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王女、ポート・ディクソン、テブラウ、亡命。
それらのキーワードを頭の中でつぶやく。コーヒーを一口飲み、頭の整理をする。
王女の目的は何か?
王女の目的は、亡命である。亡命し、何をするのか。王女の務めを果たし、この国を守ること。何から国を守るのか。この場合は、ポート・ディクソン帝国である。守る、とはどういうことか。隣国への亡命と、王女としての務め、ということから察するに、隣国であるテブラウ王国にて軍備を整え、軍事力を以てポート・ディクソン帝国の軍隊を退けるということとなるだろう。それに対して私に助けを求めている、ということは、テブラウへの亡命手引きをしろ、ということになる。あるいは亡命後、軍備を整え、ポート・ディクソン帝国と一戦構える際に、戦争に協力しろ、ということも含まれるのかもしれない。しかし、なぜ私が王女に協力しなければならないというのだろうか?引退して10年となるこの身である。この疑問を王女の聞いてみることとした。
「亡命するとして、なぜ私が必要なのですか?10年も前に勤めていた私よりも適任となる人物は他にあるはずですが。」
王女は即座に応答した。
「あなた以外に他にいません。あなたはかつてエリート官僚の中でも群を抜いていた方です。この窮地を脱するにあたって、あなた以上にうってつけの方はおりません。」
見事に言い切るものだ。この状況、この交渉のテーブルにおいて、この若さでここまで断定して話すことは早々できるものではない。10年前、この王女は7歳か8歳か知らないが、私のことなど、記憶の断片でしかとらえていないはずだ。で、あるにも関わらず、一回りも年上の私に対してここまで自信たっぷりに―少なくとも周りにはそう見えるように、答えることは中々できるものではない。なんとも生意気だ。
「エリート官僚の中でも群を抜いて、とは恐れ入ります。私には到底そのような力はございません。」と、謙虚に、しかし心の中では底意地悪くそう答えた。この王女に何がわかる。
王女はまたしても即座に応答する。
「あなたは我らの王国―バル・バトゥ王国において、史上最年少で王族機関・局長まで上り詰めた方です。あなた以上に才能ある方はおりません。」
史上最年少で局長まで上り詰めた官僚は確かに他にはいない。この10年間を振り返っても確かにいない。通常、局長の座にどんなに早く上り詰めたとしても、大体30歳代後半から40歳代前半といったところだ。私の場合は、20歳代後半で局長まで上り詰めたのだからイレギュラー中のイレギュラーだったといってもいい。そこまで早く局長まで昇格できるのは、才能もあるが、運や人脈といった要素は大きい。運や人脈をうまく活かせることも才能のうちだといってしまえばそれまでだが、歴史あるバル・バトゥ王国においては確率的に言ってそういった人材がいたとしても、まぁ不思議ではないのかもしれない。たまたまそれが私だっただけのことだ。
「王女様、恐れながら、そのように買いかぶられても困ります。今の私は一線を退いて早10年。今はレストランを経営するコックにすぎません。」
ひとまず、当たり障りのない返答をすることにした。この王女の亡命話、はたして自分にとって引き受けるべきものなのか否か慎重に答えを出すべきだ。まだ結論を急いではならない。
「あなたのコックとしての腕前は聞いております。そしてその料理を支える魔法の腕前についても。」
それなりに私のことを知ったうえでここに訪ねてきたらしい。私が最初に思ったことは、切羽詰まった王女が、10年前に教育係であったというただそれだけのことにすがってこの場に訪ねてきたのではないか、ということである。どうやらある程度私のことを調べたうえでここに来ているようだ。
「料理を支える魔法の腕前、ですか。それは一体どのようなことでしょうか。」
王女へ聞き返す。料理に使われる魔法のことなどロクに知りもしないだろう、という気持ちで聞いてみる。両脇を固める護衛が、きっとこちらを睨んできた。それもそうだろう。王女に対して、このように相手を試すような質問をするというのは失礼だ。しかし、王女がどの程度のことまで把握しているのか知るためにもあえて聞いてみるしかないのだ。
王女は表情を崩さず答える。
「魔法の基本は、物理法則の理解とコントロールにあります。料理において魔法を用いる場合においても同様です。」
魔法は物理法則である、これは鉄則である。魔法を極めるものであるのならば誰しもが頭に入れておかなければならない。物理法則の理解こそが、魔法の理解につながるのだ。かつて局長だった私も、局の部下には口を酸っぱくして説いたものだ。その基本原則を覚えているとは、末っ子の王女といえども、仮にも王族の人間だ、ということだろう。中々いい家庭教師をつけている。
「これはあなたに10年前、教わったことです。」王女はそう続けた。
さっぱり覚えていない。10年前に教育係だったころに王女に教えたらしい。本人も覚えていないことをよくも覚えているものだ。




