩い光を背負って立つ(アトス)に目を細め、エミリオは魔剣を手放した。腕を浸蝕していた木の根は柄へ巻かれるように勝手に戻っていく。両手を後ろにつきながら座り込む。


「僕の負けでいいよ、おじさん――」


 エミリオははあ、とため息を漏らしながら俯いた。

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