【悲報】パス制度はありません
「ルリネット王女殿下。早速ですが、明日からさっそく『王太子妃教育』の講義が始まります。その合間を縫う形で、一日に四人ずつ、フリードリヒ殿下との個別のお時間が与えられる手筈となっております。その時間は殿下の人となりを知り、また殿下も王女の人となりを見極める、大変良い機会となりましょう」
スラスラと淀みなく事務連絡を述べるエドワード。しかし、ルリネットは相変わらずテーブルの上の地図を眺め、チェスの駒を指先で弄びながら、生返事を返した。
「私は結構よ……」
地図の配置に意識の九割を持っていかれたまま、心底どうでもよさそうに呟く。
「……は?」
エドワードの声のトーンが、目に見えて一段下がった。
「だから、その殿下とのお時間は必要ないわ。パスするわね」
エドワードは天井を仰ぎ、深く、重い溜息を一つ吐き出した。
「そのような勝手は許されません。これは厳格なる決定事項ですから。良いですか、王女殿下。我が国のみならず、貴国ヴェルヴァス王国にも独自の国法や規律というものが──」
「分かった! 分かったから! 分かりましたからお説教はやめて!」
エドワードのマシンガントークを両手で制し、ルリネットは尋ねた。
「で? その個別面談とやらは、何回までパスが許されているの?」
「……パスなどという不敬な制度は、最初から存在いたしません!」
「まぢで?」
驚いたルリネットは、ここで初めて地図から視線を外し、エドワードの顔を真っ直ぐに見上げた。
エドワードは本日何度目になるか分からない大きな溜息を吐き、これ以上ないほど真剣な顔で言い切った。
「まぢです!」
頭の痛さをこらえるように眉間を押さえ、エドワードは教師が子供に言い聞かせるような口調で話を続ける。
「ですから、一日に四人ということは、三日間で全参加国の王女十二人との一通りの面会が終わります。その二倍の六日間で、一人あたり二回ずつ殿下とお会いすることになりますね? ……はい、ではここからが問題です。一週間(七日間)のうち、ルリネット王女殿下は最低何回、フリードリヒ殿下とのお時間がございますか?」
まるで算数のクイズでも出すかのように問いかけてくる執事に対し、ルリネットはふっとチェスの駒を置いた。そして、エドワードのすぐ目の前まで歩み寄ると、その端整な顔をじっと見上げる。
「ねえ。一つ、ものすごく真面目に質問してもいいかしら?」
「私は最初から、これ以上ないほど大真面目ですが?」
ルリネットはエドワードをじーっと睨みつけ、無言の圧力をかける。そのあまりに真剣な眼差しに気圧されたのか、エドワードは「……どうぞ」と、わずかに態度を軟化させた。
ルリネットは至って真面目な顔で、とんでもない暴論を口にした。
「ねえ、そのフリードリヒ殿下って……ぶっちゃけ、暇なの?」
「…………」
その場に、冷ややかな沈黙が流れた。
エドワードは額に青筋を浮かべ、乱れそうになる呼吸を整えるため、窓辺へと歩いた。そして、部屋に新鮮な空気を入れるように勢いよく窓を開け放つ。吹き込んでくる夜風を浴びながら、彼は感情を押し殺した声で言った。
「今だけですよ。今だけ! 代替わりのこの時期だけは、ダリス大王国が国を挙げて『王太子妃選定モード』になるのです! それだけ我が国、ひいては大国全体の未来を左右する重大事なのです。……ご理解、いただけますね?」
エドワードはくるりと振り返ると、今度こそ逃がさないと言わんばかりに、じりじりとルリネットに肉薄する。
その迫力に一歩引きながら、ルリネットは人差し指を頬に当てた。
「……ナントナク?」
(要するに、やっぱり今だけは暇ってことじゃない……)
大王国の事情などさっぱり納得のいかない、やる気ゼロのルリネットであった。




