悪魔と剣士と兄弟と ⑤
「グウウゥゥゥゥ……」
「さしづめ、樹木の竜というところでしょうか……? 特性は植物の浸蝕という感じなんですかね?」
切り落としても切り落としても変わらない血樹の竜。
例え頭を切り落としても、尻尾や前足を切り飛ばしても、血樹の竜はすぐに再生してしまう。この巨体に触れた植物はすぐに枯れ、血樹の竜がその分だけ肥え太って大きく成長する。その際に切り飛ばした箇所がめきめきと大きくなった体から補填されるようにして生え揃ってしまう。
「放置しておくと、この森全てを枯らしてしまいそうですね。森の再生というのは時間もかかりますし、木こりが仕事をなくして……あ、そう言えばこの森はあなたのご主人様の縄張りだから、人の生活とは切り離されていたんでしたか……。しかしどうすればいいやら。心臓のようなものでもあるんでしょうかね? 血で刃が汚れないのはいいですが、安物だとそろそろ刃こぼれやら何やら……」
自分の剣を見れば細かな刃の欠けがそこかしこに見て取れていた。
「まあ、いいですか……。あなたの底は、見えました」
「グォォオオオオオ―――――――――ッ!」
アトスの前に現れた時よりも血樹の竜は二回りは大きくなっていた。枯れた木々や植物はその巨体によって薙ぎ倒されてしまっている。血樹の竜が吼え、巨大な前足を振り下ろした。砕けた地面に足を取られることもなくアトスは飛び上がり、血樹の竜の頭を切り飛ばした。そのまま首の付け根へ着地すると、剣を突き落とした。
「散りなさい」
絡みついた木の隙間に穿たれた亀裂から衝撃が爆散して血樹の竜が四肢の先、尻尾の先から弾け飛ぶ。
「これでダメなら面倒ですが……あー、ああ……そうなりますか」
ほんの少しは動けなくなったかと錯覚させられるほど弱まったが、その体がすぐにまた再生を始める。それと同時に接触もしていない周囲の木々が急速に枯れ出した。
「やはり心臓を潰す他ないのでしょうか……?」
「グォオオオオ――――――ッ!!」
「そう何度も同じ行動ばかりが通じ――おやっ?」
また血樹の竜が前足を振り落とすのかとアトスは予想したが、咆哮とともに全身を象っている木の根やらがほどけ、槍のように鋭い先端をアトスに向けて放ってきた。次々と襲いくるそれをアトスは走って避ける。避けようとしたその先に回り込まれると切って捨てた。
「ちょっと楽しくなりますね。しかし楽しんでばかりいてもセオくん達が……難しいところです。業ですね、これは。わたしもまだまだ、精進が足りない――」
太い大きな尻尾がアトスを叩き潰すべく振り落とされた。
兄弟がアトスに教えられたことの中に、正しい剣の振り方というものはない。
森の中での鬼ごっこでは周囲のものを利用して鬼を牽制したり、いかに自分の居場所を隠すべきか、あるいはどうやって相手を出し抜くのか、ということを学び取った。それと並行して始まったのが、練習用の木剣での打ち合いだった。ただしアトスは相手をせず、いつもセオフィラスとゼノヴィオルが二人で打ち合った。
練習であろうとやるからには徹底的に。
それがアトスの唯一の教えであり、がむしゃらに2人は木剣で打ち合った。時には木剣を放り出し、近くに落ちていた石、木の枝、自分の拳、足――そういうものを何でも使った。それを朝と夕と、合計数時間という間に200回は繰り返し行った。途中で体力が尽きるとアトスがにこにこしながら拳骨を落とすので、兄弟はそれよりは打ち合った方がマシだとただがむしゃらに続けるのだ。
そうして培われたのは、ひたすらに執念である。
(何この子達――飢えた獣? 一体どんな訓練してるんだ)
エミリオは次から次へと繰り出される猛攻撃を凌ぎながら、鬼気迫る兄弟の瞳を見る。
セオフィラスが仕掛けてきたかと思えば、するりと抜けてゼノヴィオルが襲う。凌げば今度はセオフィラス。一撃もらったところにまたゼノヴィオルが。そうして2人はひたすらに間隙を埋めるような猛攻をただただ執拗に積み重ねる。
「格好悪いけど前言撤回――手加減はおしまいだよ!」
ゼノヴィオルの鞘入り短剣を盾で、間髪置かずに叩き込まれたセオフィラスの横振りの一撃を剣で受けるとエミリオは左腕でゼノヴィオルを振り払ってから地面に円盾をつけた。すると地面から木の根のような槍が兄弟の足元から顔めがけて突き出る。慌てて顔を振って兄弟は避けるが、ゼノヴィオルは耳の下を掠めて血が噴いた。
「痛ぃっ――」
「ゼノっ!?」
「こういうのは馴れてないんだ? ほら、弟が死んじゃうよ、セオフィラス?」
