悪魔と剣士と兄弟と ⑥
「見つけました、お嬢様っ……はぁ、はぁ……。この男です、メリソスの悪魔の……配下として、ジャンソン大橋での強盗行為を働いていた賊……」
「むぐっ……んぐっ、ぐぐぎ……」
夜中のクラウゼン別邸に、1人の男が雁字搦めにされながら連れ込まれた。
哀れなこの男はベアトリスが屋敷の男全員に命令して探させ、連れて来させられている。総勢39人の使用人と、サイモスは休憩を取ることさえ許されずにグライアズローの都をかけずり回って捜索にあたったのだ。
「ご苦労。あなた達はもう休んでけっこうよ。明日からも屋敷のことを頼みます」
「やれやれ……何で僕までこんな目に遭わなきゃいけなかったんだ……」
「サイモス、あなたは別よ。つきあいなさい」
「なっ……そ、そんな……」
「地下室にこの男を引きずっていきなさい」
「だ、誰か手伝って……」
「早くなさい」
屋敷の地下室は普段は使われていない空間である。
石を積み重ねた壁と、板を合わせた天井。壁の燭台1本だけに火が灯されたところで、ベアトリスは男の口に噛まされていた轡を外した。
「ぷはっ……てめえ、このアマ! 何しやがるっ!」
「うわっ……夜なのに元気な人だな……。何するんです、姉上?」
「あなたが口を開くと空気が緩むわ。黙っていなさい。返事は無用だからわたしの言うようにだけしなさい。いいわね?」
「…………」
無言で頷くことでサイモスは姉への恭順を示す。
「問います。あなたの名は?」
「はあっ? 何で名乗らなきゃならねえ!?」
「サイモス、そこに番線があるはずです。持ってきなさい」
「お、おい……?」
怒鳴り声で威嚇するのは男の常套手段であった。大きい声は威圧に向いている。だが、少しも怯まないばかりか、聞き流すかのように指示を発したベアトリスに嫌な予感を抱かされた。
「次の質問の前に、良いことを教えます。
あなたがわたしの質問に黙秘する自由は与えます。
けれどわたしはその度、あなたの耳にこの番線を少しずつ差し入れます」
「は……?」
「そう硬くはありませんが、これも金属の内。
右の耳から入ったこれは左の耳から出てくるのでしょうか?
それとも鼻の穴か、口から出てくるのか、それは分かりません。
もしやすればあなたの粗末な頭の中でねじれ、絡まり、どこか押し潰すかも……」
「ひ、ぃっ……」
「正直に話せばそれでよろしい。
話したくなければ、それでもよろしくてよ?
だってわたくしは痛くも痒くもありませんもの」
微動だにせず自分を見据えてくる、ベアトリスの碧い瞳に男は生唾を飲み込んだ。
「では、質問です。あなたの一番上のボスのお名前は?」
「い、嫌だ……やめてくれ、やめてくれよ……」
質問をしながらベアトリスは番線の先端をそっと男の右耳に当てた。耳たぶのあたりをくすぐるかのように軽く軽くこする。
「まずは、そうね……指1本分――」
「え、エミリオっ! エミリオって言うんだ!」
「あら、そう。彼について、知っているのは?」
「こ、子ども……子どもだ。そ、そこの、あんたの弟より、1歳か2歳下ぐれえの!」
「ふうん……。で、彼が普通の人間と違って、極めて特殊な事柄については何かご存知?」
「ま、魔法……魔法を、使える……」
「魔法? そんなものが本当にあると思っているの?」
「本当だっ、本当だからそれをくりくり当てないでくれぇっ……み、耳が、耳がぁっ……」
「では、魔法とはどんなものか、詳しく教えてくださる?」
「げ、原理は知らねえ……だ、だけど、い、いきなり火を出せる……。何もねえところから、急に焚き火でも起こしたみたいな……」
「他には?」
「き、木っ! 木をにょきにょき生やしてっ……そんで、あ、操れるんだ……!」
「木……。それに、炎……。他は?」
「知らねえ、知らねえよ、本当にっ……! お、俺らに見せたのは、それくらいで……! 頼むからやめてくれ、ちゃんと話してるだろうっ!」
