完璧な兄、騒がしい弟、そして愛され王女の日常
ヴェルヴァス王国は、広大な大陸の南端に位置する。
温暖な気候と豊かな天然資源に恵まれたこの国は、他国からも羨まれるほどの富裕国として知られていた。
争い事とは無縁の、穏やかで平和な日常が流れるこの国に、ある時、数百年ぶりとなる「王女」が誕生した。それはそれは、国中の愛を一身に受けて大切に育てられた。
「ウィルお兄様~! 聞いてください、アルお兄様が──っ!」
毎度繰り返される下のきょうだいたちのいざこざに、内心で小さく溜息をつきながらも。
ヴェルヴァス王国の第一王子であり王太子のウィリアムは、にこやかな笑みを浮かべて、部屋に飛び込んできた愛らしい妹──ルリネットを迎え入れた。
「リネット、今日は一体どうしたんだい?」
金髪碧眼、絵に描いたような完全無欠の王子様であるウィリアムは、自分の胸へと飛び込んできたルリネットの肩にそっと手を添え、優しく顔を覗き込む。
「あのね、アルお兄様が……っ」
「兄上! リネットを甘やかしてはなりません!」
ルリネットが告げ口をしようとしたその瞬間、息を切らせた第二王子のアルフレッドが、勢いよく扉を開けて入ってきた。
「別に甘やかしてはいないよ。それに、まだ彼女の話を聞いていないしね」
ウィリアムは優雅な仕草でソファに腰を下ろすと、未だに火花を散らしている二人に座るよう促した。
「それで? 何があったんだい?」
ウィリアムが尋ねると、真っ先に口を開いたのはアルフレッドだった。
「リネットのやつ、また何か良からぬ企みをしているのです!」
「企んでなんていないわ!」
すかさず立ち上がり、ルリネットが反撃の声を上げる。
「私はただ、大王国の『王太子妃選定儀』に出席したいって言っただけよ!」
「おや。リネットは、大王国の王太子妃になりたいのかい?」
ウィリアムの問いに、ルリネットは急に気まずそうに視線を落とした。
「……別に、そういうわけじゃないけれど」
俯く妹を見て、アルフレッドが「ほら見ろ!」と勝ち誇ったように声を荒らげる。
「やはり何か企んでいるではないか!」
すっかり小さくなってしまったルリネットに、ウィリアムはあくまで穏やかな声を掛けた。
「どうしてリネットは、その王太子妃選びに行きたいと思ったんだい?」
「……駄目なの? 私だって一応は王女だもの。参加する資格くらいあるわ」
「『一応』だけどな!」
アルフレッドは長い脚を組み替え、鋭い視線で睨みを利かせる。そんな血気盛んな弟を諭すように、ウィリアムが手を挙げた。
「まあまあ、落ち着きなよ、アル。まずは話だけでも聞こうじゃないか」
ウィリアムの助け舟に、ルリネットの表情に安堵の笑みが浮かぶ。
「そうよ! 私もね、そろそろ本格的に社交というものを学ぶべきだと思うの」
「何も、他国の嫁探しの場を最初の社交に選ばずともよいであろうが!」
再びルリネットの言葉を遮ったアルフレッドを、ウィリアムが目で制する。そして、含みを持たせた優しい笑みを妹に向けた。
「うん、そうだね。……でも、あれほど『お腹が痛い』だの『熱っぽい』だのと仮病を使って社交界から逃げ回っていたリネットが、どうして急にそんな心境の変化を起こしたのかな?」
(ゲッ……仮病だったの、全部バレてたんだ……)
ルリネットは一瞬で硬直した。言い訳を探して視線を泳がせるが、都合の良い言葉が見当たらない。
「ほら見ろ! 説明ができないではないか。観念して企みを白状しろ!」
「……っ、社交をしなきゃいけないって思ってるのは本当よ! ただ……ほら、そこに行けば、各国からたくさんの王族が集まるわけでしょ? 一度にたくさんの高貴な方々にご挨拶ができる素晴らしい機会じゃない。それに……」
「それに?」
促すウィリアムの声音があまりに優しかったため、すっかり安心したルリネットは、ついつい本音をぽろりと漏らしてしまった。
「それに、各国から王女様だけじゃなくて、最高位の令嬢たちも集まるのよ? それだけたくさんのお姫様がいれば……一人くらい、いるんじゃないかと思って」
「誰がいるんだい?」
ウィリアムが不思議そうに首を傾げる。
「ウィルお兄様には、我が国の最高令嬢であるソフィア様という素晴らしいご婚約者がいらっしゃるわ。だけど……」
ルリネットは、上目遣いでチラリとアルフレッドの方を見た。
「……俺? おい、まさかお前、俺の婚約者候補を探すために……?」
ルリネットはバツが悪そうに沈黙した。それが「肯定」の証拠だった。
「駄目だ駄目だ! 絶対に駄目です! 兄上、お許しになってはなりませんよ!」
アルフレッドが頭を抱えて抗議する。
ウィリアムはしばらく黙って思考を巡らせた後、ゆっくりと上品に紅茶を口に含み、そして──極上の笑みを浮かべた。
「うん。悪くないね」
「えっ!?」
パッと花が咲いたように表情を輝かせるルリネットと、信じられないものを見るかのように絶望の表情を浮かべるアルフレッド。
二人の対照的なリアクションが、静かな部屋に響いた。