ゼノを取り囲むように地面から根の槍が突き出る。
「ゼノ!」
「お兄さ――」
ゼノヴィオルを押し飛ばしたセオフィラスに、槍が迫る。
もう逃れようのない距離に、全身を刺し貫くしかない結果がすぐそこにある。
「ハイ、おしま――」
「弱点!」
セオフィラスを助けるのではなく、エミリオを攻撃することをゼノヴィオルは選んだ。鞘へ入れたままの短剣を振るい、その鞘を飛ばす。セオフィラスを今まさに貫こうとしていた槍が全て同時に方向転換し、飛んだ鞘を防ぐための壁になった。
「はぁっ……はっ……はっ……」
「魔力を使う時は動けない。魔力を使いながら剣は振れない。だからどっちかに気をつけてれば大丈――お兄様っ、大丈夫?」
「わ、分かったけど……ずっと、考えてた……?」
「え? うん」
「……お前頭いいんだな……こういう時でも」
うーん、とセオフィラスは少しだけ考え込みかけたが、すぐにエミリオに視線を向けた。しかし、やはり引っかかることがあってゼノヴィオルを横目に見る。
「でもさ、ゼノ……。それ変だ」
「何が……?」
「相談してる余裕あげないけど?」
駆け込んできたエミリオが剣を振るって2人を引き離すと、暗器のナイフを放った。セオフィラスはそれに痺れ毒が仕込まれていると分かって剣で弾き飛ばす。しかし、それが地面に落ちるとそこから太い木の根が生えてセオフィラスの四肢に絡みついた。そのまま地上数メートルの高さまで持ち上げられ、身動きが取れなくなる。
「お兄様……!」
「いいからゼノっ、魔法が使えるのは――もごっ!?」
「一緒にしてると面倒だから、1人ずつね。……えーと、ゼノヴィオル?」
口にまで木の根が入りこんで暴れるセオフィラスだが、拘束からは逃れられそうになかった。ゼノヴィオルはエミリオに見据えられて竦みかけたが、ぎゅっと短剣を握り締めて精一杯の睨みを利かせる。
「……帰っていいって言ったのに、そうしなかったんだから自分のせいにしなよ?」
「でもどっちかって言うと……お兄様のせいだから……」
「もごごっ!?」
「選んだのは、きみ自身だろう? 選んだら責任が生じるんだよ。抗わなかったのは受け入れるという選択だ」
「……ううん。嫌だって言わないのは、好きだからだよ」
「犠牲になるのが?」
「ううん」
「ふうん……まあいいよ。どうせ結末は変わらないだろうからさっ!」
再び地面から無数の木の根が生えてきて、槍のようにゼノヴィオルへと襲いかかる。最初の二撃こそ短剣で弾いたものの、さらなる攻撃は防ぎきれなかった。致命傷を避けるようにしてどうにか軌道を逸らしたのが精一杯だった。怯んだところへエミリオが駆け込み、剣を振り上げる。
「ゼノぉっ!!」
「なっ――?」
頭上から襲いかかってきたセオフィラスに気づいてエミリオが剣で受け止める。だが体重の乗った一撃はエミリオの短剣を弾いて顔を深々と切り裂いた。よろめいたエミリオへさらにセオフィラスは剣を振るう。
「お兄、様……」
「はあっ、はあっ……大丈夫か、ゼノっ? 血が、いっぱい出てる……」
「痛いけど……大丈夫……」
弟を気遣うセオフィラスをエミリオは睨みつけ、それから――目を大きく見開いた。兄弟の奥から、1人の男が悠々と歩いてくる。
「――それでこそ、男の子ですね。よくがんばりました。……ヤコブくんも、息はあるようで何よりです。しかしそこまででけっこう。メリソスの悪魔――でしたか。はじめまして。アトスと申しますが、この戦いは続けられますか? ここから先はわたしがお相手をさせていただきますが」
にこりと笑んだアトスにエミリオは顔を押さえながらゆっくり立ち上がる。それから空を見上げる。ほのかに東の方から空は白んできていた。
『エミリオ、明け方までわたし達が生きていないと、わたし達は死んでしまう』
その剣士から迸るほどの殺気を受けていた。
表面上は穏やかな笑みを浮かべているが、その下にあるものをエミリオは感じ取れた。
肌を刺されているかのような痛みさえ感じるような錯覚を抱かされる、強烈な殺気だった。どうしてこんなものを放ちながら笑みを浮かべていられるのかと不思議に思えるほどに。それから納得もしてしまった。どうしてセオフィラスのような子どもが、出会い頭にあれほど獰猛な反撃をできたのか。初めての実戦だったはずだというのに、兄弟の連携が執拗で凶悪とさえ言えるほどのものだったのか。
合点がいったところで――エミリオの顔にも、笑みが浮かんだ。