顔面を真っ白にさせながら男は叫び、ベアトリスは手を止めた。
「次は、そうね……。そのエミリオというあなたのボスは、ここ最近、誰かと会ったりしたかしら?」
「し、知らねえ……」
「1人でどこかへ出かけたとか」
「ひ、昼に! あ、あの小僧は、双子の、妹か姉か知らねえが……双子と、いつも一緒にいるから……。1人で出かけるなんてほとんどない! だけど、だけどよ……じゃ、ジャンソン大橋でのことを、報告したら……1人で出ていった……。それで、ガキ1人を連れ帰ったって聞いた……」
「聞いた?」
「お、俺はそん時、丁度っ……さ、サボろうと思って、都まで来たんだよっ! そしたらてめえらがっ――ひぎっ、やめでぐれぇっ!」
耳の穴の――浅いところを番線の先端で軽く擦られて男はすくみ上がる。
この尋問にサイモスは顔を引きつらせ、ずっと目を逸らしている。
「他には? どこかへ出かけた、どこからか誰かがきた」
「わ、分かんねえ……分からねえよぉ……」
「そう……。じゃあ、誰かとの関わりを持っていたということは知らないのかしら?」
「あ、相手は知らねえっ! で、でも……た、たまに、俺らの知らねえやつとの約束だとか……そういうことは口に漏らしてたっ!」
「できる限り詳細に、どんなことを言ったかを教えなさい」
「ん、んなこと言われても――ひっ、あ、ああああ……」
「わたくしとしては、反対の耳から出てもらいたいのだけれど……あんまり頭を動かすと、変なところへ刺さってしまうかも知れなくてよ?」
「やめっ、やめでぇぇっ……! 考えるからぁ……!」
「あら、意外とお利口なのね。ちゃんと考えて、思い出しなさい? ただし、早くなさい。愚図は嫌いですのよ、わたくし――」
燭台の灯に照らされたベアトリスと男の影。
悲痛に、怯えきった男の声と、涼やかで淡々とした女の声。
サイモスはとっくに目をぎゅっと閉じ、耳を両手で塞いでいたが――それでも感じ取れてしまう、聞いてしまった嫌な想像が頭にこびりついて離れなかった。
「――もうすぐ夜明けね」
げっそりした顔のサイモスを引き連れながらベアトリスは屋敷の二階にあるバルコニーで早すぎるモーニングティーを飲む。
「何でそう平然としていられるんですか……?」
「あなたも見たでしょう。アトスの異常な力は」
「……けれど、仲間だっていう人の話じゃ、エミリオっていう子も魔法を使うって」
「わたくしは見たことのないものより、見たことのあるものを信じるのよ」
言いながらベアトリスはティーカップを置いて、ふと屋敷の門を眺めた。するとそこに、背筋を伸ばして佇む女の姿を見る。
「……あれは、カタリナ?」
「え? 本当だ、カタリナみたいだね……。どうしたんだろう、あんなところで」
「忠臣か、あるいは兄妹愛か……。彼女の場合は両方かも知れないわね……。サイモス、この時季でも朝は冷え込むから中に入っているように伝えてきなさい」
「何で僕が……? 誰かに言いに行かせればいいじゃないですか」
「あら、わたくしとあなたの他に誰が起きているのかしら?」
「……行ってきますよ」
「ああ、サイモス」
「今度は何です?」
「拒むようならそのままにしてきなさい」
「は……?」
バルコニーからベアトリスは見届けた。声は届かなかったが、サイモスはカタリナにきちんと声をかけた。しかしカタリナは首を小さく振ってから、両手を体の前に揃え、背筋を伸ばしてまた元の姿勢に戻ってしまう。サイモスはまた何か声をかけたようだったが、彼女に動きはなく――サイモスは損したとばかりに辟易としながら引き返した。
「まったく……わたくしに仕えさせたいほどの人材ね。
無事に帰ってきなさいよ、セオフィラス……。それに……ゼノヴィオルも――」
すでにベアトリスはゼノヴィオルがベッドから姿を消していることを知っていた。
込み上げてきた欠伸を噛み殺してからお茶をすすり、白んできている空を眺めて彼女は優雅なティータイムを過ごした。




