完璧な王太子の手のひらの上
「兄上!」
「お兄様!」
二人の息ぴったりな声が、同時に室内に響き渡った。
「アル、別にいいじゃないか。可愛い妹がようやく社交界へ出ていく気になったんだ。しかも他国との外交だよ。兄として喜ぶべきところじゃないか」
ウィリアムは、相変わらず完璧な王子スマイルを浮かべて穏やかに微笑む。
「いや、リネットの思惑はそこ(外交)ではありませんよ! おい、リネット! 私の婚約者をお前に案じてもらう必要など万に一つもない!」
「あら、どうして? 私だって、いつまで経っても口うるさいアルお兄様に、いい加減『妹離れ』してほしいのよ。心配しなくても大丈夫! 私が直々に、最高に素敵な王女様を発掘してきてあげるわ!」
「だから、それが余計なお世話だと言っているんだ!」
ギャーギャーと言い合う二人を、ウィリアムが手で制した。
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ。頼もしいじゃないか。リネットはアルのことを心配してくれているんだよ。あれだけ幼くて、お転婆だった我らのプリンセスがね」
そう言って、ウィリアムは愛おしそうにルリネットの頭を優しく撫でる。
「それにね、我が国のプリンセスは滅多に公の場に姿を現さないから、各国からは『よほど人前に出せない不細工な姫君なのでは』と噂されているんだ。こんなにも美しい姫だというのにね?」
その言葉に、アルフレッドはジロリと兄を睨んだ。
「兄上……。兄上の本当の思惑は何ですか? 何かお考えがあるのでしょう。先ほどから、ずいぶんと計算高いお顔をされていますよ。それに、万が一あちらの王太子にリネットが選ばれたりしたらどうなさるおつもりですか? 我が国は、他国と政略結婚を強いられるような立場にはありません。そんな場所へ、わざわざこちらから出向く必要などないはずです」
「ハハハ! 大丈夫さ。各国の王女ともなればそれ相応の品格もあり、美しい淑女ばかりだよ。もちろん、リネットに政略結婚を強いるつもりはないしね」
(……ちょっとお兄様、それ、私の応援になってる? 遠回しに私には品格がないって言いたいんじゃ……?)
ルリネットが内心で冷や汗を流していると、アルフレッドがさらに食い下がる。
「で、ですが! 世界の淑女たちが集まる厳かな場所に、こんなのが突撃していったら、我が国の評判まで落としかねませんよ!」
(ちょっとお兄様!? 『こんなの』ってどういうことよ!?)
「アルは心配性だね。大丈夫、それこそ各国からの評判なんて気にする必要はないだろう? 我が国はどこの国の干渉も受けない独立独歩の富裕国なんだからね」
「それは、そうです、が……」
完全に論破され、アルフレッドは言葉に詰まってしまった。
「よし、リネット。父上(国王陛下)には私から話を通しておこう。その王太子妃選定儀とやらは、確か三ヶ月程度の期間だったね。一人で大丈夫かい? 初日には各国の王族が集まって盛大な夜会が開かれると聞いている。私がエスコートとして同行しようか」
「本当ですか!?」
パッと顔を輝かせるルリネットを横目に、アルフレッドが血相を変えて割り込んだ。
「兄上! 王太子である兄上が直々に出向く必要などありません! ……私が、リネットの付き添いとして参ります」
「そう? でも、あちらには各国の王太子たちが集うのだろう? 第二王子の君が付き添いでは、リネットが肩身の狭い思いをしないかい?」
ウィリアムがわざとらしく首を傾げる。
「フン、どの国にとっても『大王国の王太子妃』という椅子は、喉から手が出るほど欲しいものでしょう。そりゃあ国を挙げて必死になって来るでしょうが、我が国はどこの援助も必要としていません。下手に出る必要など毛頭ありませんよ!」
息を巻くアルフレッドを見て、ウィリアムは「くすり」と含みのある笑みを漏らした。
「分かった、分かったよ。そこまで言うなら、アルの好きにすればいい。……ね? リネット、これでいいかい?」
(うう、アルお兄様が付いてくるんじゃ、現地で自由に動けないじゃない……)
ルリネットとしては不服極まりない展開だったが、これ以上我儘を言って、大王国行きそのものが白紙になっては元も子もない。
渋々といった様子で、小さな頭を縦に振った。
「ふぅ……」
ようやく騒がしいきょうだい喧嘩を収束させたウィリアムは、すっかり冷めてしまった紅茶を優雅に口に運ぶのだった。




